ブレイヴ×スクランブル   作:しばじゃが

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 ヒーローは遅れてやってくる。遅れるな(辛辣)




俺が来たからにはもう大丈夫です。

「うっ……くぅ……っ!」

 

 とにかく、身体を引きずった。

 地面はどろどろとしてて、骨が肌を裂くこともあるけれど。そんなことに構ってはいられなかった。

 

「グオッグオォッ!」

 

 後ろから叫び声を上げる、数頭のモンスター。鋭い牙と黒い体色のそのモンスターは、ギルオスと呼ばれるこの谷の捕食者だ。

 そして、その奥でじっとこちらを見る、一際大きいその個体。多分、あれがドスギルオス。

 

「あぅ……逃げ、なきゃ……っ!」

 

 必死に体を引きずって、なんとか彼らから逃げようとする。

 右脚は、折れちゃった。もう立って歩けない。引きずって逃げるのも限界がある。

 どうしよう。このままじゃ。やっと、やっとなんとか身を隠せたと思ったのに。彼らの群れに見つかってしまった。

 

「ううぅ……食べられたく、ない……っ!」

 

 腕が痛い。体が前に進まない。

 全身が震えてしまう。腰が、諤々として言うことを聞かない。

 全身から水が零れ出ているような気さえする。血が足りないのかな。もう、頭も上手く働いていないのかな────

 

「あっ……!」

 

 不意に跳んできた、一匹のギルオス。

 その鋭い牙が、私の足に突き立てられる。音を立てながら、もう片方の足に深々と突き刺さった。

 

「やっやめっ……あっ嫌っ、嫌ぁ……」

 

 鋭い痛みが走ったと思ったら、左脚が物凄く熱くなった。それと同時に、体に力が入らなくなる。腰の震えももう分からなくなって、腕に込めていた力も入らなくなっちゃって。

 体勢を崩し、私は勢いよく倒れ込む。体が小刻みに震えて、もう思うように動かない。震えてる感覚だけが、私を支配した。

 確か、確かギルオスは麻痺性の毒液を牙から注入するらしい。じゃあ、今私が動けなくなってるのも────

 

「……ひっ……」

 

 気付けば、彼らに取り囲まれていた。前も後ろも右も左も、どこもギルオスが覆い尽くしては私の様子を窺っている。どう食べようかと考えているみたいだった。

 いや、いやだ。いやだよ、私、食べられたくないよ。

 そんな思いを口にしようとしても、上手く言葉を発せない。顎が諤々と震えて、喉が締め付けられてしまって、もう声が出なかった。

 

 こんな、こんな形で終わるなんて。

 必死に抵抗することも、声を出すことすら許されないなんて。

 ひどい、ひどいよ。こんなの、あんまりだよ──

 

 泣きだしそうになる私。それを引き止める、大きな影。

 悠然と、ドスギルオスが私の前に出た。涎を垂らして、荒い鼻息で、がばっと大口を開けていた。もう、ダメだ。私、もうダメなんだ。

 ──こんなことなら、もっとレイヴンに優しくしてればよかったなぁ。

 

「……ごぇ……んね────」

 

 形にならない声と共に、私は目を閉じる。怖くてたまらなくて、ぎゅっと目を閉じた。

 

 瞼の裏の、真っ暗な世界。浮かんでくる、レイヴンの姿。

 にぱっと、少年のように笑う彼の顔が瞬くように浮かんでは────

 

「──うらぁッ!!」

 

 消え────なかった。

 

「……っとと、やっぱこれ斬れすぎだって……!」

 

 なにか重い音が響いたような。私に降ってくる牙の音じゃなくて、もっと重いものが地面に落ちる音が聞こえた。

 おそるおそる、目を開ける。聞こえるはずのない声がした気がして、私はそっと薄目を開けた。

 

「……ひっ」

 

 目の前を転がる、大きな玉。いや、玉じゃない。目があって、牙もある。あのドスギルオスの頭だった。

 それに思わず驚いていると、もっともっと重い音が響く。

 そちらを見れば、頭を失ったドスギルオスの体が倒れていた。まるで、糸が切れた人形みたいに。

 ────そして、私を庇うように立つ大きな背中が、一つ。

 

「……ごめん、待たせちゃったよね。でも、もう大丈夫」

 

 その背中は、見たこともない大剣を振り回して、ギルオスたちを威嚇する。

 いきなりボスの首を断たれ、さらに巨大な獲物を向けられた彼らが選んだのは、闘争ではなく逃走みたい。掌を返すように、私から離れては腐肉の奥へと逃げ込んでいった。

 

