ビブロフィリアの駄作書庫   作:負け狐

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好き勝手書きます


ふしだらな男は魔女が管理する!(日本語訳版) 第三刷
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 聞いた? というクラスメイトの言葉に、霞は首を傾げた。一体何を聞いたのやら。そんなことを思いながら尋ねると、知らないのかと友人の少女は詰め寄る。

 

「通り魔よ、通り魔」

「はぁ?」

 

 現代日本に通り魔、そんな摩訶不思議な存在がいるものか。そう言えればよかったのだが、通り魔自体は日本にいても別段おかしい存在でもない。何より霞にとっては通り魔以上に摩訶不思議な連中と関わっているため恐怖もあまりない。

 友人はそんな彼女の反応がお気に召さなかったのだろう。分かっていないようだから、と持っていた箸を霞に突き付けた。行儀悪い、と霞はそれを手で弾く。

 

「いやそれもどうなの?」

 

 二人のやり取りを眺めていたもう一人がそうツッコミを入れるが、そんなことはどうでもいいと二人揃って返されたことでもういいやと彼女は溜息を吐いた。それで、通り魔の話がどうしたの、と諦めた顔で軌道修正にかかる。どうやらこの三人の苦労人は彼女のようだ。

 

「あ、そうそう。何でもここ最近、なんだかワケ分かんない奴に襲われる被害が急増してるんですって」

「……ワケ分かんないんだけど」

「そうなのよ。ワケ分かんないらしいの」

「話噛み合ってないし」

 

 霞のツッコミへの返しは絶対間違ってるな、と苦労人は呟くが、まあもういいやと聞き役に回る。とりあえず続きを話せ、という霞の言葉に、少女ははいはいと頷いていた。

 

「えっとね。被害者は全員男なんだって」

「切り裂きジャックの逆バージョンか何か?」

「ジャック・ザ・リッパーってそんなんだっけ?」

「娼婦を狙って襲ったって話だったよ」

 

 ふーん、と述べる少女を見ながら、こいつの情報網絶対信用出来ないなと霞は思う。勿論いつものことで既に知っているのだが、再確認だ。

 

「それで?」

「ん?」

「続き、あるんでしょ? 志帆」

 

 どこまで話したっけ、と首を傾げる志帆を一発引っ叩き、霞は大きく溜息を吐いた。あはは、と苦笑するもう一人に視線を向け、げんなりした表情を隠しもせずに項垂れる。よくこんなのと幼馴染やれてるな。そんなようなことを言いながら、彼女は弁当に残っていた卵焼きを口に入れた。

 

「まあ、志帆の性格は慣れれば平気だし」

「朱里朱里、それフォローになってない」

「フォローしてないもん」

「酷くね!?」

 

 がぁん、とリアクションを取った志帆を笑いながら眺めていた朱里は、被害者が全員男だったというところまで話したのだと彼女に述べた。一瞬呆気に取られた顔をしていた志帆は、少しだけ不満げな表情をしたもののまあいいやと次の瞬間には表情を戻した。

 

「そういや、ジャック・ザ・リッパーって何かバラバラにしたりとかしたんだよね?」

「いや話戻しなさいよ」

「戻したってば。実は通り魔の被害に遭ったとされる男には共通点があってね」

「共通点? え? バラバラになったの?」

「だったらもっと大騒ぎになってるっつの! 朱里はそういうとこ抜けてんだよなぁ」

「志帆に言われると何かムカつく」

 

 それで、と朱里は続きを促す。紙パックのジュースを飲み干した志帆は、その言葉にうむ、と頷いた。被害者の共通点により、この通り魔は同一犯だと判断されたのだ、と述べた。

 

「その共通点ってのは」

「うん」

「全員ちんちん潰されてたんだって」

「ちんっ……!?」

 

 思わず叫びかけた朱里が慌てて口を塞ぎ顔を真っ赤にして俯く。女子高生が男性器の名称を大声で叫びかけたのだ、そうもなろう。

 一方あっけらかんと言ってのけた志帆はどうしたと首を傾げていた。

 

「アンタ本当にそういうとこアレよね」

「どういうとこだよ」

「教室で堂々とそんな言葉を口にするとこよ」

「そんな言葉?」

「……わざと言ってない?」

 

 ジロリと霞は志帆を見る。が、何か変なこと言ったっけかと首を傾げている彼女を見てこいつ本気かと戦慄した。

 もう少し恥じらいとか覚えたほうが良い。そう言いながら霞は志帆の肩を叩いた。

 

「何で私憐れまれてんの?」

「気にしないで」

「気にするわ! 理由を言え理由を」

「だから、こんな場所であんな言葉を」

「あんな言葉ってどんな言葉なんだって聞いてんの!」

「いや、だから」

「はっきり言わないでそんな上から目線とか、霞ホントそういうとこあるよね」

「…………だから! 教室で! ちんちんとか叫ぶなって言ってんのよ!」

 

