Ginnの影忍 ─リリー・ザヴァリー 今日も往く─   作:山田風

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リリーと『撞球獄』

『絶対に、確実に、確保してもらいたい』

 

『事は一刻を争う。あれは、連合と我々の、世界の行く末を決める鍵なのだ』

 

『頼むぞ、忍びたちよ』

 

 

     ◆   ◆   ◆

 

 

 きん、きん、と。 

 静寂が包む漆黒の宇宙に、光るものがあった。

 

 きらめく白刃。

 十メートルはあろうデブリが切り裂かれる。

 

 岩塊が砕け散る。

 飛び散る石つぶの中を二つの閃光が走る。

 暴れ回る閃光はやがて離れ、近づき、絡み合う。

 

 二つの光は連れ添うように、宙域を離れていく。

 

 

     ◆   ◆   ◆

 

 

 忍者、リリー・ザヴァリー。今日は宇宙に来ています。

 以前から思っていましたが、宇宙はとても寒いです。

 空気が無く、日光もなければ極寒なのは当然なのですが。

 だというのに、どうしてこんなに心地よいのか。くるりくるりとミストラルを動かせば、目前のデブリを這うように回避できる。

 まるで手足のように動きます。

 

 えい、と加速させれば、星空が背後へ延びていく。ミストラルが跳ねるように動く。

 通常のミストラルでは、まるで戦闘機のようなこの高速機動はできない。これはいわば"忍者カスタム"といったところか。

「宇宙のほうがいいのかな、でも寒い方が苦手なんだけどなぁ……」

 

 このどうしようもないジレンマ。思わずぼやく。

 

「いやあ、すまんすまん!」

 

 併走するミストラルからの通信。そう言ってくるのは、忍者のコージン。かなり年を食っていると思われる男。彼が今回の相方だ。

 

「噂に聞く、くの一の腕っ節、見てみたくてな!」

 

 ────ん?

 

「噂? どういうこと?」

「最近業界じゃ噂になっとるよ、幼いくの一奮闘す、とね」

 

 忍者が噂にあがるとは、なんでそんなことになったのやら。やりづらくなってしまう。

 まあ同業ならいいだろう。一般に漏れないだけマシだ。

 

「それで、どうだったかしら、評価は」

 

 うむ、とコーゼンは考え、言った。

 

「才がある。よく見とるし、よく体も動く。とくにそのみすとらる、の動きは最たるもの。眼を見張るものがある」

「あら、ずいぶんと高評価」

「あとは、経験と時間だな」

「……どうしようもないじゃない」

「その通り。もうちょい、そもそもの体が仕上がればよかったと思うがな」

「私、コーディネイターですので

「忍者に、こーでぃもなちゅらるも、関係無かろうて」

 

 忍者なんて、産まれにナチュラルもコーディネイターも関係ない。

 ただ、幼少から修行を積み、鍛える。試練を越え、忍者となる。

 

「それだけでその腕、十分かもしれんが……」

 

「──わしら猫目衆に来んか?」

「どういうこと」

 

 それは、聞き捨てなら無いことだった。

 

「仲間にならんか。お前さんならうちでもやっていけるし、なによりもっと学べる。それは──」

「──いらない」

 

 私はそう言い切った。

 

「そうか」

 

 コージンは気楽に言う。

 どこまで本気なのか、善意なのか、打算なのか。

 

「そんなことより、今回の任務、わかっているの?」

「わかってる、ひろいものやろ。えらい簡単な内容の」

 

 あきらかに話を逸らしたのに気にせず、しっかりと返してくれる。とりあえず人当たりはいいみたいだ。

 

「それなのに二人体制なんて、どうなってるのよ」

「決まってる。何かあるんだ」

 

 当然だろう。危ない積み荷に危険な連中。そんなことはしょっちゅうだ。

 

「スピード便での配達希望だそうだ。もっと速度を上げよう」

「ええ、今日中にお届けしちゃいましょうか」

 

 スロットルを引き、さらにスピードを上げる。

 宇宙に、二つの軌跡が刻まれる────。

 

