いぶそうあれこれ   作:量産型ジェイムス

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最終章に似たようなのがあった事にここにきて思い出しました。その時の本の内容とぎりぎり被ってなくてよかったです。

「レヴァン教の聖人ティアラ・フーズヤーズの生誕祭まで後半年近く、しかしそこにはいつもと変わらない日常があったのでした。ひひひっ。」


ラグネのちお嬢ときどきパリンクロン(最終章)

 舞台は屋根まで届きそうな大きな噴水や高価な教壇や長椅子があるフーズヤーズ大聖堂の大庭、ではなく大聖堂の雑木林の一角で木漏れ日が揺れる自然の下。そこに普段は大庭にある長椅子の一つが置いてあって、いくつかの本が積まれている。

 そこには金砂の流れるような髪を揺らす少女が本の隣に座っていた。

 

「ラグネちゃんちょっと来てみてください。」

 

 そう呼んだのは生まれて2年半程しか経っていないラスティアラ・フーズヤーズである。

 目を輝かせ頬が上気し、見るからに興奮しているラスティアラを見てラグネの頬が少し緩む。巡回業務といってもそれほど重要なものでもない、と足を止めた。

 

「なにかあったっすか?お嬢?」

 

 長椅子に座るラスティアラの後ろから彼女の持つ本をのぞき込む。

 

 

「この本ね、英雄が面白いのです! 異邦から迷い込んだ少年が苦難を乗り越えながら英雄になるんですが!」

「お嬢は英雄譚なら何でも興奮してるっすけど、この本はなにかお嬢の琴線に触れたんすか?」

 

 自分の理想通りの返答が来た事にラスティアラの輝く顔がさらに煌めいて言い募る。

 

「この英雄はですね! 強くてお人好しで誰も見捨てられなくて、色々な所で可哀想な女の子を救うですけど、その女の子たちが怖いんです! 振動魔法で盗聴したり、燃やして自分に頼らせようとしたりするんですよ!」

 

「それは怖いっすね…。お嬢は英雄のかっこいい所も好きっすけど、英雄が困っていたりするのも好きなんっすね。」

 

 基本話す時は敬語であるラスティアラだがラグネをという友人役を二人きりで相手する場面と本人の興奮も相まって敬語も抜けていく。

 

「なにより、その女の子の一人に英雄になりたくて冒険が好きで本が好きでその英雄が困っているのを見るのが大好きな女の子がいて、旅の途中でその女の子と英雄が結ばれる! それでその女の子の頑張りで他の怖い女の子とも結ばれてみんな一緒にこれからも過ごすんだ! まるで私みたいなその子が報われるのを見て私にはできない事をやっているのを見て、この子には幸せになって欲しいなって思ってる!」

 

「……本当にその子はお嬢の夢みたいっすね。最後にみんな一緒になる所も全部、お嬢が望んだかのような話っす。」

 

 明るいラスティアラの顔と裏腹に少しラグネの顔が暗くなる。半年後に控えた例の儀式を思い出してお嬢が憧れた未来がやって来る事がないというやるせなさに気を落してた。

 そんなラグネの表情を読んでラスティアラは興奮する口調を抑えて言う。〝大丈夫だよ〟という言葉は抑えて。

 

「私はティアラ様になるのを誉れだと思ってます。たとえその気持ちが作りものでも私はそれでいいと思っています。……だってティアラ様はほんとうに私が望む英雄みたいで……だから……気を落とさないでよ……ラグネちゃん。」

 

 ティアラを狂信し、狂気を孕んだ顔になって言う不安定な少女にさらに憂鬱になりかけたラグネだが、最後には確かに本心があった事を察して暗くなった表情を戻す。

 しかしそれでラグネが元にもどったかは別で遠くの空を見るように目を細めて感傷的に口を開いた。

 

「私は一番になる夢も持ってるっす。でも私はこんな風にお嬢とずっとこんな綺麗な日々を過ごせたらなっとも思ってるっすよ。ハインさんやパリンクロンさんやセラさんにホープスさんや総長とやモネさんとも一緒に……。もっとゆっくり世界が回っていて欲しいなって思うっす。」

 

 この笑顔のラグネは逆光が強くてラスティアラには見通せない。前に一度見た事がある。それでも彼女はラグネの心情を彼女なりに読んで言葉を返す。――手を伸ばしてみる。

 

「うん、私もそう思わないとは言いませんけど、それでも私は例の儀式にはでます。……だからこれからもう半年だけど、いっぱい遊ぼうよ、ラグネちゃん。本を読んで感想を言い合ったり、なんならハインさんの許可をとって迷宮に行ってみるのもいいかもしれない。楽しい思い出をたくさん作って、それでティアラ様の七騎士になって活躍してラグネちゃんは一番になる夢を叶える。そんな風になって欲しいかな?」

 

 しっかりとした目でラグネを見据えてそう言う。一方でラグネは悲しい表情、嬉しそうな表情、追いつかれたような表情と顔色を変えて最後に嘆息する。ラスティアラにはそれが不正解のように感じたけれど、ラグネは気を取り直したように振る舞い、それにラスティアラは誤魔化されてあげる。

 

「分かってるっすよ。後半年これまで通りやっていこうって事っすよね。よーしっ、お嬢。今から模擬戦でもするっすか?」

「うん!そうしよっか。よろしくね、ラグネちゃん。」

 

 長椅子から立ち上がった二人に。

 

 

「そうはいかないみたいだがな。」

 

 

――拍手の音が聞こえてくる

 

 

 一瞬背筋が冷える。

 振り返ってみると二人の後ろの方から歩いてきたのは薄笑いを浮かべたパリンクロン・レガシィである。最近隣にハインさんがいる事が多いが今は一人のようだった。

 

「いつも敷地内の見回りで暇そうって事で総長の訓練を受けたりしてるのにその見回りをさぼろうとしてるとは、総長に何か言ってもらった方がいいかもしれないな。」

「げぇっ、すっかり忘れてたっす。……お嬢、模擬戦はまた今度という事でいいっすか?」

「ええ、また今度にしましょうか。私はこのままこの本を読み進めていますね。」

「また色々聞かせてくださいっすねー。じゃあまたっす。」

 

 そういってラグネは大聖堂の森に走って消えていった。ラスティアラは読んでいた途中の本を開き直し、パリンクロンはラスティアラに話しかける事なくまた元来た方向に戻っていく。

 

 

 いつもの日常のようでそうではない。しかしあまりこの大きな流れには影響のない短い一幕は幕を降ろす。




ラグネ相手のお嬢って敬語とタメ口が混ざってそうじゃないですか……。
違和感、矛盾点、不満点等ありましたら感想で言ってください、土下座します。

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