『お、やっほ~。挨拶が遅れたね、『亡霊』君。元気にしてたかな?』
脱力しきった阿呆な声。M4がつけた通信機からだ、映し出されたのはだらしなく白衣を着崩した血相の悪いあの女。
何日経とうが忘れるものか。名実ともに人畜無害だった俺を脅して手伝わせた挙げ句、今ものうのうと挨拶をしてくるような脳味噌溶けてそうな女の事は絶対忘れない。いや、忘れられない。
ペルシカ。肩書は知らない、俺にとって敵であることは確かだ。
「してる訳ねえだろ変態ケモミミ研究者」
『おお怖い怖い。ご挨拶は結構なようだけど、進捗は?』
SOP Ⅱに宥められて思わず舌打ち。我ながらよく此処まで嫌悪感を見せられるものだ。
だが仕事が進まない方が面倒事なのは事実。積もる不満もそっちのけでM4との会話を清澄する。
「作戦は順調に進みました。現在AR小隊は第3セーフハウスに居ます」
『わお! 予想より速いね、やっぱり彼のおかげかな?』
呆けた顔で俺を見る。はちきれんばかりの恨み辛みを込めて睨んでやった。
ペルシカがケタケタ笑う。
『アレだね、君は虐待を受けた動物みたいだ。確かに私があなたを脅して面倒事に首を突っ込ませてるのは事実だけど、それは同時に
「うるせえ、あんなヤツラの話するんじゃねえよ」
コッチが本気でキレてるというのに、コイツときたらヘラヘラ笑うばかりで話にならない。
AR15が今の話題に食いついた。
「どういう事? 初耳だけど」
「それに関しては俺は応答を拒否する。良いか、是非は問わず返事をしない。分かったか?」
「………………分かったわよ、無理にとは言わないわ」
妙にAR15にはあっさり引き下がってもらえたが、俺としてはそれが有り難い。
結局あの後もありがちな気まずさというのも有ったわけではなく――――――――どころか、AR15は何処か吹っ切れたような態度を見せるようになった。
M16は「積極的かつ効果的で最善策だ」とかニシニシ笑っておどけてみせたが、逆に俺がやりにくい。
「…………何よ、変な顔で見て」
「お前みたいなタイプってかなり引きずると思ってたもんだからな」
「何? 今すぐこの銃口を眉間に突きつけられたいってこと?」
「はいはいすんません、私が悪うございましたよ」
剣幕から滲む殺意に俺も流石に引き下がる。やっぱりコイツは男を尻に敷くだろう、俺は絶対にゴメンだ。
――まあ元気で何より。変にヘコまれるよりは俺に変な因縁つけてくるほうが流れ的にはマシだ…………とか考えていたのは無礼だったらしい。
俺が思うよりは強い女のようだ、尚更俺には似合わん。
気づけばずっとAR15を見ていたらしく、照れているのか睨んでいるのかよく分からない顔をしている。
「何よ…………」
「ああ、いい出会いをと思って」
「やっぱり死にたいんでしょ、そう言う事ならお望み通りに」
「俺が全面的に悪かったです辞めて下さい!」
取り敢えずその銃を下ろそう、話せば分かるはずだ。大丈夫だ俺は相手と分かり合うまで話し合おうという心意気ぐらいはちゃんと持ってる、後はお前次第だ。
俺の命乞いが通ったのか、気分が変わったのか銃口が下げられた。
「お前、何かさっきから暴力的だよな…………」
「我慢するのが面倒になったのよ、意地を張る理由もなくなったし」
「あっそ」
じゃあ仕事に戻るか。
