八月の中ごろ、事件は起こった。
「……クソっ!少しだったけど浸食された、あまり広くはなかったけど」
「希望的観測はし過ぎるなよ、相棒」
「信長の言う通りだ、覚悟はしておくと善い」
「分かった」
先程あったお役目の最中、敵の侵攻を許してしまった。
その所為で、バーテックスによる浸食が進み、狭い範囲ではあるが現実世界に被害が出てしまった。
樹海での浸食や傷は、現実世界にフィードバックする。
大赦によって情報規制がされてる為事故として流されてしまうが、海斗にとっては一大事だ。
一般人にもしものことがあったら、海斗はお役目を一人で続けることが出来ず、勇者部のみんなや園子を戦わせることになる。
それだけは、なんとしても回避したい。
それに加えて、もしも今回の件で見知らぬ他人が死んだとしても海斗の心にダメージを残す。
最近のお役目は夜中に来ることも多々あり、それの疲労もあってか今回の件は必然に近い。
家に帰るまでの足取りが重い、海斗の心はそれ相応に追い詰められていた。
時刻は夕方頃、部活終わりなのかジャージ姿の中学生がやけに目に付く。
海斗の心にさざ波が立っていて、一刻も早く家に帰る為に重い足を必死に動かした。
数分も経たずに家に着き、玄関を開き靴を確かめる。
(母さんと美森ちゃんの靴はある……、父さんの靴は流石にないか……)
自分の心に大丈夫と言い聞かせ、恐る恐る廊下を渡り居間に入る。
「ただいま……」
「あら、お帰りなさい海斗」
「……姉貴は?」
「美森ちゃんなら部屋よ、それが?」
二人とも無事らしい、安堵のため息をついたのも束の間。
付いているテレビからニュースが流れる。
「それでは、次のニュースです。先程、讃州中学付近の交差点でトラックによる交通事故が起きました」
「あら、大変ね。海斗は大丈夫だったの?」
「あ、ああ、問題ないよ」
女性のニュースキャスターが事故の原因を解説していく。
「事故の原因としては、地面に突然出来たクレーターのような段差によるものとされていて今も調査が行われています。事故に遭ったのは部活帰りの中学生、柳橋陸斗君一三歳。救急車で病院に搬送されましたが、意識不明の重体です」
その言葉を聞いた瞬間、海斗の心に修復不可能に近い傷が入った。
「待ちなさい海斗!」
美冬の静止の声も聞かず、海斗は走り出した。
ポッケに入っていたスマホを取り出し、急いである番号に電話を掛ける。
コール音が三回も鳴らない内にその人物は電話に応じる。
『……海斗様、何の御用でしょうか?』
『今すぐ、柳橋陸斗が入院してる病院の情報と面会許可をとって下さい!』
『少々お待ちを…………柳橋陸斗様が入院してる病院は、先日日守様が入院していた所でございます。今手術中だと思われますので、中に入れるように手配しておきます』
『ありがとうございます、では』
電話を一方的に切り、勇者の力を使い病院に急ぐ。
一分も掛からずに到着し変身を解き、受付を無視して手術室に走る。
途中、何度も止まるよう指示されていたが、今の海斗の耳には届かない。
走っていた所為で少々道に迷いかけたが、何とか手術室を見つけて中に入る。
「……君が東郷海斗君だね?」
「はい……柳橋の容体は?」
「何とか一命は取りとめているが……足は絶望的だ。完璧に治ったとしても、下半身に麻痺が残ってまともに運動することは出来ないだろう」
「…………皆さんは外に、俺がどうにかします」
医者たちは訝しむような視線を向けるが、海斗の気迫に押されて外に出る。
勇者に変身した海斗は、陸斗の隣に立って申し訳なさそうに彼を見つめた。
「悪いな柳橋、今治してやるから……鳳凰」
鳳凰を降ろして、癒しの聖炎で陸斗の身体を覆う。
たった数瞬の内に癒しの効果は完了し、終わったことを鳳凰が伝える。
「海斗、治療は終わった。後は細かい所を、医者に任せるしかあるまい」
「了解、柳橋が目覚めない内に退散しよう」
変身を解いたその時、海斗は喉にむず痒い感覚が走り咳が出る。
あまり気にしなかった海斗だが、口を押えた掌にある生暖かい感触で自分の体の限界を知る。
「……血反吐……まさかここまで追い詰められるとは」
「私で回復させるのも危険だな、体への負担がより多きいものになる可能性がある」
鳳凰のアドバイスを基に、その日はなにもせずに家に帰った。
翌日、やかましいほど元気になった陸斗の声を聞いて海斗が安堵したのは言うまでもない。
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先日の件から一週間が経った、陸斗は未だに入院中である。
病院で陸斗の怪我を治した後、春信から連絡があった。
「最悪の事態を想定して欲しい」とのこと。
おおよそ、勇者部のメンツが復帰するということだろう。
嫌ではあるが、これ以上は自分の身が持たないと分かっているので諦めるしかない。
それに、戦いになったらみんなにはサポートに徹してもらい自分が戦えばいい。
海斗はそう考えて春信の言葉に頷いた。
結局、あの後からお役目はなく、存分に体を休めることが出来た。
そして、今に至る。
「姉貴と一緒に依頼なんて、珍しいな」
「そうね、でも私と海斗は得意不得意が似てるし、珍しくはないんじゃない?」
「それもそうか……」
現在、神樹館学校に来ている海斗と美森。
珍しく、二人を指名した依頼だったので内容を聞くと、「学校のホームページ作成を手伝ってほしい」ということらしい。
