ぼーっとしてたところあるので誤字脱字あったら指摘お願いします
――私は提督という存在が嫌いだった。
前にいた鎮守府の提督は私たちを兵器として扱い、ろくなご飯も与えてくれなかった。
それどころか、すぐに修復できるのをいいことに私たちが壊れる寸前まで働かせた。何人も目の前で沈んでいった。
それでもその提督は何も言わなかったし、悲しまなかった。
「使えない」
と、愚痴をこぼすだけだった。
戦果を上げられなければ私たちを殴った。駆逐艦だからといって手加減なんかはしなかった。
使い捨ての道具として扱われる日々が一年続いた。
私たちの心は荒み、精神に異常をきたす子もいた。それでも提督は何もしてくれなかった。
椅子に座って書類に目を通すだけ。大本営から指令が来れば私たちに命令をし、腹が立てば殴る。
「兵器だから」と私たちに手を出してくることはなかったけれど、提督の暴力は次第にエスカレートしていった。
ある日、私は提督に跨っていた。
脂の乗ったお腹に座った感触、手首の痣、骨の折れる感覚、そして――――人が死ぬ瞬間。
提督の首元には誰かの手の跡がついていた。
まるで誰かに首を絞められたかのような跡。青紫に変色し、目は極限まで上を向き、とても気持ち悪かった。
そのときだ、執務室の扉を開けて一人の男が入ってきた。もちろんだけど艦娘じゃあない。見たことのない人だった。
その人は私を見るなりすぐに抱きしめた。必死に引き剥がそうと爪を立ててもその人は離れない。首に噛み付いても叩いても、その人は離れなかった。
その人はずっと「ごめん」と繰り返し謝っていた。
その人の体は私の跨っていた男に比べかなり細かったけれど、鍛えられているのがわかった。だから私の手ではどうしようもなかったはずだ。
抵抗をやめた私をその人はずっと抱きしめた。
「この責任は全て俺にある。君は悪くない」
次の日から私は元いた鎮守府よりも小さな鎮守府に異動した。
元々一緒にいた子たちと離れ離れになり、心細かったけれどあの男から解放されたという気持ちが何よりも大きかった。
そして彼が私の目の前に現れた。
「こんにちは。俺はここの提督。まあ、立場もそんなに偉くないからさ、気軽に接してくれればありがたいよ」
差し伸べられた手を私は拒んだ。
パシン、と叩かれた手を痛そう抑える彼の苦笑が今でも忘れられない。
その日から私の日常は変わった。
私は彼の秘書艦に選ばれた、選ばれてしまった。
異動してきたから早く馴染めるように、という配慮なのだろうけど今はそんな気にはなれない。
執務室で二人きりになったときは本当に嫌だった。
握手を拒んだことを言われたらどうすればいいのか、私はもうあんな感触を味わいたくはない。
私の心配なんてどこ吹く風、彼は普通に私に接してきた。
「君は何が好きなのかな」
答えない。
「あ、その書類はこれ見てやってみて」
答えない。
「お茶でも飲むかい?」
彼は何度も何度も私に関わろうとしてきた。
なんのために。なんで。
そんな考えが頭から離れない。まともに仕事なんてできなかった。差し入れられたお茶は少しも減っていなかった。
「どうして私と関わろうとするの」
意を決して聞いてみたことがある。
彼は目を丸くしたあと初めて見る表情で笑った。
「どうしてって?当たり前だろ――」
彼は笑いすぎて流れてきた涙を拭って答えた。
「家族じゃないか」
息が詰まった。
「俺にとってこの鎮守府は全てさ。だからここにいる皆は仲間であり、家族なんだ。変って思うかもしれないけど少なくとも俺はそう思ってる。恥ずかしくて皆には言えないけどさ……」
照れ隠しなのか、私の顔を見たのかはわからないけど彼は椅子ごと体を横へ向け、窓の外へ視線を向けた。
「変……ですよ、そんなの」
流れた涙は止まらなかった。止めようと思って袖で抑えても無理だ。決壊してしまったものは簡単には元に戻らない。
「すぐに、なんて無理さ。だから少しずつでいい、俺と……ここに居るみんなと仲良くすごしてこう――――瑞鳳」
この日から私の世界は彼を中心に回り始めた。
