彼は初めて名前を入力された二年半前から、ずっとそういう男です。
俺の後悔は大きく二つ有る。
一つ目。俺の親友の話だ、ソイツは端的に言うと自殺した。特に何の変哲もない夏休み、アイツは俺と珍しく電話なんかしてきて、待ち合わせた後に下らない会話をして――――その後急に飛び降りたらしい。忘れもしない、雲が丁度いい具合に膨らんだ爽やかな夏空の日のことだ。
良いやつではなかったのだが、悪いやつでもなかったし、俺とは随分の腐れ縁なやつだった。人付き合いと俺と違って上手くて、やれば大抵のことは出来るやつだ。
いつも笑い方が豪快で眩しいやつだったのだが、その日のソイツは「結局俺の人生はなんか違う」とか言ってた。
それ自体は俺が責めるつもりはない。付き合いが長いと、一周回って何か有ったんだろうとは思う。別に甘えるなとも言わない、アイツはそれなり人生を上手く生きた結果としてそう言ったのだから、それもまたアイツにとっては事実なのだろう。
むしろそれだけ上手く行ったのに、それでもアイツが絶望した世界の景色というのはまあ、嫌なものだったんだろう。悲しいし、死ぬことはないと思うが仕方ない。
ただ、そのことをおくびにも出さなかったアイツに甘んじたことには後悔した。聞いても意味はなかったし、俺が言葉を重ねてもアイツは変わらなかったのは知ってるし、そういう無念を残させたくないから言わなかったのも知ってるけど。
最後に土産ぐらいはくれてやれる人間ではありたかった。それが許してもらえる相手でありたかった。
二つ目。コッチに来てからの俺の両親は揃って研究者、弟も俺も放置で仕事をしていた。
というかぶっちゃけ理不尽とか僻みの類を当たってくる方が多かったよな、酷い奴らだ。弟は十で逃げた、正直アレが正解だと俺も知っている。
とにかく親としてはどう見ても最低で、でも世間的には大変偉大な奴らだった。何せ鉄血工造の人形のAIに関わっていた、と言えば世間の人は「結果はともかく素晴らしい成果を遺した」と言ってくれるだろう。
俺にとって全く良い両親ではなかったが、世間的には功績を遺していたし、どんどん重くなるプレッシャーみたいなものが辛かったのは見れば分かる。やるだけ俺にやってな、夜中に泣いてるのは良くない。幾らまやかしと思っても俺も言葉が出なくなる、アイツラ俺が寝静まったって思った頃に急に酒飲んで泣き出すからな。
不器用で、弱い奴らだった。俺は嫌いだったが、憎むことがどうしても出来なかった。
美談で済ましてやろうなんてつもりもないのだが、蝶事件の後にアイツラは俺を庇って死にやがった。
記憶は曖昧だ。銃で死んだのか、身体を抉られたのか、半身を吹っ飛ばされたのか。ショックってやつだろう、俺はあんな奴らでも憎めなかったからな。
というか俺を庇ったアイツラはにっこり笑って、最後にパソコンのエンターを押した。俺の左眼の義眼が死ぬほど熱くなったのを覚えてる。
――お前の眼は、世界を見通せる。
そんな事を言って死んだ、気がする。俺はあんまり記憶がない、多分全速で逃げた。
要するにだ。
俺は頼むから後悔は勘弁して欲しい。例えば悪いやつでも嫌いになれなかった、割に俺は嫌いじゃないやつとして接してなかった。とか。
数少なかった友人なのに、何も置き土産ももらえないまま死なれてしまった。だとか。
もう沢山だ。後悔するなら生きてる間にさせてくれ、償うなら生きてる内に済まさせてくれ、決意は死ぬ前にした方が良いに決まってる。
だから俺は、あんまり良いやつじゃなかった割に良いやつのフリをした。出来るだけ、俺が別れる誰かに後ろ髪を引かれないように。
もっと、非情になれるように。
――だから、今回も俺は非情になる。後悔はもう、沢山なんだよ。
せめて後悔させる側にさせてくれ、なあ?
「さーて。代理人、久しぶりだな? 髪切った?」
切ってるわけがないんだが、何となーく俺はそんな事を尋ねた。眼の前の青白い肌の女から返事はない。当然だなあはははは。
驚くぐらい照った日のおかげで地面の雪はもうシャーベットの有様だ。雪道用のブーツとは言え辛いところもある、枯れ木に腕を引っ掛けられるほど右腕も動かん。
ぶっちゃけハイエンドに人間が挑むの自体が弩級の阿呆なのはテスト運用を眺めていた俺が一番知ってるが、しっかしやるべき時というのは確かに有ってだ。
要するにショッカーは負けを確信しても必ずライダーに仇なすって話。
「まさか生きているとは。リンドウ・アマギ」
「うわやめろ! リンドウって名前何かイタタなんだって!」
さて、ちゃっかり本名がバレちまった。天城倫通、倫ってのは人が守るべき道のことだと。高尚だな、俺にゃあ似合いませんわ~。
全く人道に反する俺であるが、今回相手にする代理人にかなり困ってる。
エージェント、代理人、パンモロメイド、もしくは生天目仁美。太陽は落とさぬ女であるが、グリフィン基地は多分落とせるだろう昏い夜明けを告げるハイエンドモデル。
はっきり言ってめちゃ強い。どうするこれ。
「しかしあなたにしては気づくのが遅いわ、泳がせていた?」
「いや~? 404小隊といきなりぶつかると思わなかったから放置してただけ」
そもそもあんなイロモノ部隊が俺を捕縛しようってのも変だしな、薄々アチラにも手は有るんじゃないかと「鉄血が思うこと」は俺だって思いついてた。
まあ多分無いだろう。そう思わせるの自体が404小隊の採用理由、まさしく不可視のジョーカー共。とんだ道化だな、パンツ丸見えなやつが居るだけは有る。
45だけだな、其処ら辺大体察しがついていたのは。
言ったそばから押し付けられてた通信が鳴り響く、代理人にストップ掛けて応答。
「まーまー落ち着けよ、俺が妙なこと口走ってから撃っても殺せるだろ? なあ45」
『何処』
ドスが利いてるような、心細そうな。短い声。
こういうのに弱いから肩入れするの嫌いなんすよね、分かる?
