ビブロフィリアの駄作書庫   作:負け狐

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まったりと


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 それから数日。『粗品』の葬儀は滞り無く終わったという連絡を至極どうでもいいと流したフィリアは、自身の館にやってきた人物を見て目を細めた。ガレットならば相手にしなければいい。そういう気分だ、で流すことが出来る。が、こちらはそうはいかない。

 別にそうしてもいいが、その場合相手方が納得してくれないのだ。だから面倒だ。そんな感想を持って、彼女はあからさまに顔を顰めた。

 

「何よ」

「めんどい」

「だったら追い返せば?」

「……そーしたいのは山々だけど。怒るじゃん」

 

 はぁ、とフィリアは溜息を吐く。そんな彼女の表情を見て、来客の少女は目をパチクリとさせた。アンタが気を使うなんて、と思わず口にしてしまったことから、フィリアのその行動があまりにも予想外だったのだろう。

 

「あんさ、カスミ。あたしも別に自分の時間邪魔されなきゃ普通の対応くらいするし」

「アンタの場合、生活の九割が自分の時間でしょ」

「そ。で、今はたまたま残り一割。分かってんなら驚く必要ないじゃん」

 

 ふう、とカスミと呼ばれた少女は溜息を吐く。まあ確かにそうだけど、と苦い顔を浮かべた彼女は、じゃあ珍しく話を聞いてもらうとフィリアへ詰め寄った。

 めんどい。そう言ってフィリアは彼女の要望を撥ね退けた。

 

「結局変わらないじゃない」

「人のために動くとかマジだるいし。あたしはあたしのためにしか動きたくない」

「そんなことは知ってるわ。だから話を聞いてもらうとしか言ってないでしょ」

 

 はいはい、とフィリアは肩を竦めた。それで話とは何なんだと目だけで続きを促した。

 よし、と満足そうに頷いた彼女――霧江霞は、じゃあ遠慮なくいくけれどとフィリアの対面に椅子を移動させそこに座る。

 

「うちの学校の生徒が殺されたの」

「日本にしちゃ物騒だ」

「……報道されないだけで、案外珍しくなかったりするけどね、そういうの」

「あたしは関係ない」

「知ってるわよ。あ、でもこれはそうでもないか」

 

 どういうことだ、とフィリアは眉を上げる。どういうこともなにも、と霞はそんな彼女に向かい指を突き付けた。

 

「『粗品』にされたのが、うちの生徒よ」

「あたしは関係ない」

「……つまりマーガレットのクソ野郎に関する事件なわけね」

「ミナヅキから聞いてないの?」

「聞いてない。けど、あー、そういうことか。だから兄さん何も言わなかったのか」

 

 ガリガリと頭を掻きながら霞は表情を歪める。彼女の兄、水無月が話していない理由は警察の守秘義務的な意味合いの他にもう一つある。そちらに該当したのだと霞は判断したのだ。

 

「『知ったらきっと殴りに行くだろう』」

「……まあ、別に仲が良かったわけじゃないけど。でも、一応、クラスメイトだった。だから、きっと兄さんはそう思ったんでしょう」

 

 事実、今この場にマーガレットがいたのならばとりあえずぶん殴っていたに違いない。ああもう、と頭を掻く仕草によって霞のサイドポニーがサラリと揺れた。大きく息を吐き、そして吐く。その動作を行った後、気を取り直すようにして視線を再度フィリアに向けた。

 

「犯人に心当たりは?」

「あたしに聞くな」

「他の誰に聞けってのよ」

「ガレット」

「本気で言ってんならアンタの脳ミソの発酵具合を心配するわね」

「……ったく」

 

 兄と違ってこっちは随分とやかましい。そんなことを思いながらフィリアは溜息を吐いて手元にあった本を開いた。ペラリペラリとページを捲ると、少しだけ考え込むように目を閉じる。

 

「死体を作ることに躊躇いがないってことは、魔法使いの中でも『本物』寄りだ。それでもってガレットにわざわざプレゼントを用意するってことは、成り立て、あるいは力だけを欲しがる小物」

「前者を満たすには成り立てだとちょっと弱いわね」

「そうでもないさ。『向こう』寄りでなったばかりなら、そういうことに忌避感を持たないのも不思議じゃない」

 

 ふむ、と霞は何かを考え込むような仕草を取る。今言った条件に当てはまる者を探すのはそれほど難しくない。怪異に関する事柄ならば、その程度の浅さは隠していないも同然だからだ。

 ただ、と彼女は思う。この程度のことは兄、水無月が思い付かないはずがない。だというのに調査が順調である素振りは見せていなかった。

 

