Ginnの影忍 ─リリー・ザヴァリー 今日も往く─   作:山田風

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ユニウス・セブン忍法帳.結 血風編

「まもなく、SE438地点に到着。指定宙域です」

 

 クルーの報告を受け、地球連合艦ネルソン級『ネレスドロウ』艦長レドル・ヴァンダー中佐は気を引き締めるため、制帽を整えた。

 

 ここはL5宙域。遠くにコロニー『プラント』の姿が見える。通常のコロニーが円筒状の中、砂時計がいくつも連なった形状はほかに無いプラントの特徴である。

 こんなところまで連合が艦隊を組んでやって来たのは、作戦行動のためだ。

 曰く、卑劣な罠によって人々を平和に導く素晴らしき指導者たちを死にいたらしめた悪逆非道のプラントを討つ。

 そのために月のプトレマイオス基地から侵攻を行っているのだ。

 もうすぐ、実力行使の時である。

 MAの整備員はとくに大慌てだろう。生活班らは船を守るため、医療・即応班として待機を開始した。機関室では班員が全力を解き放つ機会を今か今かと待ち受けて、艦橋では、艦長目下でブリッジクルーが各々のデータを解析し戦闘に構えている。

 レドルもまた、艦長席で作戦開始の合図を待ち構えていた。もちろん待つだけの時間を無駄にする事なく、作戦の次第を脳内でシミュレートしている。流転する戦況、起こりうる突発的事態、万が一の瞬間。予測されるだけのことを対策とともに考えていた。

 そのとき、艦隊旗艦『ルーズベルト』より通信がとどいた。解析した電子席クルー曰く、艦隊全てへの映像通信。

 

『大隊旗艦『ルーズベルト』艦長ブロンゴ・ドチャックである。まもなく作戦時間だ。忌々しいプラントの連中に、裁きを下さん────』

 

 そら、また始まった。

 レドルはため息をつきそうになり、平然を装いながらどうにか飲み込んだ。

 脂ぎった肌とぶくぶくと膨れ上がった肉体が、画面のなかで激しく短い腕を振り上げ鳴いている。豚のような男が、ブロンゴ・ドチャック大佐である。

 ドチャック大佐の指揮下にあることに、レドルはあまりいい思いをしていなかった。

 実直であり手練であるレドルにとって、ドチャックは唾棄する存在なのだ。

 レドルはドチャックの指揮を何度か目にしたことがあるが、あまりほめられたものではない。千変万化の戦場にありながら教科書に書かれた通りの指揮しか出来ずに、固まった思考によって混乱と被害を招く。それでも副官らの指揮によって生存はするが、すべて自身の指揮の賜物とのたまうのが常だ。

 優秀な副官らに指揮を学ぶのでも無く、指揮に回すべき頭脳を全て上官へのおべっかにしか使わない有り様だ。政治屋の腰巾着というのが実状である。

 あの男がこうして台頭するになったのは、彼がブルーコスモス、それも過激派であるという噂と無関係ではないだろう。彼がとくに低頭であり派閥として執着しているのは、あのウィリアム・サザーランドの一派だ。彼もまたブルーコスモスと言われる。

 ルーズベルトも元はサザーランド提督の艦隊のもの。彼から艦隊を任されたということで高揚しているのか、口々にする言葉はどれも調子づいている。

 艦隊司令のどこに有り難みも得るものも無い偏向演説を体よく聞き流し、目の前に仕事に集中する。

 あまりある心情濡れの司令に呆れかえるその心境は、ほどよく緊張が抜けながらも気を保つ、絶好の状態であった。

 

「───ッ!」

 

 突然レドルは腰を浮かした。その動きにブリッジクルーの注目を浴びるが、何でもない、とごまかす。ドチャックからの通信が一方通行に過ぎないことを確認し、嘆息するクルーを横目に艦橋いっぱいに広がる宇宙の光景、その中の一点を見た。目をこらし、皿のようにするがすぐに諦める。椅子に寄りかかり肩の力をぬいた。

 

 (あれは、気のせいだったか? ジンが目の前を通り過ぎたように見えたんだが───)

 

 作戦開始目前。艦橋に緊張が満ちる。

 主機が唸りを上げ、主砲のチャージが開始される。MA部隊も出撃の準備が整えられた。

 

