ビブロフィリアの駄作書庫   作:負け狐

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 数日経った。霞はその間も見回りをしていたが、結局芳しい成果は得られずじまいである。最初がたまたまで、その時に決着をつけていればと彼女は嘆くが、その辺りはどうしようもないことだ。なお愚痴られた人物、リタは知るかと一蹴した。

 

「でも、兄さん達も何かやってるみたいだし、進展はしてる、のよね?」

「さーてね」

 

 霞の言葉にリタは惚けたようにそう返す。その顔と言葉だけで既に丸わかり、勿論本人も分かっていやっているので別段気にしない。霞はそれを聞いてならいいやと椅子に体重を預けた。

 

「何だよ。自分から動いたくせに丸投げか?」

「そうじゃないわよ。リタが言ったじゃない。探すのは向こうの仕事、倒すのがわたしの仕事」

「だったら見回りしてんじゃねーよ。ミナヅキがこっちに愚痴ってくるからうぜーんだよ」

 

 兄妹揃って自分を何だと思ってるんだ。ぶつぶつと文句を言いながら、リタは持っていた本をペラペラと捲る。今日も今日とてつまらない本でも読んでいるのだろうか。そんなことを思いながら覗き込んだ霞は、そこに書いてあった文章を読んで顔を顰めた。

 近い、とそんな彼女の顔を押し戻しながら、リタはちらりとその表情を見る。案の定と言うべきか、それ面白いのと物凄く苦い表情を浮かべている霞が見えた。

 

「決まってんじゃん」

 

 パタンと閉じる。ひらひらとその本を掲げながら、彼女は立ち上がると部屋の書庫の一角を指差した。この書庫屋敷で明確に名前の付けられている本棚は一種類のみ。そしてその棚が今彼女の向かっている場所だ。

 

「ゴミ」

 

 てい、とそれをゴミ棚に押し込むと、リタは振り返りキシシと笑った。普段は全く面白くない、だが、これが今回に限っては楽しくなるのだ。そんなことを言いながら、自身の席に戻ると真っ直ぐに霞を見やる。

 

「意味分かんないんだけど……」

「そりゃそうだ」

 

 リタは笑みを消さず、彼女をからかうようにそう述べる。霞はそれが気に入らず、唇を尖らせると眼の前の少女を睨み付ける。勿論そんなことで動じる彼女ではない。はいはいと軽く流しながら、本の代わりにスマホを取り出した。

 

「電子書籍でも見るの?」

「本を読むなら現物。てか魔導書が電子書籍になってたらそれはそれでびっくりだよ」

 

 そう言いながらそれはそれでありだなとリタは呟く。何か余計な事を言ってしまったかもしれないと顔を引き攣らせた霞は、話題を変えるようにだったら何をしているのだと少々強引に彼女に問い掛けた。

 別にやらないよ、と肩を竦めたリタは、視線を霞に向けることなく会話アプリを起動しスクロールさせる。相手は水無月のようで、ポンポンと出てくる文章を目で追いながら口角を上げた。机の上に置いてあったそれを掴み、霞に見えないよう向きを変える。ふむふむと頷き、返事の代わりにスタンプを押すとやはり見えないようアプリを終了させた。

 

「何見てたのよ」

「さてね」

 

 む、と眉を顰める霞を見て、リタはその笑みを強くさせる。スマホを仕舞い込むと、立ち上がりハンガーの上着を手に取る。

 

「どこ行くのよ?」

「さーてね」

 

 スタスタと扉まで歩いていく屋敷の主。それを目で追っていた霞は、慌てて立ち上がると待ちなさいと彼女を追い掛けた。

 

 

 

 

 

 

 頭にハテナマークが浮いているような状態の男を見ながら、霞も同じく頭にハテナマークを浮かべていた。一体全体これはどういう状況だ。そんなことを思い、そして向こうもそれを口にしたことで何故か謎の一体感が彼女の中に生まれる。

 

「いえ、実は少しお聞きしたいことがありまして」

 

 そう言って頭を下げるのは水無月。きちんと警察手帳を見せたことから、職務の範囲内ということなのだろう。警察に事情聴取をされているという状況に近いこれを、男はどうにも受け入れられていない。まあそうだろうと水無月本人も思っているので、彼としては出来るだけ丁寧に対応したいと思っていた。

 

「最近の通り魔事件はご存知ですか?」

「え? ああ、はい。……知ってます」

 

 この間のあれを思い出したのだろう。顔を顰めながら、何と言っていいのか分からず微妙な返事になってしまっている。

 そんなことは先刻承知である水無月は、改め自身の所属を述べた。特異課である、と彼に告げた。

 

「特異課?」

「はい。妖怪や化け物など、所謂『そういうもの』の事件を取り扱う部署です」

「は、はぁ……」

 

