ここまで読んでくださって有り難うございました。
「ちょ、ちょっと……こんな抱え方……」
「これが一番、足に負担がかからないと思うんだけどなぁ。嫌だと思うけど、少し我慢してくれる?」
「……べ、別に嫌じゃ、ないけど……」
ぷいっと顔を背けるフレイ。
俺の抱え方に不満があるのか、気に入らないのか。とにかく顔を背けて、俺から目を逸らしてしまった。
一方で、彼女の薄い茶髪から垣間見える耳。形の良いその耳が、とても真っ赤に染まっている。
「初々しいわねぇ」
「ですねぇ」
「うっさい!」
微笑ましそうにメェリオが笑うと、マイがそれに便乗する。
フレイはそれを掻き消すように声を張るけれど、その拍子で俺と再び目が合って。
「う、うぅ~……」
そんな変な呻き声を上げながら、今度はその顔を腕で覆ってしまった。
「……フレイ、どうしたんだろ?」
「そりゃあ、お姫様抱っこなんてされたら照れちゃうよ……たぶん」
カナに助けを求めると、彼は半笑いでそう漏らす。
お姫様抱っこ。
それが、今のフレイの抱え方である。肩で担いだり、おんぶしたりするよりも、一番足に負担がかからないんじゃないかって。俺はそう思いながらそれを決行したのだが──
結果は、これだ。
「……うぅ、レイヴンのばかぁ……」
「えぇ……」
なんで俺罵倒されてるの。
「まぁそれはともかく、悪いわね。盾持ってもらっちゃって」
「いえいえ。ボク、結構力あるんで大丈夫ですよ」
えっへんと腕に力を込めるカナ。細く綺麗なその筋肉は、されどメェリオの大盾を軽々と持ち上げていた。
一方のメェリオは、俺の担いでいた大剣をその背に携えている。大剣と槍の両担ぎ。フレイを抱える俺の代わりに、俺の愛剣を持ち運んでくれているのだ。
「それなら俺も助かってるよ。有り難うメェリオ」
「あらもぉ~、いいのよぉ~レイヴンちゃん」
少し労えば、すぐさまにへらと顔を歪まして。嬉しそうに頭を撫でようと手を伸ばすメェリオから、とりあえずリモセトス一匹分くらい離れる。
「あぁんもう」と奇声を上げる彼は放っておく一方で、俺もカナの方へと歩み寄った。
「カナも、大丈夫か? 盾重くない?」
「大丈夫だって。ボク、これでも男だし。楽勝楽勝」
「えっ……?」
「えっ、嘘!?」
自慢げに拳を見せるカナの横で、驚きの声を上げる女性二人。フレイはその大きな目をさらに大きく広げ、マイはあんぐりと口を大きく開けた。
「えっカナリアさんって、男なんですか……?」
「あはは、よく勘違いされるけど男……です」
「えっ、えっ……」
マイの言葉に苦笑しながらカナはそれを肯定し、フレイはただひたすらにその目を大きく丸くする。
そんな彼女に、軽く耳打ち。
「……あの時、俺弁明するって言ったでしょ? こういうことだったんだよ」
「……ちょっと頭が追い付かないわ……」
「はぁ~、もうこれじゃあ誰が男で誰が女か分からないわねぇ」
「アンタが言うのそれ」
耳打ちが聞こえていたのか、そうでないかは分からないが、メェリオは困ったようにそう言って。それに呆れるようにフレイがそう繋げて。
「……言っておきますけど、私は普通に女ですからね」
じろりとメェリオに見られた瞬間に、マイは早めに手を打った。この人、ほんと強かだなぁ。
「マイさんは女性……なのね」
「あっ、レイヴンさんとは時々狩りにいったりしてますけど、誤解しないでくださいね、フレイさん」
「えっ、な、何を……?」
