いい人になりたいだけだった、TS転生   作:茶蕎麦

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番外話③ 妹への優しさ

 

 

 殆ど全てを知っている、山田静は心から思う。山田星はあまりに可愛い妹だと。

 元男だとか、狂気だとか、そんな雑多な要素も差っ引かない。全てを含めて、愛おしいもの。過ちだらけで、彼女はそれでも活きている。それはあまりに眩くて。

 

 静のそれはまるで、神があがく人を愛するのに似ていた。

 

 

 

「さて、どうしようかね。あの娘も」

 

 人と機械の精査。大げさに守られた門を越えて走行するワゴンの車内で、一人寂しく山田静は呟いた。

 静が口にした娘は、当然のように妹、星のことである。しかし、それなり以上に聡明な彼女であっても直ぐにどうこうする方策は思いつかない。アレはいい人どころかただの問題児だなと、再確認する他になかった。

 

 いい人なんて、悪いことをしない人というだけに過ぎない。曖昧な悪さという概念、詰まる所楽から逃げ出すその生き方は、辛いだろう。更には、その人が確かにいい人かどうかなんて、亡くなった後の相対評価くらいでしか成せないというのに。

 それでも、成ろうとするのは、あまりに呪わしい。そう、マッチョの青年の呪いによって善行を積み上げてばかりで、それしか知らない少女はあまりに無垢。きっとその生き方を取り上げてしまえば、壊れてしまうのが明白であるくらいには。

 手がつけられないということは、星のことを言うのだろう。まるで終わってしまっているかのように、どうしようもない。まるで彼女は死ぬまで現状を維持しようとする爆弾のようだった。

 

「今だって嫌いじゃないけれど……今のままだと駄目というのは、ちょっと残念かな」

 

 障害を個性とするならば、それすら愛さなければいけないのか。異論は沢山あるだろう。だが、静はその異常を含めて妹を愛していた。

 だが、それが結果的に妹を殺すのであれば、流石に愛しながらも治療に奔走しなければいけないのだろう。そう、いい人志向という悪性を取り除かねばいけない。

 

「前世の記録がネックなのだよね……大地君も、ろくでもない影響を及ぼしてくれたものだよ」

 

 静は正確に星の前世の姿を思い出して、そう呟く。もっとも、おねーちゃんには、隆々としたマッチョの男性と笑顔眩しく愛らしい少女が重なることなどなかったが。二人が一緒と言うにはあまりに同一性が足りてない。

 そう、彼女と彼は、転生という現象で繋がっていようが、殆ど別の生き物だった。

 

 脳の欠損、臓器の不調どころか、自律神経の変調ぐらいで人は大いに変わるもの。ましてや一体全体違うのであれば、推して知るべし。もし、魂なんて言うあやふやが一緒だったとしても、同じ人な訳がない。

 その証拠として、星は一度たりとて自分の性に困惑したことはなかった。ただの焼き付いた記録、幽かにも亡くなったはずの存在に、性別という生来の持ち物に違和感を覚えさせる程の力がある筈がないのであるから、それも当たり前のことだろうか。

 無駄に広い愛と初心さで分かりにくいが、彼女の嗜好としては、普通に男が好きなのだろう。普段から筋肉うるさいのは、自分の異性の好みを言っていたのかもしれない。

 しかし、そんな中で、無理して幽かな記録の中の人を自分と勘違いして演じていれば、おかしくなるのは当たり前。

 信念という名の呪いばかりを当てにして、自己同一性を保とうとする、狂気。明らかに、山田星という少女は間違っていた。

 

「でも、可愛いのだよなあ」

 

 困ったことに、そんな過ちが表層的には意外と愛らしい個性と見えている。まるでそれは、愛らしい形の鬼の角。

 何時か誰かが近寄った時に異常に気づくのだろうが、まだそれはない。ならば、まだ少しくらい様子をみることだって、きっと悪くはないはず。最終手段だって、あるのだから。

 

「まあ、何かあったら私が守護ってあげればいいかな」

 

 そう独りごち、静は広い駐車場の端に停めた車から顔を出す。

 この世の全てから守ってあげられる、力。静にはそれがある。それは、多世界の修正力。

 非常に大げさで、また優れた建物に【どこにでも居る女の子】たる山田静は止まることなく向かい、そして遠慮なく足を踏み入れる。

 