     ◇   ◇   ◇

 ────C.E.67

 リリーがまだ六つのことである。

 

 彼女はまだ、忍びとして未熟のころ。

 忍闘衆『飛草衆』のもとで、修行の日々を過ごしていた。

 

 忍者といえど、産まれたそのときから地を駆け回り、影から影へ身を移したりなぞ、簡単にできるものではない。

 技術を教えるものがいるのだ。

 幼きものは忍者コロニーや地上の里で修行を積み、外では兵器の教練を行う。

 

 今は宇宙、デブリベルトの中にその姿はあった。

 彼女が駆るのは教練用の作業ポッド。もちろん、忍者カスタムが施されている。バーニアを吹かせコースを巡る。

 このときは、機体制御の練習をしていた。

 

 ポッドを操り、カーブを切る。体中がかき混ぜられそうになる中、加速はゆるめない。

 今日の教練は宇宙のデブリコース巡り。ただのデブリベルトに見えるが、忍者が使うのだ。もちろんただのデブリベルトではない、らしい。

 

「おっと!」 

 

 グン、とバーニアを吹かす。ほぼ直角を二連続。

 直線コースを揺るがずに、突然現れたデブリを避ける。

 急な機動だが、危なげなくよけた、コースをそれたりなんてしない。そう確信できた。

 

「まだまだだなぁ、嬢ちゃんよぉ!」

 

 だけどそれは違っていたらしい。

 どういうことだ、と疑問に思い、通信を受ける。

 画面に現れたのは、モッサリ赤毛に合わない薄い顔の男。

 忍、ミジョウ。

 今日の私の、教師役。

 

「そういうのは、こうやるんだ」

 

 いきなりコースに割り込んだミストラルが、そう言って飛ぶ。

 あれにミジョウが乗っているのだ。

 目の前にデブリ帯につっこんでいく。

 

 当たる!

 そう思ったときには、デブリがミストラルをすり抜けた。

 

「あ……」

 

 ぼうぜんとする間にも、次々とミストラルはデブリをすり抜けていく。

 やることは簡単だ。ぶつかるラインに乗ったデブリを、避け、元のラインに寸分違わず戻る。だがすり抜けたように見えるほどとなると、時間は一瞬もない。

 

 「このくらい、当然のようにできるようにならねばな」

 

 笑っていうミジョウに、カチンと来る。

 

 ならば、やってやろうじゃあないか!

 私も一気にバーニアを吹かし、突っ込む。だがデブリでは無い。

 突っ込むのは────ミジョウのミストラル。

 

「ほう!」

「せい!」

 

 気合をこめる。全身が揺さぶられる。

 背後には、ミジョウのミストラルがいる。

 軌道は、直前と変わらない。

 

「よし!」

 

 気分良く目の前にデブリに突っ込み、かわす。

 また軌道を見れば、軸にぶれは無い。デブリを射すような軌跡が刻まれている。

 二度、三度。越えて七度、デブリに軌跡を射した!

 

「どうよ、このくらい簡単よ!」

「ほう、そうかそうか」

 

 ミジョウはそう、気をよくしたように言って、

 

「これならどうだい!」

 

 そばのデブリを投げ飛ばした!

 これは、ちょいと避ければすぐにかわせる。

 

「こんなの簡単よ」

「なら」

 

 今度は二つ。あっさり回避。

 二つと、その影に隠した一つ。一吹かしで回避。ズレたように見えるだろう。

 

「このくらい、お茶の子さいさい!」

「ほう?」

 

 警報。──背後にデブリ接近

 教練用ゆえ設置されている保険用の警報機が、音をたてる。

 

「うそ!」

 

 ゴウ、と吹かせば、今いたところをデブリが通り過ぎていく。二十メートルはあるあの大きさ、自然のものだ。

 

「誘導された……!」

「そう、わしがおまえの動きを操った」

 

 ミジョウが言う。目前にミストラルのアンカーを構えていた。

 ミジョウが敵なら、これだけの隙が有れば、アンカーが打ち込まれていた。私の命は無かったのだ。

 