 教室から音が消えた。皆今聞こえた単語を理解するのに暫し時間が掛かったのだ。

 次いで、わざわざ机を叩きながら立ち上がり注目されるような動きをした霞に視線が集まった。立ち上がったまま固まっている彼女を見て、あれは聞き間違いじゃなかったのかと教室にいた者が認識する。

 

「いや、私叫んでないし……。叫んだの霞じゃん……」

「霞……凄いね」

 

 教室でちんちんと叫んだ美少女を眺める友人の視線とクラスメイトの色々入り混じった視線が合わさり、霞の中で何かが弾けた。

 

「……愛知では、凄く熱いことをちんちんって言うのよ……」

 

 絶対無理がある。クラスメイトも志帆も朱里もそう思った。

 

 

 

 

 

 

「ぶっほぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「どういう笑い方よ!」

 

 『本好きの魔法狂(ビブロフィリア)』ことリタ・クレーメルの書庫屋敷。そこの主である彼女は霞の話を聞いてまずしたことは大爆笑し椅子から転げ落ちるとそのままのたうち回ることであった。霞は霞で概要だけを述べればいいのにご丁寧に全てを語ってしまったことを今更ながらに後悔している。おそらく最初に気付くべきだったであろう。

 

「ふははは、んで、ふひひひひ、あたしに、ひゃはははは、何を求めて――」

「笑うか喋るかどっちかに、いや、笑うな! 喋れ!」

「ふひー、ふひー……あー、笑った笑った。まあこんだけ笑わせてくれたし、多少は話聞いてやるよ」

 

 立ち上がり埃をパンパンと払ったリタは、よっこらせと椅子に座り直すと霞を見ながらそう述べた。表情は笑みを浮かべたままであったが、とりあえず会話を続けてくれる気はあるらしい。霞は顔を真っ赤にさせたまま、ふてくされたような表情で口を開いた。

 

「その犯人、どうやったら捕まえられるかしら」

「んあ? そいつヤローばっか狙ってんでしょ? カスミ関係なくね?」

 

 少なくともその話を持ってきてくれた友人が被害者になることはない。少し前の事件のようにクラスメイトが死体となって送り届けられることもないだろう。そう考え述べたリタの言葉に、霞はふるふると首を横に振る。

 

「今はそうかもしれないけど、これからは違うかもしれない。そもそもわたしのクラス普通に男子いるし、男の友達もいるし」

「その男の友達の前でちんちんって叫んだの?」

「やかましい!」

 

 口元を押さえるが隠しきれなかった笑いが漏れる中、霞はざっけんなと机を叩いた。頼んでいる身でこの態度は自分でも確かにどうかと思う。思うが、それはそれでこれはこれだ。こういう時は自分に正直に生きるというのが彼女のモットーである。ちなみに案外モットーはコロコロ変わる。

 

「……それに、兄さんも、危ないかもしれないし」

「ミナヅキがチンコ潰されるほどの相手ならおめーさんは絶対勝てねーよ」

 

 言外に彼女の兄、水無月は心配いらないという意味である。それが分かったので、霞も唇を尖らせつつじゃあそこはいいと返した。

 とはいえ、それ以外の理由は未だ残ったままである。結局その通り魔を追跡する意思は消えていない。

 

「ま、いいや。あたしは動かんが手伝いくらいならしてやるよ」

 

 クスクスと笑いながらリタは自身の長い髪を弄ぶ。先端をくりくりとさせながら、それで他に情報はないのかと問い掛けた。

 

「え?」

「いやおめー、流石にちんちんの会話だけでどうにかは無理でしょ」

「そこは関係ない! ……んー、やっぱりそうか」

 

 ポリポリと頭を掻くと、霞は顎に手を当て何かを考えるように視線を彷徨わせた。せめて犯行現場が分かっていればよかったのだが。そんなことを思ったが、昼の志帆の口ぶりからして今日の会話が何事もなく続いていてもそれは出てこなかったであろうと肩を落とした。

 

「そうなると、見回るしかないかなぁ……」

「あたしは絶対やらんぞ」

「それは知ってる。というか、今回は完全にわたしの私情だしリタにそこまでしてもらおうとも思ってないわ」

「さよか」

 

 ぎしり、と椅子の背もたれに体重を預けた。普段無理矢理にでも巻き込むこいつがそんな態度だとそれはそれで調子が狂う。そんなことを思ったが、普段通りだったとしても彼女は同じ答えを返したので結果としては何も変わらない。単に気分的な問題である。

 

「よし、じゃあちょっと行ってくる」

「へいへい」

 

 椅子から立ち上がった霞は、ありがと、と述べると踵を返し扉まで駆けていった。パタン、とそれが閉まり足音が遠ざかっていくのを聞いていると、部屋が途端に静かになる。

 リタは小さく溜息を吐いた。読みかけの本をペラリペラリと捲り、やはりこの本も外れだなと結論付け。文字を目で追いながら別のこと考えた。

 

