いい人になりたいだけだった、TS転生   作:茶蕎麦

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第六話 お家に帰ります!

 

 

 その魚は、ぴょんぴょん跳ねていました。届かないことを知っているのか知らないのか良く分からない顔でひたすらに。

 

 それを、私はずっと見ていました。

 

 

 

 悪霊退治が終わった丸井君と罰さん、そして私は、喫茶店で休みます。二人コーヒーを飲んでから、それぞれ家に帰りました。

 しかし年下の前だったので見栄を張りましたが、ブラックコーヒーは苦かったです。渋い顔をしていたら罰さんにも笑われてしまいました。前世では好んでいたのですけれどね。

 

「お口直しのショートケーキは美味しかったです。……でも、ちょっとまた体重が増えてしまうかもしれませんね」

 

 私はこれでも女性の端くれですから、体重も気にします。これ以上増やすとと地味で窮屈な下着をまた買い換えなければいけなくなるとなれば、当然でしょうが。

 

「脂肪でなくて、筋肉になってくれれば良かったのですが、ままならないものですね」

 

 その場で、ジャンプ。すると私の色んな所がぽよんぽよんしました。実に邪魔ですね。

 あ、男の子が随分と目を開いて見ています。何で驚いたのか気になったのですが、挨拶をしようとしたら逃げてしまいました。残念です。

 

「こんないやらしい身体、見苦しかったですかね?」

 

 私はそう、思ってなりません。本当は、大一さん達みたいにマニッシュな体型が良かったのですが。いや、流石に私もそんな本音を彼女らの前で口にしたら、ただでは済まないことくらいは、分かっています。

 だからただ、互いに相手を羨むばかりですね。隣の芝生は青い。そして、筋肉は前世の青春でした。今や遠いです。

 

「筋肉ー、筋肉ー……」

 

 ついつい、私が懐古しそんな風に口にしてしまうのも、むべからぬことでしょう。

 摘んでも、柔らかさしか返って来ないこの細腕。幾らパワーが秘められていようとも、細マッチョとか要らないのですよ。ムキムキマッチョこそ、最高なのです。

 もっとも、他人の身体であれば、おデブさんもカリカリな細身も、皺々の老人さんも味わい深いものと思えますが、自分だとそう考えてしまいますね。

 

 

 きっと、これも前世の後遺症。好みに傾向、それだけでなく私の信念すら呪いと言ったのは、誰でしたっけ。

 

 

「星」

「おねーちゃん!」

 

 そんなこんなを思っていたら、車通りの少ない狭い道、その対面から来た車が停まりました。そして、開いた窓から届いてきた鈴のなるような美しい声に、私は喜びます。

 思わずはしゃいで、ドアを開けて車内に入ってしまいました。しかし、そんな勝手をおねーちゃんは許します。笑顔の歪みすら美しい、そんな彼女が身内であることは、とても嬉しいことですね。

 

「おかえり」

「ただいまです、おねーちゃん」

 

 そう、彼女はおねーちゃんこと実姉山田静(しず)。モデルさんをやっている、スーパー美人です。もう本当に、この人は何でも出来ますよ。私なんかちょちょいのちょいの、最強のおねーちゃんなのですね。

 見た目が少しでも似ている、とされていることが、何よりも誇らしい。私はそんなおねーちゃん子なのですよ。

 

「えへへー。今日は早いのですね、おねーちゃん」

「合わせるっていうのにボクに合う服を向こうが見繕うのに随分と時間をかけているらしくてね。仕事もなければレッスンなんて今更だし、帰らさせられたのだよ」

「へえ、そうだったのですか」

 

 一切尖ることなく、平均極まって、美しい。化粧っ気すら無いのに、珠玉。飾りが余計でしかない、美の形。しかし、変幻自在にそれを崩すことすら簡単にしてしまう。

 おねーちゃんは服に合わせられるとかレッスン要らずなんてさらっと言っていますが、そんなのをプロのレベルでこなせてしまうなんて、とんでもないことだと思わずにいられません。

 やはりおねーちゃんは凄いのです。 

 

「それで、星は今日どうだった?」

「今日も清く正しく、やっていましたよー」

「……何度も言っているけれど、別に星は正しくなくても良いのだよ?」

 

 私の笑顔を見て、優しいおねーちゃんは、そう言いました。どうにもおねーちゃんは私が無理しているものと思い込んでいるようなのですね。まあ、合っていますがそんなの普通だと思います。

 休んで出来るのは、床ずれくらい。皆々様の頑張りによって出来ているこの素晴らしき世界で、私は良く頑張りたいのです。それで、いい人になれたらいいのですが。

 笑顔を変えずに、私は言います。

 