「さあ、いよいよだ……」

 

 司令に辟易しながらも、レドルは高揚していた。

 この戦闘は歴史に刻まれるという確信があり、その引き金の一端を引くことに興奮を抱いていた。

 

 主砲チャージ完了の報を受け取った。

 あとは指令の元、放つだけ。順次他の戦艦らもチャージを完了していく。

 一斉射までもうまもなくというとき、脇から一条の閃光が艦隊を通り向けた。前方へと向かうビーム砲撃。

 索敵席が叫ぶ。

 

「ネル・ガンガーから発砲!」

「まだ早いですよ!」

 

 隣にいるドレイク級『ネル・ガンガー』が発砲した。砲塔が破壊され火を吹き上げている。

 すかさずレドルが声を上げた。

 

「ネル・ガンガーに敵だ! ネル・ガンガーの周囲にレーダー最大。観測は何をしていた!」 

「え、えっ、敵機見えず、爆発現象しか反応ありません!?」

「通信が────ああっ、ガンガーが!」

 

 作戦開始直前に懐に敵機が突然現れても対応できるほどに、クルーは優秀であった。

 しかしそれでも、遅かったのだ。すぐにネル・ガンガーの船体表面にいくつもの爆発が起こる。

 通信手が叫んだ時には、ネル・ガンガーの船体は爆発によって裂け、爆発の中に消えた。

 

「ネル・ガンガー撃沈!」

「脱出ポッド、確認出来ません!」

 

 悲痛な叫びが艦橋にこだまする。クルーらの動揺を押さえるように必死に、レドルは叫んだ。

 

「レーダー全開、全周警戒! MA展開!」

「ネル・ガンガーへの救護は!?」

「懐に敵がいて出来るか!」

『──────敵襲だ! MAを出せ! プラントどもめ、奇襲なぞ仕掛けおって、卑怯ものがぁ!』

 

 大佐からの通信が全艦に響く。すでに一部の船は先じてMAを出撃させていた。

 それでも敵の姿は確認できない。

 

「敵機、レーダーに見えませぇん! 何処に行ったのぉ!」

「『ディオルゲス』轟沈!」

 

 また一つ艦が墜ちた。ドレイク級だ。

 索敵班の悲鳴をあげるなか、MAが次々と発進していく。一斉にレーダーが発信される。電磁波が宇宙空間を走り、荒れ狂う。

 各員が必死に四方八方に手を尽くす中、レドルは歯がゆい思いをしていた。

 レドルは偶然、だが確かに見たのだ。隣にあった─それでも実際は数kmは離れている─ネル・ガンガーの砲塔が一つ、発砲したかと思うと突然爆ぜ、その煙の中から二機のジンがもつれ合うように現れたのを。

 

(オレは、見たんだ、一機はネル・ガンガーの主砲に化けていた。そして姿を隠しながら、この戦列で戦っている。何と言ったか、あれはそう、東洋の───)

 

 そのとき、目の前を巨大な何かが駆け抜けた。それはまさしく、もつれ合い、額をぶつけるようにつばぜり合う、二機のMS。

 

(あれ、は───)

 

 通った衝撃で艦橋が揺れ、それが幻覚などではないと教えてくれる。

 宇宙であるというのに、風が吹いたように、あっと言う間に去っていく。

 

(───そう、ニンジャ、だったか)

 衝撃からか、艦橋は静まり返っていた。

 レドルは声を張り上げる。

 

「惚けるな! まだ戦闘の最中だ。 索敵、トレースはどうした!」

「は、はい、やっぱり反応出ません。 今居たのにぃ!」

「他の艦とレーダーで連携して網を張るか? 出来なかったらいっそほっとけ」

「やって見せます! まずデリアンとモスローと───」

「『エル・モスロー』轟沈!」

「ええい、バッタじゃあるまいに!」

 

 三度の沈没の言葉を聞きながら、レドルも矢つぎ早に指示を出していく。

 的確な指示とその奮戦によって、連合とザフトの痛み分けの中、ネレスドロウは大した被害も無く戦闘を終えることになる。

 

 

     ◆   ◆   ◆

 

 

