Ginnの影忍 ─リリー・ザヴァリー 今日も往く─ 作:山田風
プラントはユニウスセブンに、その公園はあった。面積はとかく広く、中でも広大な森をゆく遊歩道がとくに人気のある場所であった。
あたりはもう暗いが、まだ明かりをともす電灯によってかろうじて光をたもつ頃、その遊歩道の一角でリリーは息を荒げていた。
目の前には女が力無くうずくまっている。全身に切り傷を作り、血にまみれていた。その背には細い鉄柱が刺さり、腹も貫通したそれは女の体重を受けて地面まで突き刺さって、女を釘付けにしている。
「うっ、ぐふぇぅ」
女は血を吐き、足下にこぼす。腹から血が溢れ出て、杭を伝わって血の池を作っていた。
「陽冥衆め、がぁ……」
怨みに満ちた声とともにギロリ、と動く眼がリリーをにらみつける。その言葉をいぶかしんでいると、女がフッ、と強く息を吹いた。何かが光りリリーに向かって飛んでくる。それを避けてから苦無を振るうと、糸のようなものを斬り裂いた。あらぬ方向に飛んでいくその先は、白い奥歯を重石にしていた。
「これは……?」
疑問に思い女を見れば、歯を食いしばっていた。顔を歪ませ歯をかみ砕かんばかりに必死の形相。
その顔を見て、リリーは何か寒気のようなものを感じた。直後にドガン、と背後で地面がはじける。あそこは、今よけた歯が落ちた場所。
もう間に合わない、とすぐに地面に伏せた途端、女は弾け爆発が起きた。轟音と爆風と衝撃がリリーを襲い、その体を振るわせる。
パラリと、吹き飛ばされてきた土をはねのけながら起き、爆心地を見ればそこは悲惨な有様だった。
緑に覆われていた地面は女のいた場所を中心に丸くはげ、深くえぐられている。女の姿はもうどこにも見あたらない。
視界が赤く染まった。頭を切って垂れた血が眼に入ったらしい。
「これで三人、まだつづくんだろうなぁ……何のようよ、ホント」
追撃を警戒しながら手当をすませると、空を見上げた。思わずため息がこぼれる。
ガラス越しの漆黒の宇宙に、いくつも連なる砂時計形コロニーが見える。
ここはプラント、ユニウス市7番区。通称『ユニウス・セブン』
◆ ◆ ◆
それは、どうも奇妙な依頼だった。
「『プラントに住む二人を、地球に連れ出してほしい』……と」
「はい。お願いできますでしょうか」
コテージの中のベッドの上で、深窓の令嬢といった趣の若い女性が言った。線が細く、血色も薄い彼女は、体が弱いというのが見て取れる。
その女性が、私を地球『東アジア共和国』の極東に呼びよせてまで依頼を伝えた。
「手紙や通信はダメなのですか」
「手紙は送っても、返答がないのです。山奥ですから通信もまともに届きません。それにわたしはこの身。重力を振り払って宇宙にいくには、とても耐えられません。アメノミハシラが完成していれば良かったのですけれど。ですので、お願いしたいのです。そこに居ることはわかっているのです。わたしはどうにかして、あの二人と話がしたい」
彼女の必死のお願いだった。
おかしなことはいくつかあった。
いくら彼女の背景を調べてみてもまったく裏への接点が見つからない。直接私に接触してきたのだが、どうやって忍者なんぞにあたりをつけたのか。
そもそもこの内容をなぜ忍者に依頼するのか。連れてきてほしいという二人は老齢の夫婦だったが、依頼人たちとの関係は調べてもよくわからなかった。
報酬も少なく、あまりうま味もない依頼。
正直なところ、不気味にすら思える。だが、引き受けた。
なぜ引き受けたのか、こうしてユニウスセブンに来た今も考える。
勘、としか言えないような不思議な感覚だった。
戦闘時の次の一手ならば何度かこの勘を感じたことがあるが、依頼なんて長期的な、当てもない遠くにこの感覚を持ったことはない。
このなにも言えない感覚がモヤモヤとなって、私を締め付ける。
____
そうしてプラントはユニウスセブンまでやって来たのだが、どうもおかしい。
いきなり忍者から襲撃を受けた。
いったい何のようなのか。大方つっかかってきただけだろうが、そのような襲撃は正直、珍しくもない。
「やっぱり雰囲気悪いわねぇ……」
忍者、リリー・ザヴァリー、今日はL5コロニー群『プラント』の一つ、ユニウスセブンに来ています。
コロニーはいま、非常に緊張している。
ユニウス市7~10番区は昨年農業プラントに改装され、食料自給の一端を担うコロニー。
ユニウスセブンは今が収穫の時期なのでしょう。穀倉地帯は今、金色に染まっている。
元はただの生活コロニーだったこともあって町並みは美しく、丘に森に川があってと自然豊か。穀草地帯の金色とのコントラストが非常に美しい。
