Ginnの影忍 ─リリー・ザヴァリー 今日も往く─   作:山田風

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ヘリオポリスに『G』が舞う.下 ─崩壊の時─

 ヘリオポリスが鳴動する。工場区画を中心に起きた爆発はコロニー全体を揺らすほどに大きく、一角を打ち砕いた。黒煙が天高く立ち上り、塵一つ無いコロニーの空を汚す。

 

 すわテロか、襲撃か。住民に不安がよぎる中、空を横切った影に注目が集まった。地面に降りたったのは、MSジン。その巨体は一歩歩く度に地面を揺らし、天高くから見下ろす眼は人々を射抜き恐怖に縛る。

 両手に構えたライフルが火を噴き、火線は工場へと吸い込まれていく。

 

 ライフルから巨大なドラム缶のような薬包が吐き出され、人々へ降り注ぐ。

 

 叫びは、無慈悲な銃弾が打ち消した。

 

ーーーー

 

 

 衝撃と爆音が、足下から点検構を揺らした。遅れて煙が立ちこめ、水があふれるように上っていく。点検構を爆発が包み込み、熱気と黒煙がリリーを通り抜けた。

 思わず顔を覆いながらも、目前のMSから眼をはなさない。

 ザフトMSの重厚な姿とはまた異なる、人を模した姿。すらりとした四肢、いまもリリーを見つめる瞳。その顔はまさしく『人』だ。そのグレーのカラーは、工房で寝ていたものと同じだ。

 

 だが、そのMSと、今目の前にいるMSが同じようには思えなかった。

 

「連合のモビルスーツ……! 『ストライク』か!」

「『X-105』それがこの機体の名だ」

 

 カトウは相変わらずの微笑みを崩さない。だというのにその笑みは、怪しく思えてしまう。

 骨組みに乗ったストライクの差し出す手にカトウが飛び移る。その動きは昔と遜色無い。

 カトウをその手に乗せたストライクの動きに、リリーは感じていた違和感に納得がいった。

 

「それが()()ですか」

「ああ。連合はただの予備機だと思っていたようだがね」

 

 あの屑としか言いようのないOSとは動きが明らかに違う。人と見まがうほどに滑らかな動き。これが、カトウが作っていた機体なのだ。

 

「そんなものを持ち出して、なにをするというのです!」

 

 言い切るよりも先にリリーがパイプを飛び退くと、ストライクの鋭い蹴りがパイプの束を引き裂いた。断面から吹き出した水が滝となって、地下の爆炎へと降り注ぐ。

 

 ストライクの腹から人影が飛び出していく。ストライクに乗り込みながら、カトウが言った。

 

「答えただろう。連合には、もったいないとな」

「なるほど、返答感謝します」

 閉じていくコクピットハッチに手荒い返答の謝辞を告げると、突然の白煙がリリーを包み、隠してしまった。

 

 爆煙と混じり合って奇妙な色に染まっていく中に、一つの光があった。

それは、忍ジンの一つ目。

 リリーは、忍ジンのコクピットに飛び込んだ。

 

「トビー、ジンと接続、同調を開始。サポートよろしく」

 

 傍らのパソコントランクが電子音で答えると、リリーは操縦桿を握りしめた。

 眼前のストライクをにらむ。すでに灯ったその眼差しは、忍ジンを見ていた。

 

 眼下で閃光がはじける。MSの中でも揺らぐ轟音。最初の爆発と同じか、それ以上の衝撃が走り、炎が飛び出す。

 荒れ狂う炎に乗り、二機は機関部へと飛び出した。

 

 機関部は惨たらしい有様だ。

 金属がむき出しの壁は炎に焼かれ、ひしゃげた柱が折れ曲がって道を塞ぐ。

 その惨状は、戦場そのもの。

 

 狭い空間を二機は自在に駆け巡り、打ち合っていく。

 

「はッ───!」

 

 忍ジンが手裏剣を投げた。直撃コース。避けても打ち落としても、一瞬の足止めになる。だがストライクは構えもせず、全く止まらない。

 真っ向から向かっていき、その身で手裏剣を弾いた。

 

「刺さらない!?」

 

 ストライクが走る。弾いた手裏剣の傷はどこにもなく、勢いがそがれた様子もない。

───刃が立ってもいないのか!