「全包囲を視ろ。地上では、下は少しの注意で十分。だが宇宙ではそうもいかない。常に重力から解き放たれた空中に有るようなものだ」

「そんなのどうしろっていうの! 目でも足りないのよ!」

「宇宙では地上以上に己の感覚が頼りになる。この宇宙は、確かに死んでいる。だが、生きている」

「────」

「心の眼で感じるのだ。宇宙を、地球を、己を。万物に宿る、その息吹を」

「息吹……」

「そう。それが────」

 

──心眼──

 

 それが、私がミジョウに教わったこと。

 私の中に、確かに有るもの。

 

     ◇   ◇   ◇

 

「見えたぞ、採集地!」

 

 コージンの声に、意識が浮かぶ。

 久しぶりの夢だった。懐かしい過去だった。

 

 デブリに紛れて、浮かぶ船の姿がある。

 

「こっちも確認した、戦艦の残骸だ」

「こいつはぁ……まるせいゆ、三世級か、評判のいい船だな」

 

 マルセイユ三世級は、連合製の旧式輸送鑑だ。今はひしゃげて曲がっているが、軽くつぶれた円筒の形状は特徴的だ。

 浮かぶ残骸は爆発を起こしたようで、船体のあちこちが破裂したように口を開けている。

 この船はジャンク屋など民間に非常に広くわたっている。基本、その素性は船を一別しただけでは判断できない。

 だが。

 

「ふむ、こりゃぁ、裏のもんかね」

「特務隊か、それとも大がかりなスパイか」

 

 わかる人にはわかるものだ。

 この船は表沙汰にはならないような怪しいモノと見える。

 それはつまり────

 

「けっこうヤバいんじゃないの、今回」

「ワシらに『今回は』なんて区別が有るか?」

「それもそうね!」

 

 笑うしかない。忍者が引き受ける仕事は、いつも傭兵が断るような面倒くさい厄介事。

 

「くだらないこと言ってないで、さっさとやっちまうか」

「ええ、まずは、荷物を見つけなくちゃ」

「荷物はトランクだったか?」

「めんどーねぇ……」

 

 宇宙艦は巨大で、100~200メートルはゆうにある。その中から人一人見つけるだけでも手間だというのに、その手荷物となるとかなりの手間だ。

 

 私はスロットルをさらに開く。

 ミストラルは加速し、残骸に近づいていく。

 

     ◆   ◆   ◆

 

 マルセイユ三世級は輸送艦である。大ざっぱな仕組みとしては、前部の積載部と後部の艦船部に分けられる。そのため手間は船の見た目に比べて、さほどかからないと推測された。

 

 コージンと手分けをして、トランク捜索に当たるリリー。

 ミストラルで骨組みをかきわけて道を作り、無事な通路を見つけては、船内に降り立つ。

 理由はわからないが、撃沈した船。

 船は完全に死んだようで、電気は通らず船内は真っ暗だ。

 少人数で運用していたのか、死体に会わない。回収の依頼が来るあたり、脱出した人はいないのだろう。脱出したなら、すでに自分たちで済ませているはず。忍者に依頼をする事はない。

 

 リリーは立ち止まる。目の前にはわずかにあいている扉が有った。隙間から、赤い氷の粒が漂っている。血だ。中に誰かがいたのだ。

 トランクの事を考え、リリーは爆薬は控える事にした。代わりに取り出したのは刀。

 リリーが刀を振るえば扉は裂かれ、隙間は広がった。

 

「とりあえず、ここならいそうだな」

 

 扉の先は脱出ポッドだった。だが爆発の影響だろう、中は半分ほどが押しつぶされていた。

 簡素な長椅子だけの室内に、おびただしい量の血液が漂っている。その中央で男がうずくまるように身を縮めて浮いていた。身にまとうスーツの背に大きな破片が刺さり、血が溢れでている。

 男は身じろぎもしない。死んでいるのだ。

 

(爆発から破片を受け負傷、ポッドに逃げ込むも無かったが、ポッドも破損し窒息か失血かで死亡、か。どっちも苦しいわよねぇ)

