子猫と令嬢に愛された青年は、修羅場の海を懸命に泳ぎ続ける   作:ソノママチョフ

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ゆずれないもの 一

 静音に告白され、迫られて、耕作は考えた。

 

 彼女の想いを聞き、理解はした。

 正直、自分には手にあまるほどの愛情だとは思う。

 

 だがそれでも、不快には思わない。

 これまで女性には縁がなかった自分を、これほどまでに愛してくれたのだ。

 身に余る光栄とすら思えた。

 

 静音はここに至るまで随分と過激な手段をとってきた。

 だがそれも、天使と人間という、本来むすばれるはずのない相手への恋を成就させるために、そうせざるを得なかったのだろう。

 彼女の想いを受け入れて安心させれば、共に幸福な未来を築けるかもしれない。

 

 だが彼女は、ミーコを殺そうとしているのだ。

 それだけは絶対に許す訳にはいかない。

 ミーコの命と引き換えに得られる幸福など、そんなものに意味はない。

 ミーコは必ず守ってみせる。

 

 とは言っても、ミーコと、そして自分も拘束されている今の状況は絶体絶命と言える。

 おまけに静音は、既に説得できる相手ではなくなっていた。

 さらに言えば普通の人間である自分は、全くと言っていいほどの無力である。

 となれば、やはりミーコの能力に頼るしかない。

 

 普段のミーコであれば、静音には歯が立たないだろう。

 だが自分の推測が正しければ、ミーコが持つ超能力、その力の源泉は嫉妬心にあるはずだ。

 だからミーコの嫉妬を煽るために、静音とキスをする。

 単純かつ馬鹿馬鹿しい方法だが、他に良い手段が思いつかなかった以上、仕方がない。

 

 しかし、そう上手くいくだろうか。

 ミーコが嫉妬のあまり力を暴走させてしまったり、逆に意気消沈して全てを諦めてしまう可能性もあるだろう。

 そもそも嫉妬心が本当に力の源になっているのかどうか。

 

 キスをする直前、耕作は様々に不安を抱いていた。

 しかしそれでも、彼は勝負にでたのだ。

 

「どう転んでも、責任は自分にある」

 

 と、腹をくくっていた。

 

 静音は、耕作の接吻を受けるや否や目を見開き、硬直してしまっていた。

 耕作に何をされたのか、理解できていないようであった。

 

 だがそれも、わずかな間のことにすぎなかった。

 静音は両手を滑らせて耕作の頭と背中の後ろに回し、彼の上半身を抱きかかえた。

 唇を開き、舌を耕作の口腔に差し入れる。

 そして愛する男の歯や歯茎、さらには唇の裏側に至るまで、舌の届く全ての範囲をなめまわした。

 漏れ出た唾液も一滴のこらず吸い上げている。

 

 耕作が口を閉じようとしても、彼女は許さなかった。

 口をこじ開け、執拗に舌と唇を動かし続ける。

 しかも一連の行為の間、静音は目を最大限に開き、瞬きすらせず耕作を見つめていた。

 

 耕作はなすがままにされながらも、目をミーコへと向ける。

 ミーコは床の上でくの字に転がったまま、二人のキスを見ていた。

 というよりも、耕作が静音になぶられるのを見せつけられていた。

 

 ミーコの、もともと白磁のように白かった肌からは、さらに血の気が引いていた。

 顔色は蒼白というに相応しいものとなっている。

 黄色い右目と青い左目は焦点を失い、両方とも灰色と化していた。

 美しい唇も青白く半開きとなり、

 

「あ……あ……あ……あ…………」

 

 という呟きを繰り返している。

 その呟きはやがて、抑揚のない声へと変化した。

 

「コーサクがキスをしてる、コーサクがキスをしてる……私以外の女と……なんでなんでなんでなんでなんで。おかしいおかしいおかしいおかしい。そんなの間違ってるよ、許されない……コーサクが、コーサクが、コーサク……」

 

 しばらくすると、蝋燭の炎が消えるように声は途切れてしまった。

 静音が耕作の唇をむさぼる音だけが、部屋の中で続いている。

 

