永遠のアセリア ~果て無き物語~   作:飛天無縫

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 目を開いて最初に見えたのは異様に高い天井だった。

 

(……ここは?)

 

 周囲は暗い。しかし所々に小さな光源があり、完全な闇に包まれているわけではなかった。

 横たわる身を起こそうとして、自分が拘束されていることに気付く。

 

「えっ、な、何、何これ」

 

 見回しても周囲をはっきりと窺うこともできず、首や腕などに食い込むひんやりした金属の感触の方がよく分かった。

 

 それでも狭い視界で捉えたところ、ここは研究室のような印象を受ける場所だった。

 近くの机で二人の白衣姿の男が神妙な顔で手を動かしている。

 

 目覚めたことに気付いたのか、その二人がこちらに目を向けた。

 

「amasabura、useduoyatemazemagurupnnas」

「andauoyonos。nnires、eruketikettomownneknnisatisuonnnah」

「atisamirakaw」

 

(誰? 何て言ってるの?)

 

 知らない場所で目覚め、見たこともない人が聞いたこともない言葉をしゃべっている。理解できる範疇などとっくに超えており、否応無しに混乱する。

 金髪の男の言葉を受けて、もう一人の茶髪の男は一礼すると壁にある棚の方へ向かった。

 残った方の男がこちらに近付いて見下ろしてくる。

 

「あ、