ビブロフィリアの駄作書庫   作:負け狐

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「ちーっす」

 

 警察署の窓際も窓際。盲腸以下だの存在価値ゼロだの散々ボロクソに言われている特異課の部屋に来客である。何だ何だ、とドアの開いた方向に視線を向けた特異課の面々三名は、その来客がリタであることを確認するとなんだ貴女かと表情を緩めた。

 

「あたしが自分で言うのもなんだけどさ。おめーさん達相当図太いよね」

 

 リタ・クレーメルの異名は『本好きの魔法狂(ビブロフィリア)』。現代に生きる魔法使いと呼ばれる者の中で頂点にして狂人、怪異そのものにすら数えられることもある存在『五大倒錯魔法狂(フィフス・フィリア)』の一人だ。その手の分野の人間であれば、積極的に関わろうとはせず、もし関わってしまったのならば出来る限り刺激しない、が暗黙の了解になるほどで。

 

「ま、いいや。実際地雷さえ踏まなきゃあたしともう一人くらいは平気だろうし」

 

 ちなみにそのもう一人とはマーガレットのことではない。勿論特異課は承知の上である。

 ともあれ、そんなことを言いつつリタは入り口から移動し空いている椅子に腰を下ろすと、特異課の部屋をぐるりと見渡した。現在いるのは三名、ここの総員は四人である。そしてこの場にいない一人が彼女のお目当ての人物なわけで。

 

「ちょい、おっちゃん、ミナヅキどこ行った?」

 

 自称特異課の華から差し出されたお茶を飲みながら、課長と書かれた手書きの札が置いてあるデスクに座っていた初老の男性に問い掛けた。男性はそんなぞんざいな物言いに別段気分を害する事なく、今丁度見回りに行っていると笑いながら返す。ふーん、とだけ述べたリタは、そこで会話を打ち切りお茶に口をつけた。

 

「……ん? 見回り? この時間で?」

 

 時刻はそろそろ午後七時。夜の見回りをするような部署ではないここで、そんな行動をする理由が見当たらない。そもそも普通ならばこの面子は帰り支度をする頃だ。

 ちらりと他の顔を見た。まあそういうことですよ、と肩を竦めているのが見え、少し目を細めた彼女は残っていたお茶を飲み干す。

 

「通り魔、意外と厄介なん?」

「あ、知ってるんですか」

 

 課長はそう言って笑う。用事それだし、とリタが返すのを聞き、それは申し訳なかったと頭を下げた。ならば水無月が来る前に少し資料でも見せようか。そんなことを言いながら、封筒を彼女の前に差し出す。

 

「ミナヅキはその辺口煩いかんなぁ。おっちゃんみたいに緩い方があたしはいい」

 

 笑いながらリタはその封筒を開ける。出てきた資料を眺めながら、ふむふむと小さく頷いた。

 出した結論は、なんだこれ、である。

 

「いやとっとと片付けろよ」

「それが出来ないのがお役所仕事の辛いところですねぇ」

 

 ははは、と課長は笑う。どういうことだと顔を顰めたリタは、しかし何となく事情を察し溜息を吐いた。本当に面倒な場所だ、とぼやいた。

 通り魔という名目である以上、それが超常的な存在であるという判定を下すのは最後の最後である。特異課はその最後の最後にようやく権限が手に入るため、今のところはただの警察官その一の役割しか貰えない。水無月の見回りも、交番の夜回りに間借りしただけなのだ。

 

「てか、あたしアイツに連絡したんだけど」

「おや、それは頂けないですね」

 

 ぶうぶう、と文句を述べるリタを見て課長は苦笑した。事件のことについて聞くためとりあえず押しかけてきたのだと思っていた彼はそこで少し考えを変え、しかしならばわざわざ来客時に不在になる水無月の行動の意図を探る。

 まあいいや、とすぐに考えるのをやめた。

 

「とりあえず、夕飯の出前取りますが、何か注文します?」

「ん? 奢り?」

「もちろん、霧江の」

「んじゃピザー」

 

 分かりましたと課長は笑い、残り二人にも同様の質問をする。じゃあ自分達もピザで、という返答を聞き、適当に大きいサイズのピザを三枚頼んだ。

 十五分ほどで宅配されてきたピザを各々齧りながら、リタがやってきた理由、通り魔のことについて雑談を始める。資料を見せたことで共通の情報は持っている。加えてリタはその手のエキスパート、困ることなど何もない。