 煙幕の中にリリーは居た。

 煙が濃く何も見えないが、振った刀は相手と幾度も打ち合い、散らした火花が相手の姿を映し出す。

 坊主のような姿のジンは刀を大きく振ってリリー機を引き離し、再び煙に紛れようとした。

 だがリリーは自機のスラスタを振り絞り、逃さない。刀は鍔競り合い、勢いは止まらず額を打ち合う。

 声が響いた。接触通信。

 

『何の、用だ……』

 

 もはや、つかみかからんばかりに寄り合う二機。

 押して、引いて、刀に力を込めていく。

 

「何をしたいのか、知らないけど──」

 リリーが駆るのは、敵であったはずの忍ジン。

 

「──お命、頂戴いたす!」

 

 スロットル全開、忍ジンは敵ごと一気に加速し、煙を抜けて宇宙へと飛び出した。

 

 

     ◆   ◆   ◆

 

 

「このジンに乗れ……ですか?」

「ええ、それでちょっとお使い、頼まれてくれないかしら」

 

 ガラス越しの宇宙を指さし、天に高らかに言った。

 

「私たちはいま、狙われている────!」

「知ってます」

 

 そう返すしか無い。いままでの惨状からすでにリリーにも憶測はできていた。リリーに襲いかかってきた忍者たちは本来この夫婦が目的だったのだろう。それも命を狙う刺客として。だからこそ、その障害となってしまったリリーも狙ってきたのだ。

 しかしリリーには気になることがあった。

 

「なぜあなた方は、私にも襲いかかってきたんでしょうか」

「カタリかも知れんからだろうが。なあ?」

「ええ。手段をこうじて呼び出してそのままコロリ、なんてことよくありましたものねぇ」

 

 それが当然だろう、と呆れるような顔をしていた。

 

「昔はメールとか覚えの無い懸賞の当たりとか、よく来てましたよね」

「冤罪ふっかけられた時もあったか……真犯人見つけてやったっけ」

「あのときのアナタ、本当に探偵みたいでかっこよかったわよ」

「そういう真似事はもうコリゴリだ」

 

 あふれでてくる事例にリリーは眼を丸くするしかない。そこまでだったなら、リリーも疑われて当然のことだっただろう。

 この夫婦が昔からこの調子だったのは、呆れるばかりであった。

 

「こうも直接狙うようになってきたのは最近だよなぁ」

「三年位前ね。直接狙ってくるからずいぶん楽になったわ」

 

 直接狙ってくるほうが対処が楽だと言われ、リリーは頭を抱えるしかない。直接命を狙ってくるならば実力によって対処すれば良いだけなのは違いない。ひっそりと罠を仕掛けたり、回りくどい手段に翻弄されないだけ、単純であることは確かなのだ。

 だがその分、仕掛けの手は苛烈に違いない。この家の周りの有様からして、すみかをすでに知られていた。憩いの住処で、暖かい町中で、命を狙われることも数多くあっただろう。その状況で長く暮らしていたというのだから、リリーはもはや言葉を出せなかった。

 

「じゃ、お願いするよ」

「な、なんで私が」

「あたしは付いてなきゃいけないからね」

 

 ぽん、とアマネに背中をたたかれてリリーは忍ジンに向かう。

 屋根の縁まで歩き、振り返った。

 

「陽冥衆、というのはどういった連中です?」

「そうだなあ、影天衆っってところを目の敵にしてるよ」

「じゃあ、さっさと数で攻めればいいのに、のんびりやってたのって」

「首取り合戦、ってところだな」

「なるほど、ではなぜ──」

 

 言葉を出そうとして、リョーマの手に止められた。

 

「話は後だ、さっさといけ。あとは帰ってきたら教えてやる」

 

 

ーーーー

 

「この子、なめらかに動くな。私のジンとは大違いだ」

 

 忍ジンの動きに感嘆しながら周囲に意識を張り巡らす。だが見えるのは小惑星やデブリばかりだ。

 慎重をきして接触しても、どれも仕掛けなど怪しい点は見当たらない。

 その中でリリーはある方に注意を向けた。その先に居たのは、連合艦隊。

 

「連合がこんなところにまで……」

 

