いい人になりたいだけだった、TS転生   作:茶蕎麦

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第七話 ゴミ拾いをしました!

 

 

 前世と今世。生まれて結構経つまで、私はそれを多く混同していました。

 まあ、それも仕方のないことだと思います。だって、見回す範囲だと地名も目立つ物も歴史上の人も、年号すらも一緒でしたから。

 これなら前の私と会えるのではと、実はわくわくしていたのですが、残念ながらそれは叶いませんでした。一緒に筋肉ダンス、したかったのですがねえ。

 

 大きな違いに気付いたのは、私がちょっと喋れるくらいに大きくなってから、そういえば前世の記憶からそろそろ日本が大災害に見舞われる頃と思い出した時でした。

 バカな私でも、災害に対して事前に少しでも準備が出来ていれば助かる人も出るのではと、思います。人命を思えば信じてもらえるかどうかなんて、二の次ですよ。

 大慌てで、私は家族に喃語を喋ります。大半が理解してくれませんでしたが、おねーちゃんは解読してくれました。流石です。

 しかし、私に優しく言い聞かせるように、おねーちゃんは話しました。

 

「そっちとこっちを混ぜてはいけません。あなたの前世は似ているだけの、別世界なのですよ」

 

 私は未だ敬語使いだった、その頃のおねーちゃんが何故か寂しそうな表情をしていたのを、よく覚えています。

 言い募ることの出来なくなった私は、おねーちゃんと一緒に前世と今世と災害の歴史を比べてみました。すると、全然違う。身近なところだと、前世の小学校で学んだ、四十年前の川園市での大洪水すら起きていない。

 代わりに、私の知らない災害の詳細がぞろぞろとおねーちゃんの口から語られていきます。ようやく、分かりました。ああ、きっとこれからも前と今が重なることは、きっとないのでしょう。私は、思わず目を閉じました。

 

「前、今。そんなことは忘れたほうが良いものです。余計な事は考えず、あなたはあなたをやって下さい」

 

 おねーちゃんは、そう言って、小さな私を抱いていた腕の力をこころもち強めます。どうしてだか、私はぽろぽろと泣いていしまいました。

 きっと、悲しかったのですかね。違う、つまりはもう戻れない。幼心にそんな現実は、苦しかったのでしょう。

 

「あなたは、優しいですね」

 

 私の涙におねーちゃんは、そんな勘違いをします。けれども、私はその時、思ったのですね。おねーちゃんの期待通りの人にならないと、と改めて。

 

 でも後におねーちゃんは、あの時の諭しは失敗だったと語りましたが、どうしてでしょうね。私は、ちゃんと、自分らしく生きていられていると思うのですが。

 

 

 

 青くて遠い空に、雲がふわふわ。陽気がとても気持ちいです。そんな、晴れた一日。今日がお休みであるのは、とても良いことだったのでしょう。

 私も、外出を楽しんでいます。一人きりが少し寂しいですが、時に一緒してくれるおばーちゃんの腰があまり良くないとあれば仕方ありませんね。

 少し膨らんだゴミ袋を確り持って、私は落ちていたペットボトルをその中に入れます。先の雨で濡れていたがためか、軍手が少し、汚れましたね。まあ、これもいつもの事です。

 

「こんにちはー。ふむ……今日は、ゴミが少ないですね」

 

 ただ、道端の掃除をしていた中田のおじさんに向かってお辞儀をしてから、私はそう呟きました。

 休日の通学路清掃は、私の生きがいの一つ。毎週行っているがために、違いがあれば分かってしまいます。

 タバコの吸い殻を拾い、辺りを見回してから、その原因を理解しました。

 

「おっきなゴミ大体、拾われてます。私以外の誰かが、ここらを掃除したのでしょうか」

 

 先に私が見つけたペットボトルも、藪の中に隠れていたもの。ざっと見つかるようなものは、周囲にありませんでした。結論として、これは他の人が先にゴミ拾いを行ったということなのでしょう。六時起きで来た私より早いとは、凄いですね。

