「最近、誰かに見られている気がする」
「自意識過剰すぎじゃない?」
俺の問いに簡単に答えを返したのはソファでくつろぐ鈴谷だ。
秘書艦だというのにも関わらずこの態度、少し感心してしまう。
ソファの背もたれに足を掛け、頭を下にして寝転ぶ。女性としていかがなものか。絶妙にスカートの中は覗けないように気をつけているあたり鈴谷の性格を表している気がする。
いつもであればそのような態度、と一蹴するところではあるが今の精神状況もあり、そのようなことを言う気は出てこない。
机の上に並べられた書類に目を通すも、頭に入ってくることはない。意味の無い文字列をただ見つめている、そんな気分だ。
これはダメだと机から離れ、窓の外を眺める。
ここからは鎮守府内のグラウンドが見下ろせる。そこでは駆逐艦たちが駆けっこをしている姿が見える。
「うわぁ、駆逐艦の子たち見つめてニヤけるなんてヤバいよ〜?」
「人聞きの悪いこと言うな。俺は真剣に悩んでるんだよ……」
いつの間に起き上がったのか、鈴谷は机の上の書類を手に取り「ホントに進んでないね」とボヤく。
「で?誰かに見られてる〜だっけ?もしそうなら隠しカメラでもあるんじゃない?この辺とか……」
俺の言ったことを気遣ってなのか、やることがなくて暇なのかは判断つかないが、鈴谷は執務室のタンスの隙間を覗き込む。無防備すぎるスカートから視線を逸らし、もう一度グラウンドを見下ろす。
すると、こちらを見上げていた暁と目が合った。試しに手を振ってみると嬉しそうに手を振り返す仕草が可愛らしく、荒んだ心が癒されていく。
「何もないよ、やっぱり」
ヘラヘラと手を横に振りながらなかったことを示す。
そもそも、タンスの隙間なんてところに隠しカメラなんて仕掛けられないだろう。一体どんな時間帯ならそこに仕掛けられるというのだ。
「ほら、サボってないで仕事仕事!」
「ならお前も手伝ってくれよ……」
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「ぁぁあああ!終わった!疲れた!もう寝たい!」
そうして仕事が終わったのは午後六時になった頃だった。
今日の仕事は割と早く終わった。にもかかわらず、やはり疲労感はいつもと変わらない。
すぐにでもベッドに倒れ込みたい衝動を抑え、ソファで寝ている鈴谷を起こす。
「おいこら鈴谷コノヤロー、お前仕事何もしてないだろ」
「んぁ?あぁ、ごめん。寝ちゃってた?」
「ガッツリな」
鈴谷の額に軽くデコピン。「あぅ」という可愛い声のあと額を抑えながら鈴谷はあとをついてくる。
今から向かうのは食堂、つまりは食事の時間だ。一日の数少ない楽しみの一つであり、艦娘達との交流の場だ。無下にすることは出来ない。
食堂は大盛況だった。
いつもはこの時間帯であれば人は少ないはずなのだが、どういう風の吹き回しか今日だけは人が多かった。
艦娘達がほとんど入れるほどの食堂。並の食堂とは違い、頑丈かつ広い。
俺が食堂に入ると艦娘達からの視線が一身に集まる。すぐに後ろの鈴谷にも似たような視線が送られ、居心地悪そうに頬をかく仕草を見せる。
「司令官っ!今日は私と食べましょ!」
そんな鈴谷の様子を横目で伺っていると下から声がかけられる。
下を向けばそこには将来は美人確定だなと思わせるほどに可愛らしい少女、暁が立っていた。
断られるのではないか、と心配してなのか足が少し震えているのが更に可愛らしさを際立たせる。
「おぉ、いいぞ。雷たちも一緒だな?」
「ええそうよ!」
自分の手を引いてテーブルへと連れていく姿は無邪気な子供そのもの。この姿だけ見れば深海棲艦と戦う艦娘であるなんて信じられない。
間宮から食事を受け取り、響、雷、電が待つテーブルへ座る。正面に雷と電。両隣に響と暁というポジションだ。
鈴谷は付いてきておらず、いつものように熊野たち姉妹と一緒に食べている。
「司令官!よそ見しないの!」
「あぁ、すまないな雷」
まるで子供を窘める母親のような仕草で俺のよそ見を注意する。母性溢れるその仕草は少しも背伸びした様子はなく、真性のものであるとわかる。