「実は隠蔽が上手だったのかしら……」

「隠し事が出来る性格ならそもそも『粗品』の素性がバレるわけないっつの」

「それもそうか」

 

 はぁ、と溜息混じりにそう述べたフィリアの言葉に、霞は同意するように頷く。そうした後、だったら一体全体どういうわけなのだと首を傾げた。自身の兄の所属している一部では警察の盲腸などと呼ばれている特異課、そこにこうしてきちんと情報が集まるということはモロバレと同義である。それは間違いないはずなのだが。

 

「あ、待った」

「ん?」

「この辺の情報、犯人が自分から流してるのなら、どう?」

「そーとーのバカだね」

 

 そう言いながら、彼女はその条件に当てはまるような存在を頭に思い浮かべる。わざわざそんなことをするということは、自分に自信のある証左。それでいて、マーガレットに敬意を払い彼女との接触を望んでいる。

 

「あいつと同業の魔法使いで、自意識過剰なバカ。ま、絶対知り合いにはいねー」

「知り合いなら普通に接触するでしょうしね」

「そうとも限らないのが魔法使いのアレな所以さ」

 

 そういう連中は基本門前払いをするので、自分の知り合いにはなりえないが。そう続けたフィリアは、流し読みしていたものとはまた違う本を手に取りパラパラと捲った。死体人形の作成法を記した書物であるが、又聞きの又聞きのそのまた又聞きレベルにまで劣化しているそれは、現代人の感覚で言えば怪しい水素水と変わりがない。そしてその程度の本ならば今の時代ごまんとある。

 

「さっきから何見てんのよ」

「ゴミ書物」

「……好きよね、そういうの」

「別に好き好んでゴミを読んでるわけじゃないやい。手当たり次第に読んだら七割以上はゴミなんだよこんなもん」

「ふーん」

 

 ひょい、と霞がその本を覗き込む。丁度章の始めの部分で、そこには見出しが少し大きめに記されていた。

 意中の相手に新鮮な死体を送る方法、と。

 

「……成程。ゴミね」

「一応ここは貴重なこの本の原本沿いとは違う独自部分なんだけどねー」

「あっそ。で、ここは面白いの?」

「原本に沿ってる部分の方がまだ読める」

 

 ほぼ丸写しだし。そう言いながら数ページ捲ったフィリアは、パタンと本を閉じそれを持ったまま本棚に向かった。ゴミ棚、と呼ばれる本棚のスペースにそれを押し込むと、彼女は首をコキリと鳴らす。

 

「ねえ、カスミ」

「あによ」

「さっきまでの条件を満たしてるバカの場合、次に取る行動ってなんだと思う?」

「はぁ? 自意識過剰なバカが、思い通りに行かなかった場合? そりゃ、自分のミスは認めないでしょうから、相手が悪いってことにして」

 

 もう一度、同じことをしようとする。そこまでを口にした霞は、勢いよく立ち上がるとこうしてはいられないと踵を返した。どこに行くつもりだ、というフィリアの問い掛けに、決まってるだろうと首だけを動かし返事をした。

 

「『粗品』になった、あの娘のところよ!」

 

 

 

 

 

 

 酷いものであった。ついこの間葬儀を済まされ納骨されたであろう墓石はひっくり返され立っていた場所にはポッカリと穴が開いている。その光景にあからさまな嫌悪感を示した霞は、ガリガリと頭を掻くと背負っていた竹刀袋のズレを直した。

 

「やった後のこととか考えねーのかねこのバカは」

 

 うへぇ、と白い物が見えるその穴を覗き込んだフィリアは、とりあえず片付けようかと霞を見る。その言葉に少しだけ悩む素振りを見せた彼女は、調査のしようがないことを確認し首を縦に振った。

 

「でも、アンタが率先してそんな事言うなんて」

「お墓って、ある程度整頓されてるじゃん。そういうのグシャグシャにされるの嫌いなんだよね、あたし」

「……わたし達と違う感覚なのが分かってある意味ホッとしたわ」

 

 一言二言フィリアが何かを呟き、それによって荒れた墓石が元通りになるのを眺めていた霞は、そこに向かって手を合わせる。クラスメイトではあったが、仲良くはなかった。そこまで話した記憶もない。

 だからといって、悲しくないわけがない。ましてや、死んだ後も都合のいい道具として扱われているのならば、尚更。

 

「で、どうする?」

「どうするって、勿論犯人を」

「だから、どうする?」

 

 犯人をぶちのめす、あるいはぶち殺す。どちらにせよ、そうするためにはどうするのか。それをフィリアは問うているのだ。そのことを認識した霞は、先程フィリアの館で話していたことを反芻した。自意識過剰なこの犯人は、次に一体何をするのか。

