Ginnの影忍 ─リリー・ザヴァリー 今日も往く─ 作:山田風
切り刻まれた鉄くずがリリーへとなだれ落ちる。切り飛ばしただけとは思えないほどに広がり、網のようにリリーの逃げ場をふさぐ。そのままでは下敷きになってしまうだろう。
しかしリリーは飛び上がり、崩れ落ちる残骸に乗った。残骸を踏み台にして一気にジンの胸元までかけあがり、コクピットに滑り込む。
ジンのコクピットで操縦桿を握り、敵のジンをにらんだ。
相手は特徴的なトサカも羽も無く、いくつか装甲もはずされて身軽になるような改造がされている。
そして刀をおさめる時の滑らかな手さばき、地響きもなくリリーに近寄った足さばきといい、この機体はもはや機械ではない。間違いなく忍カスタムがほどこされている。
「やっぱり忍者か」
鉄くずはリリーの前に広がるが、目の前のジンは未だに動かずじっとリリーを見つめるばかり。
「あなたも私がお目当てってわけね!」
忍ジンが居合一閃。リリーのジンはかがんで避けるが、鶏冠の先を切り飛ばされた。地面についた手を弾かれるように振ると、地面が区画の基盤ごとめくれあがり壁となる。コロニーだからこそできる畳返しだ。
勢いのまま鉄くずと一緒に覆い被さろうとする地面を、忍ジンは返す刀で切り捨てる。
もう一太刀を加えようとして、その相手の姿がどこにも見えないことに気づいた。
「む、いない────下か!」
リリーのいた場所に長方形の穴がぽっかりと開いていた。そこから地下へ逃げたのだろう。
忍ジンが無造作に刀を振るった。足下の道路が周囲ごと賽の目に切り裂かれ、ジンを一枚板に載せたまま落下する。即席、一方通行のエレベーターだ。
落下した先にあったのは大きな通路だった。モビルスーツが一体、ゆうに通れる程度には大きい。
足下には上から落ちた鉄くずが転がっている。ジンの足跡がしっかりと刻まれていた。
足跡の向きからしてジンはそのまま正面の道に進んだと見える。
その説を推すように、センサーが正面の角にスラスターの残留熱源という反応をとらえた。その角を曲がったとセンサーは言っている。
だが忍ジンは立ち止まる。おもむろに目の前に刀を振った。プツン、と糸が音を響かせると、爆弾が起動。左右から爆発が襲う。
『挨拶代わりと言うにはぬるいな』
他に切り落としていた板で爆風から身を守り、何事もないように周囲を見回す。
じっと動かずにいると、背後へと飛びつくように通路を駆けだした。
ーーーー
コロニーの地下とはさながら巨大な迷路のようなものである。
コロニーの床は遠目から見れば一枚の板のようなものだ。だが実際は何層にも厚く重なり合っているのである。
放射能や直射日光、デブリなどから遮る装甲。空気や水道、電気など循環させるライフライン、地下鉄道などの交通機関。さらには資材搬入路や点検構などが入り乱れているのだ。
必然的に非常に分厚くなってしまう。
それゆえ、コロニーの住人は足下に何があるのか、何がいるのか、気にも止めない。
ーーーー
ズン、と遠くからかすかな振動が響いた。
ジンで資材搬入路を通っていたリリーは、その振動をジンの足で感じ取る。
「ん、かかってくれたかしら」
罠が作動したらしい。リリーは逃走をしながらも、いくつか罠を仕掛けたのだ。せいぜいハンドゲレネードと糸をつなげたような簡易的なものだ。
あのジンに効果は正直期待できないが、無いよりはましだった。
リリーはジンの足を早めた。通路を走り、縁から背部のスラスターを一気に吹かして広大な空間へと飛び出した。
モビルスーツ比較しても明らかに大きな柱が上下に延び、それと比べれば幾分は小さい柱を周囲に張り巡らせている。その姿はまるで太い枝をのばす天を突き破る大樹のよう。
