子猫と令嬢に愛された青年は、修羅場の海を懸命に泳ぎ続ける   作:ソノママチョフ

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幼馴染は牙を剥く 二

 閉じ込められた!

 気づくと同時に、耕作の身体から音を立てて血の気が引いていった。

 

「しーちゃん、何を……!」

 

 背後にいる静音へ、振り返ろうとする。

 しかし耕作が身体を反転させ終える前に、部屋に明かりが灯った。

 視界が白色で染まる。

 耕作は眩しさから、目をしばたいた。

 

 次第に目は慣れ、情景が浮かび上がってくる。

 部屋の様子を見た耕作は思わず、

 

「なっ……!」

 

 と、うめき声とも叫び声ともつかぬ声を上げてしまっていた。

 

 部屋はとてつもなく広かった。

 耕作の部屋と比べると、確実に十倍以上はある。

 そして大部分がピンクで染められていた。

 壁紙から家具、大きな天蓋付きのベッドに至るまでが、ピンクを中心とした色合いで揃えられていたのだ。

 

 ただそれ自体は、特に異常とか奇怪とか表現されるようなものではない。

 少女趣味が強すぎるかもしれないが、それでも常識の範囲内にある。

 問題は別のところにあった。

 部屋には家具などとは異なる奇怪な物品が、多数そろえられていたのだ。

 

 床には大きな六芒星が描かれていた。

 その周りには呪文のような、耕作が今まで見たこともない文字が記されている。

 部屋の四角には大きな盃が置かれており、中は透き通った、水のような液体で満たされていた。

 壁際には凝った彫刻が施された杖、さらには白・黒・赤・青と四色をそろえた蝋燭などが何十本と並べられている。

 一面の壁には大きな祭壇までが設けられていた。

 

 祭壇に目を止め、耕作は絶句する。

 そこには宝石を埋め込んだ十字架や、精巧に作られた天使像などの物品と。

 それらが醸し出す神々しい雰囲気をぶち壊す、淫猥な道具が並べられていた。

 

 まず目につくのは極彩色で作られた、男性器を模した棒。

 透明な液体が入ったチューブは山と積まれている。

 その隣には丸みを帯びた形をした、耕作にはどう使うのかも分からない電気製品が鎮座していた。

 さらには凹凸のついたゴム製品や、革製の拘束具……と、見ていけばきりがない。

 

 耕作の鼻腔にベビーパウダーのような、甘い香りが飛び込んでくる。

 途端に、身体中の血流が勢いを増していく。

 性的な興奮も急激に高まっていった。

 

 媚薬か!

 耕作は察した。

 液体が満たされた盃に目を向ける。

 あの液体が、この匂いを発散させているのだろうか。

 

 それにしても、あの大量の淫具はなんであろうか。

 悪魔祓いの儀式に必要とは、とても思えない。

 これではまるで……。

 

 耕作は考え、静音に向かい合った。

 淫具を指さし、詰問する。

 

「しーちゃん、あれは一体なんだんだ!」

「どうしたのこーくん? なにかおかしい?」

 

 静音は全く悪びれない様子で返答した。

 耕作もさすがに怒りを覚える。

 彼には珍しい、憤然とした声を出した。

 

「おかしいもなにも、これじゃあまるで……」

「こーくん、勘違いしないで。ここにある物はすべて、悪魔祓いのために必要なものなの」

「あれが!?」

 

 耕作の怒声にも、静音は落ち着いていた。

 笑みすらたたえ、深く頷く。

 そして喜々として説明を始めた。

 

「人間界に伝わる悪魔祓いの儀式。その中でも最も効果が高いとジーリアさんが判断したのが、この方法なの」

「それは……」

「悪魔に取り憑かれた男性を救うため、身を清めた女性がその人と交わり、浄化するっていう方法よ」

 

 耕作は息をのむ。

 動揺し、やや癖のある髪をかきむしった。

 乾いた唇を開き、躊躇いがちに問いかける。

 

「交わるって……」

「こーくんの思っているとおりのことよ」

 

 楽しげに。

 かつ淫猥に笑いつつ、静音は断言した。

 

「過去には、悪魔祓いを理由にして女の子を手籠めにする人もいたみたいだけどね」

 

 静音はにじり寄るようにして耕作との距離を詰めてきた。

 耕作は媚薬の匂いと静音の言葉によって、目が回るような気持ちに陥っていた。

 それでも静音を阻止すべく、疑問をぶつける。

 

「しーちゃん、待ってくれ。じゃあこの方法は、ミーコには使えないんじゃないか?」

「そうね。男性限定で用いられてきた方法だし」

「それじゃ意味が……」

「あの子には他の方法を使えばいいじゃない」

 

