いぶそうあれこれ   作:量産型ジェイムス

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水底に沈む(7-3章)

 

 

 ――死ぬなら死ね(・・・・・・)この人間のクズが(・・・・・・・・)

 

 

 

 水底に沈む。

 そんな心地と共に私の目が開いた。

 

「こんな所でどうしたの? ラグネちゃん?」

 

 薄目に映ったのは金砂の流れるような髪。そしてその奥から心配そうに覗き込むラスティアラ・フーズヤーズ。地面の揺れで髪の毛が落ち着いていない。

 

「お嬢? あぁ……、寝てたんすよ。ここは気持ちいいっすから」

「この船の上が? ま、いっか。早く大聖堂に戻ろう? みんな探してるよ」

 

 その言葉にはっとして横を見る。寂れた木の舟が寝床だったようで、その動作だけでも床が揺れる。

 そして事の経緯を思い返そうとして愕然とした。寝る前までの記憶が私からなくなっている。それどころか、それまでの全ての記憶が霞みがかったように判然としない。明らかな異常事態に頭が混乱する。

 

 その困惑の内にもお嬢は立ち上がり、軽く跳び池の岸に乗り移った。考えてみるとこの池も分からない。私の知らない場所だ。しかしひとまずはお嬢に続いて舟から跳び降りる。

 

「そういえば髪伸ばしてたんだ。全然気付かなかったよ。」

 

 覚えはなかったが、確かに頭は重く、髪に手を通すとその感触は肩にまで続く程に長かった。

 お嬢に先導されて知らない道を抜けると、そこにはごく普通のフーズヤーズ大聖堂の庭が広がっていた。

 前を歩くお嬢が何とはなしに話を振る。

 

「いやー楽しみだね。元老になったレキさんが帰ってくるんだよ? ラグネちゃんやパリンクロンとは特に仲が良かったもんね」

 

「レキさんが? ……いやそんなはずが」

 

 レキさんは死んでいる。そんな予感がした。思い返せない中でも、手に感触が残っている。

 普通の会話でさえ、私には異常の連続だった。

 奇妙な違和感を確かめるためにお嬢を問い質す。

 

「それよりお嬢はなんであそこが?」

「ハインが言ってたの。パリンクロンの奴がラグネちゃんに良いサボり場を教えたんだって。だからあいつが行きそうな所を探したんだ」

「ちぇー、バレちゃったっすね。また別の場所を見つけよーっす」

 

 その言葉を窘めるお嬢に応じつつ、私はハインさんが生きているという事実に強い拒絶感を覚えていた。

 

 そう、おかしいのだ。

 『天上の七騎士(セレスティアル·ナイツ)』は誰一人として欠けてはいないというのに、どうしてそんな風に私は思うのだろうか。

 

 

 大聖堂の庭には皆が生きていた。青空の下の、あの長椅子にはハインさんが微笑んでいて、隣にはパリンクロンがにやついている。少し後ろでホープスさんとモネさんが談笑していて、教壇の上にはペルシオナさんが皆を見ている。そして入り口のセラさんが私たちを出迎えてくれた。

 

「お嬢様、遅れていますよ。ラグネを呼んできただけのはずでしたが」

「ラグネちゃん、変な所で寝てたんだもん。全然見つからなかったよー」

「あっ、いや警備の途中で不審者を見つけたんすよー」

「サボりの言い訳は後で聞こうか。取り敢えず席に着いてくれ」

「ふふっ……」

 

 小さく笑うお嬢に恨みがましい視線と僅かな感謝を向けて、長椅子に座る。何気ないやりとりで少し心が落ち着いてきた。

 そうして全員の集合を見たペルシオナ総長が話し出す。

 

「よし、みんな集まったな。今回の元老院レキ様の出迎えと宴会、宿泊の際の警備について、直接これに携わる我々で最終確認を行う」

 

 

 

 会議は恙無く終わって、ハインさんがレキさんに見せる演劇について熱く語っていた。少年と少女の物語の演目で目を輝かせるハインにパリンクロンさんが時々茶々を入れる。

 

 そんないつまでも続く平和の中、空を見ていた私はこの不思議に関する情報を得るためにセラさんに話しかけた。

 