ここは外郭の中にいくつかある支柱の部屋だ。合金の柱とワイヤーが束ねられて構成されている。このような大樹のごとき支柱が何本もあり、コロニーの中心に延びる支柱に木の根のようにつながる。孫、子、親といくつも支柱が連なってコロニーを支えているのだ。
広大なスペースをリリーはジンを跳躍させ、枝を飛び移っていく。
光が入らず、まばらに電灯がともるだけの大空洞は非常に暗いが、リリーは危なげなく進む。大胆に飛び上がり、走っているというのに足音もしない。
時折整備用のエレベーターや電車にのる作業員とすれ違うが、リリーには気づかない。見慣れないジンがそばを通っても作業員らは見向きもしていない。
リリーも忍者だ。その存在を気取らせない。
リリーのジンが飛び乗った孫の支柱を走っていたときだった。
「誰かが、いる……?」
何かが遠くで動いたように見えたのだ。周囲を観察すると、遠くにほのかに光る電灯に紛れて、影が写り込む。
照らされ続けていた隣の光が、一瞬途切れた。
「何か、いる。……上かぁ!」
全身で倒れ込むようにその場を飛びのいたところに、何かが勢いよく飛び降りてきた。
あの忍ジンだ。長く鋭い刃物を全身の体重を載せて突き刺す姿勢。不意の一撃をはずしたからか、桃色のモノアイがゆらりと動いてリリーをにらんだ。
かわしたリリーは着地して牽制にライフルを放つも、忍ジンは仰け反って交わし、そのまま空へ身を投じた。重力に引かれ姿を消す。
「どこにいった」
再びの殺気にリリーが動く。死角から刀が襲う。身を捻ると、背部スラスタのカバーを切り裂いた。
「ええい! こしゃくな!」
『そら、そこにはいないぞ』
忍ジンは姿を消し、重斬刀は空を切った。
背後に再び現れた忍ジンが笑うように、刀を振るう。
リリーが重斬刀を構えたが、忍ジンの刀は重斬刀を半ばからあっさりと断ち切った。火花も出ず、衝撃も感じさせない滑らかな斬撃。
「この剣もそこまで弱いか!」
『ただの鉄塊で止まるか!』
ながれるような連撃は鋭く、リリーはギリギリでかわすのが精一杯だ。装甲を切っ先が撫でて傷を刻み、小さな破片をまき散らす。
一気に飛び去ろうにも、忍ジンの鬼気迫る剣圧にそのような隙はない。悠長にスラスタを吹かしていればいい的になってしまう。逃げることもかなわず、少しずつ身を削られながらも足踏みを擦るしかない。
こうして刀をかわし続けられるリリーの機体さばきは見事だが、それでもやっとのことである。かわし続けていくのは限界があるし、リリーや機体の負担も大きい。
リリーとてジンを入手してから、MS忍者として扱えるように改造を施している。だがリリーのジンはまだ、ひよっこでしかない。
(機体が、重い……! あいつについていけてない。やっぱりカスタムはまだ不十分か)
それでもリリーのジンは踊るように動く。刀をはじき、背後をとらせず、
忍ジンに遜色無い動きだ。
(なら、腕でカバーすればいいだけのこと!)
刀を欠けた重斬刀で押さえ込み、ライフルを撃ち込む。
しかしその先にはすでに忍ジンはいない。
脳天に殺気を受ける。必死にジンを仰け反らせると、その鼻先を頭上から振られた刀が掠めていった。
刀はそのままライフルを握る左手を二の腕から切り飛ばした。
腕ごと宙を舞うライフルは、律儀に弾を吐き出し続ける。壁に支柱に、あたりに飛び散り火花を散らした。照明が明滅、タワーの機能に麻痺が起きる。ライフルはそのままリリーにも向き、ジンの装甲に穴をあけた。
「あぁっ、これはちょっと、まずいって」
赤の警告光とけたたましいアラートがコクピットを埋める。悲鳴をあげるジンにリリーが手をこまねいていると、忍ジンが動きを変え、強く一歩を踏み込んだ。
(くる!)
