Ginnの影忍 ─リリー・ザヴァリー 今日も往く─ 作:山田風
「ちくしょう、ちょこまか動きやがって!」
宇宙に叫び声が響く。
青年は必死に宇宙船を追いかけていた。スロットルを振り絞り、目まぐるしく回る視界を制しながら、船を目指す。
視界の端では同じようにいくつもの航跡が宇宙船に続いている。メビウスの連隊だ。
メビウスを駆る彼らは宇宙海賊。
その宇宙の無法者から逃げるのは、旧式の小型貨物船。
運ぶことに特化したその機体は馬力は出るも速度は出ず、宇宙海賊にとって格好の獲物である。
かなり年期の入った機体は古ぼけているが、良い整備がされているのか速度が出ている。
だがその程度はよくあること、海賊らは気にも止めていなかった。
それでも、今日の獲物は違っていた。
「小型の貨物船で、なんて動きするんだぁ! こいつ!」
明らかに運動性に劣る鈍重な機体でありながら、巧みな操作で銃撃を避け、ときにはデブリを盾にして宇宙を飛ぶ。
MAでありながら機動が遅れ、翻弄されていた。
それでもメビウスはめげずに食らいつく。
デブリに隠れる貨物船に先回りをし、その頭上を取った。
『とったぁ!』
思わずこぼれる歓喜の言葉。
引き金を絞ろうとして、気づいた。
船の背中、貨物船のハッチが開けられている。その中は空だ。
「な、に────!」
荷物はどこに消えたのか?
その疑問を振り切ってバルカンの引き金を引こうとし、反応が無いことに気づいた。いくら引き金を引いても弾が放たれることはなく、手元で手応えのない軽い音がコクピットにむなしく響く。
絶好の機会を逃して、貨物船は銃口から逃げおおせていた。
「なんだ、ジャムったのか? 二門同時になんてありえるかよ!」
せめてとシャトルを追おうとして、メビウスが動かないことに気づいた。
エンジンは動いているというのに制御はきかず、いくらレバーを動かしても操縦ができない。
やがてモニターも消え、コクピットは暗闇に包まれる。
「な……」
疑問に思う間もなくメビウスは力を失い、宇宙に漂うしかなくなった。
『動かない!? どうしたんですアニキは!』
デブリの影から、別のメビウスが姿を見せる。飛び出し、貨物船に向けて一気に攻撃を仕掛けた。
動かなくなったメビウスを庇うような軌道。
『おまえがアニキをヤったのかぁ!』
揺れる照準を貨物船にあわせていく。注意は貨物船に集中していた。
何が起きたのか、このメビウスは把握できていない。しかし"アニキ"があっさりと無力化されたのだ。
貨物船へと照準を合わせて──
『カタキぃ!?』
機体の背中に衝撃を受けた。アラートが鳴り響く。
『なにぃ!?』
「まわりも見な!」
誰の声かも理解することなく、コクピットは暗黒に包まれた。
漂うメビウスに、何かが乗っている。忍ジン。リリーだ。
忍ジンはメビウスの背中に突き立てた苦無を抜き、その勢いのまま頭上へと放った。
放り投げられた苦無は、そのままデブリの影からのぞき込んでいたミストラルへと突き刺さる。
不意をつかれたミストラルが衝撃にひっくり返ると、その苦無を忍ジンが握った。己が投げた苦無を追い抜くなど、忍者には造作もないこと。
「ちょいさッ!」
忍ジンは刺さったままの苦無を振り抜き、装甲を引き裂いた。
堅いはずの装甲は紙のようにあっさりと割け、卵状の体はきれいに輪切りにされた。
その黄身から宇宙服の男が必死にはいでてくるのを横目に手裏剣を彼方へ投げようとし、動きを止めた。
手裏剣の先にいたのはレールガンを備えたメビウスだ。遠くに位置して援護をするつもりだったのだろう。しかし、これも動くことなく漂流している。その背中には、はっきりと弾痕があった。
「ねぇ、いるんでしょう?」
『おや、わかっちまったか』
振り向けば、ジンがいた。頭部にはトサカの代わりに雄々しく突き出た一つの角がある。一本角だ。
その手にはライフルが握られていた。
『もしかして邪魔だったかい? だったら悪かったね』
「いや、べつに言うことは無いけどね」
器用にジンの肩をすくめる一本角に答え、切っ先の向きを変える。
とたんに二機はそのばから離れた。遅れて引き裂くように閃光が走る。ビーム砲撃。
切っ先には、二機へと砲口を向けた船の姿があった。デブリに隠れて宇宙に浮かぶ宇宙船は、黒を基調としつつも乱雑な文字や扇情的なアートに彩られていて品がない。
「とりあえず、あれ、片付けましょう」
「落とすんだな」
「撃沈はダメよ」