「通り魔っつっても、まずそれは本当に人かどうか」

 

 普通の人間の犯行ならば霞が負けることはないだろう。そうでなかった場合、相手が魔法使いないしはそういう怪異側の人間であった場合。

 

「……ま、あいつなら大丈夫か」

 

 そんなことを言いつつ、彼女は机の片隅に置いてあったスマホを手に取った。会話アプリを起動させ、目当ての相手にメッセージを送る。通り魔事件って知ってる? と。

 程なくして返事はきた。それを眺め、彼女はほんの少しだけ目を細める。

 

「ったく。しゃーねーな」

 

 パタンと本を閉じる。スマホを服に仕舞い、ハンガーに掛かっていた上着を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 とりあえず人気のない場所だろうか。そんなことを考えた霞は大通りから外れた道を散策していた。とはいえ、人が全くいないなどということは当然なく、別段歩いていて怪しい様子もない。

 

「んー」

 

 やっぱりもう少し情報を集めてからでなければダメかもしれない。そんなことを思い、今日のところは帰ろうと結論付けたその時である。

 こんな場所にどうしたの。そんな声を掛けられ、彼女は振り返った。

 年は二十前半くらいであろうか。大学生らしきその男は、笑みを浮かべながらこの辺は危ないよ、と霞に近付く。

 

「制服の女子高生とか、何? そういう目的?」

「そういう目的って……わたしはちょっと通り魔探してるだけなんで」

「は? 通り魔?」

 

 何言ってんだこいつ、という目を男はする。が、それも一瞬。このくらいの年齢はそういう事件に好奇心で首を突っ込むものだろうと判断したのだ。ふむふむ、と頷き、そして口角を上げた。そういうことなら、手伝おう。そう言って彼女の隣に並んだ。

 

「気持ちはありがたいですけど。男を狙うって話なんで危ないんじゃ」

「心配してくれるの? 優しいじゃん」

 

 そう言いながら霞の肩に手を置く。おっと、とその手をすぐに離すと、痴漢扱いは勘弁してくれよと笑った。

 

「……最初の声掛けの時点で割とそんな感じでしたけど」

「あ、バレた?」

 

 ジト目で男を見やる。が、男は別段気にした風もなく、それならそれでと霞との距離を更に縮める。

 

「いいじゃんいいじゃん。ね、俺と遊ぼうぜ」

「普通に遊ぶんなら考えますけど。絶対に違うでしょ?」

「お、そっちはオッケーなの? んじゃまあ今日のところは」

 

 顔を輝かせて霞の手を取った男は、だったら早速カラオケにでも行こうと足を踏み出した。連絡先も交換しようよ、と笑いながらそう述べた。

 霞は思い切り男を突き飛ばす。うわ、と急に押された男はバランスを崩して尻餅をついた。

 

「いきなり何を」

「逃げて!」

「へ?」

 

 霞は男を見ていない。彼女と男の間に出来た空間を睨み付けている。

 一体何を言っている、と立ち上がった男は彼女へと足を動かした。そして、その地面がぐにゃりと変な感触をしているのに気付いた。

 泥のような何かがそこにあった。間欠泉のように突如吹き上がった黒い何かは、そのままどこか見覚えのあるシルエットに変わる。

 

「へ、蛇の化け物……!?」

「どっちかというとミミズかしらね」

「冷静だね君!?」

 

 細長いそれの先端がギロリと光った。目があるということはやっぱり蛇か、そんなことを考えた霞は、足に力を込めると男の手を掴んで素早くその場から離脱する。数瞬遅れで、先程まで男の立っていた場所にそれがかぶりついていた。

 

「逃げてください」

「え? そっちは!?」

「多分狙いは男だけでしょうから、わたしはよっぽど大丈夫」

 

 そう言いながら視線を動かす。突如出現したこれのおかげで、カバンを置いてきてしまった。縫い直した竹刀袋に入ったものも、そこにある。取りに行くには目の前のこいつを通り過ぎる必要があり、その場合おそらく。

 

「いいから逃げてください! このままだと貴方のちんちん潰されますよ!」

「……分かった。あとごちそうさま」

 

 妙にいい笑顔でサムズアップした男は、全力で走る。黒い塊がそれを追わないように壁になっていた霞は、男の姿が見えなくなると小さく溜息を吐いた。

 

「さて、と」

 

 人ではないような気はしていたが、まさかこんな得体の知れない化け物だったとは。そんなことを思いつつ、霞は姿勢を低くし駆け抜ける。

 ぐるん、と黒い塊が霞を追いかける頃には、既に彼女はカバンに辿り着いていた。今度は破られないように、と素早く竹刀袋を取り払うと、鞘に入っていたそれを抜き放つ。

 

「何はともあれ、覚悟しなさい化け物。新進気鋭の『解決人』霧江霞が、アンタを見事にぶっ倒してやるんだから!」

 

 刀を構えた霞は、そう言ってニヤリと口角を上げた。

 

 

 


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