「今って新暦何年でしたっけ?」

「何年って、1014ではないのか? あの『聖誕祭』から1年と少しだ。」

「『境界戦争』はどうなりましたっけ?」

「つい先日シッダルク家の長男が大使として講和を結んだばかりだろう。そんな事も忘れたのか? どうしたんだ、ラグネ」

「いやぁ……最近、物忘れが激しいんすよ。なんか色々忘れちゃってて」

 

 適当な誤魔化しが透けて見えたのかセラさんは苦笑している。

 

「まだそんな年じゃないだろう。……あっ、思い出した。お前には良い報せがあるんだった。そう『本土』からの人員について」

 

 暗殺する対象も来るのだろうか。それに手配が必要なのか。いや、何を物騒な事を考えているのだろう。そう思って愛想笑いを浮かべていた私の表情に皹が入る。

 

「お前の故郷からの友人、リエル・カイクヲラも来るそうだぞ」

「……え?」

「あのモンスター騒動は聞いているぞ。あれでお前は『天上の七騎士』になり、リエルは元老院に迎えられたそうだからな。」

 

 沸き上がる何かを塗り潰すように、喜びがこみあげた。

 かつての記憶が甦る。あの日、リエルの手を取って、村に出た危機を打ち破った。そして二人で大聖堂に行った、あの時に。

 

「驚いているようだな。最近、髪も伸ばしているようだし、お互い騎士同士だ。久し振りの再会を楽しめ」

「かっ髪っすねぇ。そうそう伸ばしてるんすよー。ははは……」

 

 映らない、回らない口で応じる。いつまでも続いて欲しかった平和と強烈な違和に私の表皮(かわ)が揺れる。腰まである髪をセラさんに見せておいて、ハインさんと語り合うお嬢に慌てて話しかける。

 

「そういえばお嬢。後で話があるんすけど、時間あるっすか?」

 

 三人の話が止まり、一瞬その場が静まる。

 しかし私に振り返ったお嬢がその静寂を破り、笑顔で親指を立てた。

 

「ええ、分かりました。ラグネちゃんの頼みとあらば、パリンクロンの課題なんてすぐに片付けて向かいましょう」

「おいおい強気だなぁ。俺が今までそんな甘かった事があるかぁ?」

「あると思いますよ。なんだかんだお嬢様に甘い所がじゃないですか、あなた」

 

 再び賑わいだした三人に加わった私は、親指と返事を返しつつ、何とか心を落ち着かせる。思考を巡らす。

 

 なぜこの日常を疑う自分がいるのだろうか、と。

 

「ラグネちゃん、ラグネちゃん。さっきセラさんから元老院の騎士について聞いてましたよね」

「そーっすね。いやー、私もびっくりっすねー」

「実はもう一つサプライズがあるの」

「そんなに隠し事してたっすか! 私だけ仲間外れっすよー!」

「それはラグネが遅れていたからですよ。レキ様の滞在中は暇ではないですから、きちんとしてくださいね」

「それでねー。んんっ、それでですね。なんとっ」

 

 お嬢が大きく手を広げて、私へのサプライズを告げる。

 

 ただ、それを受け止める事は出来なかった。

 

 

「レキさんを出迎える祝賀会にっ、カイクヲラ夫妻と共にー。なんとっ、ラグネちゃんのママが来てくれます! 拍手ー。ぱちぱちー」

 

 

 

 

 逃げ出した。

 どうしようもなくて、何かが剥がれた気がして。

 足先まである髪を振り乱して、ぐちゃぐちゃのままの頭で、あてもなく走った。

 

 辿り着いたのは、さっき寝ていたあの池だった。古舟が所在なさげに浮かんでいる。止まった拍子に膝から崩れ落ちて、池の水が眼前に来る。投げ出されるように池に髪が入り、底に沈んでいく。

 

「……ママ」

 

 口をつく衝動のあまり、溢さざるを得なかった。

 

 リエルと屋敷を出る時の見送るママの顔を思い出す。自分と違う黒い髪。水面に映る自分の、この自分の丈よりも長い髪とは違う髪。パパに似ていると言ってくれた髪。ママの娘の――

 

 

