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夕立と訪れたのは主に駆逐艦の子たちの遊び場になっているグラウンド。ドッジボールのために線が引いてあったり、縄跳びが置いてあったりする。
いつもならたくさんいるはずなのだが、今日は珍しく誰もいない。少し寂しさを感じるが、夕立はそうではないらしく、そばにあったボールを拾い上げ俺の元へ持ってきた。投げてほしいということだ。
夕立相手に遠慮はいらないだろうと思いっきり投げ飛ばす。ボールは綺麗な弧を描いて思っていたよりも遠くへ飛んでいった。
「ぽいーっ!」
投げられたボールを追う姿はまさに犬。もし尻尾が生えていたらブンブンと勢いよく振っているだろう。
「ん……」
夕立のボールを追う姿を眺めていると後ろから視線を感じた。
「お、羽黒か。どうかしたのか?」
「あっ……い、いえ……」
木の後ろから覗いていたのだが、俺と目が合い顔を隠してしまった。
グラウンドに何か用事でもあるのだろうか。
「なんかあるのか?」
俺がそう聞くと羽黒は裏返った声で「は、はいっ」と返した。そこまで緊張されるとこちらまで緊張してしまう。
木の影からゆっくりと姿を現し、もじもじと顔を赤くして目線を周囲に向けたりしている。
「緊張してるのか?」
「あ……いえ、別にそういうわけじゃ……」
今にも逃げ出してしまいそうな雰囲気さえ感じるが、羽黒にはそんな気はないらしい。
「よ、用事ってほどじゃない……んです……が」
徐々に声が小さくなり、顔を俯かせてしまう。下を向いていても真っ赤に染まった顔がどれだけ緊張しているのかを物語っている。
俺が近くに寄ろうと足を踏み出すと、それに連動して羽黒も一歩下がる。顔が赤いので熱でもあるのかと心配したのだが、俺では羽黒に近づけない。
「何か用事があるなら俺が代わりにやるぞ?」
そんな状態で何かする気なら俺は提督として止めた方がいいに決まっている。羽黒がやろうとしていたことは俺が代わりにすればいいのだから。
「いえ……!用事なんて…………ただ、し、司令官さんが見えたので後を……」
「ついてきてたのか?全く気づかなかったよ」
いつからついてきていたのだろうか。というか、俺を見つけて後を追うということは何か俺に用があったのではないだろうか。もしそうであれば羽黒のためにも俺はその用事を聞き出さなくてはならない。
そう思って羽黒に尋ねてみる。
「あ……大丈夫、です。私は司令官さんを見ていればそれでいいですから……。ぁ、でも――――」
「提督さん!取ってきたっぽい!もう一回!もう一回してほしいっぽい!」
羽黒が何かを言いかけたタイミングでちょうどよく夕立が帰ってきた。手に持ったボールを差し出し、爛々と輝く瞳でこちらを見上げている。
一度頭を撫で、ボールを受け取る。そしてもう一度投げる。今度は先ほどよりあまり飛ばなくなっていた。
「悪い、何を言おうとしてたんだ?」
俺がそう聞くと羽黒は驚き、木の影に隠れてしまった。
「なんでもないです」
「じゃあ少し一緒に歩くか?夕立も一緒だけどな」
ここでお別れは寂しいだろう。少し散歩にでも一緒に行って話をするのがベストだ。羽黒は引っ込み思案な性格なためあまり話す機会がなかった。こういう時こそ積極的に艦娘達とコミュニケーションを取らなければならない。
「いいんですか……?」
羽黒は木の影から顔を出す。ほんのりと赤くなった顔がどれだけ緊張しているのかを物語っている。
「無理に、っていう訳じゃないんだ。断ってくれても――」
「いきます!」
食い気味に羽黒が答える。どうやら本当に行きたいようだ。そういう反応を貰えると誘った側として嬉しい。
「そういう素直な反応は好きだぞ」
引っ込み思案な性格が少しでも良くなれば、と羽黒の反応に対しプラスの言葉を投げかける。もちろん本心からの言葉であるが、それは別に伝わらなくてもいい。この際お世辞だと思われていても構わない。ただ、羽黒が少しでも自信を持てればそれでいいのだ。
俺の考え通り、と言うべきなのか、羽黒はさきほどよりも少しだけ明るい顔になっている気がした。
「……素直…………ですか?」
「ん?あぁ、俺に対して嘘とかお世辞とか言わなくて大丈夫だからな。羽黒も少し夕立や鈴谷を見習って馴れ馴れしくしてもいいんだぞ」
夕立は少し馴れ馴れしすぎる気がするが、あれが夕立が一番接しやすい態度なのだ。
艦娘達にはできるだけ自然体でいてほしい。最前線で戦うストレスなんて俺にはわからない。だからこそ、そのストレスが少しでも軽減できれば、とせめてここでは自然体でいてほしいのだ。
上官……俺という存在がいてもそれを気にせずに接してほしい。