 

「で、ビブロフィリアさん。実際どうなんですか?」

 

 三人の内の最後の一人、年若い警官がそう尋ねたが、彼女はそう言われてもなと頬を掻いた。正直割とどうでもいい。それが彼女の偽りない答えである。

 が、その答えを棄却したのも自分。霞が突っ走っていったので、フォローするかと腰を上げた自分だ。

 

「ぶっちゃけチンコ潰されただけなら、治療すりゃどうにでもなるっしょ」

「そこなの!?」

 

 自称特異課の華である女性のツッコミ。命に別状はなく、男性器だけが潰されている。その状況ならば、それを回復させれば被害者の問題はある程度解決なのは間違いない。

 

「いや治っても色々無理がありますって」

「そもそも簡単に治療出来るようならば苦労してませんしねぇ」

 

 課長が溜息混じりにそう述べる。手に持っていたピザの残りを口に放り込むと、コーラで流し込み大きく息を吐いた。そろそろこの歳でこれは重いな。ついでにそんなことをぼやいた。

 

「ってことは、やっぱ普通に潰されてるわけじゃないんだ」

 

 コクリと頷く。さっき渡した資料には載っていなかったかもしれないと机に戻った課長は、積んでいる書類からクリップでとめた紙束を引っ張り出し持ってきた。

 

「どれどれ、っておっちゃん、これさっきのとほとんど一緒じゃねーか」

「あれ? 私もボケてきたかなぁ……」

 

 まあいいやとペラペラ捲ると、二枚ほど違う書類が出てきた。一つは先程言っていた怪我の状態。調べた限り、本当にそこだけが潰れ、他の部分には怪我らしい怪我がなかった。そして、まるで何かに食い千切られたようにズタズタになっている。

 

「うげ。文字だけ見ててもひっでぇな」

「あれ意外。ビブロフィリアさんならダメ出しするとか鼻で笑うとかすると思ったのに」

「うんうん」

「おめー等あたしをなんだと思ってんだよ。見ての通り乙女だぞ」

 

 ふん、と胸を反らす。成程確かに腰まで伸びている髪はさらりと長く、手入れをしているのか自然にそうなったのか絹のように輝いている。横に流している左右の髪は頬の辺りでリボンを使い纏めて、左側のヘアピンと合わせともすればボサボサになりかねない長い髪を動きやすいよう留めていた。身長は少し低めだが体付きは女性らしく、足は長め、胸はそこそこ大きく形もいい。目付きは少々ジト目気味であるが、それが整った顔のアクセントになりミステリアスさを醸し出していた。

 成程見る限り確かに見た目は乙女であろう。

 

「そりゃ、あたしは見も知らん連中がどうなろうがどっかその辺で死んでようがどうでもいいさ。けど、悲惨な状態だって説明とか聞かされりゃそういうの抜きに酷いって感想くらいは持つっての」

「そこら辺は普通なんですね」

「あたりめーだろ。ガレットみたいな頭おかしいやつと一緒にすんじゃねーよ」

 

 同じ分類をされている以上そう考えてしまうのは極々普通なのだが、リタは気に入らないらしい。ふざけやがって、と唇を尖らせベシベシと資料を叩きながら、話を戻すぞと三人を睨んだ。ごめんなさい、と特異課の面々は素直に謝った。

 

「んで、この被害者なんだけど」

 

 本気で機嫌を損ねていたわけではなかったようで、表情を戻すとリタは再度資料を眺める。共通点は男であること以外にも、どうやら特異課独自の観点から見たものがあるらしい。

 それが。

 

「……一応聞くけど、ふざけてるわけじゃないんだよね、これ」

「まあ、一応は。霧江もそこは同意しましたよ」

 

 課長の言葉にマジかよと彼女は眉を顰める。まあいいやと呟きながら、とりあえずそこに記されている項目を口に出した。

 被害者は成人向け漫画、DVD、あるいはゲーム。その系統の物品を持っていた、あるいは購入していた男性である。

 

「つまりエロ漫画とかエロゲー持ってたからチンコ潰されたってこと?」

「改めて口にすると相当酷いですね」

 

 うんうんと若い警官は眉尻を下げながら頷く。別に悪いことをしているわけでもないのに。そう続けながら、同情するように天を仰いだ。

 