「おはようございまーす!」

「Mornin、静」

【おはようございます、静さん】

 

 途端に、姿を見せるのは、多種多様。それは、異人種どころかヒトモドキすら存在する、坩堝。

 その中の一つ、機械の体は、しかし柔らかく笑顔を形作った。心根の優しさに基づいたそれは、いかにも愛らしく微笑ましい。それが、様々な好意に包まれているのだから、尚更に。

 

「ふふ。皆、おはよう」

 

 だから、彼女は笑みを返す。そして、静はブーンコーポレーション日本支社、超常対策局の皆に迎えられたのだった。

 

 

 

 ご時世柄、電子化がそれなりに進んでいるとはいえ、書類仕事は未だ失くならない。

 あそこは良いな、とこの世の誰も見知らぬ世界の仕事場を思い出しながら、静は詳細の挿入や所感等を書き込むために、ペンを走らせ続けた。

 しかし、静が特異なのは、ここから。なんと、彼女は筆を持つその逆手で機械に情報の入力をしているのである。そして、その仕事ぶりは極まったように速く、また間断なく止まらない。

 偶々その後ろを通った機械の体の元鶴見研究所のゼロイチナナ号こと、鶴見玲奈すら、その効率能力を見るに、果たしてどっちがロボっぽいのだろうかと思ってしまうほどだった。

 

「ふぁ」

 

 ただ、そんな稼働も延々と続くものではない。鳴り響く休み時間の報せに静はぱたと止まる。そして、一度彼女は伸びをした。

 集中解かれたことを察し、同僚乙山まくらはデスクの側にやって来る。そして、自分を気にして振り返ってくれた相変わらずの美を長く見つめることが出来ないことを彼は残念に思った。

 

「静先輩、お疲れ様っす。唐突で悪いっすけど、局長が会議室に来て欲しいって言ってるっすよ?」

「やれ、これからボクも休み時間なのだけれどね」

「その分休憩、伸ばしてくれるそうっすよ。先輩、一度集中するとヤバイっすから。邪魔した時の眼光が半端なくてブルっちゃうんで、リラックスしている休み時間を使うことを俺が提案したんすよ」

「モデルをやっていたら、こっちの仕事が溜まってしまうものだからね。消化するために精一杯やっているだけなのだが……まあ、確かにあの時は無意識に悪い目を使っていたね」

 

 それは、悪ぶる自分の持ち物。どうにも、静が共有しているそれを一度乙山に対して使ってしまったことが、彼のトラウマになっていたようだ。

 静は、まあ、自業自得ならば仕方がないかと少しよれたスーツを一度叩いて、直ぐ隣の部屋へと向かう。

 好きな相手が気を見せるどころか呆気なく離れていったことを残念がる乙山を局の女子等が可愛がるのを視界の外にやってから、ノック、そして応答の後に静は広すぎる会議室に入った。

 入るその先に見えたのは、バーコード。そう、五反田局長は今日も健気に禿頭に髪を流していた。その努力を微笑ましく思うが、失礼のないように正し、しかし静は言う。

 

「久しぶり、局長」

「いやー、最近静くんは有事以外芸能局に入り浸りだったから、久しぶりだね。写真集、売れているみたいじゃないか。私も鼻が高いよ」

「ボクは恐縮、といったところかな。ボクとしてはこちらにあまり時間を割けない上に、余計な仕事を増やしてしまって、ただ申し訳ないよ」

「山田君の美は、少しも露出されていないことなんて誰も信じられないからね。肩書作りにこれくらいの欺瞞に無理は仕方ないさ。さ、座って」

「ありがとう」

 

 静が座る、その際に披露された両足は均整の取れたもの。そもそも目鼻立ちも、強い印象を何一つ覚えないくらいに、ただ綺麗だった。

 理由あって、産まれてからこの方全てのバランスが、完璧。少し表情を歪めていなければ気持ち悪く感じられてしまいかねないくらいに、整いすぎていた。

 そんな静の外出にサングラスは、必需品である。知名度以前に少しでも隠さなければ、人の理想像として目立ってしまう。

 

