いぶそうあれこれ   作:量産型ジェイムス

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結構目が滑りそうな長文が多くてすみません。


星の思い出(最終章)

 何もかもが凍っていた。

 

 極度に発展し、地面すら必要とせず中に浮かんでいた建物や移動手段は『静止』し、白く染まって霜の這う地に落ちている。

 人のようで腕が四本ある昆虫系統から進化したらしき外骨格型の人類も【水の理】の中で動かず、頭部には『魔法の糸』が揺蕩っている。

 

 完全なる勝利であった。この『世界』もまた『魔の毒』の供給源となる。

 

「ようやく終わりましたね、兄さん。」

「ああ、今回はそれほど難しくはなかったけどね」

 

 建物の凍った瓦礫に腰をかけ、背中を預け合う人影が二つ。

 『異邦人』であり『理を盗むもの』、『異世界からの侵略者』である相川兄妹。この世界を凍らせた犯人だ。

 

 全てを吸い込む黒い目、きめ細やかで長く美しく輝く髪。最後の『答え』が分かっても尚『未練』を果たす事なく存在し続ける。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、大和撫子の美しさを演じる少女。それが相川陽滝だ。

 

 亡霊のようにぼんやりとした黒目。背中まで伸びた長い黒髪。自分らしさだけを後生大事に抱え続けているのに『たった一人の運命の人』の事は掠れている。妹を愛している『理想』の兄を演じている少年。それが相川渦波だ。

 

 二人は寒さには凍えない手を震わせながら繋いで肩を寄せあって星空を見上げていた。

 沈黙が世界に満ちていた。

 渦波がその沈黙を破って妹に問いかける。

 

「陽滝。あの時何があったんだ。あの幼馴染みの子に、両親に。お前に何が起こってどうしてこうなったんだ?」

 

 数えきれないくらい積み重なってきた兄からのこの問いに陽滝はいつも思考しているのかも分からない奇妙な間をおいて答えている。

 

「兄さんにはもうどうしようもなくて無意味な事です。本当に、あまりにも遅すぎて過ぎ去ってしまって答える事なんてできません」

 

 渦波はいつもと同じ返答に黙りこむ。決して怒ったり魔法を使ったりしない。この一瞬の会話だけが一番自分達の本音に近い会話をしているから。『話し合い』が『家族会議』が終わらないように次の言葉を言わない。

 

 陽滝は静かな空気の中、綺麗な星空に揺れていた。世界など軽く超えた膨大で剥き出しの神経からの激痛と脳裏に浮かび続けるあらゆる『答え』に苛まれる頭には、光輝き奇跡ように美しい星空に惹かれていたのだ。

 

 

 

 だから、少しだけ漏れた自分の思いを話した。

 

「だって兄さんは誰の名前も、覚えてはいないのでしょう?」

「ああ。お前以外の家族も幼馴染みも仲間も親友も恋人も、大事な人だったのは微かに感じているよ」

 

 

 悔しそうに渦波は頷いた。そして続けた。

 

「まずは声だった。心と心で向き合って、繋がって、分かり合って、笑い合って、愛し合っていたはずなのに。声を忘れたよ。

 

 次は姿。何度も見て目に焼きついて、絶対に忘れないと思ってて誓ってたのに、時間に押し潰されて時間を戻しても思い出せない。

 

 そして思い出。忘れられないような出来事もいっぱいあって大変だったけど、とても楽しくて面白かったはずなのに、だんだん色褪せて古ぼけて破れて消えた。いくら『読書』しても、もう二度と読めなくなっていた。

 

 最後に名前だよ。これだけは忘れないってずっと頭の中に留めてたはずだったのに。大事な人達の名前を思い返す事もできなくなった。

 

 止めに関係。今はまだ家族や幼馴染みが大事だった事も仲間や親友、恋人が好きだった事も覚えてる。どれだけ忘れても諦めずにこれだけでも覚えていたい、と思ってる。でもきっとこれもいつかは『過去視』でも何も思い出せなくなるんだろうなって考えてしまってるよ」

 

 泣きそうになりながらも涙は流れない。

 

 

「陽滝の勝ちだよ。僕は諦めないけど、でもどうしようもなくお前は強くて僕は弱いんだ」

 

 

 陽滝は渦波の纏う魔力が増えている事に気付いていた。絶望し心に皹が入る事によって増幅される空しい魔力だ。いくら兄が魔力を得ても自分には勝てない事を知ってるから、より一層悲しく思う。

 

 この会話は奇跡だ。

 もう終わり続けてる二人の『演技』が薄れているのはここだけ。次はその本音すらも霞んでしまっているかもしれないのだ。

 

「もしかしたら、私は兄さんが嫌いなのかしれません。でも大好きです」

「僕もそう思う。僕はお前を愛しているけど、大嫌いなのかもしれない」

 