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「あぁ、よかった。提督……」
「瑞鳳か……?」
瞼が開かない。いや、開いているのかもしれないが何も見えない。目に痛みはない……失明という訳ではなさそうだ。であれば、電気がないか、目隠しをしているのか。
「おはよう、提督」
「時雨……?ということは夕立もか?」
「当たりっぽい」
状況が掴めない。
最期の記憶を探る。
確か夕立と遊びにグラウンドへ行き、羽黒と中庭で話した。そのあと夕立の部屋で…………ダメだ、そこから記憶がない。
「ああ、目隠しは外してもいいのか。ごめんね、提督」
「――っ……ここは?」
突然現れた光に目を細めつつもすぐに場所を確認する。
見たことのない場所だ。冷たい雰囲気の石造りの壁に生活感のない空間。目の前には時雨、夕立、瑞鳳。
「提督の首……」
瑞鳳が首元へ寄り、俺の肩にできた傷跡をなぞる。歯型、とある時期に噛まれた傷だ。
時雨と夕立は瑞鳳が何をしているのかわかっていない様子。
「消えてない……私の歯型」
「……ああ」
瑞鳳を離そうと手を伸ばそうとする。
「――――……夕立、この縄外してくれないか?」
「逃げないっぽい?」
体に巻きついた縄を外させるべく夕立に声をかける。
時雨も瑞鳳も夕立を止めようとはしない。逃がさない自信があるということだろう。俺としてもこの場から逃げるわけにはいかない。彼女たちをどうにかしなければならないのだから。
「ありがとう」
「全然いいっぽい!」
立ち上がって俺の後ろにあった椅子へもたれかかる。
瑞鳳の視線は俺の首を見つめたまま離さない。
「私ね、提督に感謝してるの。あのとき、私を抱きしめてくれて、私を迎え入れてくれて、私を家族と言ってくれて」
「あ、ああ……」
「提督は私の全てなの。……わかる?私がどういう気持ちで秘書艦を離れたか。あの時は何も考えられなかった、なんにもできなかった。最初の数日はなんともなかったの。でも、でもね、鈴谷ちゃんと提督が仲良くしているのを見ると、自分がわからなくなるの。私の世界から提督がいなくなって、提督が私以外の誰かと話をしてるのを見て、私以外の誰かに笑顔を向けているのを見て、私以外の誰かに優しくしてるのを見て、私は私を抑えられなかった」
瑞鳳は自分の内にあったものを全て吐き出すように繋ぐ。
後ろの時雨は赤く染めた顔で満足そうな笑みを浮かべる。
「ねえ、聞いてる?今、誰見てたの。提督?」
「瑞鳳、話を――」
聞いてくれ。と言おうとして言葉が切れる。
「瑞鳳さん、近づきすぎっぽい。提督さんが怖がってるっぽい」
夕立が間に割り込み、俺の視界を遮った。
夕立にしては珍しく、言葉に棘が感じられる。後ろ姿で表情は確認できない。瑞鳳の表情も夕立に隠れ、伺うことはできない。
「離れてよ……」
「ずい――」
「離れてよ!みんな、みんな勝手に近寄って!私の、私だけの提督に!提督は私を家族って言ってくれたの。あなた達とは違うの、そうでしょ?提督」
「瑞鳳、落ち着け!」
今にも夕立に飛びかかりそうな瑞鳳を宥めようと声を張るが、俺の声は届かない。
瑞鳳は夕立を押し退けて俺の前にまで迫った。
グルグルとした深い瞳。いつもの瑞鳳ではない。これは――
「提督?提督は私が大切なんだよね?私も同じだよ。提督がいなきゃダメ、提督が他の子と話してるのを見るだけで心臓が張り裂けそうになるの。ねえ、私が大切なんでしょ?なら私だけを見てよ。私のために、私だけのために――――」
「邪魔っぽい」
夕立が背後から瑞鳳を押し倒す。背中に乗った夕立を振り落とそうと瑞鳳は体を動かす。
「少し、黙ってるのがいいっぽい」
夕立はどこから取り出したのか、猿轡を瑞鳳を口にはめ込み、素早く手足を縛った。
もがく瑞鳳を部屋の隅へ運び、夕立は見たことがないほどに不気味な顔で笑った。
「ここまでとは予想外っぽい」
「じゃあ、提督……今度は僕達の番だね」
顔だけを笑顔に、瞳には深い闇を潜めて時雨が動いた――