「ええ? じゃあ、なにか。追っ払えばいいのかい?」
「いいえ。用があるんですものね」
軽口を言い合いながらも二機はあっという間に船に迫る。直掩機の防衛網もすぐに突破し、忍ジンはブリッジに苦無を突きつけた。
「さぁ、ここまでよ。おとなしく投降しなさい」
『女、だと。十二機をモノともしないのか……!』
ブリッジの窓からは、やたらと派手な衣装に身を包んだ男が声を返すのが見える。品のない船のカラーリングに合う、趣味の悪い男の声だ。
「ええ、そうよ、問題あるかしら。ブリッジごとこの船ダメにしてもいいのよ?」
『それは困るなぁ……』
「じゃあ、する事はわかるでしょう?」
『土下座して命乞いだな?』
「体面じゃなくて実をちょうだいよ」
そう言ったリリーの笑みは、獣のごとく獰猛であった。
ーーーー
「案外もってたわね、あいつら」
作業を終えて、リリーはうなづいた。
見下ろす貨物船のハッチの中には忍ジンとともにコンテナが積み上げられている。
もちろん、海賊から譲られたものだ。燃料、食料、交換パーツ。自分で使うにも、換金するにも使いようがある。
その様子に、一本角は呆れていた。
「持ってくのね……」
「迷惑料でしょ? 安いものよ」
「たくましいことで」
あっけらかんと言うリリーに笑うしかない。
「あいつら宇宙海賊か? まためずらしいモノに絡まれてんね」
「いつもの事じゃない」
「え?」
「……え?」
リリーは思わずジンを見上げ、見つめあっていた。
「出会った事もないんだが」
その言葉にリリーは衝撃を受けていたが、おくびにもださない。
「……まあどうでもいいわよ。お金が向こうから転がり込んでくるからありがたいものよ」
「なんだい、賞金でもかけられてるのか?」
「さぁ、そんな話は聞かないわね。あなた、あの後どうだったのよ」
リリーは、以前ユニウス・セブンで一本角に会っている。あまりの忙しさに、結局どう別れたのか、リリーはあまり覚えていなかった。
「ん? プラント防衛は結局殆どパーになっちまったからなぁ、依頼の為に地球と宇宙とコロニーを行ったり来たりさ」
器用にジンの両手を天に向け、お手上げを示す。
そして、突然の思いつきのように、一本角は声を上げた。
「せっかくだ、ちょっとおもしろそうな話があるだが、どうだい?」
「おもしろい話? こんなジャンクの海で?」
「そう! この『世界樹』跡にはある噂が流れている!」
ジンの拳を突き上げ、上擦るような興奮した様子で一本角は叫んだ。
「ある『秘密』が、世界樹には眠っていたと!」
「……ん?」
思わず、リリーは反応していた。
それに気づいたのか気づいてないのか、一本角は続けて言った。
「俺たちはそれをお宝だとにらんだ。そこで! 一緒に探そうじゃないかァ!」
「……うん、え?」
リリーはただ、首を傾げているしかなかった。
ーーーー
『いやぁ、手伝っていただて、ありがとうございます、リリーさん』
『ホントと悪いねぇ、こんな奴につきあわなくてもいいのにさ』
『こんな奴って誰のことだ?』
『アンタしかいないだろ?』
笑い合う声に、リリーはため息を付いた。
一本角につれられて来てみれば、そこには二機のメビウスが待っていた。
『良いジンですね! どちらで忍カスタムを?』
「これ、預かりものなの。あいにく私も知らないわ」
『そうですか……』
アンテナやレーダーが数多く取り付けられ、奇妙なハリネズミのようになったメビウスに乗るのは、礼儀の良い少年イガリ。機械が好きなのかリリーのジンに興奮し、息を荒げている。
ジャンク屋には入っていないらしいが、入っても居心地が良いに違いない。
『良い女になりそうじゃないのさ。もったいないからこんなのとは付き合わなくて良いよ』
一本角をあげつらうのは、妖しい白と朱のパターンが特徴のメビウス。妙齢らしい女、彩火だ。
声がいちいち艶を帯びていて、正直なところリリーにとっては苦手な部類である。
二人とも、忍者である。
一本角とともに、二機のメビウスとリリーはデブリの海を進む。
『ここがホントに世界樹なのか、疑問だねぇ』
『それは間違いないですよ。星の位置も合っています』
『そうじゃないだろ』
C.Eの礎として栄華を誇った世界樹はもう無い。ザフトと連合の戦闘によって世界樹は破壊されてしまい、大量のジャンクとなってこのL1宙域にばらまかれてしまったのだ。
『おおっと、危ねえ』
『気を、つけてくださいよ、オォ!?』
「イガリ、あなたも」
