ポケモン二次創作短編集   作:rairaibou(風)

8 / 12
別サイトの「波音」「マスク」「神経衰弱」の三つを必ず登場させる一万字以内の短編小説コンテスト企画に出したものです。二位でした。


役過剰の洋館

「君はある小さな島国に住む漁師だった。だから君は波音が聞こえれば自然と心が躍るし、逆にそれが聞こえなければ、得も言えぬ不安と、焦りに襲われる。特に内陸にいるときなどは最悪だ、自分が場違いであるように感じ、つい故郷の海を思い浮かべてしまう。まさに漁師になるために生まれたかのような男だった。だが、君が初めて恋をした相手は、その島のお姫様だった。姫も君に惚れていたが、当然王族はそれを認めない、君の両親や友人も、君には不釣り合いだと、諦めろという。だから君は、近海のヌシを倒し、彼の亡骸を手土産に彼らに勇気を示した。王は喜び、国民も君を支持した。君と姫は結ばれ、幸せな生活をするはずだった。だが、なんという不幸か、近海に怪物が現れた。君は勇気を持って、たった一人でそれを討伐に向かった、家族と、子供を宿した姫を島に残して。そして、君は怪物と相打ちとなり、君は海に落ちた。平和になった海を眺めながら、姫と君の子供は君の帰りを待ち続けるだろう。だが、君の亡骸は海の奥底に眠り、君が死んだことを誰も証明できない。無念だろう、悔しいだろう、国のために、ひいては姫のために死んだことに悔いはなくとも、自分が死んだことすら、彼女に伝えることは出来ない、愛情の、なんと無力なことだろう! だから君は、魂になった、君は姫を探しているだろうし、姫は今でも君を探しているだろう、どんな形であれ、どんなものであれ構わないというのは、それぞれが思っているだろう。そうするならば、ここは果たして君のいるべき場所だろうか、否! そうではない! 君は落ち着かないだろう、不安だろう、焦りがあるだろう! 何故ならばこの屋敷に、波音はないからだ! 君のいるべき場所はどこだ! ここではない! 君がいるべきなのは海だ! 君はそこに漂う全てに問うのだ! あの高貴なる姫の魂は、今どこにあるのかと!」

 

 

 

 

 その少年は、ビデオカメラを片手に、その屋敷のノックリングを叩いた。その屋敷はとても最近建てられたものには見えないが、その外観はピカピカに磨かれ、とても手の混んだ掃除がなされているようだった。

「はい」

 巨大な扉が開かれ、中から姿を表したのは、時代遅れの礼装に身を包んだ、中年の紳士だった。

「なにか御用で?」

 記者は、一旦ビデオカメラを下げながら、ペコリと頭も下げる。

「私、フリーの記者をやっております」

 記者はそう言って名を告げた。

「はあ、記者の方が何用で」

「実は、この屋敷を取材させていただけないかと思いまして、本日お邪魔させていただきました」

「取材?」と、紳士は首をひねる。

「なんの面白みもない屋敷ですよ、特別なところと言えば、人里から離れていることくらいで」

「はい、存じています。しかし、最近は人里離れたスポットに何があり、そこにいる人が何をしているのか、という事に興味を持つ若者が非常に多いのです。他人事、と言ってしまえばそれまでですが」

 ふうん、と、紳士は頷く。

「なるほど、そういうことならば構いませんよ。別に何か問題のあることをしているわけでもない」

 紳士は扉を大きく開き、記者を屋敷の中に招き入れる。

 記者はビデオカメラを構えながら、何か適当な言葉をつぶやいて、屋敷に足を踏み入れた。

 屋敷は、昼間だというのに馬鹿に薄暗かった、記者はビデオカメラのライトをつけ、それに移る年代物であろう美術品をなんとなく値踏みしていった。

 

 

「この屋敷では、普段何を?」

 ライトに照らされた紳士は、客人である記者よりも先にドカリとソファーに座り込んで、そのライトをまぶしげに手で遮りながら答える。

「何を、というほど特別なことはしていませんよ。ただ漠然と、ここで暮らしているだけです」

「どうしてここに屋敷をかまえることに? 失礼ですがとても交通の便がいいとは言えませんよね」

 その記者の指摘は正しかった。その屋敷は、お世辞にも都会とは呼べない地域の、そのさらに山奥の奥の奥、宇宙からののぞき見でしか確認できないような僻地の中の僻地に存在していたのである。