 投げ方が悪い、というには、傷すらついた様子もないのが気になる。

 

 ストライクが振った短刀に、忍ジンの刀が打ち合った。

 

PS(フェイズシフト)装甲と言うらしいな。非常に硬い。手裏剣なんぞ効かん』

 

 刃がつばせりあう。忍ジンはストライクを蹴り、身をはなした。

 

(確かに硬いな……)

 

 蹴った左足を見れば、わずかに縁が歪んでいた。蹴った側がダメージを受けるあたり、硬いのは本当らしい。これでは生半可な手裏剣は通らないだろう。

 

「だがっ!」

 

 リリーは再び、手裏剣を投げる。飛び退いていくストライクの脇をすり抜けた。

『無駄だと───』

 

 ストライクが壁面に降り立つ。しかしその壁面がもろくも崩れさり、穴をあけた。ストライクは脚を飲み込まれてしまう。

 

『───何!』

「そのPS装甲、ずいぶんと重いようね。全身に鎧を着ているんだから注意しなきゃ!」

 

 リリーが放った手裏剣が打ったのは、その壁面。突き立てることでひびを入れた。忍ジンならいざ知らず、ストライクならばその身の重さで踏み抜いてしまうのだ。

 

 つまづいて体勢を崩したストライク。忍ジンは刀を携え、駆ける。

 

(装甲は硬い、刀でもまともに切れるかどうか)

 

───それでも、()()()ならば

 

「しぃっ───後ろ!」

 

 ストライクに刃を突き立てんとしたそのとき、忍ジンは背後に刀を振るった。

 刀は、何かとぶつかった。

 

 ストライクの反撃をかわし、離れながらその姿を探すが、どこにも見あたらない。

 やがて弾かれた物体が、少しずつ姿を現していく。姿を隠したミラージュコロイドがはがれ落ちていくのだ。

 

 鳥のように大きく開かれた爪につながれたワイヤーが引かれ、引き戻されていく。そこには、真っ黒なMSが居た。

 ひときわ鋭どいなシルエットと人のごとき二つの眼。ストライクと同じ連合の作ったMS。『ブリッツ』だ。

 

「コロイドも使うっていうの!」

 

 その真っ黒な機体色は、ミラージュコロイドを全身に帯びるためだろう。

 戻した爪を受け止めながらブリッツが駆ける。右腕に取り付けた大ぶりな板を振り上げた。

───板が武器? いや、違う。

 

 その選択に疑問を持った瞬間、その先端から光が延びていた。棒状に固まった光が振られ、リリーに迫る。

 

「───いけない!」

 

 リリーが飛び退くと、空ぶった光剣は壁を斬り裂いた。その断面が溶断されているのを見て、リリーは驚く。

 

「ビームサーベル、ですって……!?」

 

 あの光はビームだ。戦艦すら貫くこともあるビームを、棒状に固めている。あれではMSもたやすく両断するだろう。それも、刀よりも容易に。

 

(まいったわね、武器までこんな代物とは)

 

 リリーは、武装に関しては把握し切れていない。あいにく、OSには武装関係もまともに組み込まれていなかったのだから。

 

『はずしたかぁッ!』

 

 その威力に酔いしれているのか、ブリッツは歓喜の声を上げる。その体が再び透けていった。ミラージュコロイドをまとったのだ。

 

(───なに、この臭い)

 

 ガスでも漏れているのだろうか。

 鼻をつく臭いに顔をしかめながらも、気配を探る。ミラージュコロイドは姿を隠すだけだ。そこに居ることは隠せない。

 

 忍ジンが刀を構え、飛び退く。

 頭上の天井が突如十字に斬り裂かれた。

 

「今度は上!?」

 

