Ginnの影忍 ─リリー・ザヴァリー 今日も往く─   作:山田風

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ユニウス・セブン忍法帳.二 熱風編

 

「バレンタイン、ねぇ……」

 

 朝から五人目の忍者を撃退した私は、丘に寝そべってガラス越しの宇宙を見上げていた。

 気づけば依頼よりも、バレンタインなんてもののことを考えている。

 今日がバレンタインというのもあってか、町では商店も街頭モニターも、一斉にバレンタインを宣伝している。

 親しい人、いい人ににチョコレートなどを送るという風習らしい。こんなものも旧世から長く続くというのだから、風習とはわからないものだ。

 私が知ったのは世に出てからだ。忍びの里にいた頃はこのような風習とか世俗の事はまともに知らなかったし、親しい人に贈り物だのと、甘ったるい考えはそう湧かなかった。

 だから、大切な人へ、などという懸命の宣伝もいまいち響かない。

 誰かいい人はいただろうか。

 空や宇宙を『理解』し、機体の操縦は一番だったコニー兄さん。

 操縦や心眼を魅せてくれたミジョウ先生。

 おなじ子どもだったゼロ丸、ミン、コーほか数名。

 他にもいろいろいるのかもしれないが、そう心が動く人は思い当たらない。

 

「どこに行っちゃったんだろうな……みんな」

 

 それに、送る相手もいないのが実際のところだ。みんな消えてしまった。行方も生死も全くわからない。

 だからこうして私は、この年でフリーランスの忍者なんてやっているのだ。子どの忍者がフリーなんて珍しいものだから、噂もあがってしまうのだろう。依頼で誰かと組むとたいていその二つのどちらかで驚かれるのだ。

 うんざりするほど言われたのでもう慣れてしまったが。

 

 見上げていたガラス越しの宇宙を、推進材の光を引きながら人型ものが通り過ぎた。

 無骨な体と背中の羽、頭のトサカが眼を引く機体。あれこそが、プラントの作った人型兵器『モビルスーツ・ジン』である。

 ある意味ばかげたような、ロボット兵器。それが大戦果を上げるというのだから、連合もたまったものでは無いだろう。

 じつにMAとの戦力比1:5はくだらないと言われるのだ。いくらザフトが数に劣っていようともこの差は大きい。

 

 ガラスの奥では、ジンが編隊を組んで跳んでいる。いくつかの戦艦が動く様子も見えた。ここ数日はザフトも連合の襲撃に備えてか慌ただしい。

 宣戦布告なんてされて、たまったものではないだろう。

 それでも賢明に動いているのだ。

 

「あのくノ一なんかも、誰かにチョコをあげようとか考えていたのかしらねぇ……」

 

 そうつぶやいて、気づいた。

 なぜ敵のことを考えている?

 寝ぼけてるのか、疲れているのか。

 思わずため息をつくと、声をかけられた。

 

「なーにしてるの?」

「うぇっ!」

 

 目的の、おばあさんだった。名は、アマネ・ヒューゴ。

 

「どうしたのリリーちゃん、こんなところでたそがれちゃって」

「いえ、何でもないです。それより、お話を」

「バレンタインのことでも考えてた?」

 

 言葉に詰まった。なぜわかったのだろう。

 

「図星って顔ね」

「別にそんなことは……」

「気にしなくて良いわよ。気になる人、居る?」

「……気になる人ばかりですよ。そちらは……決まってますか」

「ええ! あの人に決まってるじゃない」

 

 うれしそうに、高らかに歌うように言った。にこやかな笑顔だった。

 ふとした疑問を口にしていた。

 

「なぜ、あの人を選んだんですか」

「なんででしょうね」

 

 小さなくちびる人差し指を当てて、小首を傾げる。まるで少女のようなかわいらしい仕草。

 

「はじめはお互い憎くんでばかりでね」

「えっ」

「なんでこんな奴なんかに、なんて反発したりしてあーだ、こーだ言ってあの人ばっかり見てたら、ここまで来ちゃった」

 

 その眼は本当に楽しそうで、おばあさんであるのが嘘のように若く、きれいだった。

 

「じゃあ、これ」

「え。チョコレート?」

「私の手作り、ちょっとお裾分けね。久々に張り切ったら多すぎちゃったの」

 

 渡された手のひらほどの小さな草籠には、一口サイズのブロックチョコがいっぱいになっていた。

 