 静音はあっけらかんとした様子で言った。

 

 耕作の意見は当然ながら異なる。

 ミーコを助けられない方法など意味はない。

 自分に試す必要もない。

 そう言って、再度抗議した。

 

 しかし静音は揺るがない。

 

「だめよ。私の目的はこーくんを助けることだもん、あの子はおまけ」

 

 静音の口調は今も、鼻歌交じりと言っていいぐらいの軽いものであった。

 だが、何か思うところがあったのだろうか。

 彼女は微笑みを消した。

 さらに険のある声で、露骨に脅迫を始める。

 

「……こーくん。もしこの方法を断ったら、あの子は助けてあげないからね」

 

 耕作は愕然とする。

 しかしそれでも、静音を翻意させなければならない。

 耕作は静音に立ち向かうべく、彼女の目を見つめ返した。

 そして――恐怖した。

 

 静音の瞳は今、古い湖のごとく暗く深く、澱み始めていたのだ。

 生気どころか光さえも感じられない、濁った闇。

 

 耕作は悟った。

 恋敵を人質に取って関係を迫るなど、プライドも何もあったものではない。

 静音はなりふり構わず耕作を手に入れようとしている。

 今の彼女は、まともな精神状態とは思えない。

 いや――もうずっと前から、狂っていたのかもしれない。

 

 静音が無言のまま、一歩を踏み出してくる。

 有無を言わせぬ圧力に、耕作は思わず後ずさった。

 

 静音は避けられて不快感を覚えたらしい。

 唇をへの字型にして、不満をあらわにした。

 

 しかし考えるような仕草を見せたかと思うと、今度は一転、破顔してみせた。

 瞳は相変わらず、濁ったままだったが。

 

「こーくん、心配しないで。聖水をとりよせて時間をかけて、身を清めておいたから。きっと成功するわ」

 

 いや、問題はそこじゃないんだ。

 耕作は叫びたくなっていた。

 だが静音の雰囲気にのまれ、舌が動かせなくなっている。

 

「こーくんの悪魔祓いが成功したら、あの子も他の方法で助けてあげる。それに……」

 

 そこまで話したところで、静音はいったん口を閉じた。

 数瞬の間を置いた後。

 獰猛な、獲物を前にした肉食獣の笑みを浮かべる。

 

「もう逃げようとしても、無駄よ」

 

 耕作の背筋に霜柱が立った。

 壮絶なまでの恐怖に、立て続けに襲われながら。

 それでも耕作は状況を打破するための方策を、なんとか見つけようとした。

 

 静音はああ言っているが、女性だ。

 腕力でねじ伏せられるとは思えない。

 ……普通に考えれば、そうなのだ。

 だがつい先だって、彼女は想像すらできなかったほどの力で、この部屋へ自分を引きずり込んだ。

 

 それにだ。

 この家の住人は、全員が静音の味方なのだ。

 耕作が抵抗し騒ぎを起こしても、助けに来るはずがない。

 むしろ静音に加勢するのではないか。

 

 加藤だけは別かもしれないが、先日のことがあるので釘を刺されているかもしれない。

 やはり逃げられない。

 

 万が一、逃げ出せたとしても、その時はミーコを助けられる可能性も消滅してしまう。

 静音にはミーコを助けるため、力を貸してもらわなければならないのだ。

 だがそのためには、ミーコを裏切らなければならない。

 

 ……一回の過ちぐらい、ミーコは許してくれるだろうか?

 とてもそうは思えない。

 

 いや、正確に言えば。

 ミーコは耕作のことは許すかもしれない。

 だが静音は絶対に許さないだろう。

 間違いなく殺そうとするはずだ。

 先にあるのは愛猫と幼馴染が殺しあう、凄惨な未来図である。

 

 それに静音にしても、耕作との関係を一回限りで終わらせるはずもない。

 後々まで関係を求めてくるだろう。

 

 いや、それすらも甘い考えかもしれない。

 部屋の様子を見る限り、静音は取り揃えた様々な道具で、今夜中に耕作を虜にするつもりなのだ。

 それどころか、二度とこの部屋から出さないかもしれない。

 今の静音には、そう思わせるだけの狂気があった。

 

 耕作の思考は袋小路に陥り、出口が見いだせなくなっていた。

 その間にも、静音は迫り続けている。

 艶めかしい舌で唇をなめ、頬を朱に染め、うっとりとした声で告白した。

 

「好きよ、こーくん。愛してる」

 

 その言葉にも、耕作は絶望しか覚えなかった。

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