 隔壁の残骸から飛び出して来たのは、巨大な四つ足の赤い蜘蛛。『イージス』だ。リリーが大きく開かれた脚をかわすと、壁面に脚を降り曲げて着地した。

 蜘蛛はバネのようにすぐさま大きくジャンプし、忍ジンに飛びかかる。先端にナイフのような爪を振り回してくる。

 

「気色悪いのよ!」

 

 刀で爪をいなすと、爪が輝いた。刀を半ばから溶かしながら、延びていく。ビームサーベルだ。

 必死に身をのぞけらせると、すれすれをサーベルがなでていく。

 

 周囲を焼く閃光はすさまじく、機内の温度までも上がるように思えてしまう。

 

「大振りだから!」

 

 赤い蜘蛛の尻を引っ付かんで腹のコクピットに刀を向けた。短くなっても、突き刺すには十分。

 

「──────またぁッ!」

 

 必死に飛び上がると、先ほどまでの空間を、散弾が通った。イージスを巻き込んだ散弾は、金属の壁を瞬く間に穴だらけにする。

 空間の先、遠くにその射手の姿が合った。ゴツく角張った人型。『バスター』だ。

 

「散弾。普通のMSなら、ずいぶん風通しがよくなりそうね……」

 

 だが、PS装甲ならば問題ないのだろう。その証にイージスに傷はなく、その身を変形させてMSの姿を見せていた。

 

「ほんと、何だっての……なんてMSを作っていたっての、連合は!」

 

 PS装甲。

 ミラージュコロイド。

 可変機構。

 どれも素晴らしい技術だろう。まるで忍者のような、忍者そのものの技を、素人でも振るえてしまう。

 

 それに、リリーが見る限り、この『G』はM()S()()()()()()()。MS忍者ならば、PS装甲の重さのせいで足場を踏み抜くマヌケはさらさない。

 多少の調整は施しているのかもしれない。だがそれも、握り手を滑りにくくしたり、靴ひもをしっかり縛ったりという、ほんの少し自分が使いやすくするためのものでしかない。

 

 それでいて、忍ジンに遜色無いどころではすまない動き。

 それは、なんと───

 

『───恐ろしい。そう思うかい?』

 

 頭上、リリーを見下ろすように、穴から抜け出したストライクがいた。リリーが回避に使ったささいな時間があれば、ゆうに脱出できる。

 

『見ただろう、このMSたちの能力を。連合は人の身でありながら、忍びの技を使おうというのだよ』

 

 ストライクは、カトウは語る。

 だが、リリーは首を横に振った。

 

「いいえ、所詮、忍びも人です───ほら」

 

 背後、通路に並ぶ支柱から音が鳴った。柱の間に渡された細いワイヤーの網が歪んでいる。

 ゆがみの中が黒く染まっていき、ブリッツが現れた。行く手を阻むように仕掛けられたワイヤーに体を絡めとられていたのだ。

 

『な、なんで俺の場所が!』

 

 ブリッツは必死にもがくが、その度にワイヤーはいっそう絡まっていく。盾を突き出すように構えていることから、背後から突いてしまおうと考えたのだろう。

 ビームサーベルで切り払おうにも、サーベルは盾の先端に固定されている。指のように自在に動く訳ではないから、目の前の空気をむなしく焼くだけだ。

 

 リリーは忍刀を取り出し、ブリッツへと走る。

 

『く、くるな!』

 

 ブリッツは突き出した盾から杭を撃ちだした。杭のように非常に長いミサイル『ランサーダート』。

 だが苦し紛れのランサーダートはあっさりと避けられ、懐に忍ぶジンが潜りこんだ。

 

 ブリッツは盾を手放し素手で忍ジンを押さえ込もうとするが、その右腕にもワイヤーは絡みついていた。

 

「手放すのが遅いのよ!」

『は、PS装甲だぜ───』

 

 言葉が途切れた。忍ジンがブリッツに、忍刀をつき入れている。

 そこは、コクピットハッチの脇。リリーはハッチと腹の装甲の隙間から刀を突き入れて、直接パイロットを刺したのだ。

 いくら人間が鎧に身を固めていても隙間が必ずある。その隙間が、余裕がなければ、中の人間は動くこともかなわないのだ。MSでも同じこと。内部のフレームまでPS装甲ではない。

