子猫と令嬢に愛された青年は、修羅場の海を懸命に泳ぎ続ける   作:ソノママチョフ

3 / 44
力の発動 一

「厄介な物事が発生した時は、問題点を一つずつ、順番に解決していくべきだ」

 

 耕作は少女と正座で向き合いながら、考えた。

 とは言っても、どこから手を付ければいいのやら、ではあるが。

 咳払いを一つした後、質問を始める。

 

「つまり、君はミーコなんだな」

 

 少女は激しく、何度も頷いた。

 

 耕作も先ほどは、一目みるなり少女をミーコだと思っていた。

 おかげで今も普通に会話ができている。

 

 しかし落ち着いて考えれば、そもそも猫が人間になるはずもない。

 三色の髪の毛にしても染めているのかもしれない。

 黄色い右目と青い左目は、カラーコンタクトかもしれない。

 

「しかしこれは、さすがに無理だろうな」

 

 耕作は少女の頭部に突き出ている二つの突起物、いわゆる猫耳を見て思った。

 試しに摘まんで引っ張ってみる。

 

「痛い痛い痛い痛い痛い! コーサク、痛い!」

 

 少女は涙目になり、抗議の声を上げた。

 猫耳にはよく見ると血管があり、血が通っているのも分かった。

 

 耕作は猫耳から手を放すと、続いて三色の髪の毛を掻き分け、人間であれば耳があるであろう場所を探ってみた。

 そこには他の頭皮と同じように、髪の毛だけが生えていた。

 

「あっ……コーサク、んっ……」

 

 少女がなにやら艶めかしい声を上げだした。

 耕作は慌てて手を放し、少女から距離を開ける。

 それから彼女の全身を観察した。

 

 少女の肌はまさに「白磁のような」という表現が相応しい白さだった。

 色の異なる両眼には、宝玉のように透き通った輝きと、湖をも凌駕する深さがある。

 目鼻立ちは美神の愛娘として生まれ出でたかのような、幼さを残しながら同時に気高さをも感じさせる、完璧な造形をしていた。

 類まれなる、万人の視線を釘付けにするであろう美しさである。

 

 身体は顔と同様、十代前半の少女程度には発達している。

 今は耕作のワイシャツを着せているので見えないが、胸も既に膨らみ、主張を始めていた。

 先ほど目にした少女の全裸姿を思い出し、耕作は慌てて頭を振った。

 

 ともかく、少女が普通の人間でないことは分かった。

 ならば次は、彼女が本当にミーコなのかどうかという点が問題になる。

 しかし、どうやって確かめればいいのだろうか。

 

 少女本人のことは既にある程度まで質問を終えていた。

 そこで耕作は、自分についてどれだけ知っているのかを聞いてみることにした。

 

「俺の名前は?」

「コーサク、吉良耕作」

「歳は?」

「二十四歳」

「じゃあ……」

「コーサクのことならなんでも答えられるよ。好物は私と同じマグロのお刺身。でも私はあんまり食べちゃいけないんだよね……。嫌いな食べ物は無し。趣味はもちろん、私と遊ぶこと。それ以外には将棋と水泳。テレビはあんまり見ないけど、日曜にやってる将棋番組は欠かさず見てる。あ、それと夜中に時々ちんちんいじってるよね。その時はパソコンにある『巨乳』ってフォルダの中から……」

「やめてくれ、それ以上言うな!」

 

 今までミーコの前で晒してきた痴態を思い出し、耕作は頭を抱えた。

 猫の時は当然ながら気にもしていなかったが、今や相手は美少女である。

 恥ずかしいどころの話ではなかった。

 ここに至って耕作は、少女がミーコであることを認めた。

 

 

 

 

「それで、なんでこんなことになったんだ」

 

 相手がミーコであると分かったならば、話は次の段階に移るべきである。

 耕作の問いに対しミーコは、昨夜、自分の身に起きたことを説明した。

 

 耕作の呟きを聞いたこと。

 願いが叶うよう祈ったこと。

 天使と悪魔が現れたこと。

 それから眠りに落ちて目覚めたら人間になっていたこと、等々である。

 

「天使と悪魔か……」

 

 耕作は呟き、思考の海に沈んだ。

 

 にわかには信じがたい話である。

 とは言っても、猫が急に擬人化するなどという奇病があるとは考えられない。

 他に納得できる説明も思いつかない。

 それになんと言っても、ミーコが自分に嘘をつくとは思えない。

 

 信じるしかないだろう。

 耕作はそう結論付けた。

 しかしそうだとすると、彼には一つ、どうしても放っておけないことがあった。

 

「なんでそんな勝手なことを!」

 

 怒気を込め、耕作はミーコを叱った。

 

「ニャッ!?」

 

 耕作が珍しく本気で怒っている。

 それに気づき、ミーコは涙目になった。

 

「ごめんなさあい……」

 

 頭を下げ、謝る。

 しかし耕作が続けて、

 

「魂を渡すなんて約束したら、どうなるか分かってたのか!」

 

 と言ったので、

 

「え?」

 

 と、呆けてしまった。

 

 どうも自分が考えたのとは違う理由で、耕作は怒っているらしい。

 ミーコはそう思い、恐る恐る問いかけた。

 

「あの……私が悪魔に魂を上げるって約束したから、怒ってるの?」

「ん?」

 

 今度は耕作がミーコの意図を測りかね、困惑した。

 