『あ、ありがとうございます』
イガリの礼もそこそこに、リリーはデブリを避け、蹴って進んでいく。
未だジャンク屋の手も入れられていないのか、時にはMSほどもある大きさのジャンクが河原の石のように大量に流れている。
なかには連合のMAやザフトの戦艦、MSなども見え、どれほどの激戦が繰り広げられたのか、ちょっとした想像では足りないのは難くない。
正しくゴミ捨て場とすらいえる状況に、リリーもうめいた。
「こんな所で宝探ししようっていうの!」
『ああ、その通りさ!』
もとは世界樹の一部と思われる戦艦ほどの大きさの鉄くずを走りながら、一本角は自信たっぷりに答えた。すれ違う小さなデブリをジグザグによけながら走る様に、リリーも渋い顔をする。
「わざわざそう言うからには、目星はついてるんでしょうね?」
一本角は何でもないように、あっさりとした口調で答えた。
『世界樹の破片が足りないって話、知ってるかい?』
「……いいえ」
その問いには否定を返したリリーだが、内心は得心がいっていた。
やはりそれか、と。
リリーがそのことを聞いたのは、五時間ほど前のことである。
ーーーー
「お、やってるやってる」
橋の袂でござを広げていた飴売りから買った棒飴に顔をゆるませていたリリーは、その看板に足を止めた。
コロニーの心地よい乾いた風の音もかき消す、外にまで響く機械音。
中を覗けば、あふれんばかりの機械の山がいくつもある。
その山々の中心に、ほったて小屋のような、簡素な作りの大きな家が建っていた。中心に掲げられた鉄板には看板と同じく『バスドン工房』と彫られている。
何人もの従業員との挨拶もそこそこに中に入れば、ガレージのごとき内装に一層轟音が響いていた。
目の前の手すりから見下ろせば、そこには何台もの巨大な作業台が並んでいる。
その一つの作業台に、忍ジンが寝かされている。その胸元にいたガタイの良い男に声をかけようとして、その気配に思わずリリーは躊躇した。
その気配に気づいたのか男が振り向き、声を張り上げた。
「おおう! 来たのかァ!」
恰幅のいいガタイに見合う、轟音に負けないばかりの声だが、それでもようやく聞こえるほどである。リリーでは必死に声を絞り出しても届かないのは、わかりきったことだ。
飛び降りて顔が付かんばかりまで近づき、ようやくリリーは返事をした。
「じいさん、こいつはどうなの?」
それでも、普段に比べたらかなりの大声である。
「何やってきたんだ、忍者だろうが、てめぇは」
ノゴー・バルドンは、彫りの深い顔に不満を隠さずに言った。
「もうちょいやられ方ってもんがあるだろうが」
「忍者ってのは、任務の達成が一番なの。どうあってもね」
リリーがこのバルドン工房を訪れたのは、忍ジンの整備の為である。ここバルドン工房はコロニー『ヤエ・ヨシノ』に構えて整備屋を営んでおり、その規模はかなりのものである。
そして特徴の一つとして、リリーのような忍者からの整備の依頼も引き受けているのだ。
「だから無理しなきゃいけないけど、この子も調子悪くていけないわ」
「関節に塗料だのぶち込まれちゃあ、動き悪いの当然だろうが。さっさとうちに持ってこいや」
「悪かったわね、ずっと追いかけ回されて、逃げ回るしかなかったのよ」
「だからこうも痛めるんだ」
そう言ってノゴーは見せつけるようにため息をはいた。
だが仕方ないだろう、とリリーは思う。
なにせ、その時の相手は一大組織だ。舞台は大型の工場衛星。ジャンク屋や傭兵を装いながら技術を収集して独自に兵器を開発する謎の集団。
工場内部に攻め込まれても兵器の捕獲に腐心していたあたり、よほど運営が大変だったのだろう。そのせいかネットランチャーや電磁パルス、塗料弾、急速膨張・固化する特殊プラスチック弾など非殺傷兵器の祭典に付き合わされていたのだ。
幾度も追い込まれては切り抜け、最終的には動力室の崩壊に伴う連鎖爆発で衛星を破壊することで、組織を壊滅させたのだ。
「戦いはずいぶん楽しんでいるようだがね。コイツもはしゃいでいるのがよくわかる。だからいち早く持ってこいというのにお前ときたら」
「ええ、このジンがなきゃたぶん捕まって死んでたわよ。……そんなに悪い?」
「悪い」
憮然と言ったノゴーに、おずおずとリリーは聞いた。
「じゃあ……金かかる?」
「取るぞぉ。おまえ仕事やってるのか? 金あるんだろうな」
「整備分の金はあるわよ、残党どもの相手が忙しくてここ数日は仕事はさっぱりだけど。もうちょっといい話はないかしら……」