ジンの左足を振り上げる。いきなり目の前に忍ジンが現れたかと思うと、衝撃がリリーを揺らした。
忍ジンの一心の突きを左足で受け止めたが、串刺しにされ、その切っ先は膝からとびだしている。
『……!』
駆動部が噛んだのか、刀は動かない。
ならば、と忍ジンは両手を左足にかけ、膝から一息にねじ切った。
「っ……! どうせ足は死んだんだから!」
片足となりたたらを踏んだ。忍ジンは滑るようにリリーに寄り苦無を胸元に向ける。狙いはコクピット。盾に差し出された左手を突き刺した。
リリー機は苦無を左手に受けたまま忍ジンを押し、忍ジンから一歩離れた。スラスタを一気に吹かして宙へと身を踊らせる。
忍ジンが打った手裏剣に、リリー機は腰から取り出したハンドグレネードを投げ込んだ。
手裏剣に当たるとグレネードは強烈な光を放ち、忍ジンのモニターを焼き付かせる。
一瞬モニターが暗転してすぐ光減処理がかけられるが、リリー機は姿をくらましていた。
『随分もたついていたようだが、それなりにはやれるようじゃあないか』
支柱の端からリリーのいた場所を見下ろしていた忍ジンは、感心したようにそう言った。
同じように飛び降り、闇に姿を眩ませる。
ーーーー
忍ジンは小さな通路を進んでいた。コロニー大気の循環機の一つにつながる区画だ。非常に入り組んでおり、天地左右区別なく角があって三次元迷路となっている。ここに出入りする作業員でも下手すれば実際に迷ってしまうほどだが、そのなかを忍ジンはすいすいと進んでいた。時折立ち止まっては通路を見回すが、迷ったりするようなことはない。
区画をはずれの方まで進み、ひときわ長い通路を進んでいたときだった。
『来たか!』
電灯も消え暗闇となった通路の奥から、猛スピードでジンがつっこんできた。全身が傷付き穴をあけている。リリーのジンだ。左足は無く、左手も砕けた半死半生の状態だが、その速度は衰えるどころか、失った分だけ身軽となり素早くなっている。
だが速度を増しても、動きはなかった。体当たりだ。
『カミカゼ・アタックか』
忍ジンは動じることなく避け、苦無をそばを掠めるジンのコクピットに突き立てた。
ジンは忍ジンの横を通り過ぎてもスピードをゆるめることは無かったが、制御を失ったのか機体を回転させる。
そして壁へとぶつかった。部品をまき散らしながら壁を跳ね返り続け、やがて爆発を起こして砕け散る。
なにを詰め込んだのか、一気に煙が通路に吹き荒れた。
忍ジンはそのまま身構えるが、あきれたようにつぶやいた。
『これで終わりか……?』
ーーーー
そのときリリーは、地上に顔を出していた。公園の片隅にある作業構の出入り口だ。さすがにリリーの小ささでは少々目立つかもしれないが、周囲に人の眼は無いことを確認しているので問題はない。万が一みとがめられても、近所の悪ガキとしてごまかせばいい。
「腕でもダメだったか……ジンで半月もたなかったし、厳しいなぁ……」
うまく扱えなかったことは痛恨の極みだが、しかしそれは修練か足りなかったのだ。精進するしかない。
「しかしなぁ、次のモビルスーツどうしよう。高いよなぁ……」
今モビルスーツの入手するすべとなると、ジャンク屋から購入するのが一番確実だ。彼らは戦闘で破損し捨てられた機体を回収、修復して販売している。しかし、モビルスーツは今非常に人気だ。作業に良し、戦闘に良しと大活躍。だがそのために価格は非常に高騰しており、懐の負担が大きい。装備は通常のMAのものを流用できるだけまだましであるが、モビルスーツはまだまだ手間がかかるものであることには違いない。
「ジャンク屋は元のままだからカスタム費は別途かかる、闇ルートはカスタム込みで割引あるけど結局マージンとられるし、個人は論外……」
もともとあのジンは、リリーがMS捕獲依頼を受けたさい、一つくすねたものだ。
手に入れるにもかなり苦労したが、いざ使ってからも維持はなかなか苦労の連続だった。
MS忍者カスタム技術者はまだ少なく、居ても腕前はピンキリ。金もかかる。
結局忍者がMS忍者を使うとなると、いまだかなり面倒が多い。
頭を抱えながら、リリーはヒューガ夫妻の家へ足を向けた。
火だるま男といい、襲いかかり続けてきた忍者たちといい、あの二人が目的と見て間違いはない。
「しかし、MS忍者がたった二人のために出張ってくるか」
確実ではあるが、過剰戦力であることだけは違いない。
森のなかの二人の家は、薄暗い闇夜の中に暖かい光を放っている。
茂みの中から家を覗くと、リリーは目を見開いた。
「なっ────!」
家のまわりに何人も人間が倒れている。若い男女、恰幅のいい男に年かさのいった女。体の小さい男児までもがいた。
