いぶそうあれこれ   作:量産型ジェイムス

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 最初に幼女渦波を出してくれた方に感謝。これはいい概念だ。


幼女事変(六章&外伝)

 『迷宮』、その二十層。いつも賑やかなそこは白髪の男性と不定形の黒騎士だけだった。

 

「ついにできた! まさか成功するとは!」

「渦波様がまさかこんな姿になるとは。しかしこれもいいかもしれないですね」

「なっ。アイド、幼い渦波もいいだろ。ノスフィー達がいない間にもう一度できただろ。ローウェンのやつもリーパーに連れてかれたし、帰ってくるまでに戻せば大丈夫だって」

「立派な女性である渦波様の愛らしい幼子姿。……いい」

 

 語り合う二人。思いの外白熱したその会話が途切れる頃、既に完成した幼女渦波はどこにもいなかった。

 

 

 ※

 

 ラグネ・カイクヲラは一人で『連合国』をあてどなく歩いていた。

 

「お嬢……」

 

 ぽつりと小声で漏らす

 フーズヤーズに『聖人』ティアラ・フーズヤーズが『再誕』して暫く経つ。フーズヤーズは益々発展したという。

 

 決して今のティアラに忠誠を誓っていないわけではない。

 決して今の状況が悪いとはいわない。

 決して未だにかつて仕えたラスティアラ・フーズヤーズに拘泥しているわけではない。

 

 しかし、たまにこうして一人で歩きたくなる。

 大聖堂の庭、雑多な街、郊外の草原、迷宮の入り口。

 思い出のある所から行った事もない所まで、淡々と歩いて少しだけかつての主を思い返す。

 それは少しの後悔と贖罪の混じった行為だった。当人でさえそんな意識などなく行われるこの散歩は今回彼女に行くべき道を教える。

 

 

 その日逍遙していたラグネは『守護者(ガーディアン)』たちの遊び場と化した迷宮の入り口でとある幼女を見つけた。

 

 

 黒目黒髪の可愛らしい幼女。子供には大きすぎる黒いローブを身につけて腰のあたりから思いっきり引き摺っている。入り口のすぐそこの水道で、所在なさげにぽつんと立っていた。

 ラグネは目を見開いて呟く。

 

「ママ…………じゃないっすね」

 

 風貌も雰囲気も、何なら性別も同じだった。ただ身長の一点において、ラグネの母親とは異なっていた。

 奇妙な一致に惹かれて声をかける。

 

「そこのお嬢さん、大丈夫っすか?」

「ふぇぇ……ここどこ……?」

 

 目にうっすら涙を浮かべ、ローブの隙間から肌が見えていた。はっと息を呑んだラグネは「これはいけない」と丁重にその幼女を『大聖堂』に連れていった。

 

 はいそこ、連れ去ったとは言わない。

 

 ※

 

「わぁ! ひろーい!」

「そうっすね。とってもひろいっすよ」

 

 幼女は顔を輝かせて庭を駆けていく。それをラグネはにこやかに眺めていた。どうやら懐いてしまったようで、しきりにラグネの袖を引っ張ってはあちこちを楽しそうに指さす。

 

「ん? ラグネ、その子はどうしたんだ?」

 

 たまたま通りがかったのは『天上の七騎士(セレスティアル・ナイツ)』が第一位、ペルシオナ・クエイガーである。

 

「あ、総長。いやぁ近くで拾ったんすよ」 

「……拾った?」

「かわいいっすよね」

「えっ」

「かわいいっすよね」

「あ、ああ」

「ラグネお姉ちゃんこっち! すごいよ!」

「ほんとっすか! 今行くっすよ」

 

 少し遠くに行っていた幼女が手を振って呼んでいた。ラグネは一瞬だけ幸せそうに目を瞑ると噴水のある奥の方へ走っていった。

 ペルシオナさんはぽつりと「仕事が……」と溢すと元の仕事を片付けるべく、早足で急いだのだった。

 

 ※

 

