オドガロンって腐臭染み付いてそう。
「……あー、怖かったぁ」
「お、おつかれさま……?」
レイギエナの捕獲改め討伐クエストから数日後。
クエストリーダーだったレナードの意思に反して、俺はついうっかり奴を討伐してしまった。けれど幸いなことに、翼膜の状態が良かったために彼はえらく喜んでくれた。
とにもかくにも、クエストは成功し、俺たちは無事に帰還でき、さらにはあのキリン装備の少女ともギルドカードを交換できた。本当に、最高の時間だったよ。
──『だった』、であるが。
「レナードのおっさん怖い。あんなにゃあにゃあ言いながら追いかけてくるんだもん。『一緒にクエストいきませんかにゃ!? レイヴン殿、いきませんかにゃ!?』……ってさ」
「あ、あはは……レイヴンくん、物真似上手だね」
俺の物真似を前に、その少女──『カナリア』は困ったようにはにかんだ。
なんとかレナードを振り切って、アステラから逃げるように飛び立って。フレイにも何も言えずに、再びこの陸珊瑚の大地に逃げてきてしまったのだ。
一方で、ここのキャンプで休憩していたカナリア。偶然にも、再びこの珊瑚の中で再会出来たみたい。
「逃げ切れたからいいや、忘れよう。ところで、カナはこんなところでどうしたの?」
「え? ボク? ボクはここの雰囲気が好きだから、よくここで過ごしてるんだよ」
「えっ、アステラには帰らないのか?」
「帰る時は帰るよー。でも、暇があったらここを探索してるの。だって、こことっても綺麗だもん」
そう言いながら、嬉しそうに両手を広げるカナ。その背後には、ピンク色の珊瑚と淡い色をした空が広がっている。空を泳ぐクラゲの群れもあって、なんだかとても幻想的だ。彼女の言いたいことも、分かる気もする。
まぁ何が言いたいかといえば、可愛いからいいやってやつだ。
「レイヴンくんこそ、どうしたの? ここで何か用事?」
「いやー、あのおっさんから逃げるので必死だったからさぁ。あんまり考えずに、ここ行きの翼竜引っ掛けちゃった……。でも折角だし、ここでぶらぶら素材集めようかな」
「お、素材集めね。いいとこ紹介するよー」
「あー嬉しいなぁ。俺ここあんまり詳しくないからさ、すっごく助かるよ」
波乱万丈な始まりだったけど、たまたまとはいえこうしてカナと素材集めが出来るだなんて。
こればっかしは、あの変態ネコおじさんに感謝しよっと。
◆ ◆ ◆
「やっぱり、カナって俺より年下なんだ。でも凄いよな。キリン、倒したの?」
「ボクだけじゃないよ。推薦組の人たちがいてくれたから」
彼女の身を包んでいる防具は、キリンシリーズと呼ばれる特注の中の特注品だ。
なにせ、キリンは古龍と呼ばれるカテゴリーのモンスター。別名幻獣にして、非常に珍しいモンスターなのだ。その特徴は、なんといっても雷を操ること。討伐することだって、ままならないはずなのに。それを、彼女はやってのけてしまった訳である。
「いやそれでも凄いって。なんか、ごめんなぁ。俺未だにジャグラス装備だし」
「ううん、防具が全てじゃないよ。それにこの前、凄かったもん。レイヴンくん、凄く強いんだね」
「えっ、い、いや~それほどでも……」
にこっと笑いかけられると、なんか凄くどきっとする。笑顔が眩し過ぎる。閃光弾とか全然霞んで見えるわ。
なんていうかもう、単純に顔がいい。顔が良すぎるんだよなぁ──
「かわい……」
「え?」
「いやっ、あのかわ……かわ……皮が──なんだ、あの……皮?」
翡翠色の大きな瞳に覗き込まれて、しどろもどろな言葉が漏れる。それをなんとか取り繕うとするものの、不意に視界に入る、赤黒い色をした何か。
モンスターの皮のような、むしろ剥き出しの筋肉みたいな────
「──危ない!」
「わっ……!?」
突然、カナが飛びついてきた。その勢いに押し倒され、俺は彼女に覆い被される。
えっ、ちょっと待って! 急に、こんなとこで!? あっ、待って、心の準備が!