 ひっそりと小惑星の陰にひそみながら、船団を観察する。

 アガメムノン級やドレイク級を擁する大艦隊がプラントへ向かっている。

 

「この数、連合はやっぱり本気で戦争をするのね」

 

 艦隊はまだひっそりと息を潜めているが、十を有に超す船の数からその本気が伺える。

 攻撃はもうすぐなのだろう。砲を中心にエネルギーが満ち熱量を高め、威勢良く周囲にレーダー波をとばして、ときの声を上げている。

 

「こんな大攻勢だなんて、連合ははしゃぎすぎじゃないか……?」

 電波の発信はなんとも無い行動に思えるが、暗闇の中でライトを使用するような非常に目立つ行為である。

 こうも出力の強い電波を使っていては目立ってしょうがないはず。

 ならばこれは、出陣への雄叫びであり、プラントへ向けた鏑矢だ。

 

 目下で電波は今も宇宙を白く彩っている。

 

「あれ……?」

 

 その真っ白に染まった波計の中でリリーは一つ、妙な場所を見つけた。

 その歪みはきっと、この様に電波が溢れるようなことが無ければわからなかっただろう。

 

「あそこだけ少し、電波が歪んでいるな」

 

 中程にいる艦の一部に、少しばかり電波の流れが歪んでいる場所があったのだ。配置からして役目は後方側のMA空母。

 船を飛びついで、船団を横切る。いくつものネルソン級、アガメムノン級。そしてあるドレイク級を目の前に、リリーは確信した。

 

「そこにいたかぁ!」

 

 音もなく、一気に飛び出す。答えるように砲塔がビームを発射した。

 ビームは機体を掠めて塗装を焼く。砲口がリリーを追ってビームがしなる。迫るビームをかいくぐり砲塔の懐に飛び込んだ。

 得物を振るうと、確かな手応えとともに刀と打ち合った。

 砲塔から腕がでている。やがて、硬い鉄の塊のはずの砲塔がはらりとほどけ、ジンが姿を現した。羽やスカートといった装甲はない五体だけの身軽な姿だ。

 その身軽な装備のなかで目立つのが、背中に山のような荷物のごとく背負った大きな機械と腕に抱えられた二本の砲身。主砲に偽装したビームライフルだ。これでユニウス・セブンを狙い撃つ算段だったのだろう。

 ジンは装備をリリーに放り投げた。リリーが切り捨てれば爆発を起こし、過剰なまでに溢れる煙がその一角を包み込む。

 やがて爆煙から、刀を打ち合いながら二機が飛び出した。

 幾度も切り結びながら船体表面をかけ抜け、追いかけるように爆発が起こっていく。

 斬り結びいなされて宙を凪ぐ刀は、装甲を、機銃を、艦橋を斬り裂き艦が沈む。

 戦艦の爆発もものともせず、宙へと飛び出した。宇宙を欠ける忍者にとって戦艦など障害物でしかなく、戦場の駆け引きの道具にすぎない。

 飛び回りぶつかり合って、不幸な船がまた一隻、刀のさびと消えた。

 荷を捨てたジンの動きは素早く、剣筋は鋭くリリーに襲いかかる。一合の度に火花が散り、一振りの度に船を斬りオイルを散らす。その剣圧はすさまじきものであり、リリーも凌ぐだけが精一杯であった。

 

「これは、すごい」

 

 だが、リリーはただ感嘆をあげていた。

 このMSが、私の反応についてくる、いや、私そのものだ、と。

 

「でもこれは、理想の体だ! これならば!」

 

 操作にタイムロスも無く素早く反応する。

 まだ幼く小さい体であるリリーは刀に振り回されることもあった。だがこの忍ジンではそれを補い、それ以上に機敏に動く。

 リリーにとってこの忍ジンは、大きすぎることを除けばまるで理想の肉体の様であった。

 凌ぐことが出来るのは、この忍ジンの力が合ってこそだ。

 ジンの鬼気迫る振りおろしを受け止めきり、槍のごとき鋭さで足を狙う横凪ぎを打ち落とす。その勢いをもらうようにジンの頭上へ飛び跳ね、背中から首筋への一撃を見舞う。しかしリリーをスラスタの噴射が襲い、いい手応えを得られなかった。

 

「浅かったかな!」

 