 紳士は首をひねる。

「さあ……なにか理由があったような気はしますけど、もう覚えていませんねえ。なにせ五百年ほど前の事ですのでね」

 不意に出たその言葉に、記者は首をひねった。そして、疑問の思ったことをそのまま問う。

「五百年というのはつまり、その、ご先祖の方が、ということでしょうか?」

「ん? いや、私ですよ」

 はあ、と、それに曖昧な相槌を打ちながら、記者は、どうして彼がこんな僻地に暮らしているかを大体理解した。恐らくこの紳士が望んで暮らしているわけではなく、良く言えば棲み分け、悪く言えば隔離されているということなのだろうと思った。

 その時、紳士を照らすライトの中に、いくつかの影が入り込んでいることに記者は気づいた。

 その影を追うようにライトを振り、その影の正体を突き止めた記者は、思わず「ひっ」と悲鳴を上げた。そこにいたのはゴーストタイプのポケモン、デスマスだった。しかもそれは一匹ではない、壁に、天井に、空中に、いたるところに何体ものデスマスがうごめいていたのだ。

「ああ、大丈夫ですよ」と、紳士は手をひらひらさせて笑った。

「命を取ろうとかそんな事を考えてるわけじゃない、他よりほんのちょっとだけ、ここのほうが住みやすいだけです」

 それらのうちのデスマスの一匹、特にライトの影になっている個体は、その存在をアピールするかのように、紳士の周りを飛び回っていた。

「ああすみません、アルフレッドがどうしても挨拶をしたいようなので」

 紳士は笑ってそう言うと、飛び回るデスマスが持っているデスマスクを手に取り、それを顔にかぶった。

 記者はその光景に驚いた、記者はそれが何を意味し、どれほど危険なことをよく知っていた。デスマスのデスマスクをかぶった人間は、肉体をデスマスに乗っ取られてしまうのだ。

 マスクをかぶった紳士は、バネ細工のようにソファーから跳ね上がり、直立不動の体勢となった、記者はまたもや小さな悲鳴を上げながら、なんとかそれを画角に収めようとビデオカメラを向ける。

 そして紳士は、ややぎこちなく二度首を振った後に、猛烈な勢いで、記者に頭を下げた。

「大変、申し訳ありませんでした! いくら屋敷の主人とはいえ、これまでのご無礼言語道断! まさか客人よりも先に腰を下ろすなど、考えらえる限り最大の非礼でございました! 旅の疲れもあるでしょう、ささ、どうぞおくつろぎになってください。おい、何をしている、久しぶりの客人だぞ、カーテンを開かんかカーテンを! 暗闇が欲しいものは寝室にでも行け!」

 その号令とともに、屋敷のカーテンが開かれ、大きな窓からさんさんと日光が降り注いだ。記者は眩しさに少し目を細めながら、紳士の変化に圧倒されて、半ば倒れ込むように、ソファーに座り込んだ。

 そしてマスクを付けた紳士は、記者に再び一礼しながら続ける。

「私、この屋敷の執事をしておりますアルフレッドと申します。主人は記憶に関して少し弱いところがありますので、この屋敷について何かわからないことがありましたら何なりと私におっしゃってください。私、生前は執事をしておりまして、魂となってもその経験を生かしてこの屋敷を取り仕切っております。主人ほどではありませんがもう四百年近くここに仕えておりますゆえ、殆どのことにはお答えできるかと」

 記者は口をあんぐり開けていたが、アルフレッドはそれに気づいていないようだった。

 彼はようく、ようく考え、頭の中を整理しようと努めながら、とりあえず目についた疑問を再び問う。

「あの、なにか単位がおかしくはないでしょうか、五百年とか、四百年とか。それって、普通のことではありませんよね?」

 それが普通のことではないと断言できなかったのは、彼が、この状況下に置いて、自身が持っている常識が、果たしてここで通用するのか否かを少し疑い始めているからであった。