「私、ちゃんと彼氏いますから。その気はないですから」
「な、何の話……っ!?」
やたらと優しいマイの笑顔に、フレイはしどろもどろ。まるで何かを誤魔化すように、再びその顔を背けさせた。
それを見てはカナはクスクスと笑い、メェリオは艶っぽい溜息を吐く。
「はぁ、妬けるわぁ……」
「メェリオさんは、良い人いないんですか?」
「アタシ? アタシはねぇ、そうねぇ……。大団長にでもアプローチかけてみようかしら」
「えっ……あのラージャンみたいな人に?」
彼の思わぬ言葉に、女の子と男の娘は食い付いて。
後ろできゃいきゃいと騒がしくなる傍ら、俺とフレイは二人だけで投げ出される。
うーん、沈黙が痛い。
「あー……あの、フレイさん?」
「……な、何よ」
「俺たちも、少しお話……してもいい?」
「べ、別にいいけど……」
そう尋ねてみると、彼女はようやく俺の目を見てくれた。空のように澄んだその瞳に、なんだか呑み込まれてしまいそうだ。
とにもかくにも、一息ついて。そうして、胸の内の言葉を丁寧に並べ始める。
「俺さ。フレイがいなくなって、色々考えたんだ。どうしてこうもやる気にムラがあるのかなって」
「えっ……?」
突然振った話題だったけど、彼女はその目を丸くさせた。そうして、俺の言葉をじっと待ってくれる。
そわそわとしながら、不安げに。それでいて、どこか期待するかのように。
「……まぁ、やっぱり俺も男だからさ。女の子の前でカッコつけたいお年頃って奴なんだよ」
「……はい?」
「良い恰好したいっていうか、なんていうか。それは大体、フレイも分かってると思うんだけど」
「……えっ……ま、まぁ……」
「それでもさ、やっぱりこう、それだけじゃなかったんだよね」
「……だけじゃ、なかった?」
「うん」
彼女の青い瞳に、俺の顔が映り込む。瞳越しに、俺も少し緊張しているような、そんな顔をしているのが分かった。
「……俺さ、フレイにもっと見てもらいたかったんだと思う。認めてほしかったんだ。俺だってやれば出来るんだって」
「……うん」
「軽い奴と思われてるのは分かってたけど、もっとこう魅力的な人間なんだって思ってほしくて……うーん、気を引きたかった……のかな」
「……うん……っ」
「でも今日は、いつもと違った。本当に君の目の前で、フレイのために体張れて。俺、なんか凄い回りくどいことしてたんだなぁって思った」
「うん……凄く、凄く遠回りだよ」
「あはは……。でも俺、強かったでしょ?」
「もう……ばか……っ」
そう言いながら、彼女は俺の鎧の裾を掴む。ジャグラスの毛髪で出来た布部分を小さく掴み、そっとその額を寄せてきた。
「……とっても、かっこよかったよ」
「……へへ。やったぁ」
触れそうな距離にある彼女の髪から、血の臭いに混じる甘い香りが届く。すっと、なんだか胸が安らぐ感じがした。
「私、今まで本当に……数字しか見てなかったなぁ……」
「キャンプで常に引きこもり、だったもんねぇ」
「……これからは、レイヴンのことも、しっかり見て……いきたい」
「……うん」
身を寄せるフレイ。
彼女を抱える俺の両手。
その腕に力を込めて、そっと。少しだけ、彼女を抱き寄せて。
ようやくフレイと再会出来て、こうやって受け入れてもらえて。
本当に、本当に良かった。遠回りはしたけれど、その甲斐はあったんじゃないかと思うよ。
──背後からはにやにやとした視線を感じたけれど、今はそれをとにかく無視。無視ったら無視だ!