久しぶりに明や優希たちに会いたくなった二人は、その依頼を受けてはるばる神樹館にやって来ていた。
時刻は午後一時頃、真夏なので日差しが熱いために日傘を差しながらの移動だ。
駅から徒歩で数分、校門が見えてくる。
そこには真夏なのに相も変わらず、元気ハツラツな明が待っていた。
「お久~二人とも、今日は暑い中呼んでゴメンね!」
「別にいいわよ、アカリンの頼みだもの」
「右に同じ、気にすることないぞ」
三人で話しながら校舎の中に入る、今日は球音と梓は陸斗の見舞いに行っているらしく欠席、居るのは千夏と優希に明だけだ。
途中で何故か分かれて、海斗と明は小等部の校舎を歩いていた。
「なぁ、俺もあっち手伝はなくていいのか?」
「イイのイイの!スミリンが居れば何とかなるし。それよりなにより、今は海斗の方が大事!」
「俺の方が大事?どういうことだ?」
「実はさ、知ってるんだよね~。海斗のお役目の話」
明が放った一言で、海斗の心臓は飛び跳ねたのかと錯覚するほど高鳴った。
「な、なんでお前が……」
「まぁ、そんなことはどうでも良いの。今は話して、苦しいこととか辛いこととか。他のみんなには言えなくても私になら言えるでしょ?」
明の言葉に甘えそうになる心を必死で止める。
そして、心をすり潰しながら声をだす。
「大丈夫、お前が思ってるほど俺は弱くない。結構成長したんだぞ、これでも」
「………そう、海斗がそう言うならそうなんだね。お役目も大変かもしれないけど気を付けてね」
「おう」
ここで一度会話が終わり、静かに廊下を歩く。
海斗はここで学んでいた時の記憶はほぼない、だが魂が懐かしさを喜んでいるのを感じた。
隣に居る明も、目に懐かしさを見せる海斗を気遣って話掛けずにただ隣を歩いた。
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夕暮れ、讃州の方に戻って来た二人は帰路に着いていた。
「海斗はアカリンとなにをしていたの?」
「別に~、特にこれと言って何かしたわけじゃないよ」
「そう」
海斗が車いすを押して、美森は命を海斗に預ける。
足の悪い美森にとって、車いすを押してもらうのは命を預けるのと同意犠だ。
海斗はそれを分かったうえで押している。
「姉貴、今から言う話をよく聞いてくれ」
「……なにかしら」
「勇者システムには、樹海緊急脱出システムなるものがあるらしい。それを使えば、自分と指定した相手で樹海から脱出することが出来る。今は精霊バリアがあるから重傷者はあまり出ないけど、昔はバリアなんて無かったから重傷者が偶に出たんだ。だから、そういう時の為に脱出システムが作られた」
海斗は、説明口調になるのを分かったうえで話している、あまりこういう話は得意ではないのだが背に腹は代えられない。
「何故、今それを教えるの?戦いは終わった筈でしょ」
「……戦いはまだ終わってない。あの後も続いていて、俺がお役目を引き続きやってる。だが、色々失敗したせいで次回のお役目からはまたみんなに復帰してもらう形になる」
「あなたが最近変だったのは、こういうことだったのね」
顔を逸らす、卑しいことをしたわけじゃない。
ただ、気まずいだけなのだ。
「姉貴はさ、アリとキリギリスの話って知ってるか?」
「ええ、多少わね。確か、アリが夏の間に冬の食料の為に働き続けて、キリギリスは夏の間はバイオリンを弾いて歌を歌って過ごしていた。そしたら、キリギリスは冬になって食料が無くて、アリに食料を分けて貰うように頼んだけど断られてしまって、冬を越せずに死んでしまうの」
「そう、教訓としてはアリのように将来の危機の事を常に考え、行動し、準備をしておくのが良いってこと。それで、ここからは俺の考え」
海斗は真面目な顔つきになり、自分の考えを話し出す。
「俺はアリのことを大人、キリギリスのことを子供だと考えてる。姉貴はそれがなんでか分かる?」
「アリは将来のことを考えていて、キリギリスは今のことしか考えてないからかしら」
「そ、
海斗からしたら、アリが大人でキリギリスが子供と言うのはバッチリな配役だと思っている。
「姉貴は知ってるか?西暦って呼ばれる時代には、働き過ぎて死んでしまう過労死ってのがあったらしい。極端な例になるけど、これがアリの末路に一番近い。アリは働き者だ、だけど働き過ぎるのは身体に必ず不調を来たす。でも、キリギリスはどうだ?子供は今を楽しむ、生活に最低限必要なものは親が揃えてくれる。最高じゃない!」
「……結局、海斗はなにが言いたいの?」
「姉貴たちはまだキリギリスで善い、アリになるのは俺だけで善い。もし俺を脱出させようとしてくれてるなら無駄になる、俺のシステムに細工して適用できなくした」
海斗はなにが何でもお役目を果たす気なのだ。
だからこそ、システムに細工を施した。
「あなたは、そこまでしてなにを……」
「ただ、姉貴たちに平穏な日常を過ごしてもらいたいだけさ。それ以外のなにものでもない」
「その
「俺は俺のお役目を果たす。勇者を守るのが俺のお役目だから」
海斗のその一言を持って、その場は流れた。
だが、美森も微かに気付いていた。
海斗の心に善くないモノが混ざり始めたことに。
次回もお楽しみに!
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