 何時もと比べてこれでいいのか、と思ってしまうくらいに楽です。いや、これでいいのでしょうね。知らない誰かの善行に、私は気を良くします。

 

 テンポよく道を行っていますと、雀が三羽、元気に先の歩道で遊んでいました。あまりにそれが楽しげで、嬉しくなった私は歌ってしまいます。

 

「鳥、とり、ト○スハイボールー♪」

 

 それは、ふと頭に浮かんだ前世であったお酒の名前。でも、どんな味なのかは知りません。やっぱり甘くはないのでしょうか。ちょっと気になりますね。

 前世の私は中途半端に健康志向だったので、お酒の類を嫌って一滴も呑まなかったのです。まあ、途中で亡くなって全部努力も無駄になってしまったのですが。

 早朝に、人は少ないものです。安心しきって繰り返しそのフレーズばかりを歌い続け、逃げる鳥さんを目で追いかけていると、急に後ろから声をかけられました。びっくりして、直ぐ私は振り返ります。

 

「はは。流石、山田さん。歌声も綺麗だね」

「聞かれてしまいました! あ、三越君ですか。おはようございます!」

「おはよう」

 

 すると、そこに居たのは三越君でした。私でも分かるくらいに、爽やかに笑んでいます。最近良く大一さん達が絡んできますので、彼にはその関係で大分親しみを覚えるようになりました。苦労人ですね。

 今日彼女らは一緒ではないのか、と思っていると、その足元に存在が。やはり今日も三越君は孤独ではありませんでした。その子は、私を見つめながらその尾を振って、親しげに吠えます。

 

「わん!」

「ワンちゃんです!」

 

 私は大喜びしました。動物は大好きですからね。撫で甲斐の有りそうな柔らかな毛並みに、くりくりお目々がたまりません。

 犬種は柴犬ですかね。とても愛らしいです。あ、男の子なのですね。

 

「はは。五郎も山田さんのことが気に入ったみたいだ。こいつは人を噛んだりしないから、撫でても平気だよ」

「わー! よく梳かれていますね。ふわっふわです」

「わん!」

「五郎!」

「ふふ。飛びつくなんて、元気でいいですね。私も五郎ちゃんみたいな子、欲しいです!」

 

 腰を下ろして目を合わせていた私に飛びつく、五郎ちゃん。もふもふを顔いっぱいに味わいます。

 じゃれつく彼を優しく降ろしてあげて、私は撫でながら動物を飼いたいな、と思うのです。

 以前は問題があったのですが、今はもうありません。ならば、飼っても大丈夫でしょうか。後で訊いてみましょう。

 

「それにしても、山田さん、中々重装備だね。本当にゴミ拾い、してるんだ……」

「ですよー。ちなみにこの装備はおばーちゃんの野良スタイルと一緒です! 素敵でしょう?」

「……まあ、山田さんが着ていると何でも素敵に見えちゃうよね」

「ふふー。このおばーちゃんが縫ってくれたアップリケとか、私の女子力をぐんと上げていますよね!」

 

 現在の私の格好は野良着のおばーちゃんと一緒で日除け帽に、ヤッケに、袖カバーの標準スタイル。違うのは軍手ぐらいでしょうか。

 三越君の褒め言葉に、私はニコニコ。おねーちゃんやお友達は笑いますが、私は自分に中々似合っていると思うのです。

 微笑む三越君。でも少し経って、その笑みがちょっと濁りました。

 

「……それにしても、気になるな。山田さんはどうして何時もこうして頑張っているんだい?」

「私は、頑張るのが楽しいのです! 生きるのって、とても嬉しいことですからね」

「あはは、山田さんはやっぱり眩しいや。破壊力が高すぎる」

「わん!」

 