しかし町の人々は元気に過ごしているものの、誰もがどこかに陰りがあります。
それは当たり前のことかもしれません。戦争となったのですから。
地球連合がプラントに宣戦布告したのです。
その理由が、国連会議がテロされて全滅し、唯一の生存者がたまたま遅刻したシーゲル・クライン議長だけだったから、だそうで。
これはプラントの仕組んだ卑劣な罠に違いないというのが大西洋連邦の言い分なのですが、一連の流れが余りにスムーズで中々疑わしい。
ちょっとばかり笑ってしまいますが詮無きことです。
今まで予兆に過ぎなかった風がとうとう戦乱の嵐となったことで、忍者の需要がさらに延びるのですから。実際、依頼やその仲介などであちこち忍者が飛び回っています。
我ら忍者もさすがに人。いくら耐えられるからといって何も食わない訳でもありません。
食えるなら食うのです。
◆ ◆ ◆
「てめぇなんざが気にする事じゃねえな!」
背後から、罵声とともに勢いよく扉を閉める音が聞こえてきた。
青々しい芝生の香りが鼻をくすぐる。気づけば、私は芝生の上に寝っ転がっていた。いや、正確には投げ飛ばされたのだ。あっと言う間の早業だった。
老夫婦の家は、手入れの行き届いたきれいな広い庭のある、赤い屋根が特徴的なごく普通の一軒家だった。
まずは順当に説得する事にしたのだ。穏便にすむし何より楽に依頼が終わる。忍者とて楽にやりたい。うまく話がまとまろうが決裂しようがすぐにすむ、そのはずだった。
門に入り、きれいな庭に見とれながら通り過ぎ、呼び鈴を鳴らして、でてきたのは白髪のおじいさん。彼に用件を伝えて──。
──投げられた。
「えっ……投げられた……?」
今の自分の姿勢と状況から察するに、あのおじいさんに投げられたのだろう。一瞬のことで正直自分の記憶が疑わしく思えてしまうのだが、そうとしか思えないのだから仕方ない。
「まるで瞬間移動……もう一度、いきましょ」
起きあがった体に異常は無いことを確認。
警戒しながら再び呼び鈴を押すも、反応は無かった。
◆ ◆ ◆
ならばしのび込もうか、と考えていた時に襲いかかってきたのが、私を陽冥衆、などと言ったあの女だった。
綱糸鉄線をいくつも振り回す危ない女だが、どうにかして撃退出来たのだ。
これで忍者の襲撃は3人目。こうも連続して襲われるのは初めてのことである。
いったいここで何が起きているのやら。
町に出れば、忍者の争いなんて当然知らず、活気に溢れていた。だが、町は戦火が近づくこともあってどことなく暗い。
それでもにぎわいに溢れている。まるでせまる”それ”に気づきたくないかのように。
軒を連ねる店はバレンタインだのと言って盛り上げ、客が呼応していっそうのにぎわいを魅せている。ただの日常のはずなのにどこか空回りしているようにも見えます。
広場では通りがかった人が、街頭の大型テレビに映される連合による宣戦布告のニュースを不安まじりの、それでもどこか他人事の様子で眺め、アナウンサーの乾いた声が響く。
そういった人々を懸命に鼓舞するように報じられるのが、ザフトと『モビルスーツ』の雄姿。
すでに一度、プラントの住人は戦火を体験している。
半年前、食料自給の開始に理事国が反発して駐留する宇宙軍による威嚇行動を行った。これに初めて姿を現したザフトとそのモビルスーツ・ジンをもって反撃、ザフトが圧倒的な勝利をおさめたのです。
いくら勝利したからと言え、小さな火の粉を振り払っただけ。プラントは宣戦布告が無くとも、とうに戦争は市民にとって画面の中では収まらなくなっている。
そして、MS部隊は見事にプラントに手を着けさせなかった。
プラントはコロニーだ。戦争の音は聞こえない。衝撃なんて届かず、見ようにも姿も見えない。宇宙での距離は地球で見ているよりも圧倒的に遠いのだ。
見えるのは、遠くに瞬く光だけ。故に、人々は未だにどこかで戦争は画面の中の、遠くの出来事に思っている。
ガラス一枚が、世界を隔てるのだ。
ーーーー
また次の日。晴れ上がり、コロニーらしい乾いた空気の中、再び玄関の前に立った。警戒して、呼び鈴を鳴らす。
「はい、どなた」
「あれ、女の人」
待ちかまえていたところに現れたのは、娘か、家事手伝いか、見目麗しいという言葉の似合う若い女性だった。すこしばかり小柄ながら、芯の通った佇まいと柔らかい物腰。着飾らずに町にでても、引く手あまただろう。
「おや、どうしたの、お嬢さん」
「傭兵のリリーといます。ある人から依頼を受けて、ヒューガ夫妻にお話をしたいのですが、おられるでしょうか」
「あら、奥さんなら私よ」
「え」
「わたしがリョーマ・ヒューガの妻、アマネ・ヒューガです」
え────?
