Ginnの影忍 ─リリー・ザヴァリー 今日も往く─   作:山田風

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『世界樹』の妄執.三 ─宇宙の黒雲海─

 デブリの海からはずれた片隅に、リリーたちは集まっていた。ちょうど地球に太陽が遮られて大きな影となり、非常に暗い空間。

 まだらに散らばる岩塊にそれぞれが身を寄せ、同じ方向を伺っている。

 その先にはデブリも無い広い空間があった。

 

『なにも無い、じゃねえか』

 

 思わずつぶやいた一本角と同じようにみなが疑問に思っていると、イガリのメビウスがアームで平たい板を取り出した。

 

『なに、それ』

『まあ見ててください。それっ』

 

 軽くアームを振れば、それは押し流されていく。緩やかに回転しながら進み、日向へと向かっていく。

 日向に出ると、それは突然瞬き、リリーたちを照らす。

 

『おい、投げたやつは!』

『砕けたコロニーのミラーです。あれを使えば自然に物体を照らすことができます。あの空間を見て!』

 

 声とともに最初の空間を覗けば、その光に照らされて、巨大な黒いもやが浮かび上がっていた。

 静かに回転するミラーが刻々と光の具合を変えていくが、それでも端が見えない。

 

『大きい……』

『煙幕がまかれてのか』

『それも黒色です。こんな宇宙の影じゃわかりませんよ』

 

 思わず声を漏らす中、リリーがつぶやいた。

 

「よく見つけたわね」

『いやぁ、偶然浮いてたミラーが映しただけですよ』

『それでもよくやってくれた』

 感心したように、一本角はうなづく。

 

『ちょっと見てたんですけどね、煙幕だけでもずいぶんでかいんですよ。しめて四方10kmはあります』

『……おいおい、それって』

『ついでに言うと、この塊、地球の陰に居つつもL1からは離れていくように動いています』

『……へぇ?』

「で、その間、煙幕は?」

『それがですね、散ることなく一緒になって動いてるんですよ』

 

 イガリの言葉に三人は、顔を見合わせた。

 ほんの少しの目配せのあと、リリーが言った。

 

「これ、忍者の仕業よね」

 

 イガリはうなづいた。

 

『そう考えて良いと思います。こんな煙、忍者しかつかえませんから』

『こんなときにこんな巨大な煙幕、怪しいなんてものじゃ無いわよね』

『まあ今まで気づいてませんでしたから』

『あとは何でこんな大がかりなことしているのかだが……』

 

 そればかりは皆の疑問であった。

 これほどまでに忍者が大がかりな仕掛けをすることなど、そうあることではない。

 影に生きることが信条である忍者にとって、おかしなことである。

 

『ま、ちょうど良いじゃねえか』

『せっかくだし、見てみましょうか』

 

 その彩火の声に応じるようにデブリを動かし、ゆっくりと黒煙に近づいていく。

 留まり漂う黒煙に、四機の潜んだデブリは沈むように入っていった。

 

ーーーー

 

 

 黒煙の中は、非常に暗い。

 宇宙は日向ならば意外と明るいものだが、ここはその光も煙に遮られ、まさしく闇の中であった。

 近くにいるはずの一本角たちの機影も、薄ぼんやりとしか見えない。

 攪乱材も混ざっているのだろう、レーダーを見てみれば波計は荒れに荒れ、判別などできない有様だ。

 

『─た──げろ──きこ─るか──』

「……聞こえないわよォ!」

 

 一本角からも声が漏れるが、やはり電波の入りが悪い。まともな連絡も取れそうにない。光通信など論外だ。

 影だけだが、必死に手を振っているらしいのが見える。

──どうも、頭に手をかざしてから下におろしているような……

 

 そして、リリーは忍ジンの頭を下げさせた。

 そこを、いきなり横から姿を見せたデブリが通り過ぎていく。

 掠りもせずに抜けていったデブリは黒煙に沈み、姿を消した。

 

「……おおう」

 

 ジェスチャーで返事を返せば、一本角も手を振って答えた。

 よく眼をこらせば、時折デブリが近くを通っていく。

 今のような危険なことはそうないだろうが、注意を厳に進んでいく。

 

 誰も動かず、言葉を口にもしない静かな空間。流れるデブリに任せた穏やかな時間を過ごしていると、不意にイガリが言葉を漏らした。

『あれは……』

 