 しかしアルフレッドは、もしかしたら常識外のことを言っているのかもしれない記者に対してなんの不快感も示さずに答えた。

「ああ、それに関しては、主人と私では少し理由が違ってきます。まず私は普段、魂としてこの屋敷におりますので、これに関してはなんとなく理由がおわかりになるでしょう? 衰え、いずれは土に帰る肉体を持たない我々は、望む限りいつまでも存在します」

 まだふわふわとした思考をなんとか堪えながら、記者は納得したように何度か頷いた、それに関しては、まだわかる。

「主人の方ですが。彼は少し特殊な人間でして……どこから説明いたしましょうか。まあ、要点だけを、先の大戦で、ああ、三千年前の戦争についてはご存知で?」

 記者は一応首を縦に振る。

「なら話は早い。その大戦において、主人の友人が『永遠の生命力を与える機械』を転じた兵器をお使いになりまして、主人はその兵器の副作用となる光を浴びてしまったわけです。主人はほとんど永遠に近い生命力を与えられてしまい、他の人間に比べると、寿命がかなり伸びている状態です。三千年経っても爪一つ伸びないのですから、相当なものでしょうな」

 ハハハ、と他人語のようにアルフレッドは笑ったが、記者は「はあ」と、やはり曖昧な相槌を打った。それが本当だとはとても思えないし、仮にそれが本当だったとしても、それを確かめる手段などありはしない。

「なんということ!」と、突然アルフレッドが突如叫んだ。

「客人にまだお茶を出していない、何たる失態。失礼、今すぐに用意しますので!」

 足早に消えるアルフレッドを、記者はボケっと見ていた。

 

 

 

 

 客間でビデオカメラをいじっていた記者は、無遠慮に扉がノックされていることに気づいた。

 返事をしてから彼が扉を開くと、その向こうには、その屋敷の主人が、にこやかな顔で待ち構えていた。

「そろそろ夕食ですが、なにか希望は?」

「夕食」と、記者はそれを反復した。それが信じられなかった。

「あの、失礼ですが、食事が出来るのですか? ここで」

 失礼だが、その疑問は全うなものだった。寿命が極端に長い主人と、魂だけの存在達、とてもではないが、食事とは結びつかない。

「久々の客人ですから、もてなさせてくださいよ」と、主人は笑う。

「裏の畑で野菜を栽培していますし、塩漬けで良ければ肉もある。料理人だって一流がいますから、大抵の料理はできますよ」

 主人はそう言って「マーガレット!」と、廊下に向かって大声で叫んだ。だが、廊下の向こうでは数匹のデスマスがうごめくだけで、呼ばれたデスマスが来ることはない。

「おいマーガレット!」と、主人はもう一度その名を呼ぶが、やはりなんの反応もない。

「アルフレッド!」

 しびれを切らした主人が執事の名を呼ぶと、今度はすぐさま一匹のデスマスが目の前に現れた。察するに、彼がアルフレッドだろう。

「マーガレットはどうした」

 主人の問いに、アルフレッドは目をパチクリさせながら身振り手振りのボディーランゲージで意思を伝えようとする。

 当然記者にはそれが何を意味しているのかわからなかったが、四百年の付き合いがそうさせるのか主人は完全に理解したようで「なんと!」と驚いた。

「国に帰っただと!? それは喜ばしいことだがこの重要なときに限って! この国の料理を作れるのは彼女だけだと言うのに!」

 主人は頭を抱えていくつか文句をつぶやいた後に、再び少年を見る。

「エスニック料理は大丈夫ですかな?」

 ええまあ、と、少年が頷くのを見てから、主人は「サンダユウ!」と今度は違う名を叫ぶ。

 再び一匹のデスマスが主人の前に現れる。そのデスマスは少し興奮気味に手足を動かし、執事であるアルフレッドとコミュニケーションを取った。

「彼は生前ジョウト地方の料理人で、ジョウトとカントーの料理に関しては天才的な腕を持っています。よろしければ、彼に料理を作らせますが」

 再び頷く少年を見てから、主人はサンダユウのデスマスクを手に取り、それかぶる。

 次の瞬間、主人は急に猫背になり、足はガニ股となった、そして、右肩をぐるぐると回して「ああ、久しぶりの体だ、腕がなるぜえ」と嬉しげにいった。

「よお兄ちゃん、今日は今まで食ったことのないほどうめえジョウト料理作ってやるからな!」

 少年の肩を叩きながらガハハとそう笑うサンダユウを非礼だと感じたのだろう、アルフレッドはピイピイと鳴き声を上げながら、サンダユウの周りをぐるぐると回って両手を振り回していた。