「シンジ、買ってんだこういうの」

「男だったらある程度買いますよ。後俺真司ですからまさし!」

 

 はいはい、とリタは流しながら視線を動かす。課長はその辺りを否定することはないらしい。年齢制限を守っているのならば問題はない。至極当たり前のことを口にしつつ、まあしかし、と視線をもう一人、自称特異課の華に向けた。

 

「いや別に不潔、とかキモい、とかそういうリアクションしませんから。期待されても無駄ですから」

「コトネってそういうの平気なんだ」

「私が、というか普通の成人女性は気にしませんよ」

 

 そう言って彼女は苦笑する。大体その資料作ったのは自分だ、そう続けながらピザを一枚手に取った。はむ、とそれに齧り付き、視線だけでリタに話の続きを促す。

 わざわざそれを聞いたということは、答えがあるのだろう。課長も真司も同様の思考らしいそんな意味も込めて。

 

「正直、これそっちも考えてるとは思うんだけど。そういうの嫌いな奴が犯人だろ」

「直接的に女性に何かをしている、しようとしている男性は襲われていないのがその証拠、といったところですか」

 

 課長の言葉にそうそうと彼女は頷く。つまり四人の意見は大体一致、その方向で操作をするべきである、というわけだ。

 とりあえずその辺を霞に教えておくか。そんなことを思いながらスマホを取り出したそのタイミングで、特異課の部屋の扉が開いた。ガチャリという音に反応し四人が視線を向けると、ここにいなかったある意味話題の人物でかつピザの代金を払ってくれる財布である水無月の姿が。

 

「見回りついでに、不審な女子高生を補導しました」

「不審じゃないもん!」

 

 そして隣には、捕まえられたらしい霞の姿もあった。

 

 

 

 

 

 

「違うの! あそこにいたのよ化け物が」

 

 特異課で本人の預かり知らぬところで水無月の奢りとなったピザを頬張りながら、霞は自身の兄と特異課の面々、ついでにリタへと弁明をしていた。水無月曰く、大通りから少し外れた路上で刀を振り回していたらしい。どう考えてもアウトである。

 

「で、その化け物はどんな形だったんだ?」

「黒い、影で出来た蛇みたいなミミズみたいな細長いでかいやつ。男の人にかぶりつこうとしていたから、間違いないと思う」

 

 ふむ、と水無月は頷きながらリタを見る。とりあえず事情を聞く前にここへと連れてきたが、その間に考えた言い訳という可能性もなきにしもあらず。そのため他の面々の意見を聞こうと思ったのだ。特異課の連中は霞に関するこの手の意見を募る場合は信用していない。九割方霞の味方をするからだ。

 

「黒いでけー蛇ねぇ」

「心当たりあるの?」

「あることはあるけど、カスミがデタラメ言ってる可能性もあるし」

「何で嘘吐かなきゃいけないのよ!」

 

 兄に捕まり警察署に連れてこられている状況の時点で大抵の人間はその場合の理由が思い浮かぶ。リタの視線でそのことを霞も気付いたのか、ぐぬぬと歯噛みしながら口を噤んだ。

 

「霞、それでその化け物はどうした?」

「……やっぱり狙いは男だけだったのか、わたしが一撃当てたらすぐに影に潜っちゃったわ」

「その後すぐに僕が来た、と」

 

 霞は視線を逸らす。あ、これ絶対違うな。部屋にいる皆がそう思ったが、そこに口を出すのは自分の役目じゃないと水無月を除いて言葉を飲み込んだ。

 

「霞……」

「違うの! だって影に潜って別の場所から襲ってくる可能性があったもん! まだ武器仕舞えないって思って、そのまま周囲を探索したから」

 

 どうやら抜き身の刀を持った制服姿の女子高生が路地を徘徊していたらしい。水無月の最初の説明に違わぬそれに、間違いなくアウトだと特異課の三人も口を閉ざした。

 はぁ、と溜息を吐いた水無月は、霞の頭を軽く小突く。もう少し考えて行動しろ、そう言って彼女の頭をわしわしと乱暴に撫でると、彼は視線をリタへと向けた。

 

「ビブロフィリア」

「なんじゃい」

「さっきの霞の言っていた化け物の心当たりは?」

「ミナヅキも分かってんじゃねーの?」

 