 リリーもつられて見上げると、黒煙の中に大きな影を見えた。

 リリーは最初、それが影だとは思わなかった。ただ一部だけ濃くなっている『色のムラ』だと思った。それほどに大きくそこにあった。

 近づくにつれ、次第に影は鮮明になっていく。

 

『おお、コイツが消えたってやつか……?』

『いやはや、噂には聞いていたけど』

 

 そこにあったものに、皆思わず言葉を漏らす。

 

『どこが残骸よ……ほとんど半分そのままじゃない……!』

 

 コロニーの残骸、『世界樹』だったものだ。その残骸は解れたように半ばから割れ、骨組を露わにしている。割れたグラスのような姿をさらしていた。

 しかし黒煙に隠れて端までよくは見えない。それが余計に残骸を大きく見せていた。

 

『やっぱりここにあったのか……』

『あらやだ、きれい……』

 

 一本角も思わずため息をもらす。彩火の戯れ言を聞くものはいない。

 

『基部からの一部、間違いなく消失した『世界樹』の一部です』

 

 イガリの言葉からその基部をみて、リリーは気づいた。

 はた目は形を保ったグラスの底に、やけに大穴がぽっかりと口を開いていた。そこへ向かって動く影がある。

 

「作業ポッドじゃない」

『ジャンク組合マークなんざつけとるが、この状況では怪しくて仕方ないな』

 

 作業ポッドは穴のそばについた作業船から大きな物体を持ち出しては、何かを底の中に持ち込んでいく。いくつもの作業ポッドが穴の中に潜っては這い出てくるその様はまるで蟻の群のようだ。

 

「運んでるあれ、何かわかる?」

『すみません、キツいです。コンテナということしかわかりません……あぁ、くそッ』

 

 イガリに聞いても、良い返事は返ってこない。それどころか機嫌も悪そうだ。

 

「どうしたの」

『カメラすらだめです。受信機材が大半調子わるいんですよ』

『積み過ぎなんだよ。そんなゴテゴテして見栄えも悪い』

『わからない人にはいいですよ、別に』

『落ち着け』

 

 雰囲気が悪くなるメビウスの二人を横目に、リリーは残骸の観察を続ける。

 

「とにかく、見ないとわからないわね」

 

 そうそうにあきらめ、リリーはデブリを進ませる。潜入を試みるのだ。

 

「私が中を行く。中からなら、何が起きているかわかるかも知れない」

『なら、残骸の外の方を見てこよう。あの連中が何してるかわかるさ』

『私はここで待ってるわ。支援はするけど』

『僕はもう少し外縁から見てみます。何があるかわからないんで早く帰ってきてください。お願いしますね』

 

 そういって、四人は再び別れた。一つのデブリは黒煙の中へと、二つのデブリは残骸へと進んでいった。

 

 

ーーーー

 

 

「ん?」

 

 青年は、突如として鳴った警告音に作業ポッドを動かした。

 すると目の前を、なにかが絡み合った大きな残骸が通り過ぎていく。

 グシャグシャの有様でよくわからないが、見るにメビウスとジンなのだろう。影はどこにもないが。

 

「おお、MSだ、MS!」

 

  MSはいまだ市場価値の高い希少品。メビウスが絡み付いてひどい有様に成っているが、それでも良い値段になる。

 ちょうどポッドが手ぶらであったこともあり、青年は喜色満面に飛びつこうとした。

 しかし、ほかのポッドに捕まれ、止められてしまう。

 

「な、なん……」

『なにやってんだぁ、テメェ……』

「ヒッ、お、親方!」

 

 一転、青年は恐怖を露わにした。

 スピーカーからの通信だというのに、操縦棹からは手を離し、全身を縮ませて怯えている。

 

「い、いえ、あれじゃ現場に向かって危ないと思ってデスね、それにせっかくのMSですし、メビウスも付いてるんですよォ!?」

『まだ何も言って無いだろうが』

 

 青年の怯えぶりに、親方も気色をそがれてしまう。

 要領も得ない言いぶりにため息を付き、諭すように言った。

 

『まずはもう少し落ち着け、そういうジャンクは取れるときに取るのだ。逃したらほかの奴に連絡なりして任せればいい。ダメだったら諦めろ』

「……はい」

『で、どこなんだ、そのジャンクは』

「あ、はい、えっと今は一時の方向……あれ、あれ?」

 

 青年が見たときには、ジャンクは消え去っていた。

 

