子猫と令嬢に愛された青年は、修羅場の海を懸命に泳ぎ続ける   作:ソノママチョフ

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愛は貪欲 二

 ミーコは静音と会うのは、夜中になると思っていた。

 昼間となれば騒ぎになる可能性は大きくなる。

 心に抱いた疑問を彼女はそのまま口にした。

 

 耕作は穏やかに答える。

 

「その通りだよ。昼間の方が人は多い」

「じゃあ、なんで?」

「そうすればミーコもしーちゃんも、喧嘩はしにくくなるだろ?」

 

 耕作の指摘は落ち着いたものだった。

 

 いくら個室での話し合いとは言え、店の中には他にも数多くの人がいる。

 店の外ともなれば、より多くの通行人がいるはずだ。

 そんな状況で以前と同じようにミーコや静音が戦おうものなら、どれほどの騒ぎになるだろうか。

 想像するだに恐ろしい。

 

 だが、だからこそ、二人には自制を促せる。

 と、耕作は思ったのだ。

 さらに言えば、これは天使の力を失った静音よりもミーコに対する処置になる。

 

 前回ふたりが戦ったのは深夜であり、静音が結界を張った部屋の中だった。

 だから騒ぎにならずに済んだのだ。

 しかし次は、そうはいかない。

 と、耕作はミーコに釘を刺した。

 

「うー……」

 

 ミーコは両手の人差し指を突き合わせて耳も垂らし、不満げな様子を見せた。

 それでも耕作が、

 

「こら」

 

 と言って彼女の頭を強めに撫でると、不承不承ながら頷いている。

 

 それから何を思ったのだろうか。

 ミーコは耕作に抱き付くと、胸に顔をうずめ、そのままじっとしていた。

 

「ミーコ?」

 

 不安げな様子の彼女に、耕作は声をかける。

 ミーコは返事をしない。

 抱き付いたまま沈黙を続けている。

 部屋の中にミーコと耕作の、息遣いの音だけが広がっていった。

 

 長い時間が過ぎた後。

 ミーコはようやく口を開いた。

 

「コーサク」

「なんだい、ミーコ」

「コーサクは、あいつの言うことを信じてるの?」

 

 ああ。

 やっぱりそれを気にしているのか。

 と、耕作は思った。

 

 ミーコは静音の発言に対し、自分を貶めるための嘘なのではないか、という疑いを抱いているのだろう。

 そして耕作には、自分を信じてほしい、と思っているはずだ。

 

 耕作はミーコの気持ちを思いやった。

 そのため、すぐには返答できなくなっている。

 ミーコは彼を見上げ、哀願するような声で再び問いかけた。

 

「私のせいでコーサクが取り返しのつかないことになってるって、信じてる?」

「んー……」

 

 耕作は自分の、やや癖のある頭髪をかき回した。

 天井を見つめ、しばし考えに沈む。

 それからミーコの真剣な、しかし不安と悲しみが隠し切れなくなっている目を見つめ返し、ゆっくりと答えた。

 

「うん、まあ……信じてるよ。しーちゃんは嘘を言っているようには見えなかった」

「そう……」

 

 ミーコの顔から血の気が引いていった。

 瞳には涙が浮かぶ。

 耕作を掴む手からも力が抜けていった。

 

 今にも泣き崩れそうになっている彼女を見て、耕作はそれでも穏やかに語りかけた。

 

「ミーコ、信じているからこそ、しーちゃんに会うんだ」

「うん……」

「それに問題を解決しないとミーコと一緒にいれなくなるだろ?」

 

 耕作の言葉は力強いものだった。

 ミーコに向ける顔にも、いつもと変わらぬ微笑が浮かんでいる。

 彼女も思わず息を飲み、最愛の男を見つめ直した。

 

 耕作はミーコを安心させるため、普段であれば気恥ずかしくてとても口にできないような言葉を、思い切って告げた。

 

「いや、ちょっと違うな。俺はずっと、ミーコの傍にいるよ。問題が解決しなくても、取り返しがつかないままでも構わない」

「コーサク!」

「でもお互い、より安心して暮らせるようにするために、しーちゃんに会うんだ。分かってくれるかな」

「うん!」

 

