ポケモン二次創作短編集   作:rairaibou(風)

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彼は、今日も風景を

 潮風の香りが男の鼻腔をくすぐった。男は「悪くないね」と鼻をすすり、大げさに赤いハットをかぶり直した。

 サノーと言うその男は行商を生業にはしていたが、それよりも諸国漫遊を楽しんでいる風がある変わった男だった。

 彼が新たに訪れたのは、一面の砂浜に沿うように発展している町だった。明るい青に白銀が散りばめられた海面は、彼の故郷のどす黒い緑の海と似ても似つかなかった。こういう町は飯が旨い、サノーは心躍らせた。

 

 

 

 食事の前にとふらりと立ち寄った雑貨屋で、サノーは店主と談笑していた。

「青いボングリがあるだけ欲しいな、ご覧のとおり海の町だから海のポケモンが捕まえやすい青いボングリは幾らあっても困らない」

「構いませんが、ここらへんには自生してないので?」

「この辺りには紫しかないんだ、青になると一番近くでも二つ町を超えた先だ、何人か植えて育ててみようと試みた奴もいるが、あれは人間の手では育たんよ」

 ボングリとは少し細工をすればポケモンを捕獲することができる木の実で、青いボングリは特に水辺のポケモンを捕まえやすい種類だ。基本的に自生しかしておらず、一日に一つしかその実を付けない。地域によっては希少なものなのでサノーのような行商人にとってはありがたい商売品だった。

「そういう事ならあるだけ出しましょう」

 サノーは背負っていたリュックサックを下ろした。その中から麻袋を取り出し、その中の様々なボングリから青い物を取り出し始める。

「黒いのも欲しいな」

「カビゴンが出るので?」

「いや、たまにギャラドスが暴れることがあるんだ」

「それはそれは」

 そんなことを言いつつカウンターの上に並べられた青と黒のボングリを眺めて、店主は嬉しそうに目を細めた。

「ありがたいね、さてどうする? こっちは金で払ってもいいんだが、物々交換でもいいぜ。これだけやって貰ったんだから少しは色を付ける」

 その言葉を待っていたかのように、サノーは店主の後ろに飾っていある大きな海の絵を指さした。夕日の黄色が鮮やかな青に吸い込まれているその絵は、店に入ったその時からサノーの気を引いていた。

 店主は困ったように頬をかく「さすがに悪いな、これはほとんどタダ同然で手に入れたもので吊り合わないし、気に入ってるんだ」店主は商売人にしては珍しく、人が良かった。

「あなたは正直ですね、商売相手はそうでなくてはいけない」明るくサノーは笑う。それなら金銭で、とサノーはやや割高に吹っ掛けたが、店主は機嫌よく紙幣を差し出した。

「この絵に興味が有るのなら、町の端にある岬に顔を出してみると良い」店主は言った。「そこで絵を描いている男から譲ってもらったんだ」

「この町の人間なので?」

「ああ、オリビエと言って、この町で一番の金持ちの息子だよ。昔っから町中駆け回っては絵を描いていたが、ここ一年くらいは日が落ちるまでずっとあの岬で描いてる」

「何かあったので?」

 店主は神妙になって目線を下げる。

「パートナーだったポケモンを、事故で亡くしたらしくてな。この町らしい明るい奴だったんだが、それ以来口数も減ったよ。何か励ましになればと思って、この絵を描いてもらったんだ」

 喋り過ぎた事を後悔したのか、声が霞んだ店主に一つ礼を言って、サノーは店を出た。

 

 

 

 その町の岬は、海に突きだした土地が、なだらかな丘になっていた。

 赤く染まった太陽は、そこに座っていた男とキャンパスを影にしていた。だからサノーはその男に近寄るまで、その男が赤毛であることに気づかなかった。サノーはヒョイと覗き込む。