 

 

ーーーー

 

(ちょろいもんね)

 

 物陰に身を潜めていたリリーは大きく息を吸おうとして、埃っぽい空気に眉をひそめた。

 

 ここは世界樹残骸の中。リリーは潜入には成功した。

 忍ジンは作業船内のジャンクの中に隠した。どうも外で作業している連中は本物のジャンク屋らしい。非合法も請け負っている連中なのだろうか。

 

 残骸の中はエアロックが整備されてしっかりと空気が通っていた。空調は整っていないため言い空気とはいえなかったが、それでも意外と快適である。

 電気も通り、電灯がそこかしこで明滅している。

 残骸としては十分に整った環境の中に、意外と多くの人が居るのをリリーは見ていた。

 身を潜めていると作業員が目の前を通り過ぎていくが、リリーには気づかない。

 身のこなしからしてどれもが普通の作業員であり、明らかに一般人だ。

 

(忍者ではなかったのか……?)

 

 首をかしげていると、全身に丸めたコードを背負っている作業員が見えた。見事な足さばきで、壁を蹴って進んでいく。

 作業員らの流れもそちらへ集中している。なにかがあるのは確からしい。

 

(ううわ、なんじゃあら……)

 

 その奥へ向かうと、壁と言う壁にコードが刺され、溢れ返っている。その先は、まさにリリーが向かう方向へと向かっていた。

 通路のあちこちに人が張り付き、作業を行っている。

 さすがに人が多すぎると見て、ダクトへとリリーは入っていった。

 

 ダクトはかなり小さく、リリーでも苦しいものがあった。通常のダクトなら大人でももうすこしは余裕があるのだが、ここのダクトはなぜか非常に狭く、幼いリリーの体でも少々苦しいのだ。

 

(何でこんなに狭いのかなか……太ったって事はないし……)

 

 埃も多いものの、割とスムーズに進める。当然のことながらダクトを進む他の人もいない。

 時折作業口から廊下を覗きながら進むと、這う手を止めた。

 

 ダクトの先がフィルターに閉ざされている

 清浄用だ。簡易式と見え、機械などは無いただの網に見える。

 

(これならばなんとかかるかな)

 

 リリーはそっと小刀を取り出し、フィルタの端に当てた。

 フィルタに手を添えながら小刀を引くと、手応えもなく小刀が通る。するとかすかにフィルタが動いた。

 

(あ、い、た……な)

 

 手を動かせば、フィルタが外れて口を開ける。

 音を出さないよう、そっとフィルタを脇に避け、ほのかに浮いた埃をあびながら這い進むと、目の前の通気口から光が漏れているのをみた。

 時折聞こえる作業音と話し声。聞くに、部屋の中に数人が居るらしい。

 そっと部屋をのぞき込んで、リリーは目を見開いた。

 

(なんだ、これは……)

 

 六角形の形の部屋に、何人もの作業服姿の人が散らばり、作業をしている。重く静かに響く作動音、一角に設けられたいくつものモニターという光景は、見覚えがある。サーバールームだ。

 床や壁をヒッぺがしては、中から引きずり出した箱にいくつも束ねたコードをつなぎ、中心にたつメインサーバーと思わしき塔に繋げている。

 一人が、中心の塔に繋げたパソコンをにらんでいる。

 

「またダメだ、突破できない」

「何だって? そのはずは無い!」

 

 よくわからないが息詰まっているとみえ、雰囲気は悪い。

 見ている間にも作業員たちはコードを繋げてはパソコンをにらみ、パソコンをいじってはコードを入れてと似たような作業を繰り返している。

 作業員たちが話から漏れ聞こえてくる内容から推測するに、ここのサーバーのデータを移植したいようなのだ。

 固定されたサーバー字体は動かすことは困難であるだろう。しかしデータだけでも移動できる媒体に移植すれば、持ち出すことができる。それも非常に小型化する事ができるだろう。

 このサーバーにどれほどのデータが詰まっているのかはわからないが、少なく見積もってもディスク五枚で収まることに違いないと推測できる。以前依頼で似たようなサーバーから頂戴した経験だ。

 

(あの時は、本当にこれだけなのか、って問いつめられたっけ……)

 

 研究データが想定より少なかったのだろう。実際のところ研究費の不正流用が多かったのだが、それは帳簿データだ。依頼内容に相違ない。

 しかし疑問がある。

 世界樹はもともと研究開発用のコロニーだ。だがつい最近まで稼働していたとはいえ、所詮はC.E創世期の産物。こうまで大がかりなことを仕掛けてまで、ほしいデータがあるようには思えなかった。

 

(ま、それは後からでもいいか。あいつらなら、なんか知ってそうだし)

 

 リリーは詳細を三人にぶん投げることを決めた。

 

 撤退を始めようとして、下の部屋の雰囲気が変わったことを感じ取った。

 最初は己のことを気取られたかと思ったが違う。誰か、注視するべき人が来たようだ。

 

 (何だ……?)

