前書きのネタなくなってきた。
大きく剣を振り上げる。
それを跳び避ける、赤い影。ゴツゴツとした尾を薙ぎ払いながら奴は宙返りし、そのまま壁に爪を這わす。
「うぉっ、トビカガチかっての!」
腐肉で爛れた岩壁から、奴──オドガロンは爪を振り被る。犬歯を剥き出しにしながら、俺を抉り取ろうとその不気味な爪を大きく展開させた。
どこか、トビカガチを彷彿とさせるその動き。あの時は奴の動きに合わせて尾を斬ったけれど──今回は、爪が前に出ている。カウンターは合わせにくい。
「ちくしょっ……!」
だから、大剣の腹を利用してその衝撃を受け、そのまま流した。流して、その勢いで背中へ納刀。機動力を優先だ。
いつかのカナみたいに、スリンガーこやし弾で追い払えればいいんだけど。しかしあいつ、相当気が立ってるみたいだ。まるで鬼気迫る表情で俺を睨んでいる。口から、涎が溢れ返ってしまっている。
「……うぁ……」
背後からは、小さな悲鳴。オドガロンに怯えているのか、フレイがか細い声を漏らす。
そりゃそうだ。彼女がこんなことになった原因は、あのモンスターなのだから。トラウマになっても仕方ないと、俺は思う。
「……さて、と」
あいつの動きは素早い。フレイを抱えて逃げても、とても振り払えない。大振りな大剣と相性がいいとも言いにくい。逃げても戦っても、どっちに転んでもしんどそうだ。
相性は悪い。
でも、勝てない訳じゃない。
むしろここで勝って、俺はフレイを安心させてあげたい。
あと欲を言えば、「レイヴンかっこいい!」って言われたい。
──よし。
「おら来いよ犬っころ! 相手してやるよ!」
「ガアァッ!」
剣を振って、声を張り上げて。
俺の挑発に乗ったオドガロンは、けたたましく吠える。そうして、凄まじい速度で駆け出した。
「うぉ……っ!」
トビカガチでも、あんなに走るところは見たことがない。同じ牙竜種といっても、あの金ぴかワンコの走り方とは大違いだ。本当に、早い。さながら狼だ。
瞬く間に背後に回った奴は、その鋭い牙を振りかざす。俺の腕を噛み千切ろうと、全速力のまま駆け寄ってきた。
「あぶねっ!」
慌てて前転し、それを逃れる。空間を破るような牙の軌跡は、当たっていたらどうなっていたか。ジャグラスシリーズだよ? 軽く破れそう。
しかし、安心は出来なかった。空ぶった牙もそのままに、奴は勢いよく踵を返す。そうして、回避したばかりの俺に向けて牙を震わせた。
「ぐっ!」
慌てて抜き放った大剣。その腹で、鋭い爪を受け止める。鋼鉄の塗装に傷が走り、黒板を引っ掻くような嫌な音が響いた。
「あああ! やめろお前その音嫌い!」
聴力が鈍いのか、それとも相当気が立っているのか。奴は不快な音などお構いなしに、その太い腕に力を込める。剣を支える俺を踏み潰そうとするかのように、上半身を持ち上げては全体重を乗せてきた。
「うわっ……お前、もっと痩せた方がいいんじゃね!?」
ギリギリと、防具が嫌な音を立てる。次第に腰が下がってきて、いつの間にか膝が地面に擦れていた。
竜一匹分の重みが乗せられて、悲鳴を上げる俺の節々。吹き出し始める、嫌な汗。
「カロロロ……」
ご満悦といった感じに喉を鳴らし、奴はさらに重みを加えてくる。
やっべ、すっごく重い。潰れそう。
「レイヴン……っ!」
「……フレイ……この大剣、すっごいんだよ……見て、て……ッ!」
潰れそうだけど。このまま叩き伏せられそうだけど。
それでも俺は、柄を握る手に力を込めた。
────グリップを握る手に、力を込めた。
「キャゥッ!?」
剣の背から、火柱が顔を出す。それが凄まじい音を立てて、一瞬にして腐肉を焼いた。余計に酷い臭いが充満する。
「うぉらあぁっ!!」
加速する斬撃。振り上がる刀身。
竜熱機関の出力にものを言わせ、無理矢理オドガロンを押し上げた。あまりに予想外だったのか、オドガロンは甲高い悲鳴を上げて飛び跳ねる。
それが、悪手って奴だ。
「隙あり!」
迂闊に跳べば、それは大きな隙になる。なにせ、宙に浮いちゃ動けないからね。
跳んだオドガロンも、その例外じゃない。後を追うように跳んだ俺の、満月のような縦回転。それを奴は避けられず、自慢の牙と共に叩き落とされた。
数本、黄ばんだ牙が宙を舞う。