「……ね、大丈夫だったでしょ」

 

 そう言って、優しく微笑んでくれるのは────私があんなに冷たくした相棒、レイヴンだった。

 レイヴンが、ここにいる。私を、助けにきてくれた。

 

「……あっああぁ……ああぁぁぁ……っ」

 

 麻痺が解けてきたはずなのに、それでも上手く言葉が出てこなくて。涙だけはたくさん溢れ出てしまって。

 想いのままに彼にしがみついてしまうけれど、彼は押し退けることもなくただ優しく受け止めてくれた。

 だめ、だめだよぉ。もう、何もかも訳分かんなくなっちゃう。

 ──この時の、彼が優しく背中を撫でてくれた感覚。私は一生、忘れないんじゃないかなぁって思った。

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

「……落ち着いた?」

「……う、うん」

 

 近くに種火石をばら撒いて、瘴気とモンスターを払いながら。

 彼は、歩けない私を洞窟の隅に抱き寄せてくれた。相変わらず酷い場所だけれど、彼がいてくれるだけでなんだかとても安心してしまう。

 火種のおかげか息苦しい空気は少しばかり澄んで、幾分か楽になったのかな。なんて考えながら深呼吸する私の様子に合わせ、彼は一つの巾着袋を懐から取り出した。

 

「とりあえず、これ食べて」

「これ……って……」

「いにしえの秘薬。とにかく、回復力をつけなきゃね」

「い、いいの? これ、結構大事なやつじゃ……」

「いいっていいって、はい」

 

 赤い巾着袋に入った、これまた赤い丸薬。それを彼は摘まみ上げて、私の手に渡してくれる。

 本当にいいのかな、なんて思ってしまうけれど。でも、彼が頷いてくれるから、私は素直にそれを呑み込んだ。

 

「……むぅぅ」

 

 苦い。やっぱりこれ、とっても苦い。

 

「あと、回復薬グレート。これで流し込んじゃって」

 

 差し出された瓶を受け取って、慌てて口を付けた。するとこれまた苦い液体が流れ込んでくる。少しハチミツの甘い香りがするけれど、それでもやっぱり苦かった。

 

「うえぇ……にっがぁ……」

「こればっかりはね……。でも、痛み止めの成分もあるし、きっとかなり楽になるよ」

 

 レイヴンは困ったようにそう笑って、笑って────

 相変わらず、私の方を見ずに話していた。

 

「……レイヴン?」

「…………」

 

 彼は、私と目を合わせてくれない。

 とにかく私を視線から外して、見ないようにしてる。あんなに女の子にこだわってた彼が、私だけは頑なに見ようとはしない。

 

 ──そう、だよね。

 私、彼に酷いこと言っちゃったもんね。自分勝手なこと、押し付けちゃったもんね。

 嫌われて、当然だよね。

 

「……ごめんね」

「…………」

「……あの、私……本当に──」

「あ、あのさ」

 

 謝ろう。そう思って、何とか言葉をまとめようとしたら。

 唐突に、彼が口を開いた。私の言葉と被さってでも、彼は口を開いた。

 

「……あのさ、一生恨んでくれても、蔑んでもらっても構わないからさ」

「え?」

「……そ、その、触っちゃうことになるんだけど……応急処置だけでもさせてくれない……か?」

「……え? ……あっ」

 

 耳を赤くしながら顔を背けるレイヴン。そんな彼のたどたどしい言葉の先には、私があって。傷だらけで、服がはだけてしまった私があって。

 頭が一杯ですっかり忘れてたけど、私──

 

「……あぅ」

 

 今度は恥ずかしさで頭がいっぱいになった。だから、レイヴンは私を見ないようにしてたんだ。

 顔が凄く熱くなっていくのが分かる。どうしよう。私も、彼の顔が見えないよ。

 でも、このまま放置する訳にもいかないし。だから、レイヴンは処置をしようとしてくれていて。

 とにかく彼の顔が見えないから、私は目を閉じて。そうして、少し両手を広げた。

 

「……ごめんな。後で殴って、いいからね」

「……そんなこと、しないわよ……バカ」

 

 見えない向こうで、消毒液の音が聞こえる。それが傷口に触れ、鋭い痛みが走るけれど。でも、レイヴンが頑張ってくれてるのだから、私はなんとか声を押し殺した。

 

「大丈夫? 痛くない?」

「んっ……だ、大丈夫……」

「痛かったら言ってね。よいしょ……」

「……ふぁ、ぁ……」

 

 痛い。痛いのもあるんだけど、なんだかくすぐったい。

 あぁ、ダメだ。なんだか凄く微妙な空気になりそう。なにか、なにか話題を振らなきゃ!