 

 リリーは再び、下の部屋の様子を覗いた。

 主任と思われる作業服姿の薄い顔の男と、薄い色の着物を着た男が話している。

 

「──やはり無理か?」

「厳しいと言わざるを得ません」

「そうか」

 

 主任の言葉に着物の男は耳を傾けていた。

 軽く頭を掻きながら、表情の読めない顔で主任は言葉を続ける。

 

「徹底的なまでに外部抽出をブロックしています。端末への移植はおろか、モニターへの出力をも渋る始末です」

「やっかいとは思っていたが、よもやそこまでとはな……」

「ここまで徹底した孤立主義のサーバーは初めてですよ。一体何を蓄えているのやら」

 

 何気なく放ったであろう主任の言葉に、男の気配が一変する。

「貴様が気にすることではない」

 

 気迫、とでもいうのだろう。男がほのかな怒気とともに放った気は周囲に伝わり、作業員たちを震え上がらせる。

 背後で聞いていた男は身を震わせた。横目で見ていた女は尻餅をつき、壁際まで下がっても後ずさりを必死に続けている。偶然にも直視してしまった若い男は、そっくり返って泡を吹いている。

 サーバーまでも影響したのか過度に明滅する状況し、冷房装置が強くうなる。

 

「おや、それは申し訳ありません」

 

 そのような状況で、主任の男はあっさりと言った。

 

「……世界が取れるぞ」

「そうですか。ではどうされます、作業は続行しますか? でしたらMSシミュレーション操作と思わしきFWの解除のご協力に、どなたかパイロットをいただきたいのですが」

「……いや、できる限りの保全に努めてくれ。いっさい、抜かり無くな」

「了解しました。プランF、でしたか」

「うむ。揺れるからな、しっかり頼むぞ」

 

 主任は頷き、作業員たちに気をしっかり持たせながら指示を出していく。

 その様子を見届けて、着物の男が立ち去ろうとしたときだった。

 

「……おや?」

 

 ズン、と響く振動。ハラハラと埃が宙に舞う。

 残骸全体に響いたのか、少しばかり長い振動だった。

 

「こういう作業しているときに振動とは、肝が冷えますねぇ……」

「電源落ちたり、サーバーに異常が起きたらと思うと、大変ですよ」

「外の連中ですかね、まったく」

 

 しばし見上げていた作業員たちは、口々に言いながらも作業に戻っていく。

 その中、しばし佇んで動かなかった着物の男は、ふいに何かを天井に投げた。何かは天井を突き破り、姿を消した。

 

「……ふむ」

「おや、どうしたんです」

 

 何も聞こえてこない天井の穴を眺めていた着物の男に、主任が声をかけた。

 

「いやなに、気のせいだ」

「はい?」

 

 首を傾げる主任を置いて、着物の男はサーバールームを立ち去った。

 

(いや気づいてるって、絶対……)

 

 目前、ダクトの天井に突き刺さった手裏剣を見つめながら、リリーはため息を飲み込んだ。

 

ーーーー

 

 

『しかし、ありゃ一体なんだろな』

 

 物陰から身を乗り出していた一本角は、作業場を確認して首を傾げた。

 覗いて回った限り、外で見た作業チームの荷物が運び込まれているのはこの作業場だけだ。

 

『あんなもの、一カ所だけじゃ意味ないだろうによ』

 

 最初の場所に戻ろうとして、足を止めた。

 

『気づかれたな……』

 

 頭上に少し離れて周囲を動く影がある。一本角を中心にして、円を描くように動いていた。

 それはまるで、獲物に狙いを定める猛禽のごとく、鋭い視線を放っていた。

 

『ははっ……はやく戻ってこいよ、嬢ちゃん……!』

 

 影は一本角めがけて襲いかかった──

 

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