ビブロフィリアの駄作書庫   作:負け狐

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一区切り


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 ご苦労さま、と水無月は笑う。特製の手錠と鎖で拘束された男は、特異課の床で適当に転がされていた。水無月も他の連中も何も言わないのは、既にいつものことと化しているからである。

 

「んで? こいつどーすんの?」

「何時も通りさ」

「余罪がなきゃ適当な罰金で済む感じなわけね」

「殺人罪なんだ。どう見積もっても懲役だよ」

「……ねえ、ミナヅキ」

 

 やれやれ、と肩を竦めた水無月に向かい、フィリアはちょいちょいと手招きをする。怪訝な表情を浮かべた彼の耳元に口を寄せると、何やらボソボソと呟いた。それを聞いた水無月は目を見開き彼女を見る。本気か、と目だけで問うていた。

 が、それもすぐに表情を戻す。聞くまでもない、と自分自身で判断したのだ。

 

「マーガレットはどうなんだ?」

「ガレットは多分その辺見越してわざわざここに来たんじゃない?」

「……だろうね」

 

 ちらりと向こうを見る。特異課の面々と霞が、改修、というよりも全面新規造形された元『粗品』を眺めていた。相変わらずですねぇ、と呑気に笑っている特異課の同僚を視界に入れ、それでいいのかと水無月は溜息を吐く。

 

「ミナヅキもあれくらいテキトーに生きりゃいいのに」

「僕だって出来ればそうしたいさ。一人ならね」

 

 ちらりと一人の少女を見る。まるで眠っているように見える元『粗品』の少女を見詰めながら、何とも言えない複雑そうな表情を彼女はしていた。

 

「カスミなら大丈夫でしょ」

「そうは思っても、見栄を張るのさ。兄だからね」

「ふーん」

 

 まあそれならそれでいい、とフィリアはそれ以上何も言わない。そいつが好きでそうやっているなら、自分の不利益でない限り知ったことではないのだ。そんなことを考えつつ、話を戻すかと彼に向き直った。同じように水無月もフィリアに視線を戻し、頭を掻きながら苦笑すると机に向かう。

 書類の入っている棚から一枚の紙を取り出すと、そこにペンを走らせた。途中で暫し止まる場面を挟みつつ、そこまで時間を掛けることなく必要事項を記入した書類が一枚出来上がる。

 

「ほら」

「ん、さんきゅ。日本は面倒だよねー」

「細かい部分も許可が必要ということは、逆に言えば是が出れば胸を張って行動出来るということさ」

「文句を言われる筋合いはねーってやつね」

 

 それでも言う奴は出てくるけれど、と水無月はフィリアに返す。それを聞いて、やっぱりただ面倒なだけじゃないかと彼女はジト目で彼を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 翌日。教室のドアを開け中に入った霞は、そこで何か違和感を覚えた。昨日の雰囲気と何かが違う。そんなことを思ったのだ。そして同時に、その違いにも気が付いた。

 同じなのである。昨日までと違い、いつもと同じ。クラスメイトが殺された、という事実でざわめきや淀んでいた空気が綺麗さっぱりなくなっているのだ。これまでと同じ、何も起きていない日常の教室に戻っていたのだ。

 そんな簡単に皆切り替えられるのだろうか。そんなことを思いながら、霞は自身の席にカバンを引っ掛け、朝のホームルームが始まるまで時間でも潰すかとスマホを取り出した。

 

「おはよう、霧江さん」

 

 ログボでも貰っておくか。そんなことを思いながらゲームのアイコンをタッチしようと思ったそのタイミングで声が掛かる。あまり聞き慣れないその声に顔を上げると、昨日も見た少女の姿がそこにあった。

 

「あ、え? お、おはよう?」

 

 目を見開き、立ち上がってしまいそうになるのを必死で押さえ、霞はとりあえず挨拶を返す。何でここに。そう続けてしまいそうになるのを飲み込みながら、ゆっくりと、慎重に言葉を紡いだ。

 

