神奈川県横須賀市稲岡町。かつて、・・・いや6年前、ここには艦娘とそれを指揮する提督の為の鎮守府が設置されていた。その鎮守府、横須賀第二鎮守府は日本と世界各地に置かれた鎮守府の中で最も規模が大きく、多い時には300を超す艦娘が配置され、深海棲艦との戦いに身を置きつつ、家族のように暮らしていた。そして、当時姉さんもその鎮守府に配属され、僕も非常時以外は放課後に行き、駆逐艦の子たちと遊んでいた。学校は面白くなかったから、そこで艦娘の子たちと鬼ごっこやサッカーをすることが何よりも楽しみだった。
深海棲艦との戦争が終わると、ごく一部を除いて全艦娘は艤装を解体され、再び人間としての生活を歩むことになった。海軍が海上自衛隊に再編成されたのとほぼ同時に、鎮守府鎮守府は横須賀基地へと名前を変えた。工廠やドック等、艦娘の為の施設は軒並取り壊されたが、司令部や寮などはそのまま残され、庁舎・宿舎として利用されるとともに、観光スポットとして一部は一般公開されている。
僕は、その横須賀基地の一角、甘味処「間宮」の前まで来ていた。ここも司令部等と同じように終戦後も残され、自衛官以外の人も利用できるように改装された。扉を少し開けて中を覗くと、休憩中なのだろう。二人の女性がお茶と羊羹を食べながらくつろいでいる。コーヒーくらいは出してくれるだろうと少し期待して、中に入った。
「こんにちは。」
「すみません、今は此処を閉めていて・・・・って、あれ?どこかでお会いしたような・・・・」栗色の長髪を赤いリボンで纏め、割烹着に身を包んだ女性ーーー間宮さんがお茶と羊羹をテーブルに置き、首をかしげる。
「あっ、えっと・・・・すみません。これで分かりますかね・・・・」この姿ではまず分からないと反省し、鞄から眼鏡ケースを取り出す。中に入った黒ずんだ眼鏡をかけ直す。
「あっ!あの時の!えっーと、名前が出て来ませんね・・・・確か「い」から始まる・・・・」間宮さんが人差し指をこめかみに当てて悩んでいる。わざわざ隠すまでもないと思い、名乗ろうとしたところ、
「似仁さん!お久しぶりです!!」もう一人の割烹着の女の子ーーー伊良湖さんが大きな声で僕の名前を呼んでくれる。間宮さんが「あっ、そうだ!」と右手を左手の上でポンッと叩く。反応が分かりやすいな、この人。
「はい。お久しぶりです。間宮さん、伊良湖さん。」6年ぶりに二人の顔を見ることができて、ほっとした。
「学校の方はどうですか、似仁さん。」間宮さんが入れて下さった抹茶と羊羹を頂く。羊羹を一切れ頬張ると、口一杯に小豆の甘さが広がっていく。抹茶の苦さが甘さを引き立て、全身の疲れが一気に抜けていくようだった。
「そ、そうですね・・・」間宮さんに振られ、急いで抹茶で流し込む。失礼だと脳内で反省する。
「
「IS学園って、どんな所なんでしょうか。」伊良湖さんが興味津々に聞いてくる。一度艦娘となった女性は、通常の女性よりも成長がかなり遅くなる。彼女の見た目は6年前とさほど変わらないが、年齢はもうすぐ二十歳らしい。
「ISの訓練が授業の合間に入るだけで、それ以外は高校と変わりませんよ。でも、施設は結構すごいですね。高校というより、大学といった方がいいかもしれません。」第三者にIS及びIS学園のことを詳細に話すことは禁止されているので、ぼかしながら答える。
「大学ですか~うらやましいです~」と伊良湖さん。彼女たちは身分上、自衛官となっている。
「それにしても、ここ広いですね。」そう言って、この甘味処を見渡す。前にここを訪れた時とは、倍以上の広さだ。勿論、当時の面影を残したままだが。
「今は多いときに500人は来ますから。休みの日には、艦娘の子たちもアルバイトに来ます。今日は、確か睦月ちゃんと若葉ちゃん、暁ちゃんと五月雨ちゃんだったかしら。」
「そうですか。懐かしいなぁ。」名前を聞いただけで、すぐに四人の顔が思い出される。同時に、無事にやれるだろうかと少し心配になる。
「あの子たちもしっかりやってくれてます。接客に会計、後片付けと忙しいですが、皆元気です。」間宮さんが微笑む。今度の休日に行ってみようか。
「それで似仁さん。どうしてここに?これからどこか行かれるのですか?」間宮さんが僕に尋ねてくる。正直、これを言うのは躊躇われる。言ってどうなるというのか。