誰もが気を失っているのか身動きもない。
よく見てみると、肉の付きかたからして誰もが忍者であった。
「息はある。この人数をどうやって」
驚いたリリーだったが、その程度で尻込みはしていられない。意を決し家の中へ飛び込んでいく。
「ご無事ですか、ヒューガ夫妻! いらっしゃいますか!」
テラスの窓に鍵はかかっていなかった。窓を開けて中に飛び込むも、人の姿は無い。外の惨状が嘘のように家は静かだ。荒らされた様子もなかった。
「どちらに行かれたのです!」
リリーが問いかけても答える声はない。
「遅かったというの? でも、それなら外の忍者はいったい……」
「なぁお前、なにゆえ来た」
気づけば、リリーは背後からの攻撃を小刀で受け止めていた。ぎりぎりと刃がきしんで音を立てる。
「あの二人を助けにきた、って言ったらどうする?」
「ほう……」
ふ、と圧が消えた。振り返ると、そこには老人が立っていた。
「リョーマさん!」
厳めしい、憮然とした様子で言う。
「何できた、小僧」
「なんで、って言われましても、依頼なのでとしか……」
「依頼だぁ? 何じゃそりゃ」
疑わしげに、老人は言った。
二人をプラントから連れ出して欲しい、という依頼を話した。今回は至極まじめに聞いていた。以前話したはずのことだが、どうやら聞こうともしていなかったらしい。
話を聞き、老人はため息をつきながら言った。
「物好きだな、おまえさんも」
「物好き、ですか?」
言っていることがリリーにはわからなかった。哀れむような視線がリリーに刺さる。
「対象が狙われているなら、はねのけて安全を確保するのは当然です」
「今の世に、わしらをどうにかしようなんて考えるのはおらんよ」
「では、外の方々は何なのでしょうかね」
「疲れて眠ってるんだよ、ちょっとパーティ開いたんでな」
ならばと、リリーはワイヤーを取り出した。ナイフなんかでは切れない秘伝合金を編み込んだ特別製だ。
「ではせめて、夜冷えしないように暖めてあげないと」
「おしくらまんじゅうは、せんでいいよ。どうせ朝まで起きんさ」
「ですけれど……」
「構わん、ほっといたほうが頭も冷えるだろうさ」
「そう、ですか」
「ああ、別にそこまで気を回さなくて良いさ」
窓際に立って、リョーマは風を浴びていた。外から涼しい風が吹き込み、火照ったリリーの体を冷やしていく。
リョーマの隣に、並び立った。
「なぜ、ここにいたいのです」
「わしもなぁ、よくはわからんのだよ」
リョーマは空を見上げていた。空の、ガラスの先に映る、月を見ていた。
「地球の方が、良い風も吹く。土の匂い、潮の香り、果てない空。コロニーには無いものだらけだ。だが、ここであいつと出会った。それなのかもしれんな、結局理由は」
「奥様と、ここであわれたのですか?」
「ああ、刃を向けあってな」
「はあ……」
そのとき、二人は目の前の森に視線を向けた。
忍び寄る、何者かの気配。
「む……」
「また来たッ!」
森から、大きな陰が飛び出し、二人の目の前に降りたった。
墨のように混じりけもない、真っ黒のジン。
『こちらにおられましたか』
ライフルを二人にむけながら、ジンは言った。野太い男の声だ。
「何のようだ。MSに乗ったまま押し掛けてくる知り合い何ぞ、わしにはおらんよ」
言葉もなく、黒いジンは発砲した。
だが二人は屋根の上まで一息に飛び上がり、弾丸を避けた。
見れば、人の背丈ほどの口径をもつ弾丸は地面を大きく穿っている。人に当たれば跡形も無く砕けていただろう。
「そんな返事はいらんなぁ……」
老人は言う。
「礼儀がなっとらんの。この小僧のほうがましだな」
『戯言を』
「さっさとやればいいのさ、その足元の連中みたいにな」
老人に向けライフルが撃ち込まれるも、横に飛ぶだけで難なくかわした。その風圧にリリーは踏ん張り耐えるが、老人の体はそよ風でも受けたように平然としていた。だが老人はジンから視線をはずして足下を見ている。屋根が壊れ、一部がめくれあがっていた。
その隙を見逃さず、ジンは再び発砲した。
「危ない!」
リリーが叫ぶも後一歩間に合わない。
弾丸は老人に迫り、
「──ぬぅうんっ!」
弾丸を抱えて取り、投げ返した。
「なっ……」
『がっ』
突然のことにリリーは呆然とする。一瞬のことだった。老人に弾丸が当たったかと思えば、その弾丸を投げ返しジンのカメラアイを破壊した。
「どう、やったっていうの」
「要らなかったんでな、返しただけだ」
思わずこぼしたリリーに老人が答えた。
「気軽に言ってくれるわねぇ……」
ぼやいた。頭を抱えたくもなるが、ジンからはまだ眼が離せない。