「後で感想、聞かせてね」

「あっ────」

 

 チョコに眼を奪われた一瞬の間に、アマネさんはどこかに消えてしまった。

 見晴らしのいい丘なのに、どこにも姿が見えない。

 じっとチョコを見つめて、口にした。

 砂糖はすくなく、ミルクが多い。コクのある味わいだった。

 

 

    ◆   ◆   ◆

 

 

 街を歩いていたリリーは、路地裏へと入っていった。ビルの隙間になっているそこには薄暗く人通りもない。プラントにこのような路地裏は実はかなり少ない。プラントのコロニーはコーディネイターの高い能力によって無駄なく利用できるよう計算されて区画されているのだ。とはいえ、生活が営まれた上での人の流れの変化によってこういった場所が生まれてしまう。

 しばらく進むと、リリーは声を上げた。

 

「何のようかしら」

「いや、ちょっとお話をね」

 

 頭上で男が答えた。見上げれば、ビルの半ばから突き出た細い配管の上に何者がたっていた。どうやらザフトのパイロットスーツを着ているらしく、ヘルメットまでもしっかり装着している。バイザーはおろされスモークもかかり、顔は見えない。

 なぜか赤服仕様のスーツだが、自前のものなのか拾っただけなのか定かではない。

 あまりに不自然な男だった。

 

「警察に通報すればいいのかしら」

「おおっと待ってくれ、なに、怪しいものじゃないさ」

「だったらなんでそんな格好してるのよ」

「フッ、これがオレの仕事着さ」

 

 堂々と己を指さした男に頭を抱える。

 

「ハアッ、で、何のよう」

「君も、彼らが目的かい?」

「彼らって?」

「ヒューガ夫妻に決まってる」

 

 眉をひそめたリリーに、男が笑う。

 

「それがどうしたの」

「オレは君を知らない。仲間じゃない」

 だから────

 男がそう言ったとたん、煙が一気に路地裏を包んだ。

 

 

     ◆   ◆   ◆

 

 

「はあぁっ!」

「しっ!」

 

 リリーが路地に抜け出すと、路地裏に溜まった煙から男が飛び出した。その手が霞む。手刀の突きだ。つき出された手刀をかかんで避け、腕を下から掴む。

 相手の勢いを利用して背負い投げをを仕掛ける。体当たりするように体を潜り込ませて腕を動かそうとして、その手がすっぽぬけた。

ヌルリ、という感覚。これは。

 

「油濡れ……!」

「残念だったなぁ!」

 

 男が膝蹴りを、リリーは体を捻り腕を重ねて受けた。

 

「なら!」

 

 男は受け止められるやいなや膝をひろげ、リリーに足をひっかける。

 

「せえぇぇぇい!」

 

 切り裂くような掛け声と共に足を振り抜き、リリーを蹴り飛ばした。

 飛ばされたリリーは隅のビルの窓を突き破り、屋内を転がる。

 

「くっ、ここは……ビルか」

 

 ビルのフロアらしく広いが、使われていないのか人は居なくて、電気もなく薄暗い。机もなくがらんとしている。

 部屋の中に瓶が投げ込まれた。破裂して液体を部屋中にまき散らす。鼻につく臭いに顔色を変えた。

 

「これは!」

 

 別の窓ガラスが割れ、男が飛び込んでくる。

 だがリリーはそちらもみずに部屋を抜け出そうとした。

 扉に手をかけようとして、

 

「遅いなぁ!」

 

 男の叫びとともに、部屋のなかで炎が舞い上がる。部屋の中で炎が渦巻いた。

 仕掛けられていた油に火が回り、一気に走った炎は部屋を駆け巡る。

 

「炎がっ!」

 

 扉も爆発的に燃え上がり、その炎の圧でリリーは扉から弾き飛ばされた。

 

 リリーは炎に取り囲まれた。炎のない隙間に身を寄せるしかない。

 男は火だるまとなりながら、リリーに襲いかかった。

 男は走る。突き、肘、手刀のの流れるような連撃をしのぐも、その炎に包まれた体は触れる度にリリーも焼き、しのぐのも辛いものになっている。次第に服にも火が燻りはじめた。

