ビブロフィリアの駄作書庫   作:負け狐

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 何のことなのか。そんな風にとぼけることは不可能であろう。何せ彼女は男の影から出てきたのだから。全く無関係の人物ではないのは間違いない。

 水無月は男に尋ねる。彼女は貴方の知り合いですか、と。男は彼女をじっと見詰め、いいえと首を横に振った。

 

「……改めて、話を聞かせて――」

「何を言ってるの!? 私と貴方は、恋人、恋人でしょう!?」

 

 顔を俯かせたかと思ったら、すぐさま上げそう叫ぶ。その瞳は嘘を吐いているようには見えず、本気の発言であることが伺えた。が、男はそれを聞いても訳が分からないと首を傾げるのみである。

 

「そうね。二人の関係は秘密だったけれど、もう仕方ないでしょう? ここは素直に打ち明けるべきよ」

 

 そう言って彼女は微笑む。ゆっくりと足を踏み出し、男の手を取ろうとした。

 させるわけがない。水無月が男を下がらせ、霞はその間に割り込む。リタは二人を見て真面目だねぇと笑っていた。

 

「何? 邪魔をするの? 恋人同士が近付くことを邪魔するの? たかが警察と女子高生が?」

「邪魔するわよ。だって恋人じゃないでしょう? ただのストーカーじゃない」

「あたしが言うのも何だけど、カスミもう少し言葉選べよ」

 

 ぴきり、と女性の表情が変わるのを見て、リタはやれやれと肩を竦める。こういう場で犯人を刺激させないようにするのがちゃんとした警察で『解決人』ではなかったのか。そんなこともついでに思った。

 勿論リタはその両方に該当しないので、その辺りの配慮は無縁である。

 

「そう、そうなの。……お前も、私の邪魔をするのね。あいつらと同じように、彼にいかがわしい書物やゲームを見せ付けたアイツラのように……!」

 

 どこからか本を取り出した。それがパラパラと捲られると、彼女は開かれたページを指でなぞる。書かれている部分を反芻するように呟き、射殺さんばかりに霞を睨んだ。

 

「許さない。許さない、許さない……! 私のジャマをする奴は《みんなみんな、食われてしまえばいい!》」

 

 彼女の足元、そこにあった影が急速に広がり霞の立っている場所をも飲み込もうとする。慌ててそこから離脱すると、広がった影から先程と同じような『影の使い魔(シャドウ・サーヴァント)』が数体這い出てきた。

 それらは一斉に霞を睨む。ガバリと大口を開けて、彼女を飲み込まんと襲い掛かった。

 

「霞!」

「わたしはいいから兄さんはその人を!」

 

 一体だけならば受けきれる。が、それが二体三体と増えれば押さえきれなくなっていく。徐々に押され始め、ついに一体が彼女の腹へとかぶりついた。その拍子に霞は吹き飛び、それを追撃するように残りが空中の彼女へ群がっていく。

 

「おお、空中コンボ」

「……飛ぶなぁ」

「何でそんな反応なんですか!?」

 

 ガブガブと『影の使い魔』に食われていく霞を眺めながら、リタは呑気に、水無月は溜息混じりにそう呟いた。一般人である男の反応がある意味妥当で、そして彼はわざわざツッコミを入れられるほどには度胸があるのだろう。いい加減慣れてきたのかもしれない。

 どしゃりと地面に落ちた。あれだけ食い散らかされれば見るも無残な姿になっているのは想像に難くないが、しかし。一見すると驚くほどに彼女の体は綺麗であった。

 

「ったぁ……」

「かっこわりー」

 

 ゆっくりと立ち上がる。そんな霞をリタがケラケラと笑いながらからかい、やかましいと彼女は言い返す。そうしながら、コキリと首を回し再度女性を睨み付けた。

 

「霞。わたしはいいから何だって?」

「実際大丈夫だったでしょ!? ほらまだピンピンして――」

 

 水無月の言葉に思わず振り向いた霞は、再度『影の使い魔』の攻撃を受け吹き飛んだ。ゴロゴロと地面を転がり、追撃に数体が彼女の四肢にかぶりつく。さながら猛獣が仕留めた獲物を食べる光景であろうか。

 女性はそれを見て鼻で笑う。口だけの女が、自分と恋人の邪魔をするなどおこがましい。そんなことを思いながら、とっとと始末してしまえと本のページを一撫でしその手を『影の使い魔』へ向けた。