 しかし、五反田局長はその何時も通りの美よりも、言葉遣いを気にした。分かっていながら彼は、再び、糠に釘を打ってみる。

 

「敬語、やっぱりまだ無理かい?」

「そうだね。何しろこの口調は、幼く他私の区別がつかない妹から貰ったものだ。何時か返す時のためにも、ボクが人それぞれの立場で切り替えてしまうのは、気が引けてね」

「上司としては、一言申さなければならないのだろうけれど、無粋はいいか。いや素晴らしき姉妹愛だね。……まあ、山田君の妹さんが俺様娘じゃなくて、まだ助かったというところかな」

 

 そのあまりに畏まらない言動に、五反田局長もやれやれと、思わなくもない。実際、入局してから静はその平等さで結構な数の問題を起こしてきた。特に目上の同性からは、蛇蝎のように嫌われている。

 けれども、それが妹の呪いを解くための祈祷の一種であると説かれては、人一倍情のある五反田局長は口をつぐまざるを得ない。

 

 五反田局長は星程ではないが、いやそれだけにむしろ真っ当に人の幸せを願える性質だ。彼が、いい人だった、と後で称されるのは間違いないだろう。

 そんなことを考えながら、静は用向きを訊く。

 

「それで、何かな?」

「以前に頼んだ、上水善人(うわみずよしと)のレポートの件なのだけれどね……いや、それにしても、ここまで微に入り細を穿つような代物を認めてもらえるとは思わなかった」

「中々のものだろう?」

「利き手に血液型に趣味、恥を覚えるだろう事柄の欄まで……いや、中学生の頃ドイツ語を格好いいと思って嵌っていたので、シュヴァルベンシュヴァンツとでも叫んでみれば一時思考停止すらするだろう、とかさ、君、彼の何なんだい?」

「まあ、知己ではあるね」

 

 さらりとそう答える。果たして、異能力を悪用する組織の長と、非公認で私設のようなものとはいえそれらのカウンターである局の一員が何時どう人生を交錯させていたのか。

 五反田局長は重ねられたレポートを手に頭を一時、悩ませる。彼は光を反射する自分の額のてかりが更に増したような、そんな気さえした。

 

「うん……まあどんな関係かどうかは、まあ、重要じゃないな。大事なのはこの彼の能力。これ、大げさに書いたわけではないのかい?」

「どれどれ……そうだね。確かに、彼は世界を司る能力、を持っているよ」

「ええ。そんなものをどうやって把握……いや、それが確かだとしたら大問題だ。しかし君のことだ、きっと、正しくもこの情報の裏を取ることは出来ないのだろう?」

「出典はボクの知識のみ、だからね」

「はぁ。困ったな。世界、ということは全色ということかな? なら相手取るのに最低でも五色は司るレベルの能力者が必要だろう。けれども、ただでさえこちらの活動に上が疑心暗鬼なところがあるんだ、とてもあと三人の増員なんて説得できそうにない……あ」

「抜けちゃったね……」

 

 悩み困惑し、かかったストレスのためだろうか、八本のバーコードの内の一本が、無力にも落ちていった。どうしようもないそれを、五反田局長は悲しげに見つめる。

 明らかに、自分がかけた重圧の結果である。部下の言葉を丸呑みで信用してしまうところは良くも悪くもあるな、と思いながら流石に、これは可哀想だなと静は彼を慰めることに決めた。

 それこそ、星程ではない半端な胸を張って、静は言い張る。

 

「大丈夫」

「信じるよ。でも……どうせ君のことだ、理由は他には理解できないくらいに薄弱なんだろう?」

「今回は、間違いないさ。善人はボクが直接捕まえる」

 

 そうして、偉そうに静は自分の胸を叩いた。細腕がぽよんと弾んだその様子に、頼もしさを覚える者は中々居ない。けれども、五反田局長は、安心の溜め息を漏らす。

 

「ふぅ、それなら……確かに大丈夫だろうね。しかし、本当にいいのかい? こんな大物を捕まえたら、静くん、君の能力がきっとまた疑われることになるよ? 停止の赤色の支配者ということで誤魔化すのにも限度がある」

「道を正す。それくらいしてあげたくなるくらいには、善人とは因縁があるのさ。それに、潮時というものもある」

「静くん……」

 