「べ、別に言いたくないのなら無理して言う必要はありませんよ?」伊良湖さんがフォローする。流石に申し訳ないと思う。
「これから、
「何て、言えばいいのでしょう・・・・その、ほ、本当に申し訳ございません。」間宮さんが浮かない顔で謝る。
「ごめんなさい・・・・望月ちゃんを私たちが守れなくて・・・・うぅ。」伊良湖さんが両手で顔を覆い、泣き始める。不幸中の幸いか、他に誰もいなくて良かった。もし駆逐艦、特に睦月型の子たちがいたらと思うと、思わず口を引き締める。
「謝らないで下さい。皆、悪くありません。間宮さんも、伊良湖さんも。僕も、ようやく気持ちの整理がついてきましたから・・・・」五年前は本当に酷かった。姉さんの遺品を届けて下さった長門さん達に当たり散らし、あれほど仲良くしていた艦娘達全員を呪った。姉さんを殺したのはお前等だ。死んでも許さない、と。世界が黒く塗りつぶされたかのように思え、ひたすら死にたいと思うようになった。
気持ちが落ち着いた後、元艦娘の人達全員に謝罪の手紙を出した。でもこの鎮守府に行く気にはなれなかった。
「IS学園に入学して、心機一転して頑張ろうと思うようになりました。それに、・・・・・」と言いかけたところで、なんとか踏みとどまる。
「あの、一緒についていっても宜しいでしょうか!!」「私もです!お願いします!」二人が頭を下げる。
「ありがとうございます。ですが、ここの営業がありますから。お二方は睦月さん達を迎えてあげてください。お気持ちは受け取っておきます。」そう言い、お茶と羊羹代として財布から千円札を取り出す。
「ご馳走様でした。御釣りはいりません。今度来るときは、連絡します。」席を立つ。現在午後3時35分。4時から午後の営業だから、アルバイトの子たちとは入れ替わりになりそうだ。
「「お気をつけて、似仁さん。」」二人が店の外で手を振って下さった。ありがとうございます。ともう一度だけ言い、横須賀基地を出る。ここから目的地はそう遠くない。寮の門限を気にしつつ、駆け足でバス停まで向かう。
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横須賀市根岸町。五丁目交差点を左に入り、階段を上った先に、『馬門山墓地 横須賀海軍墓地』と刻まれた黒曜石のプレートが埋め込まれたコンクリート像が現れる。この馬門山墓地は明治から太平洋戦争終結までに戦病死した軍人の墓地、或いは轟沈した軍艦の慰霊碑を祀るために設置され、その役目はとうに終えたはずだった。しかし、深海棲艦が出現、これに対する艦娘達が図らずも轟沈していくにつれ、その霊を慰めるために再び使用された。墓地は拡張され、下段墓地と中断墓地の間に艦娘達の墓地が置かれるようになった。この馬門山墓地にはかつて存在した第一~第五横須賀鎮守府の轟沈した艦娘達の墓、及び慰霊碑が置かれている。第二鎮守府の墓石や慰霊碑は、この墓地には存在しない。
――――――――上段基地の一番奥にある、駆逐艦望月の慰霊碑を覗いて。
入口から歩くこと10分、ようやくその慰霊碑の前に着いた。祭壇は綺麗に掃除され、花も添えられている。墓地の前の花屋で事前に供花を買ってきたが、杞憂だったらしい。邪魔にならないように、石碑の側に添える。
「君今こゝに甦る」と刻まれた石碑の上に、半月を模した石像が添えられている。石碑の裏にある碑文を読む。もう諳んじることができるほど、ここには何十回、いや何百回と来た。
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第三次水平戦争中 わが連合艦隊の主力であった機動艦隊は 開戦劈頭のハワイ マレー沖海戦を初めとし インド洋 珊瑚海 ミッドウェイ 地中海 レイテ沖 大ホッケ海等 世界の海空にわたって 身命を挺して連戦敢闘した
これらの海空戦で 駆逐艦望月、磯積海音が醜の御盾となり君国に殉じた
しかしてその遺骨は水漬く屍となって海底に眠るが 彼女の愛国の至情は 万古国民の儀表であると信ずる
このたび 艦隊生存者と戦没者遺族の悲願をもって 太平洋を一望の下に見渡すこの地を招魂の地と定め 誠忠遺烈を顕彰して この碑を建立した