「よっしゃ、このまま──いっ!?」
大地に叩き付けられ、牙を折られて。流石の奴もひるんだかなと思いながら、再び剣に力を込めるけれど。
しかしオドガロンは、そのまま前へ出た。痛みにのたうち回ったと思ったら、なんとそのまま飛び出してきた。
「うがっ……!」
「レイヴーンっ!!」
振るわれる腕と、そこから伸びた爪。それに切り裂かれ、俺の体は大きな血飛沫を上げる。ジャグラスシリーズを軽々と貫いて、焼けるような痛みが伝わってきた。
「うっ……ちくしょッ……!」
胸から右肩にかけて、大きな爪痕が残ってる。そこからドクドクと血が溢れてきて、満足に動けない。
「レイヴン……っ!」
「フレイ、来ちゃダメだって……!」
駆け寄ろうとして、でも歩けないために体勢を崩して。
前のめりに倒れるフレイを前に、オドガロンははっとその存在に気付いた。これではもはや装衣も意味をなさず、今やフレイは恰好の餌──
「カロロ……」
「クソっ、おい犬野郎! こっち向けよ!」
適当な骨を拾い上げて、スリンガーに装填。それをオドガロンに放つけれど、奴はまるで意に介さずフレイへと歩み寄った。
一歩、また一歩と舞うように歩く。トビカガチを思わせる、牙竜種らしいあの動きで。
「くっ……!」
フレイもスリンガーを構えるけれど、やはりオドガロンは動じない。奴はまるで気に止めず、その大口をがばっと開けた。
まずい。
このままじゃ、このままじゃ。
「フレイっ、フレイーッ!」
「レイ……っ!」
涙ぐんだ彼女の声が、か細く溶けてしまう。
フレイの澄んだ声が、オドガロンの生々しい声に呑み込まれてしまう──
「やめろォーーッ!!」
全身から溢れる血飛沫もまるで気にしないで、俺は駆け出した。
フレイを庇うために、俺は飛び出した。
──それより早く、頭上から飛び出してくる大きな影。
野太い声と共に現れる、でかいむさ苦しい影。
「ん"ん"んどおりゃああああぁぁぁぁァァァァッッッ!!!」
飛び出してきたランスは深々とオドガロンの背を穿ち、右手の大盾はその牙をへし折る。それにも飽き足らず、その怪力をもって奴を吹き飛ばした。シールドバッシュで、そのまま宙を舞わせる。
再び宙に投げ出され、身動きが出来なくなった奴。そこに放たれる、数本の矢。赤い皮膚にいくつも穴を空けるそれは、甲高い悲鳴を掻き鳴らした。
「……みんな」
フレイを庇うように、ランスを構えるメェリオ。
オドガロンを撃ち抜いて、さらに数本矢を構えるマイ。
大きな笛を振り回し、お祭りのような音頭を鳴らすカナ。
バラバラに行動していたメンバーが、いつの間にかここに集まっていた。
「あぁやだやだ、槍を構えるとついスイッチ入っちゃうわぁ~」
「なんですかコイツ……真っ赤なわんちゃん? ちょ、ちょっと可愛いかも……」
「レイヴンくん、血! 血が出てる! 裂傷してるよ!」
突然揃った顔ぶれに、フレイはきょとんと目を丸くさせる。
「……あ……」
「……フレイ、この人たちはみんな俺の友達……とモンスター一匹だよ」
「あらぁ~また照れちゃってぇ。アタシのこと、モンスター級に綺麗だなんてもう」
「ちょっ、こっち来んな。ラオシャンロン一頭分くらい距離置いてくんない?」
駆け寄ってきたメェリオをすり抜けて、そのままフレイの横に転がり込んで。
しかし意外にも、彼はそれ以上俺を追わず、むしろ庇うように前に立った。
「……さ、アイツの足止めは任せて。レイヴンちゃんは、とりあえず止血なさいな」
「あ、う、うん……」
突然増えた敵に、オドガロンは唸る。次いで、咆哮。敵意を剥き出しにして、彼らに向けて牙を見せた。
そんな奴に向けてマイは弦を引き絞って。カナは旋律を繋げていって。そしてメェリオは、再び野太い声を上げて槍を構える。
「う"ん"どりゃあああァァァァッッ!!」
マイは矢を放ってはオドガロンの動きを阻害し、カナはその頭部を狙いながら笛を奏でて。そして必殺の刺突を、メェリオはここぞとばかりに放つ。
流石のオドガロンも、あのハンター三人を突破することは難しそうだ。
「……うわぁ、あのおっさんマジ怖いんだけど。骨を巻き上げながら突進してる……やばすぎだろ」
「レイヴン、こっち来て」
「えっ──」