 何いってんだこいつ、という顔になる。が、先程の質問を思い出し、彼はそういうことなのかと頷いた。この間見たあの光景を、夢や妄想、精神に異常をきたしたから見た幻覚などではないという話をするのだと結論付けた。

 だが、彼は普通の一般人である。そういう設定で近付いて精神異常者の治療に持ち込むという可能性も頭の片隅に入れていく。

 

「貴方は先日、通り魔を目撃したとこちらの彼女から報告されまして」

「え? あ」

 

 そこでようやく男は霞の顔を見たらしい。どうも、と頭を下げる彼女を見て、あの時のと目を見開く。そして、どうやらあの時見たあれは少なくともゼロから幻覚を見たわけではないようだと思い直した。

 同時に、彼女の口から出た『ちんちん』という叫びが男の中で木霊した。

 

「……この間はお世話になりました」

「は、はぁ……?」

 

 よく分からんと首を傾げる霞から、水無月へと視線を戻す。それで、一体何の話ですか。男がそう問い掛けると、彼は一枚の写真を取り出した。

 そこに写っていたのは黒く巨大な蛇のような謎の物体。間違いなく男がこの間見た化け物であった。

 

「これ……っ!?」

「『通り魔』の凶器を撮影したものです」

 

 ご存知ですか、と水無月は問う。それに頷いた男は、彼の質問に覚えている限り答えることにした。どうやら自分は正気であった。それが分かっただけでも価値があった。

 一通り聞いた水無月は手帳を閉じる。成程、と頷くと、スマホを取り出し机の上に置いた。画面が表示されているので思わずそれを覗いてしまった男は、思わず立ち上がりかけてしまう。が、トイレですかという水無月の声を聞いて我に返り、いえ大丈夫ですと座り直した。

 

「実は、貴方がよく通る道にこんな店があるのですが。ご存知でしたか?」

「……はい。まあ、自分も男ですから。多少はこういうのに興味もありましたし」

 

 本やグッズ、ゲームを取り扱うその店は、十八禁の品々も揃っている。が、それを踏まえても店自体は普通のグッズショップだ。にも拘わらず男の反応はこれ。まあつまりそういうことなのだろう。別に年齢制限に引っ掛かるわけでもなし、と水無月は思うが、ちらりと横を見ると女子高生が。

 仕方ないか、と彼は納得した。

 

「通り魔に襲われたのはここのお客だったそうです」

「はあ……。そう言われても、別に自分の知り合いでもないのでいまいち」

「でしょうね」

 

 そう言って水無月が苦笑する。スマホに手を伸ばすと、指で画面をスクロールさせた。表示画面が動き、そして男も思わずそれを目で追う。

 怪訝な表情を浮かべるのを見て、水無月は少しだけ目を細めた。

 

「ぶしつけな質問をさせてもらっても?」

「あ、はい」

「……恋人が、いたりは?」

「いえ。……彼女は、いませんよ」

 

 

 

 

 

 

 二人の間の机が噛み砕かれた。男の手を取ってその場から離脱した水無月は、白昼堂々とは中々エキセントリックだと苦い表情を浮かべる。机のあった場所には、黒く細長い巨大な物体が生えていた。

 

「霞」

「何よ兄さん」

「僕は彼の安全を優先する。あれの処理はまかせた」

「言われなくたって」

 

 口角を上げた霞は『影の使い魔(シャドウ・サーヴァント)』へと突っ込む。今日はちゃんと許可もある、と刀を鞘から抜き放った彼女は、そのまま真一文字に振り抜いた。サクリと上下に分断され、『影の使い魔』の上部分は地面に落ちる。

 影に戻ったそれは、地面から生えていた部分に重なるとウゾウゾと音を立てて再生した。

 

「な!?」

 

 ギロリと霞を睨んだそれは、しかし男に向きを変えるとそちらに伸びる。足に力を込め、一気に追い抜くと刀を進行方向へ構えた。ガバリと開かれた口のような穴と、彼女の刀がぶつかり合う。

 力を込めると、そのまま魚をおろすがごとく縦に裂けていった。左右半分になった『影の使い魔』は、べしゃりと地面に倒れると同時に影に戻る。そしてやはり最初の位置に影が移動していき再度蛇のような物を形作った。

 

「何よこいつ!?」

「そらそーよ。『影の使い魔』は呪文なんだから、術者が元気な限り何度も唱えられるっつの」

 

 いつの間にか水無月の隣に立っていたリタがそう言って笑っていた。そちらに振り向いて笑い事かと叫んだ霞は、体を伸ばしてくる『影の使い魔』を寸断し蹴り飛ばす。もはや当然のように影に戻ったそれは定位置に戻ると再生した。

 

「やってることはこないだのへったくそな人形を生み出してたクソ作者を一緒なんだけど。唱えている本人が眼の前にいないからほんのちょっとだけ面倒になってんだよなぁ」

「言ってる場合かぁ! ちょっとこれどうするのよ!?」

「別に今んとこ周りに被害もねーし、いいんじゃね?」

 