 

「……ん?」

 

 そのうちの一体の動きがおかしい。何だと怪訝な表情を浮かべた女性の目の前で、その一体が破裂した。思わず一歩下がった彼女の視線の先には、拳を突き上げながら立ち上がろうとしているサイドポニーの少女の姿が。

 

「やってくれるじゃないのよ……」

 

 突き上げた右腕の袖は破れてボロボロ。他の部分も地面を転がったせいで泥だらけである。そんな状態で立ち上がった霞は、動きを止めていた『影の使い魔』の一体を引っ掴むと別の一体へと叩きつけた。

 そうして出来た隙間を駆け抜け、先程の攻撃で取り落とした刀へと向かう。転がっていたそれを握り、すぐさま振り返るように振り抜いた。さくり、と彼女が以前そう表現したように羊羹を切るかのごとく影は切断され首が落ちた。

 

「今度は再生しないんだ」

 

 ちらりと女性を見る。消し飛ばされたものの代わりに、新たな『影の使い魔』が彼女の影から生み出されこちらに飛び掛かるところであった。成程そういうことね、と納得した霞は、今度はこちらの番だとばかりに足を広げ踏ん張り、刀を中段に構える。

 

「全部ぶった切れば、受ける必要もないわよね!」

「コイツ本当に何も考えてねーな」

 

 

 

 

 

 

「っどうだ!」

「やり切りやがったよこいつ」

 

 ゼーハーと肩で息をしながら霞が叫ぶ。その周囲には幾多の破壊跡とぶち撒けられた影がある。呪文で構築されたそれが、再生の発動がされないまま放置された結果であった。

 眼の前の女性は驚愕の表情で霞を見ている。ありえない、と引きつった口元を無理矢理手で押さえつけ戻すと、持っていた本のページを捲り始める。

 

「ない! こんな時にどうするかが、載ってない!?」

 

 だが、その手が本の最後まで向かってしまうと彼女はそんな悲痛な声を上げた。もう一度最初に戻り、そして猛烈な勢いでページを捲り、そして最後まで行き着く。それを数回繰り返すとへたり込んだ。そんな、ありえない。と呟きながら、それでもまだ呪文を唱えるように本の文章を指でなぞる。

 

「やめときなー」

 

 そんな彼女の手をリタが掴んだ。はっとした表情で顔を上げた女性の目の前で、リタはニヤリと笑うと持っていた本を取り上げる。溜息を吐きながらペラペラと捲ると、よくもまあこんなのを参考にしたなと呆れ顔でぼやいた。

 

「リタ」

「あん?」

「それ、そんなに駄目な魔導書なの?」

「ここに来る前に見せたじゃん。あれよあれ」

「ここに来る前……? あ、あの何か女をいやらしい目で見る男は規制するべきだとかいう」

「それそれ。ちょっとこじらせた魔女が書いたみたいで、いかに男を自分のものにするかみたいなことをこれでもかと捻じ曲げて書いてある」

 

 最終的に行き着く先が男の完全管理である。自分の都合のいいように改変した男が理想らしい。最後の奥付を見ながらそう続けると、リタはほんの少しだけ目を見開いた。

 

「お、これ結構古いやつだな。中々いい」

「内容はゴミなんでしょ? 何がいいのよ」

「魔導書は量産するほどマイルドになってくからねぇ。これくらいなら素人が使ってもそこそこの力を発揮出来るってわけよ」

 

 ちらりと女性を見た。純粋な魔法使いではないのだろうとあたりをつけたリタは、水無月に向かいそれでどうするのかと問い掛ける。何にせよ事件を起こしているのだから、連れて行かなくてはいけないだろう。

 

「ビブロフィリア。それで大丈夫なのかい?」

「んあ? まあ汚染されてるとはいっても元々ストーカー気質ではあったんじゃね? 知らんけど」

「まあ、うん……」

 

 どうですかね、と男を見る。一連に巻き込まれた彼は水無月の言葉に少し考え込むような仕草を取り、性格がもう少しまともだったらと小さくぼやいていた。

 そのタイミングで、女性が立ち上がる。へ、と霞がそちらを見ると、何やらブツブツと呟きながら焦点の合わない目を四人へと向けていた。既に持っていない本をなぞるように指を動かし、大きく息を吸い、吐く。