 ミーコは喜び、再び耕作の胸に顔をうずめた。

 全身を彼の身体にこすりつけていく。

 

 ミーコはこの時まで巨大な不安に襲われていた。

 静音との話し合いの結果、耕作が自分から離れてしまうのではないかという思いに、とらわれていたのだ。

 耕作がいない暮らしなどミーコにしてみればなんの意味もない。

 いや、恐怖そのものと言ってもいい。

 

 その不安を耕作は打ち消してくれた。

 彼はいつまでも自分の傍にいてくれる。

 約束してくれたのだ。

 

 ミーコは歓喜のあまり、耕作の目と鼻の先まで顔を接近させた。

 潤んだ瞳で彼を見つめ、桜色の唇を開く。

 

「コーサク」

「なんだい、ミーコ」

「好き」

「へ?」

 

 唐突に愛情を告げられて。

 耕作は動揺し、すっとんきょうな声を上げてしまっていた。

 

 一方ミーコは彼を、今も真剣に見つめている。

 色違いの両目は澄み切っており、そして耕作を飲み込むかのように深い。

 耕作もその美しさに息を飲んでいた。

 

 言葉を失った耕作に向け、ミーコは告白を繰り返す。

 

「好き、大好き」

「急にどうしたんだ、ミーコ」

「愛してる」

「……ありがとう」

 

 耕作の謝辞を聞いたミーコは、目を閉じ唇を差し出した。

 明らかにキスを望んでいる。

 それは耕作にも分かっていた。

 

 しかし耕作はミーコの頬を抑え、彼女の額にキスをする。

 それでも頭には急激に血が上っていった。

 頬も熱くなる。

 赤面した顔を見られる恥ずかしさから耕作はミーコの頭を抱え、胸に抱いた。

 

「コーサク、どきどきしてる」

 

 耕作の激しく高鳴る鼓動を聞き、ミーコが呟いた。

 耕作は羞恥心とミーコの可愛らしさから、動揺し、もはやなんと言えばよいのか分からなくなっていた。

 黙ったままミーコを力強く抱きしめる。

 

 愛する男に抱かれて。

 しかしミーコは、ごくわずかながら寂しさを覚えていた。

 

 彼女の告白に対し、耕作は「ありがとう」と答えた。

 感謝してくれたのだ。

 だがしかし「俺も好きだよ」とか、「愛している」とは言ってくれなかった。

 

 昔、ミーコがまだ猫だった頃。

 耕作は冗談まじりに彼女に向けて「好きだ」と言うことがあった。

 いやそれどころか、酔っぱらった時など「愛してるぞ」とも言ってくれたのだ。

 

 だがミーコが人間になってからは、それらの言葉は失われてしまった。

 理由は彼女にも分かっている。

 耕作は、それらの言葉を一度でも口にすれば気持ちを抑えられなくなると思っているのだろう。

 まだミーコと結ばれる訳にはいかない。

 そう思い、心をせき止めているのだ。

 

 先ほどの「ずっとミーコの傍にいる」という約束にしても、残念ながら告白ではない。

 飼い猫と飼い主の関係に戻った上で、ミーコと共に暮らすという意味も込められているのだ。

 

 ……でも、ひょっとしたら。

 と、ミーコは考える。

 自分の考えは、気にしすぎているというだけのことなのかもしれない。

 今でもせがめば、彼は言ってくれるかもしれない。

 

「コーサク、『好き』って言って」

 

 と、お願いすれば。

 彼は少年のように顔を赤らめつつ、答えてくれるかもしれない。

 

 ただそれでは、自分の寂しさは埋められない。

 やはり最初は、彼みずから、彼の意志で言ってほしいのだ。

 好きだと。

 愛している、と。

 

 ミーコは考えると同時に、とても悲しい気持ちになっていた。

 耕作の暖かい身体に頬をこすり付ける。

 そして彼を取りこもうとするかのように、服の上から軽く歯を立てていた。

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