 ジンは振り返りざまの切り払いから、突きを出そうとして、背部で起きた爆発によってつんのめった。背中のバックパックが爆発したのだ。リリーがしかけた背中への一撃は、ジンがスラスタを一瞬前へ吹かしたことで間合いを取られてしまい、浅くバックパックを斬るだけだった。その傷は確かに届いていたのだ。

 スラスタをなくしたことも意にかさず、ジンは船体を蹴り再び突きを仕掛ける。だが一瞬でもたたらを踏んでいたジンはあきらかに隙だった。その一瞬でリリーはジンの脇を駆け抜け刀を振り切っていた。

 すでに背後にいたリリーにも気づかずに突き進み、上半身だけとなったジンは何も出来ずに艦橋へと刀を突き刺した。

 遅れて宙を漂う下半身が、艦橋の残骸に埋もれた上半身と再会をはたそうとして、爆発が起きた。

 ジンが爆発し、誘爆して船体も爆発していく。風船でも破裂するように船体の中から破裂し、輸送艦は宇宙に消えた。

 

「さて、これで仕留めたと思いたいが……」

 

 ジンが消えゆく様を離れて遠くから見たリリーは再び動き出す。しかし、足を止めた。

 

(────?)

 

 視線。鋭いというには違う。見透かされたような、観察されているような冷たい視線。

 足を止めたその瞬間。目の前を弾丸が一つ、紫電を帯びながら通り過ぎていった。レールガンの弾道だ。

 MAが一機、リリーに照準を向けていた。薄く平たい胴体と脇に下がる二つの大型スラスターから見るに、連合最新のMA『メビウス』。

 

『抵抗を止め、投降してもらおうか』

「まいったわね、こりゃ……」

 

 全周波で送られてきた通信に、リリーは思わず頭を抱えた。

 リリーはぐるり、と周囲を見回す。

 

「ちょーっと、調子に乗りすぎたかな……?」

 

 脚を止めた一瞬のうちに現れたMAによって取り囲まれ、銃口を向けられていた。こうして見ている間にも続々とMAが集まってくる。明らかに狙われていた。

 リリーにレーダーが集中し。波計が悲鳴を上げている。

 

「さて、どうするか」

 

 思考を巡らす。いまの状況はマズイ。調子そのものは良い。機体の操作はもうリリーの手に馴染んでいる。

 しかし、何もなく取り囲まれた状況を打開できるほど、忍者は万能ではない。そもそも包囲などされてしまったら、情報も残さないようにして死ぬのが忍者の相場である。

 だが、そうではない時もある。なんとしても”何か”を運ぶ時だ。情報、物、あるいは人。そのような大切なものがある時、忍者は命に代えても運ばなくてはいけない。

 いまも、そのときである。

 何としても”眼”を絶ち、忍ジンを夫婦の元へ返し、夫婦を連れ出す。

 リリーは意を決し、刀に手をかけた。

 

「抵抗の意志あり。 攻撃開始!」

 

 閃光がすべてを埋め尽くした。

 

「ッ! これは……!」

 

 包囲攻撃は回避した。だが今の閃光は違う。戦場に放り込まれた閃光弾だ。とてつもないまでの光にカメラが焼かれていく。攪乱材までも織り込まれ、レーダーも機能していない。

 その程度では、連合もどうじない。それでも対応するまでの一瞬の間に、少しばかりの艦船と奥のMAが炎に飲まれた。そうして穿たれた穴にザフトのMS部隊が入り込み、押し広げていく。

 それからは一方的であった。

 MSの運動性はMAを凌駕していた。横を向こうとすればすでに背中に回り込み、追いかけるMSを振り払おうにも先回りをされる。まさしく踊るような機動をでMAを翻弄し、撃墜していく。

 MAですら圧倒される運動性能に艦船では太刀打ちもできない。機銃で追い落とそうにも鮮やかにかわされてしまい、弾丸をくらって撃沈される。

 大混乱の戦場にあってもどうにか連合が戦線を保てるのは、ひとえに物量によるものでしかない。

 数倍ものMAと艦船が戦線を形成し攻撃にあたっていたのだ。

 リリーの介入などの障害もあったが、それでも維持は出来ていたのだ。

 