 五反田局長が心配して紙束の持ち手の安定を損ねたために、ひらりと落ちた、紙片。その一枚を拾い、静は、薄く笑う。無害を貫く【どこにでも居る女の子】は、自分を能力者であると、それこそ真っ赤な嘘を吐いている。

 もしそれが嘘だと知られた時は、彼女が理解できない能力者以上の存在であることも露見するだろう。それは、決して望ましいことではない。

 家族と平穏無事に暮らすこと。それが、この静の一番の願いであるのだから。

 

「また後で、この世を少し、静かにしようか」

 

 

 それでも、静は止まらない。自分が誰かのために動こうなんて、妹の影響を受けすぎだなと、薄々思いながら。

 静は、まるで現在の姿ををそのまま写し取ったかのようにリアルな、無表情しか特徴のない男のイラストを、懐かしそうに見ていた。

 

 

 

「おねーちゃん、今日も人助けのお仕事、やって来たのですか?」

「うーん。残念ながら書類仕事ばかりだったんだ。人手がどうにも足りなくて、更に実働と兼任している人ばかりだから、どうにもね」

「そうですか……お疲れですね。肩もんであげます!」

「星、止めるんだ……あん」

「嬌声! わ、おねーちゃんの肩、やわやわですー」

 

 仕事が終わり、そして帰宅した静は星に抱きしめられ、愛撫を受けて、脱力する。

 そして、そのまま色々なところを揉まれていった。星の按摩技術が嫌に高いのは、どうしてなのだろう。

 つい、拒絶せんと口は動く。

 

「い、いや、止め、止めなさい、あ……」

「止めます?」

 

 必至に静止を呼びかけると星の手は止まった。静を見る妹の目は、優しかった。

 愛する者を力ずくで止めるのは忍びない。仕様上大丈夫とは言え、確かに、気持ち疲れているような気もした。

 

 それに、何だか気持ちいいし。

 

 静はゴクリとつばを飲み込んで、言う。

 

「止めないで、いい」

「なら、遠慮なしです!」

「あ、あー」

 

 つい、静はそう考えて身を任せてしまった。ドロドロのモミモミ天国へ。妹の手の中で、彼女の身体はくたくたに。熱の中でただ、気持ちいいとしか感じられない。

 しかし、高く持ち上げられたら、強く落とされるのも人の常。油断大敵、であった。

 

「お邪魔します……うわ、静姉エロっ!」

「わわ、とろけてはだけたおねーちゃんの姿を、奏台に見られてしまいました!」

 

 そう、そんなに気を抜いていたから、静は久方ぶりに弟分に自分の恥ずかしい所を見られてしまったのだ。

 真っ赤にのぼせ、荒く息をした美人。更にその肌が多分に出ていれば、気にならない異性などそうは居まい。実際に、奏台は顔を紅くし、目を逸らした。

 意図したことではないとはいえ、異性に目を逸らされる程のエロさを出してしまう。そんなあんまりな事態に、少女は素に戻る。

 

「うう、見ないで、です!」

「わ、おねーちゃん、敬語にもどっちゃいました!」

「わ、何か投げんなよ静姉……ってこれ何だ?」

「あ、それ揉むのに邪魔だったので私が抜き取ったブラです!」

「何時の間に……うあーっ」

「わっ」

 

 更に恥の上塗り。慌てて奏台の手の中の下着を奪い取って、静は家の奥へと駆け足で引っ込んでいく。驚きか呆れか、歪んだ弟分の顔が印象的な一幕だった。

 

「これを忘れられないなんて……なんて地獄!」

 

 静は一人になって、蕎麦殻枕に顔を埋める。そして、全山田静が記録する恥ずべき記憶がまた一つ、増えたのだった。

 

「ああ、私ったら、私ったら……」

 

 誰が悪かったのか、自問自答するまでもなく、それは妹に甘えた自分。ふて寝するまで、静の顔色の赤みは、引かなかった。

 

 

 

 そう、彼女は決して妹を恨まない。それはあり得ないが、静は星の手で殺害されようとも、きっと許してしまうだろう。

 

 たとえ地に堕とされようとも、神は人を愛するものだから。

 

 こんな優しさも、おかしい。それを、静は知っている。

 

 

 


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