「教えなーい」
『捕まえた後関節4つぐらい外すよ』
前言撤回ドスどころかハジキ構えてるわこの子。
「あーえーっと!? いや俺は二度捕まるなどありえん、なんたって天下の亡霊様だからな!? あは、あははははは!?」
『…………絶対見つけるから』
切った。こわ、ヤンデレかよ。流行りは過ぎたぜ?
明らかにガタガタしている筈の俺に代理人は全く反応しない、この人鉄面皮ってのが超似合う人形なんだよなあ。鉄血だし、何というかマジで怖いしな。
――なんて言ってる内に突然発砲。
取り敢えず右腕のワイヤーで木に逃げる。ズボンに掠った弾丸に悲鳴が出る。
「こわぁ!? パンツ見せてから射撃しろ!」
返事がない、ただの代理人のようだ。
アイツラには俺の逃走には難しいことしてないって言ったがもちろん大嘘である。ワイヤーとか変なものとかいっぱい使っちゃう、言うまでもなくホームレスには備蓄的制限があるからマジでイロモノが多いんだが。
ワイヤーは巻く機構としっかりと返しの付いた先端さえ手入れすればずっと使えるからな、実はメインだ。他のやつと行動してる時はバッグでも別のものとかに詰めて隠してるけど。
勝手に触られて壊されたら俺キレるし何より手がバレたくない。
「うーん、だけど旋回性能低いなそのSMGアーム」
「本当にそうでしょうか」
途端にスカートからびっしり出てきたアームに苦笑い。ウッソだろお前。
枝の先ギリギリまで走り抜けてそのまま別の枯れ木に飛び移る。一回だけじゃ距離も足りず蜂の巣製造機の射程から全力で走り逃げる。
俺が雪の上で戦ってもお話にならん。アイツラは雪を踏み砕いて走れる小型ブルドーザーでもこちとら人間だ。しかもワイヤー使うのに一々腕振り上げるモーションでロスする。
「おいおいおいおい! パンツ丸見えだぞ良いのかい!?」
黒か。おもんな。
距離が取れない。Kar98k、だっけ。この銃で俺が片手で、かつ肩脱臼上等となるとやはりアイツの弱点に一撃で当てるべきだ。
至近距離しか無い。しっかし前回と同じ手はアイツも食わんだろう。
「参ったな、お手上げだ」
俺の呟きが聞こえたのだろう、一瞬だけ銃声が遅れた。
よし、チャンスだ。アイツに向かって伸びたえらく前傾姿勢でチャレンジャーな枝にワイヤーを引っ掛け、アイツ目掛けて体全身を真っ直ぐ向ける。
蹴り抜いて突進。
アームは間に合わねえだろ、今止まったしな。アイツの美脚で殺されるならご褒美よ、一番リスクは少ない。
――――後はそうだな。
「Launch, Play start.」
この御大層な左の義眼様の出番だ。
勘違いされてるがコイツラの目的は俺の義眼だ、結構重要な情報を全部移して死にやがったからなあのクソッタレども。俺が追われてたのもそれ。
だが相応の自衛手段も残してる、何せ俺のクソアホ両親はクソアホだが間抜けじゃないからだ。
頭に負担はかけるが、アイツより一瞬だけ。
そう、本当に一瞬だけだが。
「一世一代の大勝負でもやってやろうか!」
演算速度で俺が上回る。
眼に火でもついてるような痛みに思考が若干飛ぶが問題ない、今アイツの動きを見て、反射で避けるには容量は十分残ってるだろ。
飛び込む俺に代理人の右脚の無機質な浴びせ蹴りが真っ直ぐねじ込まれて行く。スロー。
体が追いつくか? これ。
見えた軌道に合わせて手を引っ掛ける。
「…………ッ!」
「ちょっと失礼しますよっと!」
そのまま右脚に振り回されるような形で体を裏側に持っていく。
残念ながら人形は
そして気づけば足は地面につく、後は上手ーく伝ってきた力で体を回して、地面にドスンと踏ん張ってですね。
「俺の弾丸に惚れてもらうぜ馬鹿野郎!」
アイツを左腕で抱き込んだ右脚から引っ張って、顔面に至近距離で打ち込むだけだ。
勝った、いや勝ってくれ。ミスったら多分俺は致命傷だぜコレ?
『やはり人間にしては強いのね、リンドウ』
しっかし現実は残酷だ。いっつも俺を裏切るらしい。クソッタレ。
当然のように首だけで弾丸が避けられる。
スローモーションはまるで拷問だ。咄嗟に義眼の電源も切れなかったのは不幸と言うか、アイツの真っ直ぐな右ストレートが腹に近づくのまで精細に見える。
「マジかよ――――――」
「死になさい」
あっさりと腹を打ち抜かれた俺は、そのまま転がって崖に落ちていく。
全く。死に際は碌なもんじゃないとは思っていたが、流石にこりゃあ笑えねえわな。マジで人生は何度やってもクソゲーだ。
「悪い」
404小隊が探しに来るんだろうなあ、とだけ思うと砕けた内臓よりアイツラの先行きに心が痛んだ。
『次回で終わりってマジ? 五ヶ月空けるのはアマギクン感心しないな~』
『まあ。それじゃあな』