「嫌だなぁ、オドガロンかぁ……」
「……え? おどがろん?」
「この大地の下に生息してるモンスターだよ。……それも、凄く臭いの」
「……うっ!? なんだこの臭い……!?」
例えるなら、氷結晶ボックスから出したお肉。
ちょっと前のだけど、でも食えるかなって解凍してみたお肉。
もうダメになってしまったお肉。
「うぇ……くっさぁ……」
腐臭。腐臭だ。鼻をつんと貫いてくる、ひたすらに嫌な臭い。
「……あっ、もしかして、庇ってくれたの……?」
「危なかったね。あのモンスター、すっごく素早いんだ。ほら、早く立って!」
カロロロ、なんて嫌な唸り声を上げながら、オドガロンと呼ばれたそのモンスターはゆったりと歩み寄ってくる。
全身を真っ赤に染めた四足歩行の獣──かと思いきや、顔つきなどは竜に近い。牙獣種か、それとも牙竜種だろうか?
「ガアァッ!」
前脚についた、多重の爪。折り重なるようなそれが、俺たちに向けて振りかざされる。
「うぉっ……」
その下をくぐり抜けながら、とにかく回避に徹した。
凄い、あいつほんと速い。ナルガクルガとか、あぁいうモンスターに負けないくらい速いぞ。なんだか、あの白い奴を思い出すなぁ。
「クソ、やるしかないか……っ!」
出来るなら、大剣使いとしては相手したくないモンスターだけれど。でも、ここを切り抜けるには、戦うしかない。そう考えながら、柄に手を添える。
その瞬間だった。
「はーいどっかいってねー」
今度は、モンスターのフンの香りが充満する。
放ったのは、カナだった。可憐な少女が撃ち放った、スリンガーこやし弾だった。
「ギャァ!?」
「はいはいしつこいしつこい」
何度も執拗に鼻に当てられて、オドガロンとかいうモンスターは悲鳴を上げる。
もう辛抱堪らない。そう言いたげな様子で転げ回る様を見ていると、なんだか強靭なモンスターのようには見えなかった。どこか、愛玩動物のような感じがする。鼻、凄くいいんだろうか。
「キュウゥゥ……クゥーン……」
やたら甲高い、弱々しい声。ちょっと可哀想にもなってくる声を上げては、オドガロンはいそいそと立ち去って行った。
なんだか、なんだかなぁ。
「……手慣れてるね」
「あの子、いろんなとこ徘徊してるからね。戦うと厄介だから、これが一番いいんだよー」
スリンガーからこやし弾を外しながら、カナは困ったようにそう笑う。確かに、あの動きは狩猟笛でも相手にしにくそうだ。出来るなら、俺も相手したくない。
「それよりも、ごめんね。こやし弾撃っちゃって。臭い、きついよね」
「え、あぁ、まぁ……しょうがないんじゃない?」
「うーん……腐臭と混ざって、凄く嫌な感じ。……ねぇレイヴンくん、時間……ある?」
「え?」
「ボク、水浴びしたい」
「……え?」
◆ ◆ ◆
どうしてこうなった。
陸珊瑚の大地の下層。やや空気のよどみを感じる場所に湧き出た、淡い色をした麗水。そこが、カナがよく利用する水浴び場となっているらしい。
どうにもこうにも臭いが気になってしょうがないらしいカナは、突然水浴びをしたいと主張した。当然、俺はそれについてとやかく言う立場である訳でもないために────
「……鼻歌が聴こえる」
水浴び場前で待機。もし何かが入り込んで来たら、それを追い返すための用心棒役。そんな歯痒い立場に収められてしまった。
今、俺の背後では、可憐な少女が一糸まとわぬ姿で水と戯れている。しかし俺は、彼女にここで守ってねと言われたがために、どうしようもなく立っているだけとなっていた。
なんだ!? なんだこれ!?
