「提督、起きないなら鈴谷がイタズラしちゃうぞ〜」
意識が浅くなっていたときに耳に入ってきた言葉に驚き、勢いよく体を起こした。
ゴチン、と額に響く鈍い痛み。何かにぶつかった拍子にまた天井が視界に入る。ジワジワと広がる痛みに耐えられず額を抑えて悶えてしまう。
「いったぁ…………」
両手で額を抑え、頭を布団に埋めているのは鈴谷。なぜ布団にいるのか、という疑問はさておき、今は鈴谷が怪我をしていないかだけが気になる。
「大丈夫か?」
「うん……ばか、勢いよく起きすぎ」
「バカってな……」
上官に対して言うべき言葉ではないが、鈴谷に関しては今更だろう。そんなことをいちいち注意しててはキリがない。
痛みに耐えながらももう一度起き上がる。鈴谷が上に乗っかっているため上半身しか起こすことはできないが……
「お前、なんでベッドに入ってきてるんだ?」
「え、いや、何となくっていうか……たまにはこういう起こし方も〜って思ったっていうか」
なんともあやふやな動機だな。いつも同じ起こし方だったから飽きたのだろうか。起こし方に飽きる、なんてよくわからないが人には人の考え方があるということだ。
顔を埋めていた鈴谷が突然顔を上げた。
「て、提督………………い、いやなんでもない…………です」
「……?変なやつだな」
なぜか顔が赤い鈴谷は顔を埋めていた布団を凝視してさらに赤くなる。
こいつ……まさか……
こういうのは考えつく前に行動することで忘れよう。
鈴谷を無理やり剥がし、俺はベッドから起き上がる。いつも通りクローゼットへ向かい、軍服を取り出そうと手を伸ばしたとき、バゴン、という聞いたこともない音を立てて扉が開いた。
音に気を取られ首をそちらに向けると、衝撃とともに俺の視界は何かに遮られた。
「テイトクー!おはようございマース!」
「この声……金剛か?」
「オウ!やっぱりわかりますカー?」
まあ、喋り方的にも金剛しかいないだろう。
……にしてもこいつ俺の上半身に巻きついて離れようとしない。全体重をかけてきているためすごく……バランスが不安定だ。
このままでは窒息してしまいそうなので金剛の横腹と思われる部分を両手で掴み、剥が…………剥がせない。やはり戦艦。俺の力ではどうしようもできない。
……いや、そんなはずは……。
そう思って今度は横腹をくすぐってみる。
「んっ、やめ、やめてくだサーイ!」
朝だだと言うのにも関わらず金剛は大声で笑う。笑ってしまったために元々不安定だったバランスがさらに悪くなり、後ろへ、横へとよろける。
「……!コレは!」
金剛が声を張って言うものだから何か発見でもしたのかと思い尋ねる。
「どうした?なんかあったか?」
「あ、いえ、ナンデモナイデース」
棒読み……いや、金剛は普段からこんな感じか。
そう言うと金剛は巻きついていた足を解き、弾けるように俺から離れた。
赤くなった頬を左手で抑えている。笑ったせいで頬が疲れた、ということだろう。
「そ、それじゃあ私は帰りマース」
「おう、またな」
すり足で、しかもこちらを向きながら金剛は扉まで向かう。じーっと俺から目をそらさない。
なんのつもりだろう。鎮守府で流行っているのか?
