子猫と令嬢に愛された青年は、修羅場の海を懸命に泳ぎ続ける 作:ソノママチョフ
過去の話は一段落となった。
二人は続けて未来、つまりどのようにして耕作とミーコの魂を救うかについて話を進めていく。
まず初めに静音が、ジーリアの考えと彼女が進めていた計画について説明した。
ジーリアは人間界に伝わる悪魔祓いの方法で耕作を救うつもりだった、と。
話を聞き終え、耕作は呟く。
「悪魔祓いの儀式、か……」
ジーリアは静音の身体に起きた奇跡に驚き、人間界の可能性に賭けてみたくなった。
だから人間界に伝わる方法を用いようとした。
その考えは理解できる。
しかし魂を救う手段として確実なものと言えるのかどうか。
耕作は一抹の不安を覚えていた。
「大丈夫よ、こーくん。きっとうまくいくから」
耕作の気持ちを察したのだろう、静音が励ましてくる。
おかげで耕作の不安も、多少なりともやわらいだ。
それに現状、他に手段はないのだ。
試してみる価値はあるだろう。
と、耕作は決心した。
静音が弾んだ声をかけてくる。
「それにね、もう用意もできてるの」
「用意?」
「うん。私の部屋に儀式で使う道具を揃えておいたわ。それ以外の事前準備も、全部おわらせてあるから」
静音の手際の良さに耕作は驚いた。
彼女はさらに、急かすようにして話を進めていく。
「善は急げっていうし。こーくん、さっそくだけど今から私の部屋に……」
「いや、しーちゃん。それはちょっと待ってくれ」
「どうして?」
心底ふしぎそうな表情で、静音が問いかけてきた。
一方、耕作は腕を組み、考え込むような素振りを見せている。
実際、耕作は悩んでいた。
彼には今、静音に願い出なければならないことがあったのだ。
だがそれを口にすれば彼女は間違いなく怒り出す。
ことを穏便に進めるには、どうすればいいのだろうか。
結局、良い考えは浮かばなかった。
耕作は逡巡しながらも、馬鹿正直に話を切り出した。
「しーちゃん、お願いがあるんだ」
「なに?」
「その儀式は、俺よりもまずミーコに受けさせてくれないかな」
「嫌よ」
予想通り。
静音は間髪を入れず拒否してきた。
さらに追い打ちをもかけてくる。
「絶対に嫌。こーくんのために準備したのに、なんであの子に使わなきゃいけないの? こーくんが困っているのも、全部あの子のせいなのに」
静音の眉間にはしわが寄り、不機嫌な色があらわとなっている。
声も怒気をはらんで割れ始めていた。
恋敵を救うなど論外だ。
理においても情においても議論をさしはさむ余地すらない。
静音はそう宣告している。
耕作は頭を抱えたくなった。
だがこの点については絶対に引き下がる訳にいかない。
耕作の目的はミーコを救うことであり、それが第一なのだ。
心を奮い立たせて説得を始めた。
ところが。
耕作がどれだけミーコを大事に思っているか。
彼女を助けたいと思っているのか。
それを話せば話すほど、静音の怒気は逆に増していった。
かといって耕作には静音を騙す、あるいは丸め込めるような図々しさや弁舌もない。
真正面からぶつかるしかなかった。
そして案の定、はね返される。
そんな不毛なやり取りが、延々と繰り返された。
その結果。
先に折れたのは静音だった。
愛する男の説得に、わずかながらも気持ちが揺らいだのだろうか。
唇を歪め、眉間にしわを寄せ、完全なふくれっ面になりながらも、渋々といった様子で彼女は譲歩した。
「……分かった。じゃあ、あの子も助けてあげるけど、こーくんの後にして。あの子を先にするのは絶対に嫌」
一歩、いや半歩前進した。
耕作はそう思い、小さく吐息を漏らした。
だが、まだ安心はできない。
静音の発言を完全に信用する訳にはいかない。
これは静音への好悪の念とは別問題である。
もし、耕作の悪魔祓いが成功したら。
静音はなんだかんだと理由をつけて、ミーコを助けるのを拒むのではないだろうか。