M4とペルシカの会話はかなり進んでいたらしい、気づけばM4の通信機のスイッチは切られている。どうやらもうそのデータとやらの複製作業に入ったようだ、話をちゃんと聞いておくべきだったか。
もうすぐ解放されるとは言え最後まで気を抜かないのは当然のこと。万が一不義が有った場合は何ならそのメモリとやらを人質にするぐらいしなくてはならない。
「ああM4ちゃん、ちょっとAR15がめんどくさくて「はい?」俺が巫山戯すぎたから話を復唱して欲しい」
「…………まあ、そんなに込み入った話は。パスワードを解いて、データのコピーのために通信を切っただけです」
何だ、意外と進んでないな。
M4が俺とAR15を何とも言えない、敢えて言うなら苦々しい表情で見やる。
「やっぱり煩かったか? 悪いな、AR15が煩くて」
「あんたも十分煩いわよ」
「ははっ、仲良さそうだね~二人とも!」
んな訳有るか。口を慎めSOP Ⅱ、お前の一言で俺が蹴られる可能性すら有るんだ。
AR15は手を組んで不機嫌そうにそっぽを向く。いやあ、俺も何というか酷かったと思うがお前はよく分からないという意味で酷いぞ。
『そうですね。私も混ぜてくださりますか?』
刹那、モニターの電源が急に入る。俺達は咄嗟に銃を構えた。
映し出されたのは見覚えのない団子頭の――――――メイド服? 一瞬は唯の女にも見えていたが、そう済ませるにはフリルスカートの下から伸びたサイドアームが異様過ぎた。
――明らかに敵だ。ソイツは少しばかりの漏れる微笑を抑え込みながら、整った仕草でモニター越しに挨拶をする。
『鉄血工造の「代理人」です。お待ちしておりました』
その名前を聞いた途端にM16が下唇を噛む。俺の嫌な予感は苛立つほどに良く当たるが、今回も例外ではないようだ。
「…………代理人!?」
「おいおい、俺達は鉄血様の掌の上ってか? やられたなぁ」
俺が失笑するなりM16はギラついた目で代理人を睨む。
「お前は鉄血のハイエンドモデルの筈だ! 何故こんな所にいる!」
『あなた方が其処にいる理由が答えでしょう? 「ご主人様」の望むものはそのデータ、後は――――――あなた方をバラバラにしてメモリーチップを渡せば良いだけです』
「うわ、手助けしちゃったんだね、私達」
SOP Ⅱの苦笑いには賛同しか無い。パターンとしては最悪だ、これは正直俺にはどういう寸法を取れば生き残れるのかさっぱり分からない。
代理人が溜息をつく。溜息を付きたいのはこちらだっての。
『正直言って、此処まで面倒でした。まさかシステムが古すぎて手に負えないというのは全く予想外でしたが――――――まあ、問題は結果がどうあるか………………では、始めましょうか』
プツリ、とモニターが消えたのと同時にAR15が焦り調子に叫ぶ。
「鉄血の信号が――――――何よこの数! 本気みたいよアイツ!」
視線が集まるのはM4のコピー状況。俺は正直もう逃げてやりたくて堪らない所だが、どちらにせよ此処で逃げたら碌でもない理由で戦術人形の溢れる殺意を受け止める日々に突入しかねない。
M4は特段取り乱すわけでもなく、静かに
「コピーは終わってない、耐えるしか無いわ。防勢作戦の用意を!」
「うは~やってらんねえぜ畜生!」
大体俺は逃げるのが本分であって殴り合いは無理なんだって!