 

 

 

 

 結論から言えば、夕食のエスニック料理はべらぼうに豪華だった。少年はそれを食べきれず、生前大食らいだった『コネル』のデスマスクをかぶった主人がそれを平らげていた。

 手入れの行き届いた大浴場で汗を流した少年は、これまた丁寧にベッドメイクされた客間に戻った。これまでの経験から考えると、恐らく生前掃除婦だったデスマスがいるし、生前メイドだったデスマスがいるに違いない。

 支度を整えながら、記者は、夕食時に主人が微笑みながら言っていたことを思い出す。

「特ダネが欲しいのなら、一晩中ベッドを撮影しておくといい」

 記者は得も言えぬ不安を抱え、それでも、この不思議な屋敷と、数多くのゴーストポケモンが、それでも何かを見せてくれるのではないかと小さく期待しながら、ビデオカメラを暗視モードに切り替え、部屋の隅にセットした。

 

 

 眠りに落ち、感覚的に少ししてから、記者は、何者かの吐息と、小さな呼吸音を、直ぐ側で感じ、目を開いた。

 屋敷が作り出す純粋な暗闇は、目の前に、果たして何があるのかを記者に気づかせるのに幾分かの時間を要した。

 目の前に何かがある、だが、それが何なのかはわからない。だが、それが歓迎されるものではないことはなんとなく本能的に理解できる。

 やがて目が慣れてきた記者が見たのは、自分に覆いかぶさるように自分の顔を覗き込む、デスマスのデスマスクだった。

「ひっ」と、記者は小さな悲鳴を上げ、それを手で払いのけるようにしながら、体を起き上がらせようとした。

 だが、その信じられないほどの力を持った腕が、少年の上半身を抑え込み、手のひらで口元を覆う。

 呼吸が苦しくなることを感じながら、記者は更にもがいた、相手が更に自分に覆いかぶさろうと手の力を緩めたスキに、左足で思いっきり相手の腹を蹴り上げる。

 暗闇の中から、甲高い悲鳴が聞こえた、それは女のものだった。だが、今まで自分を押さえつけていた力は、とてもではないが女のそれではなかったことと、記者はさらに考え、そして、一つの仮説を導き出す。

 恐らく、あのデスマスは生前女性だった何らかの魂なのだろう、そして、それが、主人の体を借りて、今こうやって自分を襲っている。

 だが、どうして、と、記者は甲高い悲鳴を上げながら襲いかかる主人の手からなんとか逃れながら、ベッドから降り、出口の扉に向かって駆けようとする。

 だが、主人は少年の右足首を跡が付きそうなほどの力でつかみ、少年を引きずり込もうとする。

 バランスを崩し、四つん這いになった記者は、掴まれていない左足で主人のマスクを蹴りながら、両腕で絨毯をかいてなんとか逃れようともがく。

 しかし、主人はそれでも少年を離さず、逆にその背中めがけて飛びかかり、少年に覆いかぶさった。

 男の両腕を首に回され、力を込められる。呼吸が苦しくなり、脳に繋がる大きな二本の血管も圧迫されていることに気づいた記者は、その両腕に爪をつきたて、引っ掻いて抵抗するが、それは主人の正装を引き裂くばかりで、その腕を引き剥がすことは出来ない。

 やがて記者の体力が落ち、抵抗する力が弱まる。すると、主人は首を絞めたまま立ち上がり、少年を引きずりながら寝室を出る。

 廊下で開放され放り出された記者は、自身を締め上げていた相手をにらみつける。

 ライトに照らされたその男は、やはりデスマスクをかぶった主人であった。彼は小さく断続的な唸り声を上げながら、再び少年の上にまたがろうとする。

 記者にはもう、それに抗う体力は残っていなかった、主人が自分の顔を覗き込むのを、ただただ見るだけ。

 そして、主人の右手が上がり、彼は自らのマスクを剥がした。

「いかがでしたかな?」

 マスクの下から現れた主人は微笑んでいた。

 記者はその言葉の意味がわからず、背中を擦りながら主人との距離を離し「は?」と、なんとか振り絞って問いを表した。

「素晴らしい画が取れたでしょう?」と、主人は誇らしげに、デスマスクをデスマスに手渡しながら言った。それを受け取ったデスマスは聞き覚えのかる金切り声を上げ、ダンダンと屋敷の壁にぶつかりながら彼らの前から消えた。

