唐突なシリアスは
生臭いにおいがした。
まるで腐臭のような、発酵したかのような。
そんなことを考えながら、私はそっと目を開ける。なんでこんな臭いがするのかな、なんて能天気に考えながら、重い瞼を持ち上げた。
「……あ……?」
暗い暗い洞窟。
黄色に染まった奇妙な空気。
辺り一面に散らばった腐肉と、数え切れないほどの骨。
「……ここ、は……」
ここは、どこ?
なんて、なんて凄惨な景色なんだろう────
「──つっ……うぁっ……!」
起き上がろうとして、鋭い痛みが走った。
見れば、腕や肩に鋭い傷が走っている。まるで鋭利な爪に切り裂かれたかのような傷が、服ごと破って私の体を覆っていた。
そしてなにより、変に腫れ上がった右の脛。痛くて痛くて、とても立ち上がれない。
──もしかして、折れちゃってる?
「なっ……なんで、こんな……」
はだけた服なんてどうでもよくて。それよりも、丸腰で
「あっ……あぁ……やだっ、やだよぉ……」
あの時、赤い獣のようなモンスターに襲われた。
そのまま私は、瘴気の谷にまで落ちてしまったんだ。足を踏み外したのかな。殴り飛ばされちゃったのかな。それとも、あの竜に引きずられてきたのかな。
あのまま食べられていてもおかしくなかったけれど。でも、どの道このままじゃ私はいずれ死んでしまう。
どうしよう。
足が折れては、立って逃げることもままならない。
このまま、このまま────
私は、モンスターに食べられてしまうの?
◆ ◆ ◆
アステラの居住区間にある酒場で、俺はメェリオと酒を交わしていた。
不本意ながら、ではあるけれど。でも本意といえば本意でもあるのだけれど。
「……ほんとに、フレイがどこにいるか知らないの?」
「ごめんなさいね……アタシも分かんないのよ」
あの発熱機関を搭載した試作型の大剣──竜熱機関式【鋼翼】。誰でも扱える訳ではない貴重な一振りを手にして、早速自慢しようとアステラを歩き回ったけれど。
それでも、彼女に──フレイに会うことが出来なかった。アステラのどこを探しても、彼女の姿はどこにもない。
まるで、まるでアステラにいないかのように。彼女は、どこにもいなかった。
「あの子も色々思うところがあるみたいでねぇ。何か考えがあるみたいだったけど、どの道アタシはあの子が今どこにいるか知らないわ」
「実は居場所知ってて内緒にしてるとか」
「ないわよ」
「フレイから、俺には教えるなって口止めされてるとか」
「そう願いたくなる気持ちは分かるけど、ないわ。本当に、分からないのよ」
歯痒そうにそう言う彼の瞳は、少しばかり潤んでいる。そこには心配の色がたくさん詰まっていた。どうやら、メェリオも嘘は言ってないみたいだ。
「……そか。ごめん、問い詰めたりして」
「いいのよ、そんなの。……ほんとに、どうしたのかしら、フレイ」
もやもやする気持ちを、ブレスワインで無理矢理喉へ流す。酸味と甘味が混ぜ合わさった、変な味がした。
「あー。この大剣見せたら、俺のこと見直してくれると思ったのになぁ」
「それ凄いわよね、最新モデルよ。しかもそれの試運転させてもらえるんだから。すっごいじゃない。アンタ、やれば出来るのね」
「でしょ? フレイにもそう言われたいんだ。どうせ言われるなら女の子がいいし」
「はいはい、出ました女の子」
からかうような口振りで、メェリオは俺の頭を荒く撫でる。
なんだこいつ。もう酔っぱらってやがるのか。
「……少し、質問なんだけどさ」
「うん? なに?」
「アンタってさ……どうしてそんなに女の子にこだわるの?」
何気ない口調だった。頬杖をつきながら、なんとなくと言わんばかりにそう尋ねてくる。
なんで女の子にこだわるのか、かぁ。
──そういえば、なんでだろ?