 そこに描かれていたのは、海ではなく、男の自画像であろうものだった。キャンパスの男は満面の笑みでこちらを見ていた。

「自画像ですか?」

 集中していたのだろう、男は背後からの声に少し驚いた様子でこちらに振り返った。

「オリビエさん、ですよね」

 男は「ええ」とだけ言って再びキャンパスに向かう。小さな沈んだ声だった。

「こんなところで描いているから、てっきり海を描いているものかと」

 少しばかりの沈黙の後「海はもう描き飽きましたから」

「それは残念、あなたの海の絵を売っていただきたかったのですが」

 オリビエの手が止まる。

「私は行商を生業にしているサノーと言うものです。雑貨屋であなたの絵を見かけましたが、個性的で繊細な色使い、特に青の使い方は素晴らしい」

「それはつまり、僕の絵が商品に値すると?」

「勿論」

 オリビエはサノーと目を合わさぬまま、じっと何かを考えていた。やがて足元の白い布を二、三度はらってから、画材を整理しはじめる。

「海の絵は、僕の部屋に幾らでもあります、どうぞ気に入ったものを持って行ってください。案内しましょう」

「金はいいので?」

「お金はいりません、それよりも僕の名前、オリビエという名前を有名にしてください。それだけで十分です」

 なにか考えているのだろうか、画材を片付け終わるまで、オリビエは何も言わなかった。

 

 

 

 オリビエに案内された先は、雑貨屋の店主が言っていたとおり、立派な屋敷だった。

 カエンジシをあしらったモニュメントでドアをノックすると、清潔そうなエプロンを身にまとったメイドが二人礼節正しく出迎える。

「お客さんだ」と言葉短くオリビエが伝えると、サノーは不慣れに赤いハットを取って会釈した。まだ少女であろう若いメイドがそれを手に取る、流れに身を任せていると気づけばリュックサックも二人のメイドに奪われている。

「二階です」と階段を行くオリビエを、「オリビエ」と女の声が引き止めた。

 初老の女だった、身なりの良い、落ち着いた女性だった。彼女はサノーを一瞥して「お客さんかい?」と問う。

「ああ」サノーが声を上げる前に、オリビエが答えた。

「商人のサノーさんだよ、僕の絵を商品として譲って欲しいそうだ」

 サノーは笑って、どうもと会釈。初老の女は「そう」と目を伏せる。

 会話は終わっているのだろうか、オリビエは「こっちです」と駆け足に階段を登り、女を気にしつつも、サノーはそれに続いた。

 

 

 

 カーテンを閉めているのだろうか、オリビエの部屋は暗く、絵の具の独特の匂いが充満していた。埃が舞い、壁には幾つものキャンパスが立てかけられている。

「どうぞ、好きな物を、幾らでも」

 こんなに暗くては、絵の善し悪しがわからない、サノーは廊下の光に照らすためにキャンパスを抱えて壁と部屋の入口を往復した。

 海の絵だけではなく、様々な絵があった、雑貨屋の店主が言っていたように、この町の様々な場所を描いてきたのだろう。

 しかし、サノーはどの絵もピンと来なかった。確かに悪い絵ではない、しかし、雑貨屋で見た時のような強烈な感動がそれらの絵からは感じられなかった。

「絵は、これだけですか?」

 部屋の片隅の暗闇に、問う。

「まだいくらかあると思いますが、どうして?」

 暗闇から、声だけが返ってくる。少し、声が震えていた。

「雑貨屋で見たものと、色使いが違うような気がしまして。最近描いた絵があるのならば、ぜひとも見せていただきたい」

 何気ない提案だった、別段何も不思議ではない。ごく自然で、当然。

 しかしサノーは、その質問によってこの部屋の空気が張り詰めたものになってしまったことを、経験から感じ取った。何かフォローしなければと言葉を考えたが、苛ついたオリビエの声が先だった。

「そんなものはありません、悪いですが、ここにあるもので満足できないのなら、あなたに譲るものはありません。出て行ってください、不愉快だ」

「いや、別にここにあるものが悪いと言っているわけでは――」

 ありませんと続けたかったが、不意に暗闇から手が伸びて、サノーを突き飛ばす。バランスを崩し、廊下へと飛び出したところで、勢い良く扉が閉まった。

 オリビエの豹変ぶりに、サノーは唖然としていた。

 

 

 