「あー……」
──レイヴンくんが守ってくれるなら、ボク安心して水浴びが出来るよ。
なんて笑顔で言われたら、断れる訳ないじゃん。ずるい、ずるいぞ。
「覗いちゃダメだ、覗いちゃダメだ……」
なんだか恋人が湯浴みを終えるのを待ってるみたいな、そんな気分だ。もどかしくて、くすぐったい。でも決してそういう関係じゃないし、今はそんな期待もする立場じゃないし。
覗いてみたい、とは思う。でもそれはきっと、男として最低な行為だ。うん、最低最悪だ。カナとの信頼関係を守るためにも、そんなことは、そんなことは決して────
「あっ、タオル置いてきちゃった。レイヴンくん、ボクのポーチからタオル出してくれない?」
「えっ、はっ? えっ?」
「傍の岩に置いてあると思うんだけど……」
「あ、あぁ……これね。はいはい……」
彼女の言うものを見つけて、それを手に取って。
カナが必要だと言ってるんだから、早いとこ渡してあげなくちゃ。なんて考えて踵を返したところで、思考が止まる。
ちょっと待てよ。これ、どうやって渡す?
今俺が手渡しにいきます、はい。彼女と正面から会います、はい。死亡。
俺がどうしようかと手をこまねいています、はい。渡すのが遅いと彼女に思われます、はい。死亡。
待って! え、これどうするの? 俺どうしたらいいの? どう足掻いても死ぬんだけど。どうやったってカナに嫌われるだろこんなの。
「あったー?」
「えっ、あ、あったよ!」
そうだ、一旦ここに置いて、それから俺が背を向ければ。そうすれば、彼女を直に見なくても済むじゃないか。そうだ、そうしよう。それが一番無難────
「ごめんごめん、ありがとう~」
そんな浅はかな俺の思索も、軽々とぶち壊すカナ。彼女は、生まれたままの姿で、俺の前に歩み寄ってきた。
「────っ……!?」
えっ、何してるの。何してるのこの子。こんな、どう見ても嫁入り前の娘が、男の前にさも当たり前のように全裸で現れるなんて。
えっ待って。俺、ここで死亡? 社会的死? 人生お疲れ様でした?
「……どしたの?」
こてん、とカナは首を傾げる。水に濡れた白い髪が眩しくて、顔を直視出来ない。
かといって肌はとっても白いし、清々しいくらい絶壁だけど腰回りとか細くてほんと綺麗だし。いやいや待て待て何見てるんだそんな見ちゃダメだろ。
見ちゃダメ、見ちゃダメなんだけど────視線は自然に、そのまま下へと滑り降りた。
まるで雪のように白い肌。そんな美しい景色の中で静かに佇む、小さな小さな一つの影。小さいながらも立派な鼻をもった、ガムートの幼体。
────ガムートの幼体が、生息している。
ガムートの幼体が────
ガムート。
ガムート?
ガムート────
は?
えっ、つまりこれって。
これって────
「……お……おっ、おっおっ……男おおぉぉぉっ!!??」
カナは実は男の娘でしたの巻。
ぶっちゃけ可愛さでいえばカナはダントツです。マジで顔がいい。私の画力では描き表せられないほど綺麗。もう誰かお願い描いて上手い人ー(血の涙)
でも男である。ん? 逆にそれがいいって? 分かる!
ハンターランクはレイヴンより高いです。ついでにギルカには性別もきっちり書いてるんで、実はレイヴンが見落としてただけっていうオチ。
閲覧有り難うございました~。