「め、珍しいね」

「あはは。うん、そうかも」

 

 そう言って微笑むクラスメイトの少女の表情に含みは見られない。夢でも幻でもなく、確かにそこに立っていることを感じさせた。同様に、何かが操っている偽物というわけでもないのは霞自身の目で確認した。

 

「でも、今日は霧江さんに挨拶をしなきゃって思ったの。不思議だよね」

「そ、そうね。不思議ね」

 

 今の自分は冷静さを欠いていると間違いなく断言出来る。この状況に心当たりがあるかないかで言えば間違いなくあるのだが、あまりにも不意打ちだったので反応が遅れたのだ。そしてそれを立て直し切れていない。

 そんな状態のまま適当に世間話を少しだけし、それじゃあとクラスメイトの少女は去っていく。その拍子に肩まで伸ばしている黒髪がサラリと揺れ、彼女のうなじが少しだけ見えた。そしてそれを見て、霞は再度動きを止める。

 そういう趣味があるというわけではない。そこにドキリとしたというわけではない。見えたその部分が彼女の予想を確信に変えるものであったので、思考が一瞬止まったのだ。どちらに文句を言いに行けばいいのか、迷ったのだ。

 

「あ、そうだ霧江さん」

「ふぇ? 何?」

 

 少女が振り返る。考えていたことを読まれたのかと思わず姿勢を正した霞は、しかし彼女が変わらず微笑んでいるのを見て力を抜いた。息を吐き、もう一度どうしたのかと彼女に尋ねた。

 

「これも、何となく言っておかなきゃいけない気がしたんだけど」

「うん」

「ありがとう」

「…………どういたしまして」

 

 ひらひらと手を振る。そうして今度こそ自分の席に戻っていく少女の背中を眺めながら、別にお礼言われるほどのことは何もしていないんだけど、と彼女はぼやいた。

 霞は一日中そんな調子であった。授業は殆ど聞いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 ドタバタと誰かがこの館にやってきたのだと確信させる音がする。そしてそんな音を立てるような来客は彼女の知る限りほんの一握り。

 

「リタ! リタぁ! いるんでしょ!」

 

 加えて、自分を異名のビブロフィリアではなく本名を、リタ・クレーメルの名を呼ぶ人物はこの地で該当するのは一人だけだ。はぁ、と溜息を吐きながら、目の前の扉を勢いよく開けるであろう人物を待ち構えるために本に栞を挟んだ。

 

「うっさいカスミ。あたしは読書中だぞ」

「知ってる、それはごめんなさい。でもそれはそれとしてアンタに聞かなきゃいけないことがあるのよ」

「……大体言いたいことは分かるけど、言ってみ?」

 

 本を脇に置き、頬杖をつく。ほれほれ、と手で促すと、霞は一歩前に出てビシリと指を突き付けた。観念しろ、と言わんばかりに眉尻を上げた。

 

「リタ、アンタ『書き換えた』でしょ!?」

「それが?」

「何勝手にそんな」

「ミナヅキから許可は貰ったよ。おめーに文句言われる筋合いはないさ」

「へ?」

 

 ほれ、と引き出しから書類を取り出し掲げる。周囲に影響のある特定の魔法を使う際に必要な手続きを済ませた証明書をひらひらとさせ、フィリアはニヤリと口角を上げた。手続き面倒だよね、と同意を求めるように眼の前の霞に述べながら、ついでにそれを彼女の顔に押し付けた。

 

「うっとうしい! っていうか面倒も何もアンタ達のそれは特異課の誰かが書いて渡すだけじゃないの!」

「一々何かすんのにそうしなきゃいけないのは超めんどい」

「しなきゃいいでしょ」

「やなこった」

 

 そもそも他のイカれた連中と違って許可を取る分自分は良心的だ。そんなことを続けながらフィリアは書類を再度引き出しに戻した。そうしながら、聞きたいことは終わったかと霞に会話の続きを促す。

