追撃は、やめようね!
「あはは……ごめんね、そういえば言ってなかったね」
「…………」
「一応、ギルドカードには性別も記入されてるんだけどね」
「…………」
「……まぎらわしかったよね。ごめんね」
「…………」
申し訳なさそうに眉をへの字に曲げるカナ。その仕草は、どう見ても可愛い女の子だ。ぺたんと、膝を曲げながら腰を下ろすその姿は、どう見ても可憐な少女だった。
けれど、けれど彼女には──いや、彼には。彼の雪山の深奥には、なんと立派なガムートが生息していた。先程の水浴びの際に、俺はその生態を目撃してしまったのだ。
幻とか、見間違いだとか、そう考えたいけれど────
「……少し質問、いいかな」
「うん? いいよ」
「なぁカナ、男性のキリン装備ってどういう見た目だっけ」
「えーっと、キリンの頭の被り物だね」
「じゃあ女性用は?」
「……ボクのみたいな感じだね」
一拍置いて、呼吸を整えて。
「もひとつ質問いいかな」
カナの翡翠色の瞳をまっすぐ見つめながら、俺は言葉を吐き出した。
「つまりそれを着てるカナはおん────」
「男です」
「……お────」
「とこです」
「…………」
一刀両断。
バッサリ切り捨てられてしまった。
「……おかしいなぁ。こう、『勘が良い!』みたいな感じで大団円だと俺思ったのに」
「むしろ、勘悪いんじゃないかなぁ」
はぁ、と溜息を吐いて、カナは困ったように目を伏せる。そのまま、ひとつひとつ言葉を並べ始めた。
「……この防具はさ、工房のおじさんが『お前さんはこっちの方が似合うな!』って言って作ってくれたんだよ」
「えっなにそれ」
「なんか、男用の変態みたいな恰好をさせるのは忍びないって」
「あの意匠が変態チックっていう自覚はあったのか……」
「実際ボクってよく女に間違われるし、この防具はより一層それを加速させちゃったんだけど。でも折角の貴重な素材だし、こういう風に作られちゃったらもう後戻り出来ないし」
「……それで仕方なくって感じ?」
そう確認してみると、カナはおずおずとその小さな顎を縦に振った。
彼には申し訳ないけれど、その仕草は本当に女の子みたいだ。たぶん、アステラのハンターの九割はカナを女の子と勘違いしてると思う。
「そうだったのかぁ……。いやほんと、ずっと女の子だと思ってたよ」
「……ごめんね、男で……」
「いや、そういうんじゃなくて……」
まぁぶっちゃけ、カナみたいに可愛らしい子と歩いていたら、鼻が高いなぁなんて考えなかったこともない訳じゃあないけれど。
それ以上に、どうも俺のことを馬鹿にしてる節があるフレイのことを見返してやりたいなって気持ちがあった。俺はこんな可愛い子にもモテるんだぞって、言ってやりたかったけど──儚く散ってしまったなぁ。
まぁ、カナが悪い訳じゃないけども。
「やっぱり、男はいや?」
「……ううん」
こてんと首を傾げる仕草、やっぱりずるいと思う。
こんなに可愛いのに男って。あっダメだ。深入りし過ぎると、守備範囲が拡大してしまいそうだ。俺のストライクゾーン、自分としては結構狭い方だと思っているんだけど。
「俺はこれからも仲良くやっていきたいと思ってるよ」
「ほっ……ほんと?」
「うん、ほんと」
「ほんとにほんと?」
「ほんとにほんとー」
「はぁぁ……良かったぁ……」
ぱぁ、と顔を輝かせられると、とても眩しくて直視が出来なかった。
やっぱり、これはずるいや。
──性癖歪んだら、どうしよう。
◆ ◆ ◆
「突然ですが、貴方の行動にはもうついていけません」
「……へっ?」
アステラに帰還して、流通エリアへと翼竜から飛び降りた矢先。
妙に改まった様子で待っていたフレイは、唐突にそう言い出した。一緒に降りたカナを一瞥しながら、俺にそう切り出した。
「……えっえっ? なに?」
「言葉の通りですー、もう疲れましたー」
ぷくっと頬を膨らませながら、フレイはぷいっと横を向く。腕を組みつつ、俺と目を合わせようとしないとなると──
もしかして、結構怒ってる?