その可能性は否定できない。
かと言ってかたくなにミーコを優先するよう主張しても、上手くいくとも思えない。
例えば、
「ミーコを後回しにされるぐらいなら、静音の助けは必要ない」
と言ったとする。
その場合、静音はさらに譲歩してくれるかだろうか。
可能性としては五分五分といったところか。
……いや、もっと分は悪いだろう。
手にしているカードを比べれば一目瞭然だ、耕作に勝ち目はない。
そもそも頭を下げてお願いする立場なのだ。
ミーコを助けるため、最終的に折れざるを得なくなるのは耕作の方である。
ではどうすれば良いか。
耕作は考えた末、結論を出す。
静音の提案を受け入れる。
まずは自分が悪魔祓いの儀式を受けてみる、と。
ただしその際、耕作は静音が行う儀式を、ただ受けるだけにするつもりはない。
その内容について、できる限り記憶しようと思っていた。
そして悪魔祓いが成功した後、静音が約束を破ってミーコを見捨てようとしたら。
その時は記憶を頼りに儀式を行い、耕作がミーコを助けるのだ。
いや、記憶だけを頼るわけではない。
静音が用いるのは人間界に伝わる悪魔祓いの方法だ。
どこかの文献なり、インターネットなどでも詳しい内容を調べられるだろう。
時間はかかるだろうが、やってやれないことはないはずだ。
この保険をかけておけば、静音が裏切ったとしてもなんとかなる。
もちろん約束を守ってくれるなら、それに越したことはない。
……静音を信用しないというのは心が痛むが、やむを得ない。
耕作は頭の中で考えをまとめる。
それから咳ばらいを一つして、答えた。
「分かった。ミーコは俺の後で構わないよ、しーちゃん」
「本当に!?」
静音は、跳ね上がって喜んだ。
さらには勢いのまま耕作に抱き着いてくる。
静音の女性らしい起伏に富んだ柔らかな肢体と、鼻腔に飛び込んでくる甘い香りに、耕作は酩酊しそうになった。
慌てて静音を引きはがし、立ち上がる。
「じゃあ善は急げというし。早速はじめようか、しーちゃん」
「……うん」
耕作から強引に引き離されたため、静音は唇を尖らせ、すねた顔になっていた。
それでもすぐに笑みを見せると、耕作の手を取り、先に立って歩き始める。
静音の私室は大邸宅の三階にあった。
二人は階段を上り、広い廊下を進んでいく。
すでに夜も更けているため使用人たちの姿も見えなかった。
静音はこの間も上機嫌で、耕作の手を放さなかった。
これから行う儀式について楽しげに話している。
この儀式は主にイタリアで用いられていたものだとか。
対象になったのは高貴な身分の人が多かったとか。
準備だけでもかなりの時間がかかるので、静音も家にいる間、その作業にかかりっきりになっていたとか。
静音の話を聞きつつ、耕作は考える。
儀式の内容について記憶しておくだけでは心もとない。
難しいだろうが録画か、最低でも録音ぐらいはしておかなければ。
ポケットにはスマートフォンがある。
どこかのタイミングでカメラを起動できれば……。
考えているうちに大きな両開きの扉へたどり着く。
耕作の目線からはやや下の位置に「静音」と記された表札がかかっていた。
静音が、
「こーくん、いらっしゃいませ」
と言って扉を開けた。
耕作の手を取ったまま先に進む。
そして。
静音は明かりもつけずに耕作の手を引っ張り、部屋の中へと引きずり込んだ。
「え!?」
耕作は驚き、声を上げた。
彼を驚かせた理由は二つある。
一つは思いもかけなかった静音の行動について。
そしてもう一つは。
静音が発揮した、とてつもない腕力についてだった。
静音は片腕で耕作を部屋の中へ引きずり込んだのだ。
耕作も油断してはいた。
それでも大人の男性である彼が、一瞬で二メートル近くも移動させられたのだから尋常ではない。
耕作は勢いに押され、軽く躓きながら前へと進む。
背後から鈍い金属音が聞こえてくる。
扉が施錠されたのだ。