 

「ま、とーぜんガレットに届けようとするわな」

「そうね。今度こそきちんと喜んでもらわなくちゃいけないものね」

 

 だから同じものを用意した。これが正しいと思っているから、違うものを用意することを拒否した。

 直接会って、『粗品』を手渡しし、彼女の喜ぶ顔が見たい。そんな意気込みで行動しているであろう犯人を思い浮かべ、霞はぶん殴りたい衝動を必死で抑え込んだ。

 

「どうどう。で、どうする?」

「マーガレットはどこ?」

「自分で聞け」

 

 しっし、と手で追い払われたので、霞は唇を尖らせながらポケットからスマホを取り出した。通話アプリを起動し、今どこにいるのかとメッセージを送る。

 程なくして、通知の音とともに返事が来た。

 

「……特異課!?」

「自分からシチュエーション整えに行ったなあんにゃろう」

 

 自身の邪魔をした連中に鉄槌を下すと同時に、憧れの相手に今度こそ贈り物が出来る。それは願ったり叶ったりの状況であろう。何故そんなことになっているのか、を考えなければ、あるいは自分が恵まれているからなるべくしてなったのだと思考を放棄していれば、の話あるが。

 こうしちゃいられない、と霞は足に力を込めた。ここから特異課までバスで十五分。徒歩ならば倍以上。それでもとにかく足を動かそう。そんなことを考え。

 

「少しは考えろ単細胞」

「あたっ!」

 

 べし、とフィリアのチョップが炸裂した。脳天に叩き込まれたそれにより地面にへたりこんだ霞は、何するんだと若干涙目で彼女を見る。

 そんな霞を見下ろしていたフィリアは、溜息を吐きながら一歩、彼女に近付いた。

 

「勢いで行動するのはいいけれど」

「けど、何よ」

「《急がなくとも、目的地はすぐそこでしょう?》」

 

 ぐにゃり、と視界が歪んだ。突如マーブル状になった風景に思わず顔を顰める。が、それも一瞬。気付いた時には、二人は警察署の門前に立っていた。

 ぱちくりと目を瞬かせた霞は、信じられないものを見る目でフィリアを見る。何か文句あるのか、という目で睨み返された彼女は、そうじゃないと手をブンブンと振った。

 

「何でこんな協力的なのか、って」

「その理由を知ってどうすんのさ。言っとくけど、お前が聞いたら絶対理解出来ないっつーぞ」

「……ふーん」

 

 そこで霞は言葉を止める。じゃあいいわ、とばかりに視線を警察署の入り口に向けると、そのまま真っすぐ駆け出した。一見した限りでは何も異常は見られない。が、相手が魔法使いならば建物の中に一歩でも入ったら大惨事が待っている可能性もある。もしそうであった場合、出来るだけ急いで対処しなければ被害が拡大しかねない。

 入り口の自動ドアは問題なく開いた。が、周囲に人の気配がない。今の時刻でそんなことはありえないし、何より物音一つしない時点で異常である。

 

「流石に皆殺し、みたいなことをするほどバカではないっぽいね」

「……じゃあ、これは?」

「切り取ったんじゃない? 目的の部分だけを、ばっさりと」

 

 細かい部分は端折ったおかげで、こんな何もない空間になっているのだろうが。そんなことを言いながら肩を竦めたフィリアは、所詮あんなゴミ書物書いてる程度ならこんなもんかと吐き捨てた。

 

「ちょ、ちょっと待った! え? ゴミ書物?」

「そ。さっきあたしが見てたやつの作者だよ、こいつ」

「さっきって……あの、死体をプレゼントとか何とか書いてた」

「そそ。ほんとクソみたいなもん書くだけあって、やることが一々クソだわ」

 

 手近なソファーを蹴り飛ばす。盛大に吹き飛んだそれは、壁にぶつかると粘土細工のようにベシャリと潰れ広がった。細かい造形を省いているおかげで、一見そのままのようで本物に近付ける努力すら怠っている。それを証明するかのように、フィリアが軽く殴っただけで置いてあったテレビに穴が開き、崩れた。

 

「力込めなくてもこれだ」

「……歩いて大丈夫なんでしょうね」

「二階は止めといた方がいいかもね」

 

 幸い特異課は一階の端の端だ。床に穴が開き落下する心配は、恐らく無い。よし、と一気に目的地まで駆ける霞を見ながら、フィリアはダラダラと歩みを進めた。

 途中、窓ガラスを何の気なしに眺めてみる。うっすらと自分の姿が映り込むことすら無いのを見て、ホント駄目だな、と彼女は呆れたように溜息を吐いた。




いけるとこまで

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