 

 ブリッツはうなだれ、動かなくなった。その瞳の光も消えている。

 

『よくぞミラージュコロイドを見破った。成長したな、リリー』

「ふざけたことを言わないで」

 

 ストライクの拍手にも、リリーは感じ入るものは無かった。

 

「だいたい、このコロイドはひどいじゃない。こんなにオゾン臭を漂わせて」

『そうだろう。こんだけ臭っていては、見つけてほしいと言ってるものだ。だからそこは彼、だめだったね』

 

 そういって、哀れむようにブリッツを見た。そこに悲しんだり、残念がるそぶりはない。ただ動かないことを惜しむだけだ。

 

「だから、このようにミスもする。技術なんて結局は使う人しだいですよ。」

『そうか───』

 

『───そうか、そうか! すばらしい。くだらない。面白い!』

 

 ストライクは笑う。身をよじらせ、腹を抱えて。身を転がすように。何かが爆発したかのように笑っている。

 あまりにもその姿は、隙だらけだった。

 

「先生───!」

 

 一瞬、リリーは唖然としていた。だが忍ジンは忍刀を手に駆ける。

 

 ハッチの隙間をねらった突きは、ストライクの指に受け止められた。先ほどの笑いが嘘のように、静まり返っていた。

 

『───安心した』

「はい? 何を言っているのです」

 

『君は言っただろう。あのブリッツの姿もまた人である、と。ならば、忍者と人は未だ隔絶しているのだ』

 

 ストライクの蹴りをかわし、二機は飛び上がった。炎に包まれた工場ブロックを抜け、外へと飛び出した。

 

 

ーーーー

 

 

 ヘリオポリスの外観は、なんとか平静をたもっていた。小惑星部が煙を吐き出しているが、これならまだ機能を保っているだろう。

 

 ストライクが腰から柄を取り出した。折り畳み式の刀身がきらめくとリリーの忍刀と斬りむすび、火花を散らす。

 

『ならば、心置きなく渡せるな』

「まさか、先生。こんな回りくどいことをして、MSを!」

『ああ。この技術は高く売れるよ』

 

 互いに打ち払い離れる。忍ジンが距離を詰めようとして、脚を止めた。目の前を散弾が襲う。頭上にいたバスターだ。

 残りのイージス、そして『デュエル』はどこに行ったのだろうか。隠れているのか?

 

『地球連合が主導しつつもモルゲンレーテが端正込めたMSだ。手に入れれば一歩先をいける。いや、二歩も三歩も先だ。となれば、引く手あまたであろう』

 

 リリーには、ようやく納得がいった。

 

「あなた、ですか。そのMSの情報を外に漏らしたのは」

『ああ、みんな面白いように食らいついてくれたろう? 下のザフトも同じさ』

 ヘリオポリスの中では、ザフトのジンが暴れていた。その姿をコロニーの窓から、リリーも覗いている。

 同じように『G』が動いているのも見ていた。ジンが守るように動いていることから見るに、ザフトが奪ったのだろう。

 

『ザフトがコロニーに襲撃までかけて欲しがったMS。それだけでも十分箔がつくものだ』

「そうまでして、銭が欲しいだけだとおっしゃるのですか……!」

『技術で競り合えば、争いは広がっていく。我らの当然の摂理を支え、対価をいただいているだけだ』

 

 争いを広げていく、と言う。その為に、ただ欲に身を任せるその姿。

 

 ───そうか、もうこの人は。

「外道に、堕ちたか」

『外道も道よ。ならば行くのみ』

 

 ───もうこの人は、変わってしまった。

 忍ジンは忍刀を構え、ストライクを見定める。バスターも腰の砲を構えた。

 

「斬るしか、ないか」

 

 ストライクの姿が、ほのかににじむ。

 ストライクはその手にナイフを握ったまま、構えもせずにリリーを見つめていた。

 

