子猫と令嬢に愛された青年は、修羅場の海を懸命に泳ぎ続ける 作:ソノママチョフ
耕作は、静音が息をのむ音をはっきりと聞いていた。
腕には彼女の手がかかり、爪を立てるほどに強くしがみついてくる。
思わず横に目を向けると、静音の顔は常より白さを増していた。
静音がおびえている。
耕作は察した。
前へ進み出て、ベルゼブブに対峙する。
「詳しく説明してもらおうか」
「そこの女が生き返ったのも種の力によるもの、ということだ」
「種は全部ミーコに使ったんじゃないのか!?」
「その通りだ。だがな……」
ベルゼブブは耕作と静音の顔を見比べた。
舌打ちの後、声を出す。
「河原崎静音が抱いていたおまえへの愛情、それが問題を引き起こした」
静音の身体には幼い頃から抱き守り続けた、耕作への強い想いがあった。
ミーコに使われた種が力の源泉にしていたのも、耕作への愛情だ。
この二つの感情は、悪魔などの目から見ると実によく似た性質を持っていた。
そのためミーコが静音を殺そうと超能力を使った、あの時。
驚くべきことが起きてしまった。
種の力が静音の想いにも同調してしまったのだ。
同調した力は静音の感情に浸透し、身中に入り込もうとすらした。
「だがそれだけなら、問題はないはずだった」
いくら同調したと言っても本来はミーコのものだった力だ。
静音と完全に融合できるはずはない。
おまけに静音はその時、超能力によって体液を沸騰させられ、肉体を滅ぼされている。
彼女にとりついた種の力もそれで消滅するはずだった。
ところが。
「そこにいる天使が、即座に身体を生き返らせてしまった」
ベルゼブブが吐き捨てるようにして言い、ジーリアに目を向けた。
ジーリアは「ふん」と言ってそっぽを向いている。
だが実際、ベルゼブブが発言した通りだった。
ジーリアが静音の身体を再生させたため、静音に融合しつつあった種の力までもが蘇ってしまったのだ。
復活した種の力は再生を続け、遂には種へと戻ってしまった。
「つまり河原崎静音、おまえの体内には小娘と同じく種が埋め込まれている」
と、ベルゼブブは断言した。
耕作は驚き、同時に納得する。
だから静音の超能力はミーコのそれとほぼ同じものだったのだ、と。
再生した種は静音の身体と同化し、願いをかなえるために魔法を発動させた。
静音の願いはミーコと同じ――耕作の恋人になりたい、というものだ。
種はまず魂を呼び戻し、静音を生き返らせようとした。
天国が大騒ぎになったのも、この時だ。
天使たちは静音の魂が勝手に生き返ろうとし始めたのを見て、慌てふためいた。
だがその中で、サラサはいち早く悪魔の力が介入していることに気が付いた。
彼女は急ぎジーリアに警告を与えた。
それから他の天使たちの助力を受け、さらに調査を進めていく。
そして力を及ぼしている悪魔がベルゼブブだということも突き止めた。
天国は事態解決のため非常手段を使う。
地獄と連絡を取ったのだ。
そしてサタンを通じ、ベルゼブブに問題を解決するよう促した。
サタンに呼び出され事情を聞かされて、ベルゼブブは愕然とした。
天国で起きている事態についてまでは彼も把握していなかったからだ。
「死者を生き返らせる力など、さすがに物騒きわまりない」
生と死のことわりすらも覆しかねない力だ。
ベルゼブブとしても呑気に実験を見守る訳にはいかなくなった。
全てを白紙に戻すため、急ぎミーコの元へ駆け付け、契約解除を申し出る。
だがミーコに拒否されてしまった。
そこで彼女を脅迫し、無理やりにでも契約を解除させようとしたのだが。
「下手に小娘を刺激すれば、三つ目の魔法が発動するかもしれん」
そんなことになれば、事態はより厄介なものになってしまうかもしれない。
その考えがベルゼブブを思いとどまらせた。
やむを得ず地獄に引き上げ、サタンに経緯を報告する。
以降は天国と地獄で協議を行い、対策を検討していた。
だが。
「しばらくして、そこの死にぞこないが生き返ってしまいました」
ジーリアが無念そうに呟いた。
静音の魂が、遂に身体へ戻った。
ジーリアは静音の身体から引き離され、強制的に天国へ戻されてしまう。
この時点でジーリアは妖魔、つまりミーコを処分するという使命を果たしていない。
本来であれば罰を下されるはずであった。
「ですがその時の私は、自分の意志で天国に戻った訳ではありませんでした。それに事態の当事者でもあります。そこで『事態解決に尽力するように』という理由で処分は保留されました」