 噴水を見てきゃっきゃっとはしゃぐ幼女。ローブが揺れ、ずり落ちそうになるがそこはラグネが気付かれないうちに直す。

 

「ラグネ。こ、これは……!」

 

 喜色に溢れる声をあげたのは『天上の七騎士(セレスティアル・ナイツ)』が第四位セラ・レディアントである。

 普通を装っているが僅かに顔はにやけている。それはもう、大興奮であった。

 

「こんな所にあどけない女の子が……! か、かわいい……。ラグネ! この子はどうしたんだ!」

「いやぁ、かわいいっすよね。ママみたいな雰囲気なのにこんなに純粋そうなんすもん」

「いやそうじゃなくて……ママ?」

「かわいくないと言うんです? 先輩」

「そ、そんな事はない! まるで私の『理想』のようにかわいい子だとも!」

「そうっすよねー」

「ラグネお姉ちゃん、ここ高いよー」

 

 幼女は楽しそうに噴水の端によじ登っていた。しかし足を滑らしてしまって噴水の中に吸い込まれそうになる。

 

「っと、危なかったっすね。気を付けてくださいっすよ」

「ごめんなさいラグネお姉ちゃん」

「よし許したっすよ」

 

 笑いながら頭を撫でるラグネと目を閉じて懐く幼女であった。それを周囲から隠すようにセラが近寄る。

 

「いやよく考えたら、この状況を他の人に見つかると変な誤解を――」

 

 

「――何をやってるんですか? セラ」

 

 

 金髪の美丈夫、『天上の七騎士(セレスティアル・ナイツ)』が第二位。ハイン・ヘルヴィルシャインが呆れたように立っていた。

 隣には同じく『天上の七騎士(セレスティアル・ナイツ)』第六位、白髪混じりの長髪を流した壮年の騎士ホープス・ジョークル。同じく第三位、いくつも編んだ髪を垂らし宝石の杖を持つモネ・ヴィンチもいた。

 

「ほら! 触ってたのはラグネなのになんで私なんだ!」

「多分あなたが連れてきたのでしょう。何をやってるんですか?」

「違う! これは……ちょっと」

 

 ついにやってしまったのかと頭に手を当てているハインに慌てて弁解しているが、そこにふたりが有罪判定をくだす。

 

「よく分からない幼い子供とラグネ。そこにセラがいるんだ。この状況で何が起きたか分からない『天上の七騎士(セレスティアル・ナイツ)』はいないね。ははっ」

「私も同感だ。先の総長の慌てぶりもようやく分かった」

「違うんだ! これは……これは!」

 

 その言葉を聞いてホープスはため息をつくと、ちょいと行ってくる、と言うと止める間もなく奥の方に去っていった。

 崩れ落ちるセラに皆が苦笑する、平和な光景だった。昔のような束の間の憩いで。

 だからそれが崩れるのもすぐだった。

 

 

「ハインさん、どうかしましたか? あらまぁかわいいししょ……子供ですね」

 

 金砂の流れるような髪、すらりとした肢体、おおよそ誰が見ても威厳のある美しい姿の人物がいつのまにかこの輪の中に入ってきた。

 ハインは顔を歪めたがすぐに騎士の礼をとり、他の騎士もそれに続いて庭は静まり返った。

 

「これはティアラ(・・・・)様。この子は騎士セラ・レディアントが保護したようで」

「だから改まった礼はいらないって言ってるじゃないですか。でも……へぇ……」

 

 面白そうにしゃがみ幼女の頭を撫でると笑みを溢す。だが肩は少し震えていて込み上げる笑いを堪えていた。

 

「どうかなさいましたか? ティアラ様」

「いえ、面白い子だと思いましてね。……ひひっ、パリンクロンさんが動いていたのはこの子の事のようですね」

「パリンクロンが……本当に何でも見透かしたかのようなやつですね。もう驚きもしませんけど」

 

 固まった表情のハインにティアラは目を伏せて眼前の幼女の観察に戻る。

 