「えーっと……フレイさん? 俺、なにかやらかしました?」
「やらかしました」
「……な、なにをやらかしましたか……?」
身に覚えがない。本当に、身に覚えがない。
俺がなにをしたんだろう。彼女がこうも不機嫌になる理由って、一体なんなんだろう。
「…………自覚ないの?」
ようやく合った目線も、ジト目で激しく破壊される。
あっ、これ本当に怒ってる。
「……いつも」
「……いつも?」
「──いつもいつも女の子女の子って、ろくに狩りもしないでブラブラして。編纂者の私の身にもなってよ! ほんっとうに好き勝手ばっかりして!」
「へ?」
「それになによ、今度はそんな可愛い子はべらせて。随分といい御身分じゃない!」
唐突に話題に振られ、えっと小さな声を上げるカナ。
「あっ、そのカナは────」
「言い訳は聞きたくないっ! もうほんとに、私をそういうのに振り回さないで……っ!」
カナは男の子。そう説明しようとしたけれど、半ば涙混じりの叫びに掻き消されてしまった。
やっぱり、フレイもカナを女の子と思ってるかぁ。こればっかしは仕方ないとは思うけれど。
って違う違う。訂正しなきゃ。
「言い訳じゃなくて、その、弁明だ!」
「なによ! 大して意味変わんないから!」
「違うって! 今回ばかりはそういうのじゃないんだよ!」
「これまでもずっとそうだったでしょ! 私の気持ちも知らないで……っ!」
顔を真っ赤にして、瞳を若干潤わせて。
なんだか、フレイがやたら感情的だ。なんだろう、どうしたんだろう。
「……フレイ? どうしたの……」
なんだかよく分かんなかったから、とりあえずハンカチを押し付けてみたけれど。
それを荒く奪い取った彼女は、ただ黙って目元を拭う。
「……はっはーん、もしかしてやきもち妬いてる的な?」
ちょっと場を和ませようと、そうからかってみたら。
いつものように、キレのあるツッコミを期待してそう言ってみたら。
「……っ!」
フレイはやたら目を丸くして、より一層顔を赤くした。
わぁ、完熟シナトマトみたいに真っ赤だぁ。
「んなっ、訳……っ! ない、ないから!」
「……え?」
なんか、凄く動揺してる。あの冷静沈着で頼りになるフレイが、なんか凄く動揺してる。
あっれー? もしかしてこれ、図星だったり?
「……フレイ、どうしたの? 今日、ほんと様子変だよ。もしかして、熱でもあるんじゃない?」
「……っ!」
腕の防具を外した掌で彼女の額にそっと手を置いて、空いたもう片方の手で自分の額を触る。
うん、なんか熱い。凄く熱い。
「やっ、やめてよ! ほんとあんたって、あんたって……」
手を払いのけて、そのまま二、三歩後ろへと下がって。
フレイは少し息を整えて、じっと俺を見た。頬は赤いままだったけれど、なんとか取り繕うような様子で、じっと俺を見た。
「こほん……とにかく、私は貴方に疲れました。とーっても、疲れました」
「あ、はい」
「もうなんというか、貴方の言動があまりにもあれなので、しばらく距離を置きたいと思います」
「へ?」
「編纂者の仕事の方はご心配なく。私の穴は、この人が埋めますので」
そんな彼女の言葉に、待ってましたと言わんばかりに現れる影。俺の背後で空気になりきっているカナ二人分はあるんじゃないかって、そう思うくらいに大柄な影。
「メェリオさん、お願いします」
「はぁ~い」
その恰好は、流通エリアで働いている人たちの作業着そのもの。やや後退しかけている黒い髪に、厚化粧が何よりも特徴的だ。紫色のアイシャドウが、とてもどぎつい。
カナどころか俺より断然背が高く、しかもガタイまでいいその男性は──なんとも甲高い、作った声でやってきた。元々低いはずの声を、無理に裏返しているかのような声。
そんな彼が、じろりと俺を見る。
「……いっ!?」
「貴方がレイヴンちゃんねぇ。アタシ、メェリオ。はじめまして~」
「は……? え……?」
「フレイから話は聞いてるわ。これからしばらく、アタシがこの子の代わりをするように頼まれたの。だから……よ・ろ・し・く・ね」
「はぁっ……はああぁぁぁぁっ!?」
ずんずんと距離を詰めてくる巨体に、俺は思わず後ずさりするけれど。
逃げ切る前に、その大きな腕が迫ってきた。軽々と持ち上げられて、広い肩に担がれる。あっ、地面高い──
「えっえっ、なにこれ!? どういう状況!?」
「とりあえず、親睦を深めようかしら。酒場へゴー!」
「うわあっ! た、食べられるっ!!」
「失礼ね、取って喰いやしないわよ。親睦を深めるだけ」
「あっあああああ!! 助けて! フレイ助けてぇ!!」
心の底からの叫びも虚しく、冷やかな目で俺を見るフレイには届かなかった。カナの憐れみを込めた視線も、すっごく痛かった。
やばい、俺、死ぬかもしれんわ。
レイヴンの運命や如何に。
メェリオは昔から考えていたキャラクター。当初は凄い髭を湛えてたんですが、今では薄い顎鬚程度に、そして厚化粧になりました。身長二メートルはあります。でかい。頼れるおねぇ様。ちなみにフレイの親友です。
↓↓↓ビジュアル↓↓↓ 閲覧注意かも。
【挿絵表示】
閲覧有り難うございました。