「……なんでだろう」
「なによアンタ、自分で分かってない訳?」
「うーん、かっこつけたいみたいな感じ……なんだけど」
俺がこうなったのは、なにがきっかけだったのかな。
そう考えると、ふと昔の情景が目の奥に浮かんでくる。好き勝手に生きてた、俺がまだ浮浪児だった頃の情景が。
「……俺さ、こう見えても王都出身なんだ」
「え? 王都って……ヴェルド!? うっそ、おぼっちゃんだったの?」
「いやいやいや。俺が貴族に見える?」
「見えない……けど。じゃあ……」
「そうそう。スラム街の浮浪児だよ。親に捨てられたんだと思う。顔も知らないし」
「…………」
俺の言葉を聞いて、メェリオは口に貯めた言葉を呑み込んだ。
「当時は浮浪児でグループ作ってさ、それで物盗んだり喧嘩したりと悪さばっかしてたんだ。もう、そこのリーダーがほんと手段選ばないやつでさぁ」
「へぇ……そんなに?」
「うん。『よォ……レイヴンじゃねェかァ……』って感じにクセの強い話し方するんだよ」
「うん、物真似されても全然分かんないわ。アタシその人知らないし」
「あ、そか。まぁいいや。とにかく、どいつもこいつも札付きの悪なんだよ。んで、みんな女の子を酷い扱いするんだ」
「……あぁ、大体察してきたかも」
「スラムで暮らす女の子の末路なんて、分かるでしょ? あまりにあれだから、これ以上は言わないけど。とにかく、俺はそんなのに嫌気が差した」
「それで、グループから離れたわけね」
俺が言おうとしていたことを切り返してくれたメェリオに頷きながら、ワインを再び喉に流す。
それからハンターへの道を志して幾数年──って感じだけれど。まぁそこはいいや。
「なんでかなぁ……女の子の前で必死に戦って、俺はあいつらとは違うんだって。そう言いたいのかもしれないなぁ」
「…………」
「あんな悲しい叫び声、出来るならもう聞きたくないし。俺が頑張って女の子守れるなら、テンション上がるじゃん?」
「……ぶっちゃけアタシはアンタのこと、軽薄な奴だと思ってたけれど。そうじゃなかったのねぇ。人は見かけによらないってほんとだわぁ」
「うわ、ひっど」
メェリオはケラケラと笑いながら、またもや俺の頭を荒く撫でた。
やめて! ヘアースタイルが乱れるじゃん!
「……でも」
「うん?」
そのでかい手から逃れてはワインに一口つけて、ふと考える。
最近あまり笑顔を見せてくれないフレイのこと。いつも怒ったように眉毛を曲げている彼女のことを。
「フレイには、どう見られたかったんだろ……俺」
「……さっきみたいな理由とは、また違うの?」
「うん。なんか、違和感があるっていうか。うーん……」
いつもそっぽ向いて、つーんとしちゃうフレイ。
俺と目を合わせようとしないで、むすっとしてるフレイ。
「……上手く言えないんだけどさ、フレイにはあんまり見てもらってない気がするんだよね」
「見てもらってない?」
「見てもらってないっていうか、認めてもらってないっていうか。だから、女の子にモテたら認めてもらえるかなぁとかは思ってた訳よ」
「はぁ?」
「俺はこんなモテるんだぞー、こんな魅力的なんだぞーってさ」
「……はぁ、アンタってほんとガキね」
「えっ」
呆れたように、メェリオは額を抑えた。しかもそこに、ありえないわと付け加える。とても辛辣だ。
これってそんなガキっぽいの? マジで?
なんて言おうとしたけれど。それを言う前に、メェリオは俺の瞳をじっと見る。これから大事なこと言うわよ、とでも言わんばかりに、そのどぎついメイクをした瞳をまっすぐ向けてきた。
だから俺は空気を読んで、彼の言葉をじっと待つ。
「あのね、フレイはちゃんとアンタのこと見てるわよ」
「へ?」
「そんな変な見栄張らなくていいの。ありのままでいた方が、かっこいいわよ。アンタはね」
「……は?」
「フレイはありのままのアンタをしっかり見てるのに……ほんとアンタって、ガキよね」
「……はい?」
えっ、どういうこと?