 ぐるりと辺りを見渡す。カフェテラスにいた人達はとっくに逃げ出し、特異課の誘導で周囲には人気がない。こういう気遣いしてやってるから偉いだろう、と口角を上げるリタを一瞥し、水無月はまあ今回は確かにその通りだと頷いた。

 

「わたしはどうすればいいの!?」

「倒せよ」

「分かってるわよ!」

「分かってんなら聞くなー」

 

 ちくしょう、と『影の使い魔』をぶった斬る。影に戻る前に更に細切れにし、欠片にまでしてしまった。が、それらが一箇所に集まり大きな影を作ると、そこから蛇が這い出てくる。このペースで延々と消滅させていればいつかは相手も音を上げるかもしれないが、しかしそれがいつかは定かではない。当然ながらそんな長い時間を掛ける余裕もない。

 

「どうすればいいってのよ……」

 

 前回のように相手が退却すれば戦闘は終わる。一瞬それを考えたが、術者が不明のまま二度目の逃走を選択された場合、犯人確保は非常に困難だ。出来ることならば、相手が戦闘を継続しているこのタイミングで決着をつけたい。

 だるま落としのようにぶつ切りにした『影の使い魔』を眺め、それが戻っていくのを確認しながら、霞は周囲を注意深く観察する。人払いをしているのだから、もしここに自分達以外の誰かがいればそれが犯人だ。自分、リタ、兄、そして目撃者の男。

 この状況で最も怪しいのはあの男。だが、そうであったのならばリタなり水無月なりが既に確保しているだろうと霞は頭を振った。そうしながら、その観点は間違っていないのではないかと思考する。

 

「影……影?」

 

 そういえば、と霞は視線を動かした。『影の使い魔』が再生する場所は決まってあの場所、水無月と男が座っていた席のあった位置だ。再生する相手を倒すのに集中していて気付かなかったが、冷静に考えれば明らかに何かがある。

 地面を蹴る。その勢いで影の中心点に肉薄した霞は、刀を振りかぶると一直線に振り下ろした。『影の使い魔』を真っ二つにし、そしてそこにある影も切り裂く。カフェテラスの床がザクリと裂けたが、まあそれは気にしないでおこうと彼女は頭から消し去った。

 

「やっと気付いたんか」

「分かってたんなら教えなさいよ!」

「いや、普通気付くじゃん」

「……」

 

 同じ場所で再生し続けているのだから、そこを怪しむのは至極当然。そう言われてしまえば霞としてもぐうの音も出ない。視線を逸らすと、それはともかくと影の位置を睨んだ。

 影が映る場所が歪んだことで、『影の使い魔』の再生が目に見えて遅くなった。よし、と口角を上げた霞は、出てきたそれを蹴り飛ばすと影の中心部を踏み砕く。床の破片が飛び散り、その一箇所に穴が空いた。真円を描いていた影がぐにゃぐにゃに歪み、地面にばら撒かれた影がそこに辿り着くことなくゆっくりと消えていく。

 残っていた部分で生み出された『影の使い魔』は、霞の斬撃であっさりと消滅した。

 

「よし」

「ほいお疲れー」

 

 ひゅん、と刀を振り鞘に収めた霞は、どんなもんだとリタを見る。はいはいと軽く流した彼女は、視線を霞から水無月に向けた。

 こくりと彼は頷く。男に視線を向けると、緊張した面持ちで姿勢を正した。

 

「大丈夫です、心配しないでください。――ビブロフィリア」

「あいよ」

 

 男を見る。上から下まで視線を移動させた彼女は、面倒そうに溜息を吐いた。まあ所詮こんなものだよな、と呟いた。

 ガリガリと頭を掻くと、こちらにやってきた霞を手で押し止める。ちょっと距離取っておくように指示しながら、視線だけで地面を見た。

 

「ったく。《貴女もご遠慮なさらずに、こちらでお茶でもいたしましょう?》」

 

 ギチ、と男の影が鳴った。人の形をしていた影がグニョグニョとひとりでに動き出すと、クッキーの生地を切り離すようにぶつりと離れていく。

 その影はゆっくりと盛り上がり、一人の人間の姿を作り出した。

 

「え? え?」

 

 霞はそれを見て目をパチクリさせる。何が一体どうなってこいつは誰だ。そんなことを思ったが、まあとりえずこれが犯人なのだということだけは理解したのでまあいいやと考えるのをやめた。

 

「ミナヅキ、後はよろしく」

「ああ。……通り魔事件と、この男性へのストーカー行為について。話を聞かせてもらいましょうか」

 

 そう言って彼は相手を見た。男の影に潜んでいたらしい、同じくらいの年齢の女性を、今回の騒動の犯人を、見た。

 

 

 


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