「彼女の名前はパトリシア、彼女は平民の生まれで王族と結婚しましたが、王室のプレッシャーに耐えきれず神経衰弱に陥り、家族を皆殺しにした過去を持つ魂です、まるで本物の亡霊のようだったでしょう? これならばあなたの記事も大反響間違いなしですよ」

 記者は状況の整理に時間をかけたが、今巻き起こった事が、全てこの主人による余興、サービスであることにようやく気がついた。

 そりゃまあ、自身が亡霊に襲われているところを直接撮影できたわけだから、良い画が取れたといえば間違いがないのだろうが、しかし、たとえそのような魂を宿していたとしても、自分を襲ったのは普通に生きている主人なわけで、つまりそれは、きぐるみを来た仕込みの役者がそれらしいことをしたのと全く変わらない。

「でもこれって、フェイクですよね?」

 普通ならば激高してもおかしくないところではあるが、あまりにも突飛なことが起こり続けていたせいで、記者はその気を失い。それよりも、この出来事の問題点のほうが気になった。

「まあ、それは、そうなりますが」と、主人は困ったように頬をかいた。

「でもそんな事誰も気にしないでしょう?」

 主人はそう言って「では、おやすみなさい」と頭を下げた。

 記者はしばし唖然としてた、多分今撮ることが出来た仕込みの映像よりも、あの主人単体のほうがよっぽど面白いだろうと思っていた。

 

 

 

 

「おはようございます。朝食の準備ができておりますので、どうぞこちらに」

 翌朝、身支度を終えた記者が荷物をまとめてエントランスに現れると、デスマスクをかぶった主人が、かしこまった口調でそう言った。その礼儀正しさから言って、間違いなく彼はアルフレッドだろう。

「いえ結構です、帰り道のことを考えると。もう帰らないと」

 記者はそれを断って玄関に向かおうとした。すると「少々お待ちを、主人が何か伝えたいようなので」とアルフレッドが言い、主人の右手がそのデスマスクを引っ剥がした。

「やあ、これはどうも」

 主人は、崩れた前髪を整えた。

「実は、最後にどうしても言わなければならないことがありまして」

 記者は、無言を持ってその先を催促した、その紳士が悪い人間ではないのだろうとは思うのだが、正直早く関係を断ち切りたかった。

「実は私、たった一つだけ生業がありましてね」

 主人は自分の周りを漂うデスマスたちを手で示してから続ける。

「彼ら、デスマスと言うポケモンはですね、世間的には死んだ人間の魂だと言われています。まあ卵から生まれることもありますから全てがそうではありませんが、全てが間違いであるわけでもない」

 少年が何も言葉を発さないのを確認してから、主人は続ける。

「世の中の人は、とんでもない壮絶な人生のもとに、恨みを持って死んだ人間の魂がデスマスになるとお思いですが、実際は微妙に違う。何もない人生を歩んでいた魂こそが、得ることの出来なかった何かを求めて、魂をこの世に残すことのほうが、よっぽど多い。私三千年近く生きていますからね、それはよく分かる」

 さらにもう一拍置いて、続ける。

「つまり私の生業というのは、彼ら哀れなデスマスに、生前の人生を与えてやることなんですよ、もちろん死んだ人間の魂にもう一度人生を歩ませることなんて出来やしませんから、彼らの性格を吟味した後に、それらしいものを作ってやることしか出来ません、ですが、それを与えられるだけで彼らの目はいきいきと輝き、それになろうとする。君をもてなしたアルフレッドも、サンダユウも、コネルも、パトリシアも、元々は何の変哲もない魂だった。彼らに生前の人生を与えたのは、ほかでもない私なのです。いつからかこの館にはデスマスたちが引き寄せられるようになり、この館には今でも沢山のデスマスがいます。彼らもまた、生前の人生を求めている」