『斬れるか、この私を』

「───斬ります!」

 

 ヘリオポリスが爆発で揺れ、三機は動き出した。

 

 飛び跳ね続けるバスターが四方八方から放つ散弾の雨の中、忍ジンは走る。

 ストライクはナイフのみでありながらリリーの手裏剣を撃ち落とし、刀をさばく。時折殴り、蹴っては忍ジンを弾くが、忍ジンは攻撃を続ける。

 忍ジンとバスターがが風のごとく駆け回る中、ストライクは揺らぐ木の葉のように受け流し続ける。

 

『はぁッ!』

 

 ストライクが大きく動いた。ナイフに脚が一瞬止まった忍ジンに拳を思い切りたたきつけた。

 

 姿勢を崩した忍ジンがたたらを踏むと、左足が外壁を踏み抜いた。わずかに足が埋もれて固定され、つまづいてしまう。

 

「───くっ、外壁が弱っていたか!」

 

 ここは、バスターが散弾をばらまいた場所の一つだ。穴だらけとなった外壁が脆くなり、忍ジンが叩きつけられた衝撃がトドメとなったのだ。

 これは、リリーがストライクにはじめに仕掛けたものと同じだ。

 

───マズい!

 

『一度言ってみたかったんだ、ロックオン!』

 

 殺気の方へ視線を向ければ、バスターが両脇の砲を構えていた。

 

───間に合うかッ!?

 

 足へと刃を向ける。

 引き抜いたり、踏み抜くのはダメだ。この穴だらけの外壁では踏ん張れずに右足も埋もれてしまう。だからといってここはうまく砕けてくれない。がれきに埋もれて、情けない隙をさらすだけになるだけだ。

(だから、足を切る。これなら足首だけで済む)

 

 刀が残っていれば周囲ごと切り取ってしまったのだが、なくしたものは仕方がない。

 

 小刀を振る。コロニーが揺れて手元が狂い、空を切った。

一瞬が惜しい。横目に見える砲は光を溜め、今にも放たんとしている。

 

───なんだ。亀裂が広がっている?

 遠目に見たから、気づいたのだろう。バスターの足下に亀裂が生まれ、広がっている。

 

『───ん?』

 

 バスターも気づいた。バスターの足下が一瞬盛り上がったかと思うと、光りとともに崩壊した。溢れた光はバスターを飲み込んでいく。

 

『なっ───!』

 

 砲を撃つために構えていたのがいけなかった。逃げ出すのが遅れたバスターは光に消え、光状は天へと延びていく。

 突然外壁に生えた光の柱にリリーはおろか、カトウも驚いていた。

 

「なに、戦艦が主砲でも撃ったっての!?」

 

 コロニーの外壁を突き破った突然の光線。この太さ、一瞬で外壁を貫く威力は戦艦の主砲としか思えない。MSを一機丸々飲み込む光の柱に、リリーは恐怖を感じる。

 ───撃った奴は一体なにを考えてるっての?

 しかしこれほどの威力のものをコロニーの中で放つとは、どんな砲手なのやら。

 

『あれは、アグニなのか!?』

 

 カトウは、そのビームを知っていた。《320mm超高インパルス砲”アグニ”》元々はストライクが持つオプション装備の一つだ。だがカトウは持ち出していない。ストライクと同じだけの全長、抱えなければ運べない太さと重さ。コロニーもたやすく砕く過剰な威力と、忍者には無用の長物にすぎない。

 はたしてだれが撃ったのか連合か、ザフトか。それともオーブの、モルゲンレーテの人間か。

 疑念はそこに帰結する。内部にあるストライクはカトウの策略により人形同然。だがコーディネイターならば、プログラムを造り使用することが可能だ。ナチュラルにはとうてい扱えない代物になるだろうが。

───ならば、ザフトだろうか。

 

『なにが起きたか分からんが、それよりも!』

 

 忍ジンに視線を向ける。アグニが外壁に刻んだ亀裂は瞬く間に広がり、忍ジンの周囲にも及んでいた。

 