 最初にリリーが投げ込まれて割れた窓から風が吹き込み、ますます炎は強くなる。

 あまりの熱に体は熱せられ、汗が流れる。空気も炎に奪われ薄くなり、息苦しくなる。少ない空気も熱せられ、リリーを内から焼いていく。

 いくら忍者といえ、体にこたえる。

 だというのに、男は平然としている。

 火だるまの仕組みは、パイロットスーツの表面に塗った油に引火しているだけだろう。掴んだ手を滑らせるほどで、今も盛んに燃えているのだ。かなりの量が塗られているらしい。

 所詮見た目だけのこけおどし、という訳にもいかない。

 しかも最初からこの火だるまのことを考えているのだろう、パイロットスーツの表面はいまだ燃え続けるが、その生地が焼かれる様子がが見えない。いくらパイロットスーツも防火がしっかりしているとは言え、やがては燃えてしまう。いまも焼ける様子がないのはさすがに異常だ。

 

「はっ!」

 

 ならばと、リリーは炎に隠れて手裏剣を投じる。炎と熱風に巻かれてもぶれることなく飛ぶ手裏剣に、リリーの技術が見える。

 炎を突き破り襲いかかる手裏剣だが、男は身をひねり、あっさりとかわしてしまう。

はじかれるように腕を振るった。炎から飛び出したリリーの髪を擦る。構わず懐に飛び込み、苦無を振りながらすれ違った。刃は男の脇を切り裂き、流れる血が少しばかり炎を消していく。だが身を包む炎によって血は乾き、傷も焼かれて流血を塞ぐ。

 リリーを見下ろしながら、男は言った。

 

「わたしのスーツを斬り裂いたところで、なにも変わらんよ」

「傷は塞がった。体は焼けるのね」

 

 リリーは炎の隙間に身を隠しながら、構える。

 男も構えた。脇を焼かれたというのに、その動きは遜色無い。

 

「やっぱりあなた、コーディネイター。炎に強いというの?」

「ああ、私はコーディネイターだよ。このような極限環境にちょっとばかし強い」

 

 言葉とともに男の姿が消える。

 感じるままに苦無を振ると、手刀と切り結んだ。弾かれるように男は下がり、炎に紛れてその姿を見失う。

 そしてリリーは炎の中から突き出された蹴りをまともにくらい、壁に打ちつけられた。

 

「所詮はちょっとさ、ちょっと常人より強いが人の範疇は越えん。焼かれれば炭になり、凍ればやがて凍え死ぬ」

 

 

 飛び込む男の手刀に思わず手を添えると、投げ飛ばしていた。

 

(いまのって……?)

 

 夫妻の投げ技のようにリリーには見えた。あまりよくは効かなかったか、男は空中で姿勢を立て直し、見事に降りたつ。

 その隙にリリーは炎に構わずドアを突き破った。廊下を越えて窓を蹴り飛ばし、壁を屋上へと駆け上がった。

 炎はビル全体へ延焼し、黒煙を空へとあげている。

 町中を消防の赤い光が包んでいた。

 

「コロニーで火事なんて!」

「そのちょっとがあれば俺は人より生きていられるのさ! だから火事なんてありがたいものだ!」

 

 ビルを移っていくリリーの背後に、男が追いつく。

 風の如く跳んだ男の蹴りがリリーに突き刺さった。

 打ち上げられたリリーに、振り上げた足を勢いのまま叩きつける。踵落とし。

 近くのビルに打ち落とされ、クレーターを屋上に刻んだ。

 痙攣しつつも、リリーは起きあがる。

 隣の屋上へと飛ぼうとしたリリーに、男が手刀を狙った。槍の如く鋭い突き。

 リリーは空中ながら身を引ねり、頬をかすめるだけにとどめた。そのまま、突き出された腕に絡み付き、男の背中をたぐり寄せた。

 いまだ燃えるその背中へ、湯気をたてている苦無を突き刺した。

 

「ぐぅ、うおぉぅ!」

 

 獣のような悲鳴が男から漏れる。湯気を出すほどに熱せられた苦無は男の肉を焼き、音と匂いをあたりに振りまく。

 

「こんな肉じゃなければ、そそるんだけどねぇ!」

「えぇえい!」

「」

 

 二人は姿勢を崩し、隣の工事現場へと落ちていく。男は幕を突き破り、さらに落下防止のネットも焼いて破って地上へ落ちてしまった。

 受け身はうまくいかなかったのか、男は震えながらも立ち上がろうとする。

 バイザーも割れ、端正な素顔が覗いていた。

 起きあがって見上げると、顔色を変えた。

 