 本当のことを言うと、三越君は私から目を背けて、五郎ちゃんを撫で始めました。くすぐったそうな吠え声が、辺りに響きます。

 ぶんと、大きな車が私達の横を通りました。あれは、スピード違反ですね。それを目で追っているのでしょうか。私に背を向けながら、三越君は問います。

 

 

「ならさ、死にたいって思うことって間違いだと思う?」

 

 

 前と比べればちっちゃいですが、今の私のものと比べるとおっきくて頼もしいその背。羽織っているジャケットの暗色に、私が悲しみを覚えたのは、気の所為ではないでしょう。

 光だらけの世の中にだって、闇がある。そんなこと、奏台の能力を思い返すまでもなく、私は知っています。だから、助けたい。

 でも、闇が確かにあることまで、否定するのは違うと思うのです。故に、その問いに私はこうとしか口に出来ません。

 

「いいえ。苦しみ悩むことだって、アリです。絶望しても、仕方ないかもしれません」

「そっか」

「でも、それだけではつまらないですよ。私は、死にたいと思って、思い続けながら生きて、それで何時かはこれからも生きていたいな、と思えるようになって欲しいです」

「くぅん……」

 

 果たしてその時三越君はどんな表情をしていたのでしょう。五郎ちゃんがぺろりと、止まったその手を舐めました。

 私は五郎ちゃんを撫でるために外した軍手を、強く握りしめて、言います。

 

「そう、結局の所私は、皆に死んで欲しくないのですよ。そして、笑っていて貰えると嬉しい。ただ、それだけです」

「……山田さんは、いっそ酷いくらいに正しいね」

「分かりません……皆の幸せを望んでいるばかりの私の生に本当は意味はないのかもしれません。でも、それでも、皆の不幸を望むよりは間違っていないでしょう」

 

 ああ、私は正解が分からない。早くもっといい人に、なりたいですね。

 私が廃しているゴミだって、この世で大事な価値あるもの。有為転変。一つにとらわれないようになりたいところです。

 でも私は、何があっても信念からは、決して逃げはしません。そのためには、きっと。

 

 その時。雲が蠢き太陽から除いて、光が一筋。眩いそれを、三越君は直視したようです。背中越しに、眦の近くに手を置いたことで、それに気づけました。ずっと、彼はその手を動かしません。

 

「綺麗だ」

「そうですね」

 

 同じ風景を見て、感想も同じくする。それが、どれだけ尊いことなのか、私には計り知れません。

 ただ、次に三越君が口にした言葉の繋がりは、どうにも分からず、そして共感できませんでした。

 

「やっぱり俺は、山田さんが好きだよ」

「でも、付き合えないですよ?」

「まだ、それでいいさ」

「はぁ……」

 

 三越君の恋は、中々曲がってくれないようですね。嬉しいのですが、返せてあげられないのは、残念です。そう、恋するほどの好きが、私には分からない。

 殆どが、好きなのですが。

 

「わん!」

 

 太陽に向かって五郎ちゃんが吠え、そして、三越君を引っ張っていきます。別れを感じた私は微笑んで、言いました。

 

「ふふ。三越君に、五郎ちゃん。さようなら」

「わんわん!」

「さようなら、はちょっと違うな。それじゃあ、またね」

「はい!」

 

 振り向いた三越君のその顔に笑顔が見えて、私も安心です。そして、走り出す彼ら。見送りながら、私の口は零します。

 

 

「彼に笑顔が戻って、良かったです」

 

 

 言ってから、私は首を傾げました。はて、どうして私はこんなことを。別段、今日の彼は不幸そうな様子ではなかったのですが。

 

「うーん。何でしょう? 天気も、よく分かりませんね」

 

 ふと見ると、また、空には雲がひしめいていました。見るところなく、だから私は地を見て、汚いもの探しに戻ります。

 そして、また過ぎる考え。それを、私は呑み込みます。しかし、漏れて表層にそれは現れる。

 

 

 

 ああ本当に、これが正しいのでしょうか。

 

 

 


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