 

「あ、バカやめとけって。お前みたいな素人が魔導書のブーストも無しな今の状態でぶっ放したら暴走するぞ」

「う、るさい。煩い煩い! 《みんな、みんな、食われてしまえ!》」

 

 ばら撒かれていた影が再度集結した。彼女の目の前で巨大な塊となり、そして蛇の形を作る。太く大きなそれが鎌首をもたげ、メキメキと裂けるように大きな口を開くと、呪文の構成通りに動き出した。

 

「――え?」

 

 ()()()を食おうと動き出したのだ。一番手近な女性に頭からかぶりつくと、そのままバリバリと咀嚼した。ビクビクと痙攣していた彼女は、そのまま『影の使い魔』の体内へと消えていった。

 

「ほれ見ろ。言わんこっちゃない」

「言ってる場合じゃない! 人が眼の前で死んだのよ!」

「死んでねーよ。あれが何食うか知ってんのか?」

 

 思わず胸ぐらを掴んで叫んだ霞に、リタは涼しい顔でそう返す。ほれ、と持っていた魔導書を突き付け、これを読んでみろと押し付けた。

 だから近いってば、とそれを押し戻した霞は、とりあえず開かれているページを見る。『影の使い魔』の構成呪文の章で、これが一体何を糧とするのかが記されていた。

 

「性欲……?」

「書いた奴はよっぽどエロが嫌いだったんだな」

 

 男が性器を潰されていたのもそのせいだ。男にとって性欲の象徴でもあるそれを潰し、それ以外は五体満足にすることで自分の希望を叶えたのだろう。

 ならば咀嚼されたあの女性はどうなのか。彼女も性器を潰されるのか。そんなことを考え顔を顰めた霞に向かい、リタは楽しそうに笑った。心配するなと手をひらひらさせた。

 

「元々チンコ潰すのは失敗の状態だよ。体は傷付けずにそういうのだけ食っちまうのがこの呪文の本来の特性だ」

「え? でも……」

「そう思うんならさっさとぶった切れー」

 

 ぷに、と霞の頬を突く。あからさまに機嫌が悪いといわんばかりの表情をした霞は、分かったわよ、とぶっきらぼうに述べると刀を正眼に構えた。腹の中にいるであろう女性を傷付けずに、目の前の『影の使い魔』だけを真っ二つにする。そのための一撃を放つために剣を振り上げた。

 

「ど、っせい!」

 

 天から地へ。一閃された『影の使い魔』は、ほんの少しの間の後、ザラザラと崩れていった。元々女性の呪文で形作られた存在である。既に供給者のいない状態ではこれ以上の復活など望むべくなし。

 影の晴れたそこには、どさりと倒れ伏す女性の姿があった。駆け寄り様子を確認したが、確かに命に別状はなさそうで、霞は安堵の溜息を零す。

 

「あ、でも食われたってことは、やっぱり」

「元々そういうのが大きかったからあの状態になったんだろう。食われたことで正気になったかもしれないな」

「あ、兄さん」

 

 念の為、と水無月も女性の状態を確認する。ふう、と息を吐いた彼は、一応形式上仕方ないと彼女の腕に手錠をはめた。

 

「ビブロフィリア」

「なんじゃい」

「この様子だと、彼女は」

「んー。かもなぁ」

 

 肝心な言葉を口にせずにする会話に、霞は首を傾げる。二人は当然分かっているので、そんな彼女の様子を気にせず水無月は頭を掻き、リタは口角を上げ話を続けた。

 これからのことを頼むように彼は彼女に述べる。しょうがない、とリタは了承をする素振りを見せたが、差し出した手があからさまに何かを要求していた。勿論ただでやってもらえるとは思っていない水無月は、何が望みだと問い掛ける。

 

「これくれ」

「は?」

「あたしが持ってるのこれよりもっと後に刷られたやつなんよ。同じゴミなら少しでも魔力こもったやつの方がいいからさぁ」

「凶器をはいそうですかと渡せるか」

「んじゃ知らね。チンコの治療はそっちで勝手にやれ」

「ぐっ」

「普通の治療じゃ、絶対勃たなくなるなーあの連中。なにせ『影の使い魔』に食われたんだもんなー」

 