「これは……!」

 

 見たものに、驚きを隠せなかった。そして、

 

「ぐああぁぁっ!」

 

 突然、男を覆うように熱波が吹いた。

 炎すら平然としていた男があまりの熱に悶え、顔を抑え悲鳴を上げる。

 工事現場に隠されていたジンのスラスターが作動し、高熱を男に叩きつけていた。

 

「モビルスーツをこんなことには、使うつもりは無かったんだけどねぇ」

 

 組まれた足場の隅に身を隠しながら見ていた。

 ただ一つのスラスターなのに、熱波は工事現場内に吹き荒れ渦巻く。隠れていても、その熱は身を焦がすようだ。

 ジンのスラスターだ。足首周りのちょうどいい一つだけ使った。これならジンも姿勢を崩すことは無い。

 火災程度の炎とは比べものにならない熱が、男の身を焼き焦がす

 

「まだ、暑いけど……えいっ!」

 

 意を決し、リリーは熱波の嵐に身を投じた。風にのり、宙へと舞い上がる。

 風が止んだ。重力に乗り、一直線に飛び込む。その先には全身を燻らせ、悶える男。

 割れたバイザーから、顔が燃えているのも見えた。

 だがその真っ黒に染まった顔が、正面にしっかりとリリーをとらえていた。

 

「ぐっ、がぁあぁっ!」

「────っ!」

 

 男の引き絞られた右腕が弓矢のように放たれる。

 リリーは小刀を構え、一直線に落下する。

 

 リリーが受け身をとって地面を転がると、目の前に男の右腕が落ちてきた。

 

 背後から水しぶきが吹き上がる。

 首もとから血しぶきを吹き上げ、男は立ち尽くしていた。

 全身から血の湯気をたてて、男は倒れた。

 

 

     ◆   ◆   ◆

 

 

「ど、どうにかやれたか……」

 

 深く息を吐きながら、倒れた男をみた。うつ伏せに倒れた男の背には、深々と苦無が刺さっている。焼かれて遮光材がはがれた刀身は鈍く光を返し、その握り手には分厚い炭がついていた。

 熱せられた苦無を使うことができたのは、アマネからもらった草籠のおかげだ。ほどいて握り手に巻き付けることで、即席のカバーとしたのだ。

 あいにく少し残していたチョコレートも溶けてしまったので、草に一緒に擦り込んだ。かなりべたついてしまったものの、おかげで草は燃えることは無かった。

 

「アマネさんにはお礼と謝罪、言わなくちゃね」

 

 周りを見ると、スラスターの噴射によって空き地は荒れに荒れ、工事現場と偽装させる資材があちこち吹き飛びひどい有様だ。

 

「こっちもさすがにちょっと申し訳立たないわよねぇ。借り物だからに余計にまずいわよねぇ……」

 

 ここの場所は、工事現場だったところを空白期間中に撮影やらと偽って借り受けたところだ。プラントの戦時体制移行で契約が変更などは無かったことは幸いであった。

 

「外にも怪しまれてるわよねぇ」

 

 足場と幕があるから姿が見られていないだろうが、あの熱風嵐はさすがに外に漏れている。場所は変えた方がいいだろう。

 

「熱で足場は痛めたし幕は焦げてるし、こうも荒らしてしまうと弁償、よね…………ブッチしちゃえばいいかな!」

 

 明るく前向きに、いたって後ろ向きな発言をしながらジンを見上げる。

 すると、バラリ、と幕が半ばから落ちた。

 

「……は?」

 

 正面の道に、刀を振り抜いたジンが立っていた。

 

『さすがに暴れすぎだな』

 

 ジンが刀を鞘に戻しながら言う。

「火災を起こした上に町中でスラスタを吹かすとはやりすぎだぞ」

「ええっ! 火災は私じゃ無いわよ!」

 

 返答に送られたのは、リリーへと崩れ落ちる足場のくずだった。

 




【ジン】
歴史に初めて登場したモビルスーツ。コズミック・イラを彩る名機として長く愛用されることになる。
コーディネイターしか操縦できないほど複雑というが、クルーゼやイライジャを見るに、あくまで複雑で困難で、習熟が遠いだけらしい。
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