「お帰りですか?」

 一回に降りると、若い方のメイドがサノーに気づいて声をかけた。

「応接間の方に、紅茶を用意しております」

「いや、どうも機嫌を損ねてしまったようで、追い出されてしまったよ。申し訳ないことをしてしまったと言っておいてくれ」

 そうですか、とメイドは目を伏せる。

「サノー様、決してお気を悪くなさらないでください。オリビエ様は、本当は明るくて優しい方なんです」

「ええ、私もそう聞いていますよ、彼のパートナーのこともね」

 メイドははっとして顔を上げる。

「事故だったんでしょう?」

「ええ、海に引きずり込まれたと、血相を変えてお帰りになって」

 何かをこらえるように一拍置いて「お母様との事があってすぐにあんな事があったものですから、心痛めているだけなんです。私達メイドすらお部屋に入れてくれない始末で」

「お母様との事、とは一体?」

 しまった、とメイドは目を見開き、次の瞬間顔を青くする。「わ、忘れてください!」と踵を返す。

「私がお話しましょう」

 聞いたことのある声だった、その方に向くと、先ほどの初老の女。

 申し訳ありません。とメイドは彼女に頭を下げる。彼女がこの屋敷の主で、オリビエの母であることは明白だった。

「あの子はいろんな風景が好きな子で、この町中走り回って絵を描いていました。やがてあの子はこの町中を描ききってしまって、この町を出たいと言ってきました、私は反対しました、猛反対しました。私にとってはたった一人の身内だったので」

「なるほど、それとパートナーの事故でああなってしまったと」

 メイドはしゃくり上げて「ええ」と。

「今となっては後悔しています」オリビエの母「あの子の好きなようにさせてあげればよかったと」

 サノーはうーんと頭を捻った。どうしても納得のできないことがあった。

「気になることがあるんです。彼のパートナーだったポケモンは、一体どういう種類の?」

 オリビエの母が答える「この地方には生息していない珍しい種類のようで、結局なんという名前かはわからずじまいでした」

「絵は、残っているのですか?」

「ええ、応接室に飾ってあります、あの子のお気に入りの絵でしたから」

「ぜひとも、拝見させていただきたい」

 メイドとオリビエの母に連れられて、サノーは屋敷の応接室へ。

 その絵は、扉から見て正面に飾ってあった。決して大きくはない、岬から見える海をバックに、そのポケモンが笑顔になっている絵だった。

「いい絵ですね」サノーが感心して言った「温かみのあるいい絵です、このポケモンも、満足しているでしょう」

 感慨深そうに微笑むオリビエの母と、涙目になりながら笑顔を作るメイドを横目に、サノーはその絵をまじまじと眺めて「なるほどねえ」と呟いた。

 

 

 