「木の魔法で肉体を闇魔法で精神を弄った形跡がありますね。やはりあの人達ですか」

「んー?」

「それにしても、この私がくらっとくるくらいかわいいのはさすがですね」

「ティアラ様、これは誰かの手が入った子なのですか? そんな事をできるなんて人物はこの『連合国』内では」

 

 

「――ああ、『迷宮』の『守護者(ガーディアン)』だけだ。だから連れてきてやったぞ、ハイン。もしかしたら初めてのやつもいるかもしれないが、こいつが『木の理を盗むもの』アイドだ」

 

 パチパチと拍手して入ってきたのは最後の『天上の七騎士(セレスティアル・ナイツ)』第七位、パリンクロン・レガシィだった。

 そしてその後ろには白髪の眼鏡をかけた男、アイドがいた。

 

「今朝、このアイドから要請を浮けてね。その子を探してたのさ。くくっ、このカナミの……カナミの……兄さん? をさ」

 

 かっこつけて登場したパリンクロンは自分を見て首を傾げる幼女を見ると困惑と笑いを混ぜた顔になってしまう。

 あまりに都合よく現れた最後の騎士が暴いた幼女の正体に周囲の騎士が絶句した。

 その様子にアイドは気まずそうに渦波を呼ぶ。

 

「申し訳ありません。こちらの不手際のせいで迷惑をかけまして。ほら、渦波ちゃん。おいで」

「あ! アイドだー! いたー!」

 

 とことこと渦波は走ってアイドに抱きつく。

 その反応を見たパリンクロンは愉しそうに笑う。

 

「まじかよ……信じていなかったわけじゃないけど、やっぱり面白過ぎるだろ……くくっははは――けどまあ、そんなわけで事態は解決だ。総長の方にも俺から言っといてやる」

 

 解散だ。解散。パリンクロンが言うと他の騎士はアイドにくっつく渦波にそれぞれ手を振って帰っていく。

 そしてハインだけがパリンクロンに向き合った。

 

「パリンクロン、あなたは……」

「ハイン、少し話さないか。ティアラ様の相手はモネにでも頼め」

「心得た」

「ありがとうございます。ええ、今日はゆっくり話し会いましょうか」

 

 ハインの固まっていた顔が少しほぐれる。それを見たパリンクロンが渦波に手を振り去ろうとするティアラに向き直って言う。

 

「構いませんよね、ティアラ様」

「はい、友人同士。語り合うのも良いでしょうね」

 

 ティアラは涼しげに応対する。その黄金の瞳と濁った目はしばらく互いを見つめていたが、先にパリンクロンの方が逸らしてハインと共に歩いていった。

 

 

「――ねぇ、ラグネちゃんはどう思いましたか? 女の子の『次元の理を盗むもの』を見て」

 

 最後に残ったラグネに背中を向けて聞いた。

 

「かわいいなとは思ったっすよ。でもそれだけっすかね」

「そうですか。何か大切な人を見出だしたかのように見えましたけど、私の気のせいのようですね。忘れてください」

 

 そんな風に残すとティアラは大聖堂の中に入っていった。

 

 

 ※

 

「これでよしっと。この一日の疑似記憶いれておいた。自分で自分の記憶を作り上げてもらう『術式』だからノスフィーに迫られても大丈夫なはずだ」

 

「あの狼の騎士の女の子好きにも驚いたものです。まさか見ず知らずの子供を連れ去るとは。まぁこれで渦波様は元に戻りました。後はうまく誤魔化しましょうか」

 

 こうして幼女渦波という存在は行間の闇に葬られたのだった。




 暗い部屋の微かに灯りがあったが、ラグネは椅子に座って呆然としていた。

「ママ……私の……」

「あの子がもし大きかったら……でもあれは『次元の理を盗むもの』……だからおそらくはあのエルトラリューの転校生っすか……」


 異世界迷宮の最深部を目指そう《外伝》迷宮改造編に続く(つもりで書きました)

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