◆ ◆ ◆
「うおおおぉぉぉッ!?」
背後で弾ける、燃え盛る火球。
この古代樹の主は、忌々しそうに俺を見た。巣に入り込み、卵を盗もうとする不届き者として、俺を見た。
「クルルヤックぅ!!」
もはや半泣きで大ジャンプ。ピンチ過ぎて、変な声が出ちゃった。
「ゴォアアアァァァァァッ!!」
一方の主──リオレウスは、重々しい雄叫びを上げる。いつかの闘技場で闘った奴より、幾分か怖い。このリオレウス、歴戦の猛者だろうか。
そんな彼が、翼をはためかした。地べたを這う俺を圧し潰そうと、その巨体を急降下させて迫り来る。
「うぉっ……!」
それをなんとか転がり避けて、再び対峙。唸る火竜を前に、思わず身が竦む。
「うっへぇ……こっわぁ……」
卵を運搬するだけなら、一人でも大丈夫かなぁなんて。そんな甘い考えで出発したのが運の尽き。
こんなおっそろしい飛竜を一人で相手するなんて、絶対に無理だわ。バウンティとして出来るならこいつも狩猟してほしいとか言われたけど、断固拒否だわ。
「も、モドリ玉モドリ玉……」
口から火を漏らしながら、噛み付きを繰り出すリオレウス。その猛攻を掻い潜りながら、俺はポーチを必死に漁るけれど──
「げっ、これ小タル爆弾じゃん」
手についたそれを取り出してみれば、掌に収まるかどうかというサイズのタル。少量の火薬が詰まった、小タル爆弾だ。
まずい、モドリ玉忘れた? 俺、このままお陀仏?
やっば、どうしよう────
「──レイヴン!」
唐突に、俺の名を呼ぶ声が響く。
「レイヴン! その爆弾を、古代樹の幹の方に当てて! あの黒い岩の塊のところに!」
その透き通るような声の持ち主。
古代樹キャンプへと伸びる道から、そっと姿を現した可憐な少女。
俺の相棒の編纂者────フレイ。
「フレイ!?」
「いいから! 火竜の巣のすぐ横は、水が溜まってダム状になってるの。それを爆破して! きっと反撃のチャンスになるわ!」
「……お、おう! 分かった!」
まさか。まさかまさかの、フレイが俺のところに応援に来てくれている。キャンプから出て、俺のサポートをしに来てくれている。
こんな
上昇して、俺に向けて爪を振るうリオレウス。一度バックステップしてはそれを躱し、その隙だらけの足先に向けて、俺はタックルした。
「うらぁ!」
「グオォッ!?」
足先というピンポイントな部分を狙われ、さらにはジャグラスシリーズの肩当を利用して殴られたんだ。そりゃあ、飛竜でも怯むわな。
そんなこんなで生まれた隙に、俺は手持ちの爆弾をありったけ手に持って。フレイが言う、ダム状になっているところへと投げ込んだ。
黒い岩が重なって、隙間から水が染み出ている。間違いない、これだ。
「──ドカン!」
フレイと頷き合って、それぞれでそれぞれの耳を塞いで。
俺の掛け声と共に、小タル爆弾は炸裂する。中に詰まった火薬は衝撃の塊へと変貌して、この自然のダムを吹き飛ばした。
直後、溢れる水流。この古代樹の、どこからどうやって溜まったんだって言いたくなるくらいの量の水が溢れ出てくる。
それが、リオレウスを──そして俺をも呑み込んだ。
「グァアァッ!?」
「へぶっ!?」
転倒して流される古代樹の主に、それに巻き込まれる、俺。
「レ、レイヴーンっ!」
呆れと心配を足して二で割ったような、フレイの叫びが耳に届いた。
一人でもスマートに狩りが出来るようになるには、もう少し時間がかかりそうだけど。
でも、なんだかこれまでとは違う、もっともっと素敵なハンターライフが待ってるような。そんな気がするよ。
フレイと一緒なら、ね!
◆ ◆ ◆
────狩りをする時、士気はとても重要な要素となる。
そんな
俺? 俺はね、
ブレイヴ×スクランブル、完!
こんなしょうもないお話にお付き合いいただき、有り難うございました。
毎日投稿という結構早めの更新ペースで新作始めたらどうなるかなぁって試みでしたが、まぁ結果はこの通り……と。お手軽を目指したんですが、やっぱり難しいですね。続きも考えたりしたんですが、まぁいいや(諦観)
便宜上は完結としてますが、実質のところ打ち切りですね! はっはっは!
最後に感想や評価をいただければ、とてもうれしゅうございます。また、あとがたりのようなものも、活動報告に載せるかもしれません。よかったら、見に来てね。
それではみなさん、ごきげんよう! 重ね重ね、ここまで読んでくださって有り難うございました。