 

「あっ……あ、あの……」

「ん? あ、ごめん、痛かった?」

「う、ううん……あの、レイヴンは一人で、助けにきてくれたの?」

「え?」

 

 話題が唐突だったかな。薄目を開けると、驚いたように目を丸くする彼の顔が見えた。

 

「……いや、俺だけじゃないよ。マイとカナ、あとメェリオが君を探しに来てくれてるんだ」

「えっ……?」

 

 知らない名前がいくつかあったけど、でもメェリオまで来ているの?

 

「メェリオってランサーだったんだねぇ。今上層部で、ラドバルキンの足止めをしてくれてるよ。他の二人も別々で捜索してくれてるけど……フレイのところに辿り着けたのは俺みたいだね。へへへ」

 

 そう言っては、相変わらず子どもみたいに屈託のない笑顔を彼は浮かべる。

 みんな、いつの間にかできた彼の知り合いみたい。あの時の、キリン装備の子とかなのかな。

 

「……なんにせよ、フレイが生きててくれてよかった。俺ほんと心配したんだからね!」

「ご、ごめん……なさい」

「生きてればよし。はい、処置終わり!」

 

 そう言いながら、彼は包帯の先をきゅっと結ぶ。

 肩とか、腕とか、その他もろもろ。消毒と包帯を当てられて、奇妙な感覚が支配する。足には添え骨を取り付けられて、牙の傷痕も丁寧に止血してくれて。

 なんだか、なんだかよく分からないけど、彼の治療は快かった。決して上手じゃなくて、むしろたどたどしい手付きだったけど。でも彼がこうして治療してくれるっていうのが、とても嬉しかったんだと思う。

 ──よかった。私、嫌われてはないみたい。

 

「……嫌な鼻息が聞こえる」

「え?」

 

 心の奥で安堵する私の傍ら、彼が不意にそんな言葉を漏らした。

 

「鼻息……って」

「フレイ、これ着てて」

 

 彼が荷物入れから取り出したのは、ハンターがよく利用する道具、装衣だった。それも、大量の葉がつけられて、青っぽい匂いのする装衣。

 ──俗称、隠れ身の装衣。

 

「女の子にそんな恰好させる訳にはいかないのと、モンスターから遠ざけるため、ね」

「あ、ありがと……」

 

 それを私に羽織わせて、彼は立ち上がる。それに合わせて動こうとする私を、彼は静かに静止して。

 そっと装衣を握りながら、剣の柄を握る彼を見守った。なんだか、人が変わったみたいに険しい顔をしてた。あのおちゃらけたレイヴンが──

 

「……来た。血の臭いに惹かれたのかな」

 

 はっと顔を上げれば、赤い影が目に映る。骨の奥からそっと顔を出す、赤い影が。

 

「……あっ……」

 

 自分でも無意識に、小さな声が漏れた。膝が震える。体が強張ってしまう。

 

「……オドガロン」

 

 あの時、私に襲い掛かったモンスターだ。獣のように歩く赤い竜。鋭い爪で私を薙いだ、惨爪竜。

 

「……あぅ……いや……」

 

 頭を抱えて、必死に体を小さくして。

 怖い。あの竜が、怖い。怖くてたまらない。

 

「──フレイ」

 

 そんな私の肩に触れる、温かい手。

 

「大丈夫。俺に任せて」

 

 彼は、すっとその剣を構えた。

 私を守るかのように、オドガロンの前に立ち塞がる。

 

「見ててくれ。俺、ブレイヴ状態になる(勇気を出す)から、さ」

 

 モンスターの前なのに、そう言っては優しく笑うレイヴン。

 そんなことを思ってる場合じゃないっていうのは、分かっているつもりなんだけど。

 ──でも、凄く格好いいって。本当に、心から思った。

 






 決戦、オドガロンー。


 今作における大きな壁ですね。なにかと因縁のある相手。カナが男だと判明するきっかけ作りマンでもあるし。
 オドガロンは戦ってて楽しい。スピーディーでワクワクする。防具も攻略中にお世話になりましたわ。シンのデザインは神だと思う。趣味武器筆頭ゾ。
 ちなみにスクランブルという言葉には、緊急発進のような意味もあるらしいですね。レイヴンくん、緊急発進するの巻。
 閲覧有り難うございました~。

 皇我リキさんからフレイのイラストをいただきました( ・`ω・´)

【挿絵表示】

 可愛らしい。縦セは神。有り難うございます!!
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