ここに改めて 水平戦争下の彼我全戦没者及び非命に倒れられた民間全死亡者に心から哀悼の誠を捧げ 海事発展の上に加護あらんことを祈念する
ーー年5月31日 横須賀第二鎮守府慰霊碑建設委員会
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委員会の文字を読み終え、静かに思いを致していると、背後から足音が聞こえてくる。振り返ると、黒い、自衛官の制服を着た男性と、茶色の長髪を、黄と黒の独特なカチューシャで結んだ女性。かつての第二鎮守府の提督と、その秘書官の金剛さん。提督はいざ知らず、金剛さんはチャームポイントの笑顔をひた隠し、どこか悲痛な表情をしている。本来なら喜ぶべき再会だが、ここは
「提督さんと金剛さん、ありがとうございます。姉さんもきっと喜んでいると思います。」間宮での出来事を思い出し、なるべく雰囲気が重くならないように言う。
「織斑先生から君が今日、横須賀に行くことを聞いてね。もしかしたらここに来ると思ったんだ。どうだ、よければ少し話をしないか。」提督が僕に話しかける。彼は姉さんが死んだ後、その後の生活やIS学園への入学まで沢山世話になった。それについては本当に感謝している。けれど、姉さんを沈めたことだけは許すことはできない。
「ニヒト、私、いや私たちは貴方が居なくなって寂しかったのデス」金剛さんが声を絞り出すかのように言った。
「・・・分かりました。」
それから、時間の許す限り二人と話をした。これまでのことと、これからのこと。金剛さんの表情も次第に明るくなっていき、仕舞いには
「ニヒト!貴方はテートクの次にBurning Looove! な人何だからネー!!」といつものテンションに戻った。こうでなくては。
「私たちは、出来る限り似仁君の力になる。約束しよう。だから、困ったことがあったら何でも言いなさい。」
提督が小指を差し出してくる。『指切りげんまん』のサインか。同じように小指を出す。
「これからも、宜しくお願い致します。」
今はこうすることしか出来ない。けれど、それでいい。今は。
二人と別れ、電車でIS学園へと向かう。何とか門限には間に合いそうだ。トイレに行き、化粧台で手を洗う。そして、カラコンが乾いてきたので、外してしまう。
鏡には、どうしようもないくらい紅い両眼と、生気のない白い肌が映っている。
間宮さん達には、日中に当たっていないから、と濁した。皆、色々と察したのかそれ以上言及することはなかった。
けれど、これから。本当の意味で
「・・・教えてくれ。姉さん、いや僕は一体何者なんだ。」
側にある黒い眼鏡に話しかける。勿論、何も返ってこない。
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午後七時。IS学園の寮に到着する。電車から降りた瞬間、一気に異世界から引き戻された感覚に陥る。自分が、
部屋へ戻って明日の予習、と考えていると、ゴツンッ!と鈍い音。
「いったーっ。もう!どこを歩いているんですのっ!」聞き覚えの声がする。顔を上げると、セシリアが両腕を組んで頬を膨らませている。
「すまん。少し、考え事をしていたんだ。許してほしい。」
「まあ、英国貴人たるもの、これくらいのことで怒ることはございません。次から気を付けて頂ければ。」片目をつぶって言う。
「ありがとう。」クラス対抗戦後、少しセシリアの態度が入学時よりも良くなった気がする。たまにだが、昼食を一緒に食べることもある。一回弁当を作って貰ったこともあるが、味は推して知るべし。
「ところでセシリア、少し聞きたいんだが・・・・・」電車のことを思い出し、ふと尋ねる。
「僕は一体何者なんだろうか。」
「貴方何を寝ぼけているのですか。貴方は、1年1組の磯積似仁でしょう。早く寝たほうがよろしくてよ。」セシリアが部屋へと戻っていく。そうだ。僕は磯積似仁であり、それ以上でもそれ以下でもない。
「ありがとう。」もうこの場にはいない彼女に礼を言い、部屋へと続く階段を上った。
馬門山墓地は実際に横須賀にあります。また、途中の碑文も実際の慰霊碑の碑文をベース(というか、ほぼコピペ)にしています。
会話が少ないのは書くのが大変だからです。そういうとこやぞ。