遠くを見つめるリリーに、ノゴーは意地悪そうに笑った。
「変わった話なら、無い訳じゃないがね」
「変わった話?」
ノゴーの眼光がすこしばかり色を変えていたのを、リリーは見逃さなかった。
「世界樹、もちろん知ってるだろ?」
その言葉に、リリーは首を傾げた。
「タイムリーな話じゃない。このまえそこで連合とプラントが衝突したんでしょ」
「そう。そのあおりを食らって世界樹はバラバラに砕けてしまった」
『世界樹』L1にあった第四世代型ISS、宇宙ステーションだ。C.E始まりの地とも称される施設であったが、先日起きた連合とザフトの激戦によって崩壊したのだ。プラントにとって世界樹は月への橋頭堡であったのが運の尽きだ。
「その砕けた世界樹が消えたのさ。ジャンク屋連中が怒ってんだよ、盗まれたって」
「盗まれた? ジャンクなら早いもの勝ちでしょうに」
「そいつに関しては違うのさ。組合預かりだったからな」
「そんなレベル……!」
ジャンク屋を統括するジャンク屋組合。普段はジャンク屋の活動を支援するだけなのだが、ときおりこうして行動を起こすことがある。
超大型デブリの解体、大型コロニーの補修など、複数のジャンク屋を動員する一大事業だ。
「複数の艦が出張って取り組む大仕事さ。そのぶんサイズもどんとでかくなる。サイズは世界樹のかけらで一番だったっていうんだ、奴らも大慌てさ」
組合等があわてるのも納得だろう。それほどの大きさなら、いったいどれほどの金属になり、いくらの金が生み出されただろうか。
しかし、リリーも首を傾げる。そんなものが消えたというのに、リリーには初耳だった。
「そのわりには、私は話を聞かなかったんだけど」
「まあ、騒がれたのは地球に引かれないかだからな。そのルートには無いことがわかったらみんな散っちまったよ。暇になった連中はデブリベルトに出たし、組合はビクトリアに飛びついたみたいだからな。オレかてさっさと引き上げてきたダチから話を聞いただけだ」
「ああ、ビクトリアか……」
つい数日前のことだが、ザフトが地上侵攻を開始した。手始めに選ばれたのがビクトリア宇宙港。宇宙港を制圧して地球と宇宙の確実な連絡手段を確保したかったようなのだが、失敗に終わったらしい。
「大変だったらしいからね、ビクトリア」
「地上支援なしでの大気圏突入降下作戦とかなかなかひどいがな……」
その大戦果も、連合が声高々に宣伝している。遠く宇宙にまで響く有様だ。
空へ向かう弾丸の雨にザフトのMSが入っては火の玉に変わる様子が延々と映し出されるその光景に、リリーはあきれたものだ。
「ザフトもなにを考えてたのかねぇ……」
「全くだなぁ……」
ノゴーの眼が爛々に輝いているのを横目に見て、リリーはため息混じりに言った。
「で、それを探してほしいの?」
消えた世界樹の欠片を。
その言葉を聞くなり、ノゴーの顔は満面の笑みとなる。
「お? やってくれるのか! いやぁ、悪いねぇ、こんだけ出すからさ!」
笑って言うが、リリーの表情は堅い。
「整備費は入れてくれるのかしら」
スッ、とノゴーが立てた指の数に、リリーは噛みついた。
「足出てるじゃないの!」
「おおっとすまんすまん、計算間違えたか。これでどうだ」
「さすがに渋すぎない? 今回の整備費込みでもジンの燃料費だけで収支がマイナスだけど」
「燃料くらいサービスしちゃる! これからも整備費サービス価格にしてやるからさ!」
「怪しいわねぇ……」
疑念を込めてノゴーを見るが、ノゴーは何も言わず、リリーを見るだけ。
その眼の色を見て、リリーは聞いた。
「刀は研いだ?」
「ばっちり済んでるさ」
静かな、それでもあふれる自信に満ちた声に、リリーは微笑む。
「……よし、まぁいいか。受けるわ」
「あんがとよ」
それを聞いて、ノゴーは目一杯に頬をゆがめた笑みを浮かべた。精一杯の笑顔だろうに、獲物を前にした獣のごとき笑みだった。
・『世界樹』
L1宙域に浮かぶ第四世代
世界大戦で建造が中止されていたものの、大戦終結に伴いC.E.9年に再開、C.E.11年に完成した。
ジョージ・グレンも乗り込んだ木星往還船『ツィオルコフスキー』もここで建造されている。
C.E.70年2月22日に発生した連合・ザフトによる世界樹攻防戦によって崩壊。
ちなみにこのときの戦闘でラウ・ル・クルーゼはネビュラ勲章を受章。ジンに乗ってMA37機、戦艦6隻を撃沈せしめた。