「それ以外に怒る理由なんかないだろ?」

「私が勝手にコーサクの願いをかなえようとしたから、とか……」

「ミーコが俺のことを思ってしてくれたんだから、怒るわけないだろ。とても嬉しいよ」

「コーサク!」

 

 自分の事を心配し、怒ってくれていた。

 その事実に気付いたミーコは、喜びのあまり満面の笑みを浮かべて耕作に抱き付いた。

 

 耕作の鼻腔に、猫だった頃の匂いをわずかに思い出させる、ミーコの甘い香りが広がる。

 耕作は酩酊しそうになり、慌ててミーコを引き離した。

 生真面目な顔と正座を作り直し、毅然とした態度で再び説教を始める。

 

「とにかく魂を渡したりしたら、とんでもないことになるんだぞ」

「どうなるの?」

 

 問いかけられて、耕作はいきなり言葉に詰まってしまった。

 

 はて。

 悪魔に魂を取られるとどうなるのだろうか。

 

 碌でもないことになるのは予想できた。

 しかし具体的にどうなる、と問われると、信心深い訳でもない身としては答えようがない。

 地獄に落ちるとでも言えばいいのだろうか。

 そんなことを告げるのは、ミーコが可哀想だ。

 

 そう考える耕作は、この期に及んでもミーコに甘かった。

 

「レモンや唐辛子が敷き詰められた部屋に閉じ込められるんだぞ」

 

 結局、そう返答した。

 耕作はこの時、自身の発想の貧困さに自分でも呆れていた。

 ミーコが嫌がりそうなものと言うと、情けないことにそれぐらいしか浮かばなかったのである。

 

 それでもミーコは顔を崩し、泣きそうな素振りを見せていた。

 だがしばらくすると。

 彼女は両手の人差し指を突き合わせ、呟いた。

 

「……が、我慢する」

「え?」

「私が我慢すれば、コーサクは『カノジョ』を手に入れられるんでしょう? それでコーサクが幸せになれるんなら、我慢する」

 

 かわいい。

 ミーコの健気さに、耕作は身体中の血が頭に上ったような興奮を感じていた。

 ミーコを抱きしめたい衝動にも駆られたが、全身の力を振り絞って自制する。

 そして「いいかい、ミーコ」と前置きをしてから、説得を始めた。

 

「俺の幸せは、ミーコが幸せになることだ。ミーコがそんな可哀想なことになったら、その時点で俺は不幸だ。だから自分を大事に……」

「コーサク!」

 

 こちらは自制する気など更々ない。

 ミーコは再び、耕作に抱き着いていた。

 

 

 

 

「ところでコーサク、『カノジョ』のことだけど……」

「ん?」

「『カノジョ』ってなんなの?」

 

 その説明をしていないことに、耕作は今更ながら気が付いた。

 

「それはまあ、恋人のことだ」

「コイビト?」

「猫っぽく言うと、俺とつがいになる女性のことかな」

「ああ、交尾の相手か」

 

 ミーコの単刀直入な表現を聞いて、耕作はよろけそうになる。

 

「それもあるけど、それだけじゃないぞ。一緒に出かけたり、遊んだり、食事をしたり。将来は結婚もして、一緒に生活して子供を作って育てて、共に老いていき、最後まで傍にいて、死後は同じ墓に入る人だ」

 

 結婚に幻想を持っているような返答になってしまった。

 でもまあ、間違いではないだろう。

 耕作はそう思いつつ、説明を終えた。

 ミーコは黙って聞いていたが、その後なにやら考え込んでしまった。

 

 一分ほどの時間が流れた後。

 ミーコは数回、得心するように頷いた。

 立ち上がって耕作に人差し指を突き出し、叫ぶ。

 

「分かった! コーサクそれだニャ!」

「へ?」

 

 耕作は間の抜けた声を出していた。

 ミーコは気にせず、話を続ける。

 

「私が人間になった理由だニャ! 私はコーサクと遊べるし、一緒に生活することもできた。でも交尾したり子供を作ったりするのは無理だった。でも人間になったことで、その欠点は克服されたんだニャ! これで私はコーサクの彼女になれる!」

 

 ミーコは話し終えると「幸せいっぱい」と書かれた顔を耕作に向けた。

 

 一方、耕作は「ああ、やっぱりそうなのか」と思っていた。

 彼も気づいてはいたのだ。

 ミーコが擬人化されたのは、自分の彼女になるためなのだということを。

 

 それにしても「彼女が欲しい」という願いをかなえるため、飼い猫を人間にするとは。

 随分とひねくれた方法をとるものだ。

 耕作は、なんとはなしに溜め息をついていた。

 

 そして改めてミーコの笑顔を眺めた時。

 耕作は、ふと気づいた。

 神と悪魔のどちらによってミーコは人間になったのだろうか、と。

 

 耕作は立ち上がってキッチンに行き、冷蔵庫からビールを取り出す。

 再び部屋に戻ると、ビールをグラスに注ぎつつ、さらに考えを進めていった。

 

 猫を擬人化する。

 そんな悪趣味なことを神がやるとも思えない。

 しかし、悪魔にそんな力があると考えるのも空恐ろしい。

 どちらにしても、天使なり悪魔なりをもう一回よびだして、話を聞きたいところだ。

 

 考え込む耕作の前で、ミーコは耕作の恋人になれる喜びに浸り、悶えまくっていた。

 涎すら垂らしている。

 だがしばらくすると、何かを思い出したように表情を改め、耕作に話しかけてきた。

 

「そういえば約束通りだとすると、彼女がもう一人」

 

 言葉は、そこでアラーム音に遮られた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。