 こちら側の仕事長いだろうに。そう言って肩を竦めたが、分かった分かったと頭を掻きながらぐるりと周囲を見た。皆が説明を聞く体勢に入っていたので、面倒くさいと非常に嫌そうに溜息を吐いた。

 

「多分『影の使い魔(シャドウ・サーヴァント)』だ」

「それは呪文なんですか?」

 

 真司の言葉に、まあそんなとこだとリタは返す。影を媒体にして怪異を縛り自分の好きなように操る。そういう系統の呪文で、ただ使うだけならば文章に工夫もいらない。

 

「んでも、今回みたいにエロゲーやエロ漫画買ってる奴のチンコをピンポイントに狙うにはある程度独自の文が必要だとは思う」

「手練か」

 

 難しい顔で水無月がそう呟いた。特異課の面々はそれに反論することもなく、大変だと思い思いの溜息を吐いている。

 その一方で、霞はそれを聞いて上等だと拳を握った。丁度いい、と笑みを浮かべた。

 

「さっきは逃げられたけど、次はきちんとわたしがぶっ倒すわ」

「カスミ。おめーは術者も見付けてないのに何言ってんだよ」

「うぐ……」

 

 呆れたようなリタの言葉に霞は口籠る。そんな彼女を見て、リタはリタでニヤリと笑みを浮かべた。別にお前がぶっ倒すこと自体は否定してない。そう言葉を続けた。

 

「とりあえずやることは犯人探し。まあこれはミナヅキ達に任せりゃいいや。んで、その後ぶっ倒すのはカスミの役目」

「成程」

「成程じゃない」

 

 水無月が呆れたように会話に割り込んだ。が、リタのそれが仕事だろうという言葉には反論出来ず苦い顔を浮かべた。そうしながら、ならばそっちは見ているだけかと彼女を見る。

 

「あ? そのつもりならこんなとこ来てねーっつの」

「霧江。お前は頼りになる協力者になんという態度だ」

「課長。急に上司ぶるのやめてください」

 

 いきなり人を悪者にするなと言わんばかりに課長を睨み、ついでに真司と言音も睨んだ。

 今日この場で、霞を捕まえてここに連れてきてからまだそれほど時間は経っていない。だが、その短い時間の中で彼はもう何度目か分からない溜息を吐く。リタが協力してくれるのは非常に喜ばしいことではあるが、この状況はいただけない。が、これが対価だと言われてしまえば、水無月としても渋々であるが諦めるしかないわけで。

 

「まあピザも奢ってもらったし。ちったぁミナヅキの役に立ってやるよ」

「自分の意志ではないけれどね」

 

 キシシ、と笑ったリタは、じゃあ少し索敵でもしますかと指を回した。霞が交戦した相手の残滓を探るため、立ち上がると彼女の前に立ちその目をじっと見る。

 

「な、何よリタ」

「いいからいいから。《貴女の瞳に映る姿を眺めていましたの》」

 

 霞の目が光る。ぎゃぁ、と叫ぶ本人を気にすることなく、リタは彼女の目に映る映像を眺めた。成程こいつか、と黒い蛇のようなそれを見、そして霞が助けた男性を。

 

「お? こいつエロゲーとかエロ漫画とか持ってたん?」

「わたしが知るわけないでしょ! いいから目を戻してよ!」

「……カスミ、『影の使い魔』に攻撃当てたっつったよね?」

「そうよ! だから目を――」

「どんな感じだった」

 

 は、と霞の動きが止まる。どんな感じと言われても、と目が光った状態のままううむと腕組みし考え込んだ。しいていうなら、羊羹みたいな感じだったかも。そう述べたのを聞き、ふむふむとリタは頷く。

 

「何? 今ので何か分かったの?」

「全然関係ないことは」

「リィィィタァァァ!」

「冗談に決まってんじゃん」

 

 パチン、と指を鳴らし霞の目の光を止める。ペタペタと自分の顔を触る彼女を横目に、リタは水無月へと向き直った。彼に近付くと、今の自分の考察をそのまま述べる。一瞬怪訝な表情をした水無月は、しかし分かったと頷いた。

 

「んじゃよろしく。あたしは帰る」

「……ああ、また連絡するよ」

「あいよ」

 

 ひらひらと手を振りながら特異課を去っていくリタの背中を、ようやく落ち着いた霞はぼんやりと眺めていた。一体何が分かったのだろう、と首を傾げながら。

 

 

 


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