「頑張るのは、楽しいですよ?」

「やれ、私も癒やしは専門ではないから困るね」

「おねーちゃんは、癒し系ですよ? どこか私と一緒だとふんわりともしています」

「見当はずれながらも嬉しい事言ってくれるね」

「わわっ……えへへ」

 

 本音を受けて、おねーちゃんはハンドル片手に私の髪をかき混ぜました。危ないなあと思いつつ、私は喜色を隠せません。気安さが楽しいですし、向けられた優しい笑顔も嬉しかったのです。

 

 それから、大人しく会話をしながら十分足らず。そうして私達は実家、山田家に着きました。

 田畑を除いても広い敷地内に、でんと建つ母屋。改めて前世の家と比較してみると、結構大きいですね。

 それに、立派な瓦が敷かれているのに何でか篠家(しのや)と呼ばれている離れのお婆ちゃんの家。そして、昔は遊び場だった古びたモノで一杯の土蔵。それらが纏まって住居と成しています。

 昔からの農家だけはあって、傍から見るとリッチに見えますね。実際、泥棒が入ったこともあります。おねーちゃんがあっという間に捕まえましたが。

 

 何となく安心し、白いワゴンタイプのおねーちゃんの愛車から出て、私は慣れた石畳をぴょんぴょんしました。

 

「ただいまー、です!」

「ん? なんだ、星、遅かったじゃないか」

「おばーちゃん!」

「うわっ」

 

 すると、篠家からおばーちゃんが出てきました。

 総白髪に、曲がった背中。重ねてきただろう苦労までも愛おしく、皺深いその老いだってとてもナイスです。

 思わず甘えて、その小さい体をなでなでしてしまいました。

 

「相変わらずシワッシワです。凹凸ツヤツヤ、気持ちいいですね」

「バアを気安く撫でるもんじゃないよ! 私を何だと思っているんだい」

 

 しかし、おばーちゃんは嫌がります。怒鳴り声に近い元気を発信しますが、私は慣れたもので内心の照れを察しました。

 だから、私は高いテンションのままに、言います。

 

「おばーちゃんは、よぼよぼ可愛いのです!」

「よぼよぼ言うなっての。全くこの孫は……」

「まあ、星なりの愛情表現には違いないんだから、諦めなよ」

「仕方ないねえ……」

「えへへー」

 

 学校も楽しいですが、やっぱり、家は居心地よくて気持ちいいですね。

 この可愛い人と、美しい人に、何にも思うことも隠すこともなく愛をぶつけられるということ。それはなんて、素晴らしいことなのでしょうか。

 

 そうして私のせいで巻き起こった騒々しさに、今度は二人、母屋から顔を出してきました。

 ひょっこりと向いて来たのは仏頂面に、柔和な笑顔。その二つを見て、私は重ねて喜びます。

 

「おかえり」

「元気に、返ってきたね」

「おとーさん、おかーさん、ただいまです!」

 

 開いた引き戸から届くのは、ご飯の香り。このまま私は皆とつつがなく食卓を囲むことが出来るのでしょう。

 

「えへへ。まずは手洗いうがい、プロテインですね」

「この孫はやっぱりどこか、おかしいねえ……」

「星は、そういうところがいいのではないかな?」

「どうせ、筋肉にはならないのにな」

「また胸、大きくなったんじゃないかしら。お金がかかる子ねえ……」

 

 温かな家の中はわいわい賑わい、家に帰ってきたこと、それを私は実感しました。これこそ団らん、ですね。

 

 そう、私達家族はこの五人きり。

 おねーちゃんが彼氏さんを連れてきたりして多少増えても、基本はそれだけ。そう、私は決めているのです。

 

 

 

 

「あーあ。バカ姉が居ないとつまんねえ」

 

 

 だから、私は遠くのそんな人なんて、知りません。

 

 

 

 

 そんなこんなで私の一日は終わっていきます。

 変化に富んだ日常。新しいことは、沢山ありました。ただこんなのはきざはしでしかないことを、私は後に知ります。

 

 

 

「山田さんは、人を救ったことなんて、どうでもいいのかな?」

 

 

「星……俺を、助けろよ」

 

 

「ごめんなさい。どうしようも、ないです」

 

 

『そんな目で、私を見るな』

 

 

「ボクと交換した敬語、似合ってきたね」

 

 

 

 それはきっと大きな嵐。ぶつかり思い飛び散って、傷つくこともあるのでしょう。

 でも、私は変わりません。代わってあげませんから。

 

 

「バカ姉……泣くなよ」

 

 

 私はただ、嵐の後の、晴れ間を望みます。

 

 

 

 空飛ぶ鳥を見て、跳ねるばかりの魚が幾ら見苦しくても、それは。

 

 

 


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