 

 男は腹にトランクを抱えていた。リリーは取ろうとするも、男も腕が思いの外強くて苦戦する。

 男の表情は伺えない。だが死んでなお、そのしつこさが執念を思わせる。

 その腕を切り落とすしか手は無かった。

 外装部から離脱する最中、リリーはめくれあがる装甲の中にあるものを見た。

 

「トランクを確保したか!」

「ええ。それとコージン、この船が沈んだ理由、わかったわ」

「うん? いったいなんだい?」

「デブリよ」

「はぁ?」

「デブリの衝突が、沈没の原因よ」

「おいおい……」

 

 コージンは気の抜けたような声を出した。

 宇宙において、デブリとの衝突事故は意外と珍しいものではない。だが、沈没するほどとなると非常にまれだ。

 デブリとの衝突は、デブリと船体の航行ルートが交差し、その接触タイミングが一致し、レーダーと人の目が見落とし、迎撃ができなくて初めて起きる。しかしこうして衝突するデブリのほとんどが小石程度のものだ。それくらいは、船は進むだけで浴びる程にそこら中に浮いているので、無視できるほどには装甲は有る。

 だがデブリの質量がいまも脅威であることは変わらない。その為にレーダーや迎撃装置など対策がなされているのだ。

 

「なんで、そんなマヌケな事になる」

「とはいっても目の前に証拠があるからしょうがないじゃない」

 

 そう言ってリリーが見たのは船の下側、腹の部分。中程にぽっかりと大穴が空き、奥に巨大なデブリが顔をのぞかせている。

 岩塊のデブリ。貴重な創星期の遺物か、それとも資源衛星のゴミか。何にせよこの船が不運だったことには違いない。

 

「モノは見つけたんだ、さっさと行こうか。こんなところじゃこっちまで運を無くしちまう」

「運勢がどうだ、運命がどうというのは、よくわからないわ」

「若いのに枯れてるな。ま、天は気まぐれよ」

 

 二機のミストラルは船の残骸から離れていく。

 

「デブリが増えてきたわね」

「気をつけろ、かなり濃くなっている。早く出よう」

 

 船が沈むデブリ帯はずいぶん濃くなっていた。いつ頃からもわからぬ古い船や岩塊など、様々な大きさのデブリが増えている。

 デブリ帯とはいわばデブリの川。流れてきたのかもしれない。ただ、あまりに多過ぎる。

 二機のミストラルの進行上にデブリが迫るが、難なくかわす。

 

「おっと、さすがに怖いな」

「怖いの? こんなの簡単よ」

 

 そう言う間にも、次々とデブリが横切っていく。

 

「きゃっ!」

 

 死角から飛び込んでくるデブリに、リリーは悲鳴を上げてミストラルの杭手裏剣を打ち込んだ。

 砕けたデブリを浴びながら、リリーは冷や汗を拭った。

 

「おいおい、ビビるとはどうした?」

「うっさい!」

 

 そう言いながら、コージンもミストラルのアンカーでデブリを打ち砕く。

 しだいに、緊張は高まる。

 

「これは来たのかしら」

「誰かいるなぁ、これは!」

 

 緩やかに流れていたデブリの川は、激流へと変じていた──

 

 

     ◆   ◆   ◆

 

 

「おいおい、なんだよ、あれは……」

 

 航路からはずれた宙域にそのデブリ帯はわたっていた。かなりのデブリが流れて危険であるが様々な年代のデブリが流れ着くとあって、ジャンク屋に密かに人気の宙域であった。

 今日もあるジャンク屋の船が一つ、がこのデブリ帯を目指してこの宙域を訪れていた。

 

 そして、その異変を見たのである。

 

「何あれぇ!デブリが」

「見たことありませんよ、あんなデブリの動きは」

 

 船内のジャンク屋らが見る先では、デブリ帯がある。以前に来たときには、緩やかに漂っていた。

 それが今はどうだ。

 濁流のように、激しく流れる。

 活発な青年も、その奔流を眺めていた。

 