カメラを失ったジンは変わらずライフルを構えていた。だが現象を理解できなかったのか、ぶれた射軸を修正する動きはぎこちない。
発砲されることは無かった。ジンの胸から刀が飛び出し、コクピットを串刺しにしている。下手人はジンを持ち上げ、そのまま背後に投げ捨てた。捨てざまに刀を抜き斬り、真っ二つになったジンは爆発した。
リリーは身構える。煙を背に忍ジンがいた。
「あれでも、ダメだったの……っ!」
『そうはやるな』
「リョーマさん!」
リリーが呼びかけるも、リョーマは投げ返した姿勢のまま動かない。その手足が細かく震えているのを見て、リリーは悟った。
「動けないんですか!?」
弾丸投げ返しという絶技、だが相当に負担をかけたに違いない。
「失礼しますよ!」
このままでは良い的だ。逃げる為、リョーマを小さな体で精一杯抱えようとして、
『またやったの、アナタ』
「は?」
忍ジンがリョーマを見つめて言った。コクピットが開かれ、飛び出した人影が一飛びで屋根に移り、リョーマに駆け寄る。
アマネだった。ブラウスにズボンと、ラフで動きやすい格好をしている。リョーマに劣らぬほどの機敏な動きだ。
リョーマの肩を抱き呆れるように言った。
「また砲弾返ししたの? 腰に悪いんだからあまり無理しちゃダメ、ってお医者さんも言ってたでしょう?」
「う、うるせぇ。これが一番よかった、んだ」
「それでその体たらくじゃ意味ないでしょうに」
体を動かせず視線だけを向けるリョーマの言葉に、心配をしながらも呆れるような複雑なため息をした。
「あ。あのう……」
「あら、ごめんなさいね。この人を中で寝かせなくちゃ」
これを呆然と眺めていたのが、リリーである。
見紛うことない、若き夫人、アマネである。先まで自身をなぶるように苦しめた忍ジンの乗り手とは思えない。
そして、自ずと気づいた。震える声で、リリーは尋ねる
「お、お二人は、忍者、なのですか……?」
「やあねえ、昔の話よ」
頬に手を当て気恥ずかしそうにしているが、これが忍ジンに乗っていた声の主と同じとはとても思えなかった。
「さ、早くいきましょうか」
「い、いや、アレ頼む」
「アレ? 痛いからヤダって話じゃ無かったかしら」
「動ける、なら、そっち、の方がいいさ」
つっかえぎみの言葉に、夫人は頷いた。リョーマの背に回り自身の呼吸を整える。
「それじゃあ────えいぃッ!」
一拍おいて放たれた掌底はリョーマの腰を打ち、衝撃で丸まった体がはじかれるように起きあがった。
「ぐおぉ────う゛ぅッ!」
リョーマのうなるような叫びがリリーの耳をついた。反り返った姿勢のまま、小刻みに震えている。
「……だ、大丈夫、ですか?」
「なあに、すぐに収まるよ」
その夫人の言葉の通りに、うめきは次第に消え、全身を限界まで反り返らせた体がゆっくり起きあがる。その背に芯が通ったかのような立ち姿は先ほどとは大違いだ。
「ヴぅ……心配かけさせちまったみたいだな」
「……大丈夫なんですか、本当に」
「なあに、全身しびれるような痛みが走るだけよ」
確かめるように体を動かすが、その動きは問題があるようには見えなかった。
「それだけ、動けるのなら良いですけれど……」
「このくらい、いつものことよ。……それと、ねぇ、リリーちゃん」
「なんでしょうか」
「あなた、モビルスーツ動かせるでしょう?」
「ええ、アナタには幾分劣りますが」
それがリリーの本音であった。手玉に取られてばかりで良いものではない。
そんな心中を知ってか知らずか、おもむろにアマネは言った。
「じゃあ、その子貸すから、ちょっと宇宙行ってきてくれない?」
「……はい?」
【ジャンク屋組合】
単に組合、ジャンク屋とも。
壊れたものを回収し修復することを生業とする、戦場の技術者。
民間の機械屋の総称とも言える。
扱うものは兵器だけにとどまらず機械全般に及ぶ。ヘッドホンからコロニーまで、機械ならば修復・製造・売買なんでもござれ。
後に国際法によって保護され連合・プラント地域下でも自由に活動できるようになるが、徹底的な中立・先制攻撃の禁止が義務づけられる。
MSを民間に販売して、死の商人だなんだとケチを付けられることもある。
しかし居なければ、戦争で宇宙も地球も、鉄屑で溢れてしまうことになる。
連合・プラントにとって、勝手に掃除して、無駄なく経済も回してくれる彼らの存在は、貴重な益虫なのだ。
しかし害虫でもある。
ジャンクとして回収された時点で物品の権利はジャンク屋側に移ってしまう。たとえそれが停止した機密兵器であっても。
彼らにとってジャンク屋は、あたり構わず飛び回る虫でしかない。