いぶそうあれこれ   作:量産型ジェイムス

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おおきなかぶ(九章)

 いい風だ。

 

 『押し潰すかのような重い鬱屈とした空』ではない、心地よい風がヴィアイシア城の大庭を通り過ぎていく。木々は剪定され、多くの人が行き交う地面からは青々と繁る樹と共に蒼い色の空が見える。

 

 その晴れ晴れとした庭の端で赤い『魔人』が一人で昼食を食べていた。

 『対異邦人ヴィアイシア国連合軍』――通称『南北連合』の代表、ルージュ・ヴィアイシアその人である。

 

 ここ最近、ルージュはクウネル・シュルス・レギア・イングリッドの策謀によりこの大役を押しつけられ非常に多忙であった。

 当初の目標であった『世界の敵』アイカワヒタキがその兄によって打倒されて一ヶ月と少し、その間も復興に忙殺され、ゆっくりとする余裕もなかった。

 

 そして悲しくボッチ飯である。

 

 千年前から伝わる異世界の料理を箸で掻きこむ。風味も何も感じる暇はない。

 ルージュ本人は至ってやる気であり有能だが、各地の不穏な動きは着実に広まっている。その流れは最早決定的だ。

 

 クウネル様がもうすぐ来ると聞くのでそれまでに少しでも改善しなくては、そうルージュは焦っていた。

 

 

 

「……ん?」

 

 不意に何となくだが、雰囲気が変わった気がした。はっきりとした感覚はなく、『勘』でしかなかったけれどルージュは辺りを見回すと

 

 

 ――座っていた。

 

 

 気配も違和感もなく黒い仮面の男が悠然とルージュの隣に腰かけていた。

 

「さすがはルージュちゃんかな? 久しぶりだね」

 

 咄嗟に息を呑み身体を引こうとする。しかしその異常程の存在感と亡霊のような存在感のなさのコントラストと声に記憶が刺激される。

 

「も、もしかして英雄様ですか!? ……どうしてここに」

 

 驚いて大声を出してしまった後、仮面姿で現れた意図を汲み小声で尋ねる。それに相川渦波は微笑んで仮面を取る。

 

「ここならもう少しの間は誰も気付かないから大丈夫だよ」

 

 まるでヴィアイシア城の動きを全て把握してるように断言した。仮面から現れたカナミの顔は目を細めて大庭の空を眺めていた。

 少し鳥肌がたつのを感じながらルージュは臆せず話しかける。

 

「それで英雄様は忙しいでしょうに、どうしてこちらにいらっしゃったのでしょうか?」

「……アイドとティティーの事なんだ」

 

 遠くを見つめているカナミは懐かしそうに返した。

 ルージュは驚いたように問い返す。

 

「先生と……?」

「ああ。少しいいものを見つけたから、ルージュちゃんに見せようと思ってね」

 

 そう言ってカナミは懐から本を出した。薄くて豪華な装丁はないけれど、しっかりとした作り。しかしあまりにも長い年月を経たように擦りきれていた。

 

「ティティーとの帰り道の準備の時に大きな図書館に寄って昔の文献を調べたんだけど、この前調べきれなかった分も改めて確認して。そうしたら見つけたんだ」

 

 カナミは懐かしむように手元の本を見て言うと、それをルージュに渡す。

 未だに驚いた表情を残したルージュはそれでも、両手で受け取り、丁寧に本を開いて薄汚れた頁を読み始める。

 

 

 

 

 昔々、小さな村に赤い蛸のおじいさんとその家族がすんでいました。

 

 

 ある日おじいさんがかぶを植えました。

 

 

「あまーいあまーいかぶになれ。大きな大きなかぶになれ」

 

 そうするとおじいさんの言葉からか、あまい元気のよいとてつもなくおおきいかぶができました。

 

 

 おじいさんはかぶを抜こうとしました。

 

「うんとこしょ、どっこいしょ」

 

 ところがかぶは抜けません。

 

 

 おじいさんはおばあさんを呼んできました。おばあさんがおじいさんを引っ張って、おじいさんがかぶを引っ張って。

 

「うんとこしょ、どっこいしょ」

「うんとこしょ……どっこいしょ」

 

 それでもかぶは抜けません。

 

 

 おばあさんは男の子を呼んできました。

 

 男の子がおばあさんを引っ張って、おばあさんがおじいさんを引っ張って、おじいさんがかぶを引っ張って。

 

「うんとこしょ、どっこいしょ」

「うんとこしょ……どっこいしょ」

「うんとこしょ、どっこいしょ」

 

 まだまだかぶは抜けません。

 

 

 そこで『樹人(ドリアード)』であった男の子は元気な姉を呼んできました。

 

 姉が男の子を引っ張って、男の子がおばあさんを引っ張って、おばあさんがおじいさんを引っ張って、おじいさんがかぶを引っ張って。

 

 

「うんとこしょ、どっこいしょ」

「うんとこしょ……どっこいしょ」

「うんとこしょ、どっこいしょ」

「うんとこしょ!どっこいしょ!」

 

 まだまだまだまだ抜けません。

 

 

 ハーピィであった姉は友達の動物たちをいっぱい呼んできました。

 

 

 ねずみが猫を引っ張って、猫が女の子を引っ張って、女の子が男の子を引っ張って、男の子がおばあさんを引っ張って、おばあさんがおじいさんを引っ張って、おじいさんがかぶを引っ張って。

 

 

「うんとこしょ、どっこいしょ」

「うんとこしょ……どっこいしょ」

「うんとこしょ、どっこいしょ」

「うんとこしょ!どっこいしょ!」

「うんとこしょ、、どっこいしょ」

「うんとこしょ。どっこいしょ」

「うんとこしょ、どっこいしょーー!」

 

 

 

 やっとかぶは抜けました。

 みんなの力のおかげです。

                     ”

 

 

「僕のいた『元の世界』でも似たような話があってね。多分僕がこっちの世界に来る前に書かれたものと分かった時には驚いたよ」

 

 

 ぱたん、と本が閉じられた。神妙な表情で本を見つめていたルージュは顔を上げて言う。

 

「そうなんですか? 確かに私からみても敵国の童話が千年以上も保存されていたなんて嘘みたいな話ですけど」

「でも、ここにあるのは本物だ。誰が書いたかも分からないけど、確かにあの姉弟の事がこの時代に残っていた」

 

 静かな大庭の端に風がふいて木々が揺れていく。

 

 

 「僕は行くよ」沈黙の最後にそう言ってカナミは紫色の扉、《コネクション》で帰っていった。

 あの『大英雄』アイカワカナミ・キリストユーラシア・ヴァルトフーズヤーズ・フォンウォーカー、最近レヴァン教の一部が神とまで崇める人物がいたというのにルージュ以外に気付く人は本当にいなかった。

 

 

 ルージュは手元の古びた本をじっと見つめ、おもむろにそれを懐に入れると、残っていた僅かな昼食をゆっくりと食べきる。

 

 豊かな風味と味に温かい息をついたルージュは勢いをつけて立ち上がり、大庭の中央に駆けていった。

 

 

 




 それから一ヶ月後。


「――それで、クウネル。最近のルージュちゃんの調子はどう?」

「ルージュ様は『南北連合』代表という貧乏くじを引いて以来、ずっと休みなく働いてますねー。慣れない仕事で、ぼっち飯食べたりしていたようですが……あてが他所様とのお付き合いの仕方を教えてあげて、食事の時間も仕事に変えて差し上げましたよ。へっへっへ」

「そっか……。頑張ってるなら、いいんだ」

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