 だが数瞬の後。

 ミーコの小さな、しかし地獄の番犬も尻尾を巻いて逃げ出すのではないかというほどの、憎悪に満ちた声が通った。

 

「よくも……」

 

 ミーコの両眼に、雷火が灯る。

 

「よくもよくもよくもよくもよくもよくも! 私だってまだなのに! ぶっ殺してやる! この薄汚い鳥公が!」

 

 瞬間。

 部屋の中に竜巻が発生した。

 ミーコを中心として発生した冷気が、渦を巻いたのだ。

 

 家具や本の他、部屋中にあったあらゆる物体が跳ね飛び、壁や天井に激突した。

 ベッドですら浮き上がり、激しく暴れまわっている。

 

 静音は異変に気づくと、名残惜しそうに唾液の糸を引きながら唇を離した。

 立ち上がり、ミーコに相対する。

 

 宙に浮いていた全ての物体が、静音に向けて一斉に突撃した。

 常人では到底さけられないはずの、豪速である。

 

 しかしそれらの物体は、やはり途中で動きを止めてしまった。

 静音の身に届くことなく停止し、そのまま落下してしまう。

 

「学習しないわね。そんなもの無駄だって、何度やってみせれば分かるのかしら?」

 

 静音は両手を腰に当て小首を傾げた姿勢で、うんざりしたような声を漏らしていた。

 

「まあいいわ。貴女に付き合うのも、これが最後。本当に終わりにして……?」

 

 静音の動きが、言葉と共に止まった。

 彼女は今、訝しげに眉を歪めている。

 さらに腰もかがめると、両掌を目の前にかざした。

 その手は左右共に、わずかに震えていた。

 

 さらには両足も振動を始めている。

 それに気づくと、静音は驚愕し、口を大きく開けた。

 すると顎はだらしなく落ち、口からは嘔吐するような呻き声だけが漏れ出てくる。

 

 耕作は、静音の身体が異常なまでに発熱していることに気が付いた。

 傍にいるだけで暑さを感じるほどの、ミーコの冷気をすら打ち消す熱波が、静音から放出されている。

 

「これは一体……」

 

 考えるうちに、耕作は思い出した。

 ミーコが初めて超能力を発動させた時のことを。

 あの時、冷気が充満した部屋の中にありながら――ビールが沸騰していた。

 

「ミーコ、やめろ!」

 

 耕作は叫び、惨劇を阻止しようとする。

 しかしそれも手遅れだった。

 

 静音が、両生類が潰される時のような醜い呻き声をあげ、くずおれた。

 その全身から、一斉に湯気が上がる。

 口から流れでた唾液には、泡が浮いていた。

 身体は白く変色し、皮が剥がれ、ただれていく。

 眼球も白濁し、浮かんだ気泡によって崩れ、溶解していった。

 

 静音は、身体中の体液を沸騰させられたのだ。

 

 

 

 

 耕作の両膝と両手にはめられていた枷が、消滅する。

 耕作は立ち上がり、静音の身体に目をやった。

 かつての美女は、身体のあちこちが崩れ、原形をとどめない無残な有様を晒している。

 耕作は奥歯を噛みしめると、続いてミーコの元へ駆け寄った。

 

 ミーコは力を使い果たしたのか、目を閉じ、床に倒れていた。

 耕作は彼女の上半身を抱きかかえ、必死になって呼びかける。

 その声が届いたのだろうか。

 ミーコは薄く眼を開いた。

 

「コーサク……」

「ミーコ、大丈夫か? 痛いところはないか?」

 

 ミーコは問いかけには答えず、耕作の身体に抱き付いた。

 服を破かんばかりに、彼の背中へ爪を立てる。

 

「許さないから……。コーサクに近づく女は、絶対に許さないから……」

 

 耕作の胸に顔をうずめ、目を閉じ、ミーコはその言葉を繰り返した。

 

「前にも似たようなことを言われた気がするな」

 

 そう思いつつ、耕作はミーコを抱きかえす。

 猫だったころをわずかに思い出させる、少女の甘い香りが鼻腔に広がった。

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