以降、ジーリアも天国と地獄の協議に参加するようになった。
ちなみにこの時点で協議がどこまで進んでいたかというと。
情けないことに、結論には到底たどりつけそうもない状況となっていた。
天国は主張した。
死者を勝手に生き返らせるような力を作り出すとは、言語道断である。
天国と地獄と、人間界。
これらの関係を根本から覆すことにもなりかねないではないか。
地獄とベルゼブブは猛省し、全面的に責任を負わなければならない。
地獄は反論した。
静音が生き返ったのは、そもそも天国の魂管理に不備があったためであろう。
自分の失態を棚に上げて何をほざくのか。
全ての責は天国が負うべきである。
と、非難を応酬し責任をなすりつけ合い、まともな話し合いにすらなっていなかったのだ。
結論が出るなど夢のまた夢、と言っても過言ではない惨状であった。
「それじゃなぜ、お二人はここに来られたんですか?」
耕作が問いかけた。
ジーリアが腕を組み、答える。
「そこの化け猫と死にぞこないが戦い始めたからです」
ベルゼブブも無言で頷いていた。
ミーコと静音が真っ向から殺し合いを始めた。
種を内に持つ二人の女性が、感情を爆発させたのだ。
このままでは最後の種が魔法を発動させるのも時間の問題である。
ここに至って天国と地獄、二つの陣営は不毛な議論をやめ、重い腰を上げた。
天国はジーリア。
地獄からはベルゼブブ。
各々の陣営で事態に最も深くかかわっていた二人を代表として人間界に派遣し、解決に当たらせることとしたのだ。
「さっさとこうしていれば、この程度の問題などすぐに解決できていたものを。天国の連中は舌を回すだけで頭の使い方を知らない、無能ぞろいだ」
「さんざん屁理屈をこねて話し合いを引っ掻き回したおまえらに言われたくないわね」
ベルゼブブとジーリアが、罵倒の言葉を交わしあっている。
お互いに相手を心の底から忌み嫌っているというのが、その会話からもよく分かった。
その二人が共闘するとは。
おそらく奇跡的な出来事なのだろう。
だが耕作はそんな奇跡を目の当たりにしても、安心はできなかった。
元来、楽観的な性格ではないということもある。
従って、
「天使と悪魔が手を組んだからこれで全てが解決する、万々歳だ」
などとはとても思えなかったのだ。
それにこれまでの経験によって、地獄どころか天国にも無情な面があるのは身に染みていた。
悪い予感がふつふつと沸き起こってくる。
耕作は頭を振ってそれら負の感情を心の隅に追いやり、問いかけた。
「事態を解決するにしても、どうするつもりなんですか?」
「耕作さん、心配は無用です」
ジーリアは両手を腰に当て、薄い胸を張った。
得意気な顔をも見せ、宣言する。
「私は神様から、ベルゼブブはサタンから。それぞれ強権をさずかってきました」
「強権?」
「はい。事態を解決するためなら如何なる手段を用いても構わない、という強権です」
ジーリアの説明を聞き。
耕作の心中に、すさまじい勢いで不安感が増大していった。
耕作の変化に気づいているのかいないのか。
ジーリアは嬉々として説明を続けていた。
「今の私は、本来なら最終戦争の時にしか使えないような、真の力をも発揮できます。これによって……」
「……」
「全てを、完璧に解決して見せますわ」
ジーリアは耕作を安心させるため、微笑を浮かべた。
だがその笑みは、美しく自信に満ち溢れていると同時に、どこか酷薄にも見えるものだった。
他者の思惑など関係ない、圧倒的な力で全てを押しつぶしてみせる。
そう宣言しているかのような、独裁者にふさわしい笑みであった。
悪い予感が的中したことを、耕作は悟った。
顔どころか体中から血の気が引いていく。
ベルゼブブがミーコに声をかけた。
「小娘」
「なんだ!」
「最後にもう一度きいておくが、契約を解除するつもりはないか?」
「断る!」
間髪を入れずに、ミーコは拒否していた。
ベルゼブブは怒らなかった。
むしろ楽し気な様子を見せたかと思うと、周囲を睥睨し、高らかに宣言する。
「それではまず、今回の件で生まれてしまった想定外の副産物、それを処分するとしよう」
悪魔は右手人差し指を、再び静音に突き付けた。
「河原崎静音。おまえの身体から種を回収する」
「え?」
静音は驚き、声を上げた。
続いて探るような視線をベルゼブブに向け、質問する。
「……私はどうなるの?」
「種の力を失うからな。おまえは死ぬことになる」