身を起こしたフレイに引き寄せられて、そうかと思えば口に何かをつっこまれた。
「──もがっ!?」
「アステラジャーキーだよ。よく噛んでね、それ切り傷によく効くらしいから」
そう言いながらも彼女は布を取り出して、俺の傷口へと押し付ける。未だに染み出す血を拭いて、その傷口をぐっと押した。
「いひゃい、いたた……!」
「血を止めるから! ごめんね、我慢して……」
噛めば噛むほど味が染み出すジャーキー。
動けば動くほど血が染み出す俺の体。
変なシンクロニティ。なんだかなぁ。
「……レイヴン」
「ん? どした?」
「ごめん、ごめんね……私、私のせいで……」
もしゃもしゃとジャーキーの甘辛い味で、虚しさを紛らわしてたいたところに。
──フレイが、ぽろぽろと大粒の涙を溢し始める。
「えっ……なんで泣いてるの」
「だってっ、私が勝手なことしたせいで、レイヴンに怪我させちゃって……」
鎧の下の傷に包帯で巻きながら、しかし彼女はその手を震わせた。
目を真っ赤にさせながら、彼女は申し訳なさそうに泣いた。
「……なんだそんなの。ハンターは怪我をするのが仕事じゃん。こんなのへっちゃらさぁ」
「……でも、でもっ」
「むしろ謝るのは俺の方だよ。……俺の方なんだけど、この話は後でな。今は──」
打撃と刺突、そして射撃の雨。それをも乗り越えて、猛然と駆け出す影が一つ。
「──あいつを仕留めるのが先決だから」
柔らかくなって、味も絶え絶えになってきたジャーキーを呑み込んで。
俺はそっと、鋼翼を手にとった。
「レイヴンさん! すみませんそっち行きました、気をつけて!」
「ぐっ、このぉ、待ちなさいよォ!」
マイの声と、メェリオの悪態が響く。
オドガロンは止まらない。随分と傷が増えて、弱っているようにも見えた。それでも奴は、止まらない。
──動けないフレイを連れ去って、食べてしまおうという魂胆か。それとも、こちらに駆け出してそのまま逃げ去ろうとしてるのか。
どっちにしろ、お前はここで終わりだよ。
お前を仕留めるのは、この俺だ。
「フレイ、少し下がれる?」
「……うん、分かったわ」
体を引きずって、俺から距離をとるフレイ。その様子を確認してから、俺は大剣を両手で握る。刀身を肩で支えるように、オドガロンに向けて剣を構えた。
いつもの溜め斬りとは、少しだけ趣向を変えて。
担いだ剣を大きく後ろに引きながら、全身もまたバネのように引く。迫り来る爪もとにかく無視して、この重い剣に火を吹かせた。
「ぐっ……!」
いつも以上に竜熱機関を燃やせば、刀身はいよいよ暴れ始める。早く離せ、俺を解放しろと言わんばかりに暴れ狂った。
でも、まだ。まだだ。
あいつが迫るまで。あの爪が俺に振るわれるまで、この柄を離す訳にはいかない。
「ガァアオオォォッ!」
そんな雄叫びを上げて、オドガロンは右手を振り上げる。
まるでお手をするかのように──いや、お手なんて可愛らしいものに収まらない右手をもって、俺を叩き潰そうと吠えた。
その爪を、溜める刀身で受け止めて。
「レイヴンくん、これも!」
唐突に鳴り響く、勇ましいメロディー。カナが、まるで俺を鼓舞するかのように音色を奏でる。
力が湧き上がるような、そんな気がした。
仲間に見守られて、笛をもって応援されて。そして背後には、守りたい人がいる。
──これ以上に
「うォらあァッ!」
溜めに溜めた切っ先を解放。刀身はようやく枷を失って、勢いよく吹き飛んだ。
オドガロンのお手の分まで倍返ししてやると、そう言わんばかりに炎を噴射させる。かつてない勢いで、奴の頭部に向けて剣閃が走った。
舞い上がる、血飛沫。
その一瞬で、竜の頭部は赤く弾け飛ぶ。その身よりもさらに鮮やかな赤が、この瘴気の谷を彩った。
──『震怒竜怨斬』、だっけ。
この技を教えてくれた教官に、感謝しなくちゃなぁ。
因縁の敵撃破ー。
オドガロンと大剣って結構相性悪い……のかなぁ。タックル駆使すると、なかなか楽しいですけどね。
やっぱりXX要素ってことで、狩技も入れたいお年頃。実は明記してないだけで、地衝斬とムーンブレイクは描写している(つもりになっている)んですよねぇ。もしお暇があれば探してみてくださいな。
次回でエピローグです。とりあえず、完結。
閲覧有り難うございました。