 その日も岬に座り込んでいたオリビエは、昨日と同じく、笑顔の自画像を描いていた。

 夕日が、水平線に飲み込まれようとしていた、飲み込まれてしまえば、直ぐに夜が訪れるのだろう。

 後ろで、草を踏む音がした。昨日のことがあって敏感になっていたオリビエは直ぐに振り返った。

 彼の予想通り、そこに居たのはサノーだった。「どうも」と笑顔を作るサノーに憮然としてため息を付いた。

「昨日は申し訳ありませんでした。不用意な発言で」

「謝られても、あなたにお譲り出来る絵はありませんよ、多分あなたが満足する絵は無いでしょうから」

 草の上に何か置かれる音、どこから取り出したのかサノーは折りたたみ式の椅子をそこにおいて腰掛けた。彼は長居する気らしい。

「それはつまり、作風を変えたと?」

 サノーを気にせず、オリビエは片付けを続ける。

「とぼけなくても、僕の身に何があったか知っているでしょう? 一年前のことがあって以来、僕が描いたのはあの海の絵だけです」

「一年前のことがあったのに、海の絵を描いたので?」

 朱色に染められて、伸びきっていた影が、消えようとしていた。オリビエはじっと座ったままの影を見据えた。

「僕が何の絵を描こうと、僕の勝手でしょう? 昨日の仕返しなんでしょうが、人の古傷を攻めるのはどうかと思いますね」

 影は手を振る。

「いやいやそんなつもりは毛頭も。ただ、すこしばかり気になったので」

 サノーは薄暗くしか見えなくなった海を眺めて。

「ここから見える海が、好きなので?」

 オリビエはその質問に直ぐには答えなかった、少しばかりじっと考えて「ええ」

「彼との、思い出の場所ですから。もういいでしょう? もうこんなに暗い、足場が見えなくなって危険だ」

 躊躇いなく踵を返したオリビエの足音を聞いて「もう一つ、聞きたいのですが」と闇雲に、暗闇に向かってサノー。

「今、あなたが言った『彼』とは、一体誰のことなのでしょう?」

 オリビエは足を止め、振り返りじっとサノーを見据える。その視線は、しっかりとサノーを捉えていた。

 その質問に、オリビエは答えなかった。しかし、その場を去るということもしなかった。じっとそこに立ち、サノーの次の言葉を待っている。

 サノーは口調を変え、暗闇に向かう。

「そう、君はウソを付くことが苦手だ、姿形をいくら取り繕っても、自らの言葉でウソを付くことが出来ない。その綻びはいつか歪みとなって現れる」

「何が、言いたいんですか?」

 何かを願っているような声。サノーのこの問答が、ただの気まぐれなことを願っていた。

「何も君を脅したいわけではない。このままズルズルと『それ』を続けていれば、皆が悲しむことになる」

 オリビエは震える声で「どうして、分かったんです?」と問う。

「違和感そのものは、あなたにあった時から感じていました。落ち込んでいる人間が、あんなに素敵な笑顔の自画像を描くわけがない。つまりあれは」

 どこからか取り出したランタンに、長めのマッチで火を灯す。

「自画像では無かったんだ」

 先ほどまでオリビエの声がしていた方向に、それを差し出した。

 そこにいるのは、オリビエでは無かった、否、人ですら無かった。わるぎつねポケモン、ゾロアークの紺色の体毛と赤に黒の混じったたてがみが、ゆるやかな海風に揺られていた。ゾロアークはバツが悪そうにそれから目を逸らす。

「君達はとても数の少ないポケモンだ、君たちのことを知っている人間はここには居ないだろう。まさか君が人間に化けているだなんて、誰も想像できない。最も私は、風の噂で聞いたことがあったがね」

 ゾロアークはオリビエの声を借りて、サノーの脳内にテレパシーを送る。

『気づいたのは、あなたが初めてだ』

 さして驚きもせず、サノーは続ける。

「差し支えがなければ、理由を聞きたい。本物のオリビエさんが今どうしているのかも気になる」

 ゾロアークは、感慨深そうに答えた。

『彼は、無力なこぎつねだった僕を護り、目一杯に愛してくれた。僕は常々彼に恩返しがしたいと思っていたけど、こぎつねの僕は無力だった。ある日、彼は旅に出ることを母親に猛反対された。彼は落ち込んでいた、世界中を描くことが彼の夢だったから』

 ゾロアークは己の手の平を見つめる。

『僕は無力を恥じた。力が欲しかった。たった少しでいい、彼を救うことが出来れば何でも良かった。すると、僕の全身に力が漲った。それに身を任せていると、僕はこの力を得ていたんだ』

「君たちポケモンには良くあることだ、環境に適応するため、仲間を救うために進化する」

『そう、僕は彼に言った。彼が世界中を描いて帰ってくるまで、僕が彼の代わりをすると。断る彼を言いくるめて、僕は彼に化けた』

「そうして自らを死んだことにすれば、少しばかり性格が変わったところで仕方ないと」

 しばらく沈黙。

「このまま、君はその生活を続けるつもりなのか? 続けるつもりなら、俺はもう何も言わない」

『後戻りはできない、今僕が消えてしまえば、彼の母が悲しむことになる。彼女の反対が愛ゆえだったことぐらい分かる』

「偽り続けるのは辛いぞ、君は大分精神的に疲労しているように見える」

 ゾロアークは、それを否定しなかった。

 愚かだと、サノーは思っていた。それで一体誰が幸せになるのだろう。

「一つ提案させて欲しい、おそらくこれが現在考えられる最善の方法だろうと思う」

 ゾロアークは目を見開いた、彼はその鋭い鉤爪でサノーを攻撃することも出来ただろうに、黙って、その提案を促した。

 

 

 

 