 ぐぬぬ、と歯噛みしていた霞は、不満げに溜息を吐くと近くの椅子を持ってきてそこに座った。もう少し細かく聞くぞ、と宣言してフィリアの対面に腰を下ろした。

 

「あの娘、体は人形だったわよ。うなじのところうっすらと継ぎ目見えたもの」

「そら火葬されちゃってるし。そこまでまるっと『書き換えた』ら繋げるのが面倒じゃん」

「まあ、それはそうかもしれないけど……。中身はちゃんと本物なの?」

 

 不安そうな表情になった霞がそう問い掛ける。人形の体ということは、間違いなくマーガレットが昨日全面新規造形したあの姿を使っている。彼女が関わっている以上、霞としては安心出来る要素が無いのだ。

 そんな彼女の心中を察しているのか、まあそりゃそうだとフィリアは笑う。そうしながら、でも心配はいらないと人差し指をくるくると回した。

 

「中身はきちんと本物さ。あいつは人形のことで嘘は吐かない」

「他は嘘塗れなのに」

「しょうがねーさ。あいつは『人形好きの魔法狂(アガルマトフィリア)』だからねー」

 

 カカカ、とフィリアが笑い、霞は溜息を吐く。とりあえず信用してもいいのか、と胸を撫で下ろした霞は、ならば次の質問だと目の前の彼女に問い掛けた。面倒だから答えないは無し、と釘を差した。

 

「ま、今日は気が乗ってるから答えてやるよ。んで?」

「どこまで『書き換えた』の?」

「あの『粗品』になった娘が死んだって世間が認識してるって部分くらい。火葬して骨になった人間が生き返ったは日本じゃ通用しないじゃん?」

「他の国でも通用しないと思うけど」

「死体の処理とか管理が適当だと実は別人で押し通せたりする」

「どんだけよ……」

 

 ともあれ、人形の体で甦った元『粗品』の少女を復帰させるため、フィリアは彼女が何者かに殺され葬儀も済ませたという部分を魔法で『書き換えた』。だから今朝霞が教室に入った時は何時も通りであったし、その『書き換えた』部分に抵触していない少女の記憶はうっすらとであるが残り。

 

「あの娘に、今日挨拶されたのよ」

「そ」

「別に仲良くなかったし、そこまで話した記憶もないわ。でも、そうやって挨拶されて」

「ん」

「――ありがとうって、言われて」

 

 目を閉じる。別に感極まったわけでもなければ、この手の事件で感謝されるのが初めてというわけでもない。だが、それを当たり前だと流してしまえるほど、霞はまだ擦り切れてもいない。

 

「わたし、感謝されるようなこと、したかな……」

「少なくともおめーさんが動かなきゃ、あたしもガレットも出張ってねーからね」

「兄さんも頼んだでしょ?」

「あいつはお前ほどがっつりこねーのよ。最初にあたし一回拒否ってるから、余計に」

 

 そう言って笑ったフィリアは、だから胸張って自惚れてろと彼女の額を軽く小突く。痛い、と少し涙目になっている霞を見て大笑いしながら、先程脇に置いた本を手に取った。

 

「あ、ちょっとリタ! 話はまだ」

「終わり終わり。てかこれ以上何か聞きたいことあんの?」

「あるわよ。何で今回はそんなに協力的だったのかって」

「んあ?」

 

 本を開こうとしていた手が止まる。お前が動いたから自分達も動いた。そうフィリアが述べた部分に、霞はどうにも引っ掛かりを覚えたのだ。事件の最中にも同じことを聞いて、その時ははぐらかされたから、もう一度。そんなこともついでに考えたのかもしれない。真っ直ぐに彼女を見てそう問い掛けた霞は、フィリアの言葉をじっと待つ。

 

「お前には理解出来ないって」

「それでも」

 

 霞は揺るがない。はぁ、と溜息を吐いたフィリアは、とりあえず持っていた本で彼女の頭を叩いた。ぼす、と鈍い音がして、案外ダメージが大きかったのか霞は頭を押さえ悶えている。

 

