子猫と令嬢に愛された青年は、修羅場の海を懸命に泳ぎ続ける   作:ソノママチョフ

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最後のかけら 一

 静音の決意を聞かされて。

 しかし耕作は、安心するような心境にはなれなかった。

 今の彼女からは猛禽類のような気配が感じられたのだ。

 鋭く隙のない眼差しで獲物――耕作を見つめている。

 

 耕作は乾いた唇を開いた。

 

「……さっきも聞いたけど、それはどういう意味なのかな」

 

 静音の辛い境遇は分かった。

 だがそこから彼女を助けた覚えは、やはりない。

 

 静音はすぐには答えなかった。

 顔を横に向け、加藤へ声をかける。

 

「ありがとう加藤さん、もう下がって結構よ」

 

 巨体の従者は恭しい礼をすると、静かに部屋から出ていった。

 その後ろ姿を見送ってから、静音は耕作に向き直る。

 

「先週の木曜日に私……正確に言えばジーリアさんだけど。彼女の元へ天国から連絡が入ったの」

「天国から? と言うと相手は……」

「そう、サラサさん」

 

 先週の木曜日といえば悪魔がミーコの前に姿を現した日ではなかったか。

 と、耕作は考えた。

 

「話の内容は、私の魂が不思議な力を発揮している、というものだったんだけど」

「不思議な力?」

「うん。私の魂はその力を使って、天国からこの身体へ戻ろうとしていたらしいの」

「それはつまり……」

「生き返ろうとしていた、ということ」

 

 静音の声は次第に緊迫感を増していく。

 

 前代未聞の非常事態。

 静音の魂に起きた現象を、サラサはそう評していた。

 

 過去、神の意思によって天国にいた魂が人間界へ戻される、つまり生き返ったという例は、少なくはあるが皆無ではない。

 だが魂が勝手に生き返ろうとするなど、かつてありえない出来事だったのだ。

 このままでは天国と人間界の関係や、さらには生と死のことわりすらも崩壊しかねない。

 天国全体が騒然となった。

 

 サラサはその渦中にあって、まず慌てふためく周囲の天使たちを落ち着かせた。

 それから静音の魂に何が起きているのかを詳しく調べ始めた。

 その結果、彼女はある事実を発見する。

 人間界へ戻るべく静音の魂が発揮している力、そこには二つの特徴があった。

 

「一つ目の特徴は力の性質……説明が難しいんだけど。属性とでも言えばいいのかな」

 

 属性?

 ゲームなどでよく聞く炎属性とか氷属性とか言う、あれのことだろうか。

 と、耕作は考えた。

 思ったままを問いかけると、静音からは頷きが返ってくる。

 

「うん。それでサラサさんによると、私の魂が発揮していた力はあの子……ミーコさんが使っていた超能力と、ほぼ同じ属性を持っていたらしいの」

「え?」

「あの子が使う物体を操る超能力と、私の魂が発揮した生き返ろうとする力では、まるで違うように思えるけど。力の働き方に共通点があったらしくて」

 

 サラサは以前、ジーリアの依頼でミーコと耕作、二人の身体や魂を調べていた。

 だから天使たちの中で彼女だけが気づいたのだ。

 静音の魂が発揮した力は、ミーコを人間とし、物体や熱を操る超能力ともなった力と同じ性質を持っていた。

 

 耕作は首をひねりながら尋ねる。

 

「ミーコと同じ属性……それはつまり、悪魔の力ということでもあるのかな」

「うん」

 

 悪魔の力が天国で発動している。

 この点もサラサを驚愕させていた。

 天国に悪魔の力が侵入するなど、これもまた前代未聞のことであったのだ。

 

 話を聞くうち、耕作はふと疑問をおぼえた。

 

「しーちゃんはサラサさんから聞いたことだけを話しているようだけど、天国にいた時のことは覚えていないのかな?」

 

 静音は頷いた。

 

「今の私には、身体に残っている記憶しかなくて」

 

 従って天国についてはサラサに聞かされた以上のことは分からない。

 逆に言えばジーリアに憑依されていた間の記憶は持っている。

 静音はそう答え、さらに話を進めていった。

 

「そして私の魂が発揮した力の、もう一つの特徴だけど……」

 

 そこまで話したところで。

 静音は再び、息をのむほどに美しく、同時に寒気すら感じさせるほどの迫力にも満ちた真っ直ぐな眼差しで、耕作を射貫いた。

 

「こーくん。私の魂は、貴方を求めていたの」

「え?」

「貴方に会いたい、貴方の傍に行きたい。その気持ちが力の源泉になっている。サラサさんはそう言っていた」

 

 静音は断言した。

 その声は熱く、さらに絡みついてくるかのような淫猥な響きも帯びていた。

 全身からは恋情の炎が立ち上っている。

 

 強烈なまでの愛情を向けられて、耕作は絶句する。

 しかし彼は、それでも状況を理解しようと試みた。

 