「ええい、ジャマ、だぁ!」

 

 入り乱れた戦列の中に、リリーも居た。

 リリーも刀を振るい、苦無を投げてメビウスを落としていく。

 メビウスが取り囲み、逐次砲撃を仕掛けてくる。被害も無いが、戦線が拡大し、いくら進んでも戦場が続く。

 

 いまリリーを狙っているのは、一風変わったオレンジ色のMA。後部にブースターを取り付けたシンプルなロケット型。有線操作の攻撃端末までも駆使し、リリーに迫る。

 

「なんなのよ、このハチはぁ!」

 

 たった一機でありながら一個小隊であるような手練の機動だ。

 だがリリーとて忍者の端くれ、影も残さぬ機動で端末をかいくぐり目前に迫った。メビウスと同じくクナイを突き立てようとして、その動きを止められた。

 忍ジンの全身に糸が絡まっている。攻撃端末の電線だ。

 

「何ッ!」

 

 もがいても糸はほどけず、MAにもジンの手は届かない。糸の先では端末が悠々と動き、リリーを絡めていく。

 MAの仕掛けた罠にはまってしまった。リリーがどう動くかも理解していたかのようなパイロットの感覚に戦慄する。

 周囲を囲む端末の銃口がリリーを見据える。

 

「ここ、までなの……!」

 

 歯噛みし、目の前の銃口を睨みつけた。

 銃弾が襲いかかる。だがそれは全く別の方向からだった。銃撃がMAに襲いかかったのだ。MAは辛くも回避してしまったが、端末は銃弾を浴びて破壊される。巻き込まれて糸もちぎられ、リリーは拘束から逃れることが出来た。

 リリーが自由となり、己の武装も失ったことで不利を悟ったのかMAは退いていく。介入者から追撃に放たれた銃弾も易々と回避して去っていく、見事な腕前だった。

 

『何をもたついている!」ガンバレルには気をつけろって話だろう!?』

「あ、ありがとう。あれガンバレルって言うんだ……」

 

 弾幕を浴びせたのはカスタムされたジンだ。頭部に、鶏冠というには大きく前に張り出した一本角が特徴だった。一本角のジンは一瞥をリリーにくれると、飛び去りながら言った。

 

『ならそっちも手伝え! 核が消えやがった!』

「は?」

『逃したんだよ! プラントがヤバイ!』

「ちょ、ちょっとぉ! 核って、どういうことよ!」

 

 慌てるリリーに、一本角が振り向いた。じっと、モノアイが見つめている。

 

『おまえ、この忍務に出てないのか』

「えっと……個人依頼、ですよ?」

 

 ずうぅっ、と一本角がにじりよる。

 

『簡単に言えば『プラント防衛』ということかな。連合に刃を向けていたし、そうだな!』

「え、ええ」

 

 忍務の内容は簡単にはいえないが間違ってはいなかったし、『核』は聞き捨てなら無かった。

 答えるやいなや、一本角はリリーのジンの手を取り加速する。リリーがふりほどく余地も与えなかった。向かう先にはプラント。

 

ーーーー

 

「はぁ? 核ミサイル?」

 

 思わず、リリーは声を上げた。

 プラントへ向け戦場を横断する道の中、二機のジンは駆けていた。

 

『ああ、核ミサイルが連合の船に持ち込まれたらしい。その発射を阻止するのが忍務だったんだ。旗艦『ルーズベルト』に持ち込まれたのはわかっていたんだがな、妨害がひどかったそうでな。ここまで来てしまった』

「で、プラント宙域に来たら消えちゃったと。それを手伝ってほしいのね」

『ああ、お前の忍務の範疇だろう!』

「そうだろうけど、忍務の内容いってよかったの?」

 

 あきれながら言うリリーに、一本角は叫ぶように答えた。

 

『良くは無いが、そんなことを気にする事態じゃない』

「まあ、そうよね……ねえ」

 

 先とはうって変わった神妙な声。

 リリーには、思い当たる節があった。

「あなた、いつからその忍務についたの」

『ああ、ほんの二日前だよ。核の情報もそのとき入った』

「そう、、ありがとう」

『あっ、おい!』

 