「理由は、まあ、三つあるけど」

「いったぁ……え?」

「とりあえずこれがメインかな。あのクソ書物の作者の顔を見てみたかった」

「……成程、理解出来ないわ」

 

 言っている意味は分かる、理由としては納得出来なくもない。が、その心情はどうにも理解し難かった。百歩譲って事件性のない状況で普通の書物であったとしても、くだらないと一蹴した本の作者を見に行くことを霞はしないだろうと思うからだ。

 もういいか、と言葉を止めたフィリアを見ながら、彼女は続きを促すのを一瞬躊躇った。残り二つもこんな感じならば、聞くんじゃなかったと後悔しそうだったからだ。好奇心は猫を殺す、ここで終えるのが吉。

 それでも彼女は聞いてしまう。残りは何だと口にしてしまう。

 

「ん? 後は多分くだらねーよ?」

 

 が、フィリアの口から出たのはそんな言葉。言っても言わなくてもどうでもいいと言わんばかりの表情と口調。それがむしろ逆に聞きたいと思えてしまうほどのもので、先程の葛藤をどこかに追いやり霞は迷うことなく残り二つを聞いた。

 

「一つは、ま、あれだ。あたしをちゃんと名前で呼ぶやつの頼みを聞くのもたまにはいいかってね」

「うわ、気持ち悪っ!」

「はっはっは。次は見捨てるぞ」

 

 ついでに本の背表紙で二発目を放った。ごん、という小気味いい音が部屋に響き、痛みで思わず椅子から霞が転げ落ちる。フィリアはそれを見て楽しそうに笑っていた。

 

「……三つ目は?」

「その状況で聞ける根性はすげーな」

 

 涙目で椅子に座り直した霞は、微妙に身構えながら再度問い掛けた。吹っ切れたらしい。

 そのことをフィリアも理解したのか、持っていた本をまた机に置くと、ちらりと時計を見る。時刻はそろそろ夕方六時。頃合いだろうかと一人思考を巡らせた。

 それを見計らったようにフィリアのスマホがメッセージの通知音が鳴る。画面を覗き込み、望んだ通りの文章であったことを確認。適当にスタンプで返事をした。

 

「カスミ」

「ん?」

「飯食いに行くぞー」

「は?」

 

 立ち上がったフィリアは、そのまま部屋の扉まで歩みを進める。その行動についていけない霞は、しかし放置されるのも癪なので立ち上がりその背中を追いかけた。

 そのまま館から外に出る。夕焼けで赤く染まる空を見ながら、最後の一つはこれだとフィリアは笑った。何を言っているのか分からないと怪訝な表情を浮かべている霞に視線を動かし、満足そうにうんうんと頷いた。

 

「で、何よ」

「何が?」

「最後の理由!」

「だから、さっき言ったじゃん」

 

 館に一台の車が止まる。窓が開き、運転席から一人の男性が顔を出した。フィリアと、そして霞を見て、一人多いぞとその男性はフィリアを見やる。

 

「お、あたしは良くて自分の妹は駄目なん?」

「そんなわけないだろう……」

「え? 何? どういうこと? 何で兄さんが?」

 

 笑うフィリア、溜息を吐く水無月。そして状況についていけない霞。そんな三者三様の顔を見せている中、まあとりあえずとフィリアが霞を車に押し込めた。乗員が三人になった車は、じゃあ行くかと走り出す。どこに、という霞の質問に、夕飯だと残り二人が揃って答えた。

 

「何がどうなってるの?」

「だから、これなんだって」

「だから! 何がよ!」

「最後の理由」

「は?」

 

 車は走る。目的地がどこかはフィリアは知らないが、とりあえず不味いものを食わせる場所ではないだろうと楽観的に構えている。疑問符が頭に浮かんでいる霞を見ながら、楽しそうに笑っている。

 

「協力したら飯奢ってくれるって、ミナヅキが」

「……一番理解出来る理由なのが逆に悔しい……」

 

 一回断ったくせに、と水無月が苦笑しているが、がくりと項垂れる霞の耳には届いていなかった。




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