俺にはそれくらいしかできないのだから。
夕立がボールを持って帰ってくる。たくさん走って満足したのだろう、もう一回はなかった。
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「提督さんの匂い、落ち着くっぽい」
中庭、背が高く立派な木の下にあるベンチに3人で並び、夕立が俺の膝を枕にして寝、羽黒が俺の隣で静かに座っている。
夕立は犬や猫が甘えるように頭を擦り付けてくる。愛くるしい仕草に思わず頭に手が伸びる。そのままきめ細かい流れるように綺麗な髪を撫でる。
「眠くなってきたっぽい」
欠伸のせいで流れてきた涙を片手で拭い夕立は目を閉じた。どうやら本気で寝るつもりらしい。
羽黒は俺の膝で眠る夕立を「う……」と何か小さく呟いていたが、あまりにも小さい羽黒の声を聞き取ることはできなかった。
「あの、司令官さん……」
「なんだ?」
不自然なくらいに人がいないことに気づき周囲を見渡していたときだった。
今までずっと静かにいた羽黒が口を開いた。
「今まで秘書艦に選んできた人たちには何か理由があるんですか……?」
「秘書艦に……?」
勢いよく首を縦に振る羽黒。
「理由……なんて特にないさ。なんとなく、秘書艦にしたいな、と思ったからだよ」
俺がそう言うと膝元の夕立が何やら嬉しそうに口元を緩める。緩んだ口元から笑い声が漏れているが、本人は気づいていない様子。
羽黒は夕立を見つめ、優しげな顔で笑う。
「じゃ、じゃあ、私を秘書艦に……なんてことは……」
声が少しずつ小さくなり、顔を真っ赤にして俯く。
よほど恥ずかしかったのだろうか。
いつの間にか目を開けていた夕立が俺を見上げていたので視線を合わせる。
またしても口元を緩め、目元を両手で隠した。足をバタバタとさせる姿はまるで犬が尻尾を振っているかのようだ。
「羽黒を秘書艦に、か……」
少し考える。
恥ずかしがり屋で引っ込み思案な羽黒とコミュニケーションをとる機会は少なかった。少しだけ話しかけてみたことはあるが、すぐにどこかへいなくなってしまう。
秘書艦という場を設け、羽黒と仲良くなるのもいいかもしれない。そう思える。
「羽黒とはもっと話したいからな。秘書艦でも、別の形でももっと関わりたいとは思うよ」
瞳を大きく開き、一瞬で顔が茹で上がったかのように赤く染っていく。
下で小さく「女たらしっぽい」と聞こえたので軽く頭を叩いてやった。
羽黒は顔を抑えて「あ、あああ、ありがとうございます」と言いながらどこかへ走って消えていってしまった。今度部屋に行ってみることにしよう。
中庭から羽黒がいなくなり、俺とその膝で寝転ぶ夕立。夕立を撫でているとなぜか昔飼っていた犬を思い出す。活発なところが似ているのだろうか。
「提督、次行くところないっぽい?……なら私の部屋に案内してあげるっぽい」
提督として、司令官として艦娘の部屋に入るのはどうかと思っていた時期はあった。だが、とある艦娘…………金剛を筆頭とする者たちから、いかにそれが大事なのかと言うことを説明され、抵抗は少なくなった。
夕立と二人、廊下を歩く。やっぱりなぜか人はいない。いつもこの時間帯に出歩くことは無いので普段からこうなのかもしれない。そうだとしたら彼女たちはどこにいるのだろう。工廠にでもいるのだろうか。
そんなことを考えていると夕立と時雨の部屋までやってきた。
艦娘たちの部屋は姉妹艦で固まっているところが多いが、姉妹が多いと部屋に入りきらないので何人かに分けている。
陽炎たちなんかは結構大変だった。
「やあ、提督。久しぶりだね」
扉を開くと、まるで待っていたかのように時雨が出迎えてくれた。
案内されるままに部屋へと入ると、既に三人分のお菓子とお茶が用意されていた。どうやら夕立は最初からここに連れてくる気だったようだ。
「提督、僕ちょっと眠たいんだけど、そこに横になってくれるかい?」
時雨が指さしたのはお菓子が用意されたテーブルから少しだけ離れた場所にあった枕だ。あれを枕にして寝転べということだ。
夕立が秘書艦だったときはこんな感じだったな、なんて少し昔を思い出した。
「あ、その前にお茶を飲むといいっぽい?なんか、前に誰かから聞いたっぽい」
「そうなのか?……体があったまるとかそんな感じか?」
グイグイと押し付けてくる湯呑みを受け取り、飲む。暖かく少しだけ苦い。作る過程でお湯の量か何かを間違えたか。
そんなミスにまでいちいち突っかかるほど俺は細かい人間ではないので多少苦いくらいは気にせずに飲み干す。
まさか飲み干すとまでは思ってなかったような表情で驚く時雨をよそに仕事で疲れた頭を癒すために俺は横になった。
眠りにつくのはとても早かった。