 一本角の答えを聞ききる前に、リリーはジンに加速をかけた。一陣の風となり戦場を駆け抜ける。一本角を、連合を、ザフトを置き去りにする。向かう先にはあるのは、ユニウス・セブン。

 

 そして、見つけた。戦場の端を悠然と進むメビウス。腹に非常に大きなミサイルを抱えながら、ザフトは気づかず見向きもしない。

 人も機械も構わず感知の隙間に入り込む、隠行の業。

 それをできるのは、忍者だけ。

 そして、リリーを視線が貫いた。包囲されたときに感じた、冷たい視線。

 それは、目前のメビウスから放たれていた。

 

「お前が”眼”かぁッ!」

 

 苦無を投じる。だがメビウスはゆっくりと回転するだけで、苦無を避けた。

 

「ならば!」

 

 放たれた矢のごとく走り、刀を振るう。やはり、届かない。

 そしてメビウスが、隠行を解いた。

 急にザフトの、プラントのレーダーが一斉に浴びせられ、波計が白一色に染まった。

 ようやく、懐に入り込んだ存在に気づいたらしい。

 

「遅すぎるんだッ!」

 

 いくら攻撃を仕掛けても、メビウスは悠々と回避する。

 そこへザフト艦からビーム砲撃が走った。慌てた様にいくつも放たれるが、照準もあっておらず命中弾は無い。

 それでも不意の攻撃にリリーは足を止めざるを得なかった。

 そこへゆらりとメビウスが動き、脇のスラスタバインダーと本体で、腹にリリーを挟み込んだ。

 忍ジンを拘束し圧壊させんとするが、リリーは手に潜ませた苦無でバインダーを斬り裂き、脱出する。

 そしてメビウスに見向きもせず、ユニウス・セブンに走った。

 そこには、糸を引くようにユニウス・セブンへむかう、核ミサイル。リリーを拘束する直前に発射していたのだ。

 拘束されたのは一瞬だった。だが、その一瞬で、核ミサイルは加速された。重く襲い核ミサイルが周囲を振り切る速度を得るまでに、その一瞬は十分に有り余るものだった。

 その一瞬で、核は飛んでいった。

 

 リリーは必死にジンを駆る。核だけをみて、飛ぶ。

 手裏剣ももう届かない。

 背後からメビウスの機銃が追いかける。

 刀でどうにか受け止めた。寄り道は出来ない身には、振り払えないイヤな弾道だ。

 

 そこに目前からメビウスが襲いかかった。突然再び現れたメビウスに驚くも、刀を振るう。だがメビウスは、片肺の手負いの機体でぬるりと腕をかいくぐり、リリーに体当たりをした。

 

 絡みつくメビウスに忍ジンは姿勢を崩すが、メビウスはもう片肺の機体。すぐに立て直し、胴体に苦無をつきたて機能を停止させる。

 コクピットから人がと脱出するのが見えたが、リリーは気にもとめなかった。

 力の抜けたメビウスを振り解こうとしたとき、光が溢れた。

 宇宙一面に光が溢れ、リリーたちを照らす。プラントに突然現れた太陽に照らされ、焼かれるようであった。

 

 核が炸裂した。

 膨大な炎は太陽となり、宇宙を照らす。

 連合も、ザフトも、ただただプラントに、ユニウス・セブンに咲いた太陽を見つめていた。

 

 リリーもただ、ユニウス・セブンを見つめていることしか出来なかった。

 炎に飲まれ、ユニウス・セブンの姿を伺うことは出来ない。

 そのとき、ジンに絡みついていたメビウスが自爆した。至近距離での爆発にジンは傷つきあおられ、流されていく。

 反射的に機体を制動させると、ユニウス・セブンに向かおうとするが、一本角に制止された。羽交い締めにされて、何も出来ない。

 がなる声も意にかさず、思わずリリーはコクピットの中で手を伸ばしていた。その手の先で太陽がしぼみ、消えていく。

 

 そこにコロニーの鮮やかなガラスの砂時計はなく、荒れ果てた大地だけがあった。

 

 ただリリーは、呆然と眺めるしか無かった。

 その視界の脇で、ミサイルが宙に破裂する。

 

 連合の攻撃が再び始まった。劣勢であった連合は勢いづき、混乱に陥るザフトを襲い、MSを墜としていく。

『────!』

 