「今日はみんな早いんだな、食事」
そう聞くと4人とも頭に『?』マークを浮かべる。4人揃って首を傾げる仕草はとても愛らしい。
「司令官の仕事が早く終わったからね。私たちもそれに合わせたって感じだよ」
白い綺麗な髪を食事につかないよう、耳元にかきあげて食べていた響が持っていた箸をテーブルに置いて答えた。
響の答えに3人ともコクコクと頷いている。どうやら俺の仕事と合わせたというのは本当らしい。
「はい司令官、あーん」
俺が言葉を発する前に横にいた暁が箸を口元に運んでくる。どうやら口を開いてほしいらしい。可愛い子の頼みだ、断るなど男としてダメだろうと口を開く。
「暁!ちょっとずるいったら!」
俺が暁の差し出した箸から口を離すと続いたのは雷。こちらも同じように口元に箸を差し出し、食べてほしそうにこちらを見つめる。
「い、雷ちゃん、ちょっと……」
雷の袖を引いて箸を降ろさせたのは隣の電だ。雷はなぜ止めたのか、と怒っているようだが電が止めたのもうなずける。
少し、周囲の様子がおかしいのだ。
おかしい……正確に言えば一瞬だけ雰囲気が固まったのだ。
視線がこちらに集中し、他の時間が止まっていた。そんな感覚。
電が雷を止めたのはこの雰囲気を肌で感じとったからだろう。察しのいい電は何が原因なのかを瞬時に判断し、それを止めた。そういうことだろう。
「少し、軽率だったか……」
前に一度瑞鶴に同じことをやられ、同じように場が凍りついたことを思い出す。
あの時は加賀が「そのように軽率な態度は提督としてどうなのですか」と咎めてくれた。が、それを忘れ今度は駆逐艦の子に同じことをしたのだ。周りの視線は頷ける。
鈴谷に助けを求める意味で目を向けるが、すぐにそらされる。自分でどうにかしろ、ということだろう。
「あれ?暁、もういいのか?」
「ええ、れでぃは食べすぎないのよっ」
そう言って暁はトレイを持って間宮のところへと戻っていった。そのあとを追うように電も戻る。残ったのは響と雷だけ。雷は空いた俺の隣を埋めるように席を移動し、距離を詰める。
「雷、あまり司令官を困らせないように」
「わ、わかってるわよ」
「俺の方こそ、ごめんな」
響が雷を咎め、俺が2人に謝る。
凍りついた雰囲気はいつの間にか元通りに戻っていた。
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「提督、気をつけてよ?全く……加賀さんに言われたことすぐ忘れてるんだから」
執務室に戻ったのはあれから一時間ほど経過したころだった。
俺は現在、執務室のカーテンを閉め、部屋のソファで鈴谷に叱られている。
鈴谷は腰に手を当て姉のように叱ってくれる。正直、こういうふうに俺を叱ってくれることはとてもありがたい。前の秘書艦だった夕立はこういう事はできず、逆に俺が叱ってばっかだった。
言いたいことを言い終えたようで、鈴谷は疲れたのか対面のソファに腰を下ろす。
コップに入っていたお茶を一気に飲み干す。
キッ、と目をきつく細め、「返事」と短く言い放つ。
「はい」
即答だ。こういう時は素直に謝る。そして言われたことを二度と忘れないように胸に刻む。これが一番大切だ。
鈴谷はため息をつき、お茶を入れるために立ち上がる。
「提督は?お茶いる?」
「あ、お願いします」
こういうとき俺は強く言えない。こういう場合じゃなくても俺は女性に対し強くは出れないのかもしれない。
もちろん、仕事をサボっていたりしたときはこちらが優勢だから叱れるが、何も無い場合は俺はこうなる。
鈴谷は仕事はあまりやらない――まあやる時はやってくれるので助かる――が、俺の行動をよく見ていてくれているからありがたい。自分では気づけないことを教えてくれる。
用意してくれたお茶を飲みながら談笑。別段特別な会話などない。ただ、この時間は俺の楽しみでもあるのでなくならないでよかった、と思うばかりである。
「それじゃあ俺は風呂に入ってくるから。鈴谷ももう部屋に戻っていいぞ」
「はーい。それじゃ、一足先に」
そう言って鈴谷はいたずらな笑顔を浮かべながら部屋を後にした。
こうして俺の長い一日は終わる。