扉までたどり着いた金剛は入ってきたときと同じように音を立てて扉を閉めていった。まるで嵐のようなやつだな。
金剛のせいで中断された着替えを済ますためにクローゼットから軍服を取り出す。
「ん……鈴谷ー?俺の服洗濯に出したか?」
「知らない!そもそも洗濯は提督が自分でやってるでしょ!」
俺の布団に頭を打ち付けて何かよくわからない儀式を行っていた鈴谷がくぐもった声で答えてくれた。
鈴谷の言う通りだ。洗濯はさすがに鈴谷に任せるわけにはいかないので自分の分は自分でやっている。もちろん、洗濯機や干す場所なんかは艦娘達とは別々だ。
「まあいいか」
あとで確認すればいいのだし、無ければ無いで妖精さんに頼めば新しいのをくれる。一着くらいなくても支障はない。
「さて、仕事に取り掛かるか……」
いつの間にか復活していた簡易更衣室で素早く着替え、いつも通り書類に目を通し始めた。
鈴谷はまだ謎儀式を続けていた。
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「ぽいーっ!」
謎の叫びとともに執務室へ飛び込んできたのは駆逐艦の夕立だ。
「提督さん!久しぶりに遊びに来てみたっぽい!」
「ちょ、ちょっと、夕立ちゃん……提督はまだお仕事中だよ……」
夕立の後を追ってひょこひょこと可愛らしく跳ねるように入ってきたのは軽空母、瑞鳳。
「夕立と瑞鳳……珍しい組み合わせだな。二人とも何しに?仕事でも手伝ってくれるのか?」
ソファに座ってひたすら書類に目を通している鈴谷は完全に自分の世界に入りきっているせいで二人の存在に気づいていない様子。凄まじい集中力だ。…………きっと何か忘れたいものがあるのだろう。
冗談のつもりで言ったのだが瑞鳳は本気と受け取ったらしく、机の上の書類をいくつか手に取った。
対する夕立の方は頬を膨らませ、まるで犬の耳のような髪をピクピクと動かしている。
「遊んで欲しいっぽい!」
「そうかそうか。終わったらな」
夕立、瑞鳳は以前秘書艦をしてもらっていた時期がある。そのため彼女達の性格はある程度把握している。だからこういうときの対処も身についている。
「じゃあ勝手に遊ばせてもらうっぽい」
夕立は机の方へ回り込み、姿勢を低くして足元へ潜り込む。そしてそのまま膝へ座る。定位置だ。
「……やりにくい」
「早く遊んでほしいっぽい〜」
「お前がどければ早く終わるぞ」
「それは嫌っぽい〜」
机の上で手を交互に振りタンタンと、軽い音を響かせる。
可愛らしい行為に反して被害は可愛くない。これをやられると完全に机の上で仕事ができない。夕立が秘書艦のときに編み出した必殺技のひとつだ。
「あー、提督……夕立ちゃんと一緒に遊んであげてきてください。仕事は私たちでやっておきますから!」
書類整理をしていた瑞鳳が苦笑する。
部下に仕事を任せて遊び歩くなんて上官として最低な行為だとしか思えないが、本当にいいのだろうか。
「私たちのことは気にしないで大丈夫です。たまにはこういう日があってもいいと思いますよっ」
「しかし……いや……む……」
一瞬の逡巡の後、部下の言うことに甘えるのもたまにはいいだろう、ともう一人の自分が言うので瑞鳳の言葉に甘えよう。
膝に座った夕立を抱え、席を立つ。凝り固まった腰、肩、首を適当にほぐすために伸びをする。
降ろされた夕立がもう一度抱き上げてほしい、と腕を上げて「んー」と要求する。断る理由も特にないので夕立を抱き上げる。
「それじゃあ二人ともよろしく頼むよ」
「うん、任せて!」
グッ、と指を立てる夕立と瑞鳳。いつの間にか随分と仲良くなっていたっぽい。
*
提督がいなくなった執務室。瑞鳳と鈴谷の書類を捲る静かな音だけが響いていた。
「ねえ、鈴谷ちゃんは提督のこと好き?」
そんな中、瑞鳳は唐突に口を開く。
投げかけられた問いに鈴谷は一瞬理解ができない様子を見せたが、すぐに飲み込めたのか少しだけ頬を赤くする。
「うぅ……」
声には出さないが、瑞鳳には伝わる。今までずっと書類から目を離さなかった鈴谷だったが、瑞鳳に聞かれたことがきっかけで目をぐるぐると回して集中力を失う。
瑞鳳は鈴谷の反応がおもしろかったようで口に手を当て小さく笑う。
「……ライバル、多いよね」
真っ赤な顔で首を縦に思い切り振る鈴谷。対して瑞鳳の表情は影に隠れて伺うことはできない。
「執務室に提督がいない時間は限られてるの。食事、お風呂、洗濯……まあたまに遊びに行ったりでいないけど……基本はこの三つ」
「たしかに……」
鈴谷の肯定を受け取り、瑞鳳の口元は少し綻ぶ。
鈴谷も秘書艦になって長い。提督が基本的には執務室から離れないということはよく知っている。
秘書艦の鈴谷は提督と一緒に行動しているため、提督がいないときの執務室には入れない。
「……ふふっ」
不敵に笑った瑞鳳の瞳は冷たく澱んでいた。