 それが黒くなっていくのが見えた。

 毛先から染まっていく。初めからそうだったかのように。

 その黒を見ると安心する。心が落ち着いていく。

 

「ああ……、そうだったっすよね。私はママの娘っすから、髪は元から黒いに決まってるじゃないっすか」

 

 甘い。長い。髪。

 ママとお揃いの綺麗な黒髪。

 

 目を開いた時の、あの感覚がある。水底に沈む、あの幸せな感覚が、さっきよりずっとずっと深く。

 眠るように目を瞑って、沈んでいく。 

 

 そうだ。

 私はママが好きだし(・・・・・・・・・)私はママの娘だし(・・・・・・・・)リエルは立派(・・・・・・)になったし(・・・・・)お嬢はあの庭にいるし(・・・・・・・・・・)みんながいる(・・・・・・)

 私が望んだ平和はもう達成していたのだ。

 

 

 だから(・・・)私はママを――(・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十四章一節『浄い終わりなど誰にもない。しかし、不浄の終わりも誰にもない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――カナミを殺した(・・・・・・・)

 

 僅かな引っ掛かりを足場に、私は私だけで私を持ち直す。

 あのクズを殺した事を『なかったこと』にはしない。

 そう確信して、目を覚ます。

 

 

 いつの間にか、私は池の中にいた。

 腕と足は水の中、茶色の髪は水面の下にどこまでも伸びているのが分かる。かつて着ていたあの簡素な半袖と豪奢なスカートのおかげで顔はまだ沈んでいなかった。

 私で起きた波に揺れる葉を視界の端に捉える。

 

 

「――ラグネ。久し振りだね」

 

 

 記憶の中にあった声がした。

 きっと顔を向ければいるのだろう。

 

 だから、私は声の位置を頼りにして、後ろに『魔力物質化』の刃を置いて、心臓を背中から貫いた。

 驚く暇も与えずに肺と首を突き刺し、腕も足も切り落とす。

 息遣いが聞こえていた傍の従者の親子も、彼女ら自身に引き寄せられる見えない刃に彩られたオブジェにした。

 水の中で空を見上げたまま、きっとその後ろにいただろう人たちを見えない糸で切り捨てた。

 

 どさっ、という音がたくさんした。

 誰かが――リエル様、と呟く声がしたけれど、無視した。

 そして、

 

 

「――ラグネ」

 

 

 聞きたかった声がした。

 

 

 

 

 

 刹那の浮遊感。

 

 踏み外した足で、咄嗟に下の段を捉える。

 足元で血が跳ねて少し、ようやく自分が階段を踏み外した事に気付いた。

 

「――ははは」

 

 黒に白線が引かれただけの視界にも慣れ、『星の理』で崩れた価値観も築き直したのに。浮かれでもしたのだろうか。

 今一度私は笑い直し、ファフナーの血の城の階段を昇り出す。

 

 ふと私は城の窓から外に目を向ける。

 太陽が燦々と輝く、もう輪郭だけしかわからない暗い世界を見る。

 下に見える死に行く街並みに思考はフーズヤーズの盛衰に傾く。一瞬の白昼夢も記憶の果てに、揺らぐ泡の中へと消えていった。

 

 そのまま私はカナミの『魔石』を取り出すために、ファフナーの待つ屋上に辿り着く。

 

「来たな、ラグネ……」

 

 その声は悪くなかった。

 風に揺れる肩にも満たない、短めの髪を抑える。

 

「我が騎士ファフナー、礼を言うっす。……じゃっ、始めるっすかね。カナミのお兄さんの魔石抽出儀式、次元魔法最悪の禁忌《ディスタンスミュート》を」

 





 ラグネちゃんが階段を登る時の話です。

 この前のC100にて頒布された『異世界迷宮の最深部を目指そう』の合同誌、『悠遠の魔法を描こう』に寄稿した拙作の背景のような何かです。長髪のラグネを書きたくてやりました。本当は夏コミ当日に投稿したかったんですけどね。

 この合同誌は本当にすごいので、いぶそう好きの方は是非見てください。投稿時現在はBOOTHに在庫なしですが、入荷待ちなのでいずれ入荷されるでしょう。

 P.S. 9/18に完売したそうです。
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