メェリオ、何を言ってるの?
見栄張らなくていい?
ありのままでいた方がいい?
──ってことは、俺が今までやってたことって、結構無駄だったってこと?
「……えぇー、どゆこと……」
「はいはい、おバカおバカ」
「うるせーお姐さま」
慰めるように回してきたタルジョッキを受け取って、中に詰まった達人ビールを流し込んだ。
あー、なんだか全てがアホらしい。徒労というか無駄な努力というか、もしかしたらそんなもんだったかもしれないってこと? うっそーん、俺バカみたいじゃん。
なんだか虚し過ぎて涙が出そうだ。ほんと、とても哀しい。哀しいけれど、いつ飲んでもビールは美味しい。
ほんっと、美味しい────
「────レイヴンくん!!」
突然、バタンと扉が開け放たれる。
騒がしかった酒場に走る、一瞬の静寂。全員の視線が、扉の先の可憐な少女に注がれた。
いや、少女じゃない。めちゃくちゃ可愛い男の子。キリンシリーズに身を包んだハンター、カナだ。カナが、肩で息をしながらそこに立っていた。
「……カナ? どうしたの? 君が酒場に来るなんて珍しい──」
「これっ! これを……っ!」
俺の言葉を遮ってまで押し付けてきたそれは、一冊の探索手帳。
やけに見覚えがある、探索手帳────
「……これ……って」
「ボクが来た時には遅かったの……ごめん、ごめん……っ!」
「ちょ、ちょっと落ち着きなさい。ほら、お冷や」
思わず崩れ落ちそうなカナを何とか掬い上げて。メェリオは、そんな彼にお冷やを渡しては息を整えさせて。
そうして何度か深呼吸したカナは、ポツポツと言葉を並べ始めた。
「……陸珊瑚の奥地の、崖の方にね。鋭い爪痕がたくさんあったの」
「陸珊瑚に?」
「うん。あれは、間違いなくオドガロンのものだよ。それで、爪痕と崖が崩れた痕と……この手帳が落ちてたんだ」
「…………」
「ボクが来た時には、もう遅かったみたいで……ごめん、ごめんねっ……」
ポロポロと涙を溢すカナ。そんな彼の頭を、どうしようもなくそっと撫でるけど。
なんだか、頭の奥がやけに冷たくなっていくように感じた。
この手帳──じゃあ、陸珊瑚にいたっていうのは。オドガロンの爪先にいたのは────
「……カナ。その崖の下には、何がある?」
「えっ……?」
「……瘴気の谷よ。陸珊瑚の下は、瘴気の谷。瘴気に淀んだより過酷な世界が広がってるわ」
補足してくれたのは、メェリオの方。眉間に皺を寄せて、やけに地声っぽい声でそう話す。
瘴気の谷、か。まだ俺が足を踏み入れたことのない場所だ。
────だけど。
「……助けにいかなくちゃ」
そっと、大剣の柄を握る。
無謀だって反対されるかも。早まるなって叱責されるかも。
そう考えたけれど、それは杞憂だった。メェリオは静かに頷いて、カナはぐっと涙を拭って。それぞれの獲物へと手を伸ばす。
酒場の静寂もほっといて、俺たちは翼竜の発着場へと急いだ。
────フレイ、待ってて。
今度こそ。
──今度こそ。
はーいシリアスモード入りました。
創作のお話してると、いっつも言われるんですよね。「お前シリアス入れて展開を一転させるの、某黒ウルクの小説の影響受け過ぎだろ」って。はい、私もそう思います。反論の余地ゼロです。
でもやっぱり、こういう展開は燃える……燃えない? そっかぁ(´・ω・`)
閲覧有り難うございました~。
ちなみに浮浪児時代のレイヴンさんが面倒見ていた黒髪のがきんちょ、イズモって名前だそうですよ……っていうどうでもいい設定を囁いてみる。
以上!