 これが今日の精一杯。きっとそれがこの奇跡で、いつかもう一度希望と奇跡がくるのかもしれないと祈り続けている。

 

 

 会話の間でない沈黙が戻ってきた。渦波は自分から陽滝の方に頭を後ろに寄せる。陽滝はそれを見て自分の後頭部をくっつけた。『一人』だけど一人ではないと言うように。

 そこでふと陽滝は口を開いた。

 

「慰めになるか分かりませんけど、『私の』兄さんは覚えていません。けれど私が覚えています。」

 

 この言い方が正解であると分かって陽滝は言う。これで渦波は一時的に心が安定すると『答え』がでていた。

 

「兄さんの記憶も、思い出も、想いも、大事な人の事も全てを覚えているんです。それこそ『永遠』に覚えていられるんです。私だけは」

 

「そうだろうと思ってたよ。思い出せるのがもう陽滝との記憶だけだからはっきりと分かる。陽滝は本当に世界で一人しかいないような程の『特別』で」

「……そうですね。」

 

 何も分かっていない渦波の無神経な発言に陽滝の顔が曇る。陽滝の心もずっと【静止】しているけれど、他ならぬもう一人の兄からの言葉に傷心したのだ。

 

「えっと……話を戻します。その、だからいつかは兄さんに話します。私の過去視なら全て分かります。でも今の私にはできないんです。――いつかはできるはずなんです。私にはまだ物語の最後の頁が見えていますから」

 

 そう、まだ陽滝には見えている。終わりを迎えられなかった物語の終わりには。

 

【――いや、独りではない。

 その『永遠』の旅に出るのは、二人。

 相川陽滝の隣には、彼女を真の意味で愛してくれる『家族』が常にいてくれた。

 どんなときでも、ずっと。

 ずっとずっとずっと、『永遠』に二人だったから。

 もう畏れるものは、何もなかった――】

 

 あの子がいなくなってもあの頁は変わらなかった。だからまだ終わりに辿り着けると信じている。

 だからあの戦いから陽滝は過程を少しだけ見るようになった。折れていた心は僅かに摩耗していくけど、それと同じだけ救われる事もあった。

 

「それに兄さんは全てを忘れても残っているんです。

 私が言うのもおかしな話ですけど、兄さんは弱いですけどあの異世界で確かに成長したんです。

 兄さんは何があっても前に進み続けられるようになって、どんなに辛い過去が隠されてても囚われて立ち止まりもしなければ置いて行く事もしない。

 自分の本当の願いを間違えない、偽りの幸せなんてない、どんな理不尽な運命でも、決して逃げ出したりしない。兄さんは兄さんだって、全ても失っても忘れてなんていない。

 今の私との旅も今の兄さんだからできているんです。だから兄さんの中にまだ残ってるし、これから忘れてしまう事もないんです」

 

「僕は変われていた……。確かにそうは思っている。これが僕が忘れなかった想いだった」

 

 少しずつ渦波の心が持ち直してくる。妹へのコンプレックスはまだ十分過ぎる程あるからこそ、本当にそうだと思える。

 最初、陽滝が渦波にした洗脳後の劇でやった事と大差はないが、これは嘘なんかじゃない。

 

「兄さん。待ってくれませんか? 私が言えるようになるまで、私と二人でいてくれませんか?」

「そこの僕が嘘であっても?」

 

 渦波が問い返す。

 

「はい。いつか絶対、私が何とかするので。」

「陽滝だけじゃない。僕も何とかする。きっとこういう事は一人じゃできないから。もしそれにふさわしいのが僕じゃない誰かだったとしても、僕は『本気』で陽滝を救ってみせる」

 

 何も覚えていないからこその発言だった。それでも陽滝は救われた。

 

「ありがとうございます、兄さん。ここまで心が動いたのはあの時以来かもしれませんね……ふふっ」

「ははっ……あの時って何なのか。いつか教えてもらう事にするよ。」

 

 思わず笑いが込み上げてきて笑い合う。

 

 

 雪を降らす雲が近づいてきた。

 星空が翳ってきて、もう一つ『約束』が交わされた夜が終わっていく。

 

「実は私と兄さんは前にも約束をしたんです」

「……ごめん。僕には分からない」

「いいんです。私もそれが分かっていますから」

 

 そんな囁きが最後だった。

 

「この旅を始めて、初めて眠くなった気がする。話し合って疲れたのかもしれない」

「私も少し寝たくなりました。私は眠くありませんけどね」

 

 

「おやすみ、陽滝」

「おやすみです、兄さん」

 

 

 

 明日、覚えているのかも分からないけれど幸せな夢を見たような気がした。

 

 

 

 

 




いい七夕を

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