「くうぅーっ! いって見てぇ!」

「ええ~っ! 危ないよぉ!」

「危険です! 緊急の対処に行くわけでもない、ただのデブリベルトです!」

 

 長身の青年や少女が必死にとどめる。二人の声はたしかに届いている。

 だが、活発な青年はうねりの中に動く光をめざとく見つけたのだ。それは青年のメカマニア故の好奇心を刺激されていた。

「わかってる。けどよぉ、あの中になにかいるんだ。すげぇメカがあるかも知れねえ、悔しいなぁ……」

「二人の言うとおり、止めた方がいいわよ」

「やっぱ、ぞうだよな、プロフェッサー?」

「あれは手出ししちゃいけないわ」

 

 青年も折れ、ジャンク屋らはデブリ帯に背を向けた。

 今なおデブリは荒れ狂い、乱れ渦巻く。それはまるで、デブリの龍────

 

 

「気を抜くなよ、嬢ちゃん!」

「うるさいわよ!」

 

 荒れ狂うデブリの波にまぎれ、二機のミストラルがいた。

 

 回避をし、打ち砕き、ミストラルは舞う。

 スラスタを吹かし、時にワイヤーをデブリに引っかけ、大胆に動き回る。

 

 それはリリーが一際大きいデブリを迎撃した時であった。

 

「なっ────」

「コージン!」

 

 その影から現れた小粒のデブリに、コージンのミストラルは貫かれた。

 動きの止まったミストラルに次々とデブリが衝突し、ミストラルは砕けていく。

 

「あれは、助からない……!」

 

 回避運動を続けながらも、リリーはそのさまを見ていた。

 

「狙いは間違いなくこのトランク。敵は、どこにいるの」

 

 だれかがこのデブリを制御しているはずである。

 

 ある通信が入ったのは、そのときであった。

 回避と迎撃ばかりに専念するしかなかったリリーが、機体を静止させる。

 それに合わせて、波が引くようにデブリの流れが穏やかになっていく。やがてデブリはリリーを中心におくように漂い始めた。

 通信機から声が聞こえる。

 

『礼を言おう、話を聞いてくれるとはな』

 

 出てきたのは、所々で引っかかって甲高くなる、ひび割れたような男の声。

 

「何の用?」

『お宝、見つけたんだろう? 渡してもらおうか。そうすれば、このデブリ帯を抜けられる』

「わぁ、ありきたり」

 

 リリーはしぶしぶ答える。

 

「それじゃ私のメリットにならないわよ」

『命が残るだろう?』

 

 ふふん、とリリーは鼻でわらって言った。

 

「臆病なあなたじゃ、何も出来ないわよ」

『忍びに、まだそういうか?』

 

 ギシリ、とデブリが再びうねり始めた。

 背後にデブリが迫る。

 直撃コース。リリーは難なくかわす。

 脇からデブリが迫る。かわそうとするが、回避先にもデブリを見つける。併せてかわす。

 さらにデブリが二つも迫る。さきほどは見なかったものだ。

 

「さっきは無かったのに!」

 

 バック転。落ちるようにかわした。

 回転する機体からリリーは見た。

 デブリ同士が衝突する瞬間を。

 飛び去ったデブリとデブリが衝突し、弾けてコースを変える。その先でまた別のデブリとぶつかる。

 どれもが、リリーから離れず、周りを巡る。

 

「デブリがぶつかって、はねかえってるのか!」

 

 なんということだ、質量の大きいデブリで小さなデブリを跳ね返し、さらに巨大なデブリで大きなデブリを跳ね返す!

 四方八方からデブリを叩きつけ、回避するなら、意識も無い影から飛来するデブリでしとめる。

 これは、デブリではじける三次元ビリヤード!