「なーんにも出来ないですまねえな」
結果として、俺は台風の目のような立ち位置となっていた。周りが目まぐるしく展開する戦闘にもあんまり参加出来ない。
決して適当にしているのではなく、俺は「防衛」という概念に圧倒的に弱いらしい。正確には慣れてないんだろう、動けない。弾薬も少ないから無駄撃ちが許されないという状況も硬直の一助をしてまるで何も出来ない。
手榴弾だの何だのパッパカと投げるM16が奥の方で置いてけぼりの俺にニカッと笑う。
「お? アンタなら『俺は元々巻き込まれた側だし』ぐらいの文句言うと思ってたが、見当違いだったかね?」
「俺は利己的だが無責任じゃねえっての」
実際、この人数で一人が木偶の坊は中々致命的ではないか。
AR15とSOPⅡはアクセス権だか何だかを変更して、近くの見捨てられた支援部隊を持ってくると言うなり消えてしまった。此処に居るのは止まないドンパチに晒されるM16と、転送のせいであまり自由に動けないM4と、民間人同然になってしまった俺だけである。
M16の表情には余裕がなかったが、気を遣われているのか割と話しかけられる。
「まあついでに動きを覚えていけよ、またグリフィンにお使いさせられた時に役に立つだろうさ」
「いやもうしたくないな、うん」
「その反応が妥当だ。そう言えば、AR15とはありゃどういう事だ? 面白い展開では有るが」
「知るかよ、何か吹っ切れたんじゃねえの? 俺は身勝手に振っただけだ、何もしてない」
「本当にそうなのかねえ。まあ良いけど――――――な!」
閃光弾を放り投げる。絶え間ないのは会話と弾幕どちらもだった。
しかし流石にいい加減邪魔だろうと思って、奥でデータ転送の為に色々と操作をしているM4の方にフラフラと向かう。
忙しなく画面を走る視線が何処と無く躊躇わせはしたが、俺が何か言うまでもなく近づいた俺にM4の方が気づく。
「どうかしましたか?」
「いや、あんまりサボってるもんだから情報でも貰おうかと」
M4の視線が僅かに画面の一点で固まる。しかし手は止まらない、此処はやはり人間と機械の違いなのかもしれない。
「と、言いますと? 私、あなたが有効活用できる情報は持ってませんよ?」
「そうだな、例えば戦術人形の構造上の欠陥とか」
「いやいや、民間用の私達ならともかく鉄血の堅実な作りであからさまな欠陥なんか――――――――ああ」
思い当たるフシが有ったようだ。
「関節、は弱いですよ」
「関節?」
はい、とM4がこちらに振り向くわけでもなく妙な資料をこちらに画面で映し出す。
恐らく戦術人形の簡易構造の図式だろう。正直意味は分からなかった。
「鉄血も
「ああそうか、関節を硬くしたら動かないじゃん」
「そうです。まあARなら一々狙うより蜂の巣にしちゃった方が速いんですけどね、機関部の破壊なら尚速い」
まあ精密射撃も人間よりは圧倒的に上な戦術人形のことだ、そういう展開になるのは想像に難くない。
「まあ、逆に言えば民間用人形の転用品の私達はともかく、鉄血はそれくらいしか共通また明快――――――といった弱点は…………よし、転送完了!」
M4が顔を輝かせながら画面を閉じる。同時にM16は深い溜息、俺まで何もしていないのに安堵の溜息が漏れてしまう。
「外の音を聞くには、あの支援部隊も役に立ったらしい」
「ええ。AR15達と急いで離れた方が良いわ」
言うが先か足が先か。二人がすぐさま動き出した。
「逃がしはしませんよ…………」
「おいおい、何だアイツは! 呪○か何かと出演間違えた声出してるぞ!?」
代理人の声に背筋が凍る。俺は無謀な人間じゃない、アイツと出逢えば即死で、逃げるべきだってことぐらいはすぐ分かる。
だが間に合うわけがない。これはそう近い所からした声では無いようだが、えげつない勢いで走ってくる足音だけははっきり聞こえる。
逃げようがない。M16が叫ぶ。
「代理人の信号だ! 馬鹿みたいな速さで急接近してる!」
「言われんでも分かっとるわ! ええい、やれるだけやってやるぞこの野郎が!」
俺がすぐさまライフルを構え、M16とM4が迎撃のために道具を取り出した。
――だが、それよりも速く。
「…………鉄屑を寄せ集めただけの、生ゴミの処理しか出来ないような――――――――スクラップ人形どもが!」
怨嗟が溢れんばかりに込められた恨み言と同時に、部屋が爆風に包まれた。