 そして、崩壊する。外壁が巻き上げられる中、二機が飛び出した。

 

『───ぜぇいあっ!』

「───はぁっ!」

 

 刃がぶつかり合い、火花を散らす。

 ビルが、地面が、木々が吹き出る空気の奔流の中、幾度もぶつかり合い、駆け登っていく。

 

 

ーーーー

 

 

 ヘリオポリスは漏れる空気が荒れ狂い、嵐となっている。街に入った亀裂は広がる一方だ。崩壊までは、まだ時間がある。だが、もう避けられない。

 

 ストライクがビルを蹴り、忍ジンは地を蹴て、縦横無尽に駆け回る。

 風が吹き荒れる中、ストライクがアーマーシュナイダーを投げる。風にまかれることなく、矢のごとく飛び、忍ジンの胸元へ深々と突き刺さった。

 

 だが次の瞬間には、その姿は丸太へと変貌していた。

 

『変わり身か!』

 

 あっと言う間の早業に、カトウは賞賛を禁じ得ない。こうも見事に使えるようになっていようとは。

 

 姿を見失ってしまったが、風が吹くなかに、ふ、と気になるにおいがあった。

 場所は、すぐそば。アーマーシュナイダーを振るった。

 

 あのリリーも忍、気配や痕跡を隠すことは心得ている。だからこそ、こうもしっかりとしたにおいはあまりのも怪しかった。だがそれでも、無視せずには居られない。

 虚空をないだ刃は、確かに何かを斬り裂いた。振り切ったその刃先は少しだけ透明になっている。ミラージュコロイドが付着している。それもオゾン臭がする連合製の粗悪なものだ。おおかたリリーが、撃破したブリッツからかすめ取っていたのだろう。

 

 斬り裂いた物の姿が見えた。それは、ただの黒い布。

 

『やはり───!』

 

 ボゴリ、と背後で地面が盛り上がった。

 振り向くよりも早く、飛び出した忍ジンの短刀にその身を斬り裂かれてた。

 

 

ーーーー

 

「は、は、は。これで、私は死ぬのか……!」

 

 わずかにずれたハッチの隙間から、その姿は見えた。のぞき込めば、全身から血を流して体を真っ赤に染めながら、カトウは笑っていた。

 苦痛に顔をゆがめていても、それを吹き飛ばすほどに晴れ晴れしい笑顔。

 

「なんで、笑っていられるのですか、先生」

 

 いつのまにか、そんな言葉を口にしていた。

 

「───楽しみ、だからだ」

「たの、しみ?」

 

 口角をひきつるようにつり上げながら、先生はそう言った。

 震える眼がリリーをとらえる。

 

「どうせ私は、地獄に堕ちる。いつか、おまえもだ」

「……覚悟は出来ています」

 

 どうせ、というのもおかしいが、天国になんぞ縁がないことは、リリーも承知の上だ。闇に生きることを自覚したときに、その覚悟は出来ている。

 

「で、はな……()()から見ていよう。この地獄を───」

 

 言葉は途切れた。虚空を見上げる眼を閉じさせながら、天を見上げた。

 

「現世の方が、地獄か」

 

 分かりきったことだ。

 現世は、地獄よりも辛いのだろう。現世での業から、刑として想像を絶する罰が下るという地獄。ただ、耐えて向き合えばいいその生活は、気の休まらない現世よりもすこしだけ、羨ましかった。

 

 見上げる先で、コロニーシャフトに爆発が起きた。大きく割れてしまっている。

 これで崩壊は早まった。コロニーシャフトは、シリンダー型コロニーの中心を貫く、いわば大黒柱だ。独楽の軸として、回転の芯となる。それが割れたということは、支えをなくしたコロニーが、やがて遠心力によって引き裂かれてしまうということだ。

 ───もう、用はない。

 

 横たわるストライクに頭を下げると、リリーも、忍ジンも姿を消した。

 残されたストライクに、砕けたコロニーシャフトが降り注いでいく。その姿は、巻きあがる塵の中に消え去った。

 


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