 

「常に変化する網に捕らわれ、まともに動けまい!」

 

 男は叫ぶ。

 

「これぞ、忍法『デブリ・撞球獄!』」

 

 どうする、どうする、どうする────

 ふ、とリリーの脳裏に言葉がよぎった。

 

──万物の、息吹を──

 

 スッ、とリリーは眼をつぶった。ミストラルも動きを止める。デブリに囲まれた中でのこの行動。

 男の目には自殺行為に映った。

 

「む……抵抗を止めるのか────ならば!」

 

 叫ぶ。デブリが鳴動する。

 

「死ぬがよい!」

 

 一斉にデブリを放った。リリーを中心にデブリが集う。

 

「潰れろぉ、紙屑のごとく!」

 デブリが一つになった。現れた極大のデブリはあまりの衝撃からか、次の瞬間にはチリのように崩れた。

 

「ははっ! 潰れて、ハジケっ────」

 

 チリの中を、閃光が走った。

 杭手裏剣が、デブリに隠れた作業ポッドを、男の胸板を貫いている。

 放ったのは──なにも変わらない、ミストラル。

 

「な……ぜ、だ」

 

 なぜ無傷なのか、なぜ一撃で当てられたのか。疑問を解くには遅すぎる。

 血を吐く。紫電が機内を舞った。炎が男を覆う。

 爆発。光がきらめく。

 チリとなり、あとにはなにも残らない。

 

 リリーはゆっくりと眼を開け、息を吐いた。疲労し、じっとりと汗をかく。

 『心眼』がなければ、回避も索敵も攻撃も叶わなかった。

 それだけのことをして、ようやくあの男を打ち倒せたのだ。

 

「ありがとう、コージン、ミジョウ先生」

 

 機首をふり、ミストラルを走らせる。まだ、仕事は終わっていない。

 早く荷物を届けなくては。

 リリーは、振り返らない。

 

 

     ◆   ◆   ◆

 

 

「大旦那様、コーヒーでございます」

 

 うむ、とうなずき、老人は若いメイドの出したコーヒーを受け取った。

 書斎に香ばしくも芳醇な香りが広がり、鼻をくすぐる。一口含み、微笑んだ。あの若いメイドが自身で入れるこの一杯のコーヒーが、老人のお気に入りであった。

 

 老人は気分をよくしながら書類を取り出す。それは、リリーが確保したトランクに大切に仕舞われていたもの。

 いすに座りながら、真剣な眼差しで書類を読み込む。しかし老人は次第に震えだし激昂した。

 

「なんだ、これは!」

 

 顔を赤くし書類を机に叩きつけた。

 

「ふざけるなよ、やつら……モビルスーツ、だと。決戦兵器が、人形だというのか!」

 

 怒りからか、老人は叫び、やがて痙攣するように笑い出した。

 

「はっ、はは、こいつは傑作だ! 人形風情が、人形を持ち出すか!」

 

「はは──」

 

 笑いが突然途切れ、老人はいすに仰向けに倒れ込んだ。表情は恐怖にひきつり、眼はただ宙の一点を見つめる。こわばった手が胸をつかもうともがく。

 

 

「大旦那様、コーヒーでござ、い────」

 

 コーヒーを届けようと若いメイドが部屋を訪れたときには、老人はいすの上で苦悶の表情を浮かべて、力無く腕を垂らし息絶えていた。

 

 その日、ある軍事産業会社の会長が死んだ。心臓発作である。経済界の大物として畏れられていたことから暗殺も考えられたが、直前に飲んでいたコーヒーや、本人の体から毒物は検出されなかった。幾分年を取っていたことからある種の諦めもあったのだろう。早々に自然死ということで処理され、盛大な葬式が開かれた。ウィンスレットやアズライルなど多くの名家も弔問に訪れ、その死を悼んだ。

 

 発見されたとき、テーブルの上に資料などは何も無かったという。

歴史に『モビルスーツ』の名が刻まれるまで、あと二ヶ月。

 




【ミストラル】
連合のモビルアーマー。メビウスゼロよりも旧世代。ちなみにメビウスが三種ではもっとも新しい。
土台に乗った卵のようなかわいらしい形が特徴。なお固定武装はバルカンのみ。
これの改造型が、ASTRAY初期にロウ・ギュールらが乗っていたMA『キメラ』である。
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