 耕作への愛情が静音を生き返らせる力となった。

 彼女はそう言っている。

 想い人への愛によって生き返るというのは、大昔、それこそ神話の時代からある話だ。

 妙な表現になるが定番の奇跡といえるかもしれない。

 

 ただ耕作は静音の話に現実感を持てなかった。

 大体そんなことが可能なら、地上は生き返った人間で溢れかえってしまうだろう。

 

 もっとも「そんな馬鹿な」と切り捨てる気持ちにもなっていない。

 静音の言葉には疑問を許さない、有無を言わせないだけの迫力と説得力があったのだ。

 それに耕作にも思い当たる節があった。

 

 彼は以前、ミーコが扱う超能力について、力の源になっているのは嫉妬心ではないかと言う仮説を立てていた。

 愛情と嫉妬心。

 これら二つの感情は表裏一体のようなものともいえる。

 しかもミーコと静音の想い人は、ともに耕作だ。

 悪魔の属性を持っている点といい、二人の力には共通している部分がいくつもある。

 

 耕作はそこまで考えると頷き、話を切り替えた。

 

「……サラサさんは他にも何か言ってきたのかな?」

 

 静音は口元を歪め、頬を膨らませた。

 自分の求愛をそらされたように感じたのだろう。

 それでも質問には答えている。

 

「忠告してきた。こーくんに会っちゃダメだって」

 

 静音の魂が耕作を求め、生き返ろうとしている。

 この状況で受け入れる側の身体が耕作に対面したりすれば、それがきっかけとなって本当に生き返ってしまうかもしれない。

 

 その際ジーリアにどんな影響が及ぶのか、想像もできない。

 少なくとも身体にとどまるのは不可能だろう。

 従って事態の解決策が見つかるまで耕作に会ってはならない。

 サラサはそう忠告してきたのだ。

 

「なるほど、それで……」

 

 耕作は得心した。

 だから天使は金曜日以降、自分と会うのを拒否していたのか。

 静音の身体から追い出されれば、最悪の場合、耕作に二度と会えなくなるかもしれない。

 天使はそれを恐れたのだろう。

 

「そう。でもあの時、こーくんは私のところへ来てくれた。だから今、私はここにいる」

 

 静音は断言した。

 彼女の身体から、再び恋情の炎が立ち上っている。

 

 耕作は考える。

 危険だ。

 このままでは、静音の愛情に飲まれかねない。

 

 月曜日に自分は偶然、彼女の前に現れた。

 それによってサラサが危惧していた通り、魂が身体へ戻ったのだろう。

 その点を静音は感謝してくれているのだ。

 

 だがあの出来事は偶然に過ぎない。

 静音が過剰に恩義を感じる必要もない。

 そう伝え、彼女の情熱を静めるべきだ。

 

「しーちゃん、あれは偶然だ。俺がしーちゃんを助けようと思ってした訳じゃない。だからあまり……」

「違う!」

 

 耕作が言い切らないうちに、静音は彼の意を強く否定した。

 

「偶然なんかじゃない! こーくんが約束してくれて、私はそれを信じていた! だから帰ってこれたの! こーくんが約束を守ってくれたから、私は今、ここにいる!」

「約束?」

 

 耕作は困惑しつつ、問い返した。

 

 静音は深く頷いて立ち上がる。

 テーブルに手をつき、上体を耕作に向けて傾けた。

 

「忘れちゃった? あの公園で交わした、私との約束を」

「……」

 

 耕作は沈黙してしまった。

 

 静音との約束。

 現在彼女が見せている鬼気迫る、あるいは切羽詰まったかのような様子からすると、それはよほど重要なものなのだろう。

 だがどれだけ思い出そうとしても、それらしい記憶は浮かんでこなかった。

 

「……ごめん」

 

 謝罪の言葉を述べる。

 静音の顔が一瞬にして青ざめ、目には涙が浮かび上がった。

 

 静音が悲しんでいる。

 おかげで情熱は収まったようだが、心に傷を負わせてしまった。

 激烈なまでの愛情に戸惑うあまり、大切な友人を傷つけてしまうとは。

 耕作は己のふがいなさに、怒りと失望を覚えていた。

 奥歯をかみしめ、眉間にしわを寄せる。 

 

 耕作が自責の念にさいなまれているのを、静音も気づいたらしい。

 ハッとした顔を見せると、ソファーに座り直し、うつむいてしまった。

 小さく悲しげな声を出す。

 

「ごめんね。昔のことだもん、忘れて当然なのに……」

「いや、昔のことでも約束は約束だ。それを忘れるなんて、どう考えても俺が悪い」

「ううん。私だってほとんど忘れていたのを、ジーリアさんに記憶を引き出されてやっと思い出したのに……」

 

 静音は顔を上げた。

 そして今度は毅然とした、明瞭な口調で話し始める。

 

「あの約束を交わしたのは、こーくんと離ればなれになる数日前のことだった」

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