 だからどうしたのだ、と、記者がそれに答えようとしたときに、主人の目がカッと見開き、少年を指差す。

「一日君を見ていたが、君が望む記者の姿は、オカルトやヤラセの心霊ものなどではない、強きをくじき弱きを助ける本当の真実を追い求める新聞記者こそが、君の求めるものだ。つまらない理由をつけてこの屋敷を訪れたが、その理由すら、君には苦痛だっただろう」

 その言葉に、少年の顔に被せられていたデスマスクが、少し揺れ動く。

「そうだ、君は生前、ある有名な新聞記者だった。君は同僚がするような、市民の揚げ足を取るような記事はつまらないと常日頃から思い、権力者の不正を暴き、市民に正義の存在を知らしめる記事を作ることが自分の役目だと思っていた。そしてついに、君は絶対的なスキャンダルを手にした。義務である納税を放棄し、市民から得た財産を彼らに還元せずに全て自分のものにしていた憎き権力者たちの一覧が載ったリストを、君は壮絶な取材のもとに手に入れた、これこそが自分が示すことのできる正義だと君は思った、君は、これこそが自分の人生の集大成だと思った! だが、権力者たちはそのリストの流出を恐れ、暗殺者を君に差し向けた。君は何度か彼らを撃退するが、ついに凶弾に倒れ、命を落とした。君が文字通り人生を費やして手に入れたリストは、正義は、白日の下に晒されることはなかった!」

 少年にかぶさっていたマスクは、その言葉にガタガタと揺れる。久しく忘れていた自分の人生を思い出したような気がする。

「では君のすべきことは何だ!? 少年の体を乗っ取りこんな寂れた屋敷に来ることか!? 違う、そうではない! 君は都会に戻り、不正を行う権力者たちを監視することこそが君の役目だ! 今の君にはそれができるだろう! 何故ならば君はもう死ぬことがないからだ! さあ、何をしている! 早くその少年を解放し、自分の使命を果たすのだ!」

 主人がそう言い切ると、少年にかぶさっていたデスマスクは完全に剥がれ、一匹のデスマスが姿を表した。彼は目をパチクリさせ腕を回し、自分の人生の素晴らしさに体全体を使って喜び、飛び上がって、屋敷の窓をすり抜けてどこかへと消えた。

 彼は都会に向かうだろう。

 マスクが外れた少年は、一瞬腰が抜けたようにその場に座り込んだ。あれほど大事に持っていたビデオカメラを手放し、放心して、自分を救った主人の顔を眺めている。

「アルフレッド」

 主人がその名を呼ぶが早いか、アルフレッドと呼ばれたデスマスは両腕で少年を起き上がらせ、パンパンと服の汚れをはらった。

「彼を人里に返してやってくれ、後は里のものがなんとかするだろう」

 主人は少年が落としたビデオカメラを拾い上げると「これは、一応君が持ってきたものなんだが、持って帰るかね?」と問う。

 少年は、声なく首を横に振ってそれを拒否した。そもそもそのビデオカメラの記憶など無いし、恐怖で何も考えることが出来なかった、暗闇で急に意識を失い、気づけばデスマスまみれの洋館にいたのだ、何かを普通に考えろと言うのは酷である。

「なるほど、ではこれはこちらで処分することにしよう。それじゃあ、後のことはよろしく」

 

 

 

 その後のことをアルフレッドに全て任せ、主人は食卓に向かった。少年に出すはずだった朝食が、大量に残っているのだ。

「参ったなあ」と、主人は頭をかく。マーガレットが魂のいるべき場所に帰ったので、今日の朝食もサンダユウが作ったのだが、三千年も生きているというのに、彼はまだエスニック料理が苦手なのだ。

 とりあえず今はコネルに任せればいいと思ったが、明日以降の食事はどうすればいいのか。まあ、最悪食べなくてもいいのだが。

 そう思いながら主人が食卓につくと、一匹のデスマスが、並べられた料理をしげしげと興味深そうに眺めているのに気がついた。見たことのないデスマスだ、新参者だろう。

「なるほど、君は料理に興味があるようだね」と主人は彼に笑いかけ、そして、手を叩いてひらめきを表現する。

 そして主人は、そのデスマスを指さして語る。

「君はある宮廷に使える料理人だった、君は素晴らしい腕前を持ち――――」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。