 翌日早朝、荷物を纏めたサノーは雑貨屋に足を運んだ。

「どうも」

「ああ」

 店主はサノーのまとまった荷物を見て「もう出るのかい?」

「ええ、もう十分堪能しましたから。一つ、買いたいものがあるのですが」

「なんだい?」

「いつか言っていた、紫のボングリを一つ」

 店主はニッコリと笑った。

「紫ならいくらでもあるよ」

「たしか、少しばかり治癒能力があったような」

「まあ、気休め程度だがね。くり抜いたものもあるが、どうする?」

「それなら、くり抜いたのをお願いします」

 店主は、一旦店の奥に消える。

 サノーは壁にかけてある海の絵をじっと眺めた。黄色の夕日が青い海に吸い込まれていくその絵を見て「そうか、黄色に見えるのか」とポツリ呟いた。

「普通の人間には無い感性だなと思ったが、そりゃそうだったな」

 店の奥から、店主が戻ってくる。その手には程よい大きさの紫色のボングリ。

 少し多めに金をカウンターに置いて、サノーは絵を指さして店主に言った。

「もしかしたら、この絵はとんでもない値段になるかもしれないが、消して手放さず、大切にして頂きたい」

 少し多めの金を数えて、店主は「どうして」と返す。

「この絵に描かれているのは、ただの絵じゃない。そんな気がするんですよ」

「商人の感かね?」

「ええ、それでは」

 ボングリをポケットに仕舞って、店主に背を向けたサノーに、店主は一言。

「あんた、いい商売人だが、もう少しずる賢くなりな。あのボングリ、あんたが思ってる四倍の値段で捌けたぜ」

 サノーは肩を竦め苦笑い。「ひねくれ者なもので、どうも」

 

 

 

 いい町だったな。と、サノーは潮風で飛ばぬようハットを押さえながら思った。

 彼はこの町を出て、一体何を思ったのだろう。この町よりも美しい海は滅多に無いだろうし、この町のように純朴で真っ白な町も早々はない。それとも彼は、そこにある風景だけを描ければ満足なのだろうか。

 背後から、わざと大きく踏み鳴らしているだろう足音が聞こえた。振り返ると、オリビエがそこに居た。リュックサックを背負い、顔は少し赤くなっている。

「お母様は、何て?」

 冗談っぽく笑いながら、サノーは聞いた。

「後悔していると」

 オリビエは声を震わせていた。

「もう一度言ってくれば、認めるつもりだったと」

 オリビエに化けたまま、母親に旅に出ることを認めさせる。それがサノーの提案だった、サノーはオリビエの母が後悔していることを知っていたし、そうすれば辻褄が合う。

「だけど別に本当にあんたが旅に出る必要は無いんだぜ、実は生きてたことにしても良いじゃないか」

 オリビエは首を振る。

「あの人は世界中を描きたい人だ、この町で彼を待つよりも、彼を追ったほうが良い。僕は彼にもう一度会いたいんだ」

 サノーはポケットから紫色のボングリを取り出し、差し出した。彼は旅を続けながら、ゾロアークと共にオリビエを探すつもりだった。

「いや、まだボングリには入らない、この海が見えなくなるまで、僕はこの姿でいようと思うんだ」

 そうか、とサノーはボングリをポケットに戻した。

 

 

 

「一つ、気になっていることがあるんだ」

 サノーの横を歩きながら、ゾロアークが問う。

「あなたは、オリビエが描いた絵よりも、僕が描いた絵を欲しいと言った。それはつまり、オリビエの絵が商品としての価値が無いと言うことなのだろうか」

 いやいや、とサノーは手を振った。

「俺はひねくれ者で、流行りの物には手を付けないのさ。一年ほど前から、業界ではまさにあのタイプの風景画が大人気さ。惜しいことをしたよ、あれを全部かっさらっていけば、俺は今頃大金持ちさ」

 首をひねったゾロアークにかぶせるように続ける。

「おそらくだが、オリビエは直ぐに見つかる。だってそうだろう? 盛り上がっている場所に向かえば、そこにいるのはオリビエかもしくはオリビエの影響を受けたパクリ野郎だ。無事会えた暁には、君とオリビエに一枚ずつ絵でも描いてもらおうかな。良いじゃないか、皆幸せだ。世の中こうでなくっちゃな」 


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