 一本角は迎撃に奔走する。

 リリーは、ジンの手を刀にかけた。

 

 

ーーーー

 

 森の中、隠れ家のようにひっそりとたたずむコテージのテラスに、女性は居た。供えられたテーブルで茶を飲みながら、木々のざわめきにじっと耳をすます。

 ひゅうっ、と風が吹きぬけると、そっと口を開いた。

 

「おや、お帰りなさい。大変だったみたいですね」

「……どうして、何も言わないんですか。私は、失敗したのです」

 

 忍ジンから降りたったリリーはじっと、女を見つめていた。

 

「その子と会えただけでも、十分ですよ」

「その、子?」

「何度姿は変わっても、わかってしまうわ」

 

 いすに座ったまま振り返り、女は忍ジンを見つめていた。

 降り立ち、正面まで歩み寄る。

 

「あの方たちは、何を言っていました?」

「あの場所で出会った。だからここに居るんだろう、って。後は──」

「──陽冥と影天とか?」

 

 女は、リリーを見つめていた。

 

「──ええ、言っていましたね」

「そう、そういうこと」

 

 また、ジンを見上げる。

 リリーが見上げてみると、ジンもじっと女を見つめているように見えた。

「『最後に──』」

「え?」

 

 女はじっとジンを見据え、詠った。

 

「『最後にこれを書きしむは、陽冥の天音なり』」

 

 ジンの虚ろな瞳が、瞬いたように見えた。

 

「陽冥の天音……」

「私が小さい頃にお話された、おとぎ話の一説よ。なんでか大好きでね、何度も何度もせがんで、お話の内容も覚えちゃったの。他には覚えてなかったのに」

「お話ですか?」

「ちょっとしたファンタジーよ。ある二人の後継争いの代理人として、二つの集団、陽冥と影天は争う事となった。十人同士での、命尽きるまでの血みどろの戦い。一進一退、一人一人死力を付くし、命を落としていく中最後に残ったのが陽冥のアマネと、影天のリョーマ。密かに愛しあっていた二人だったけど、決着をつけるという使命に散っていった」

「そんな話があったのですか」

「聴きかじりとか言うけど、たぶん二人の実体験よね、この話。二人が死んだって結末にしただけで」

 

 だから狙われていたのか、とリリーは合点がいった。二人は使命を棄て逃げたのだ。棄ておくことも出来ない恥なのだろう。

 何年も狙われるあたり、果たしてただ逃げただけなのかは疑問が残るが。何か、情報やら秘法やらも持ち逃げしたのかもしれない。

 

「この子の名前はたぶんトビー。影天のリョーマについてまわる道具の妖精。最後はさっきの言葉を受けて、代理戦争が終わったことを示す手紙を届けに飛び立った」

 

 女性はジンを見つめて、リリーに告げた。

 

「この子をお願いするわ」

 

 リリーは眼を見開いた。

 

「いいのですか?」

「だって、私じゃMSは使えないもの。けれども、あなたなら使えるでしょう? この子を思う存分、羽ばたかせてください」

「わかりました。お任せください」

 

 忍ジンに飛び乗り立ち去ろうとするリリーに、女性は声をかけた。

 

「ねぇ、また来てくださる?」

「私は頼まれごとは、依頼しか受け取りませんよ」

 

 リリーの物言いに、女はにこやかに笑って言った。

 

「じゃあたまに、暇な時でいいから来てくださらない? その子も一緒に」

「私は明日をも知れぬ身ですよ。これが最後かも知れません」

「それでも良いわよ。あなたがこの子を連れてきたってことは、あの人たちからこの子を託されたのでしょう? なら共に戦い抜いてください」

 

「そして、一緒にお茶でも飲みながら、お話しましょう?」

 

 

ーーーー

 

 

 連合の侵攻の際、ユニウス・セブンが核攻撃により壊滅。犠牲者 243,721名。

 『血のバレンタイン』と呼ばれるこの惨劇にプラントは激怒した。

 シーゲル・クライン議長はプラントの独立宣言及び、地球連合への徹底抗戦を表明。

 

 『ヤキン・ドゥーエ戦役』の幕開けである。

 

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