そう告げられて、確かに固まっていた。住民登録の写真ではきれいだなんて思ったが、まさかそれ以上だなんて!
「あなたたちへお話に来ました」
渦巻く思考をむりやり振り払って、話を進めた。
「あら、傭兵さんなの。小さいのにえらいわねぇ。それでお話って、どのような方からかしら?」
今回は傭兵ということにしたが、いつもいろんな職業を使い分けている。忍者とはさすがに公言できない。
おじいさんの時と比べれば、スムーズに話は進んでいる。おじいさんは傭兵と口に出しただけで機嫌を損ねたように見えたものだ。
「申し訳ありませんが、名前だけは出さないでほしいとのことで。東アジア共和国の極東にお住まいの方です。手紙もこちらに」
「あらそう、ありがとう。極東の方から──」
女性から預かった手紙。直接ならば確実に届くという判断だ。
おばあさんが手紙を受け取った途端。
「────また今度いらっしゃい」
気づけば私は、ひっくり返った家の扉が静かにしまっていくのを見ていた。いや、私が逆さまになっているだけだ、これは。
「どういうこと……」
また、投げ飛ばされてたのだろう。
起きあがって体をよく見ても、どこにも傷はない。手も足も出るすべもない一瞬の出来事。さすがに驚きである。
だが結局、追い返されたことに変わりはない。
おまけに今度は、肝心の話にすら入らなかった。
「ええい、なんと情けないか!」
思わず膝をたたいた。転がるように立ち上がり、玄関へと猛ダッシュ。
今回は強気でいく! 三度目の正直とも言うから、今度はうまくいくさ!
「頼もぉぅ!」
飛びかかるような勢いは、突然開いた扉によってぞがれた。
足と止め、扉を見つめる。買い物にでもでるように気楽そうに現れたのは、おじいさんだった。彼こもまさしく、リョーマ・ヒューガ。
私を見つけ、目をつり上げる。
「ああん、まだいたのかおめぇ!」
「当然いますよ! 話は終わってないんですから!」
「あぁ、もう終わったろうが!」
「まったく聞いてないじゃないですか!」
そういうと、おじいさんがいきなり目の前に現れた。襟元を捕まれたかと思うと、天地がひっくり返っていた。こんどはしっかり認識したのに、何も対応できなかった。
「ふん、これに何もできんとは、まだまだだな。小僧」
「こ、小僧ってなによ、私は女よ……」
「ふん、ケツの青いガキはみんな小僧よ」
「な、に、おぉぅ!」
駆け、背中への剃るような蹴りもあっさり受け止められた。そのまま足首をつかみ、放り投げられる。
ならば、
「む、逃げた────でぇやっ!」
「なぁっ!?」
死角からの不意打ちも、あっらり受け止められてしまった。
「そうも見え見えの闘志、夜明けの太陽のごとく目立ってってしょうがないわ!」
「なっ────見え見え!?」
「ああ、まぶしくて目立ってしょうがないわ!」
まぶしくて、目立って、しょうがない。
その言葉でようやく、ずいぶんと熱くなっているのを自覚できた。なんでこうもムキになっているのか。忍者がそういった自意識や闘志をむき出しにしては致命的だろうに!
そう想いいたって、無性に恥ずかしくなってくる。
「ま、また来ますからね!」
「てめぇの顔なんぞ見たくもないわ!」
結局、捨て台詞をはいて、老夫婦の家を後にした。
おじいさんの顔も、もうまともに見れなかった。
街を歩いていても、浮かない気分だった。
「何もできなかったなあ……」
ぽつり、とこぼして空を見上げた。
こうも熱くなったのも、いいようにあしらわれたのもずいぶんと久しぶりだった。
最後はいつだっただろうか。もしかしたら、まだ里にいたころだったかもしれない。失敗はいくつも重ねたが、なんだかんだで大したことは無かった。
もしかしたら、外に出て初めてかもしれない。目の前に明らかな壁が立ちはだかったのは。
【東アジア共和国】
中国から東、極東とよばれる一帯が集合した共和国。ちなみに北海道と黒竜江省はユーラシア連邦に所属。
SEED始めで堕ちたカオシュン宇宙港はこの国にある。
後にFRAME ASTRAYSの舞台となり、密林地帯にて連合、ザフト、ゲリラの三つ巴が繰り広げられることになる。
【アメノミハシラ】
物語が進むともはやロンド・ミナ・サハクの宇宙の居城となっているが、元々はオーブの軌道エレベーターである。
しかし世界の情勢悪化により工事は中断。すでに完成していた頂点部がアメノミハシラと呼ばれるようになった。
宇宙に浮かぶ工場でもあるので、連合にもザフトにも目を付けられていたりする。