 ぐぬぬ、と水無月は唸る。確かにそれはその通りで、被害者の治療は今回は現代医学よりも魔法関連の治療の方が効率がいい。加えるならば心のケアも必要がない。

 が、それはあくまで目の前の少女が首を縦に振ってくれた場合である。彼女の協力が得られなかったのならば、現代医学でなんとかするか、別の魔法使いに協力を要請し彼女より効率が悪く彼女より面倒な交渉をしなければならなくなる。

 

「……被害者の心の傷も『書き換え』てくれるんだな?」

「あたぼうよ」

「…………そっちの本を持ってきてくれ。これと取り替えてそれを凶器だと言い張ろう」

「おっしゃー! さっすがミナヅキ、愛してるぜぃ」

「はいはい」

 

 はぁ、と肩を落とした水無月は、もうどうでもいいやと大きな溜息を吐いた。事件が解決したのでよしとしよう。そんなことを自分に言い聞かせ、話についていけなかった霞の頭をぽんと叩いた。

 

 

 

 

 

 

 ふうん、と書庫屋敷で一人の少女がカップを手にそんな声を上げた。少しだけ不満そうなその声色の主は、リタにカップを手渡すと近くにあった椅子に座る。

 

「私は完全に蚊帳の外でしたね」

「ガレットの出番は基本ねーよ」

「あら悲しい」

 

 よよよ、とわざとらしい泣き真似をしたマーガレットは、自分のカップに口をつけるとちらりと視線を机に向けた。今回の事件の顛末を記した書類を眺め、そしてその脇に置いてある手紙を見る。まあ確かに自分の出番は無かっただろうと目を細めた。

 

「そもそもおめーはこういう時人助けするような奴じゃねーし」

「よく分かっているではないですか」

「付き合い長いからなぁ」

 

 ふふ、笑うマーガレットを見ながら鼻を鳴らしたリタは、少しだけ視線を逸らし本棚を眺めた。まあ元々自分もここまでお節介焼きでもなかったような気もするが。そんなことをついでに思った。

 

「あら、フィリアは元々お節介焼きですよ。『五大倒錯魔法狂(フィフス・フィリア)』のくせに」

「好き勝手生きてるだけだっつの」

 

 うるさい、と再度鼻を鳴らしたリタは、そこで誰かが駆けてくる音を耳にした。こんな場所に走ってやってくる人間は現状一人だけだ。相変わらずやかましいな、と彼女はそんな足音を聞いて苦笑する。

 

「すっかりお気に入りですね。あの人達が」

「あ? そりゃおめーもだろ」

「フィリアには負けますよ」

 

 そう言ってクスクスとマーガレットが笑う。それに合わせるように部屋の扉が開かれ、霞がズカズカと二人のいる場所へと歩いてきた。いらっしゃい、というマーガレットの言葉に、ひらひらと手で挨拶を返す。

 

「もう少し静かに来れないんかい」

「う、ごめん」

「ったく。んで、用事はこれか?」

 

 机の上の事件の顛末書類と手紙を指差す。そうそうこれ、と目を輝かせた霞は、見せて見せてとそれを手に取った。水無月はその辺りは警官である以上妹であろうと見せることはない。そのため情報が欲しければこちらに向かうのが手っ取り早い、というわけだ。

 ともあれ、それを読んで今回の騒動のまとめを確認していた霞であったが、後半部分を読んでいくうちに段々と彼女の表情が曇っていく。書類を置くと、残っていた手紙を開き読み始めた。

 

「……」

「あら、どうしましたカスミ」

「どうしたもこうしたも……」

 

 手紙には写真が同封されていた。そこに写っているのはあの時の男性と、犯人であった女性。その二人が仲睦まじく手を繋いでいた。ちなみに俗に言う恋人握りである。

 曰く、『影の使い魔』で性欲を食われた女性は暴走時のことを殆ど覚えておらず、加えて憑き物が落ちたように真面目でおとなしくなってしまった。そしてその結果、つきまとわれていた男の好みに刺さったらしい。

 

「めでたしめでたし」

「ってことに、しとくしかねーわなこれ」

 

 微笑むマーガレット。アホらしいと肩を竦めるリタ。

 そしてその手紙を握り締めてワナワナと震える霞。三者三様の反応を見せつつ、しかし満足している者は一人もいない。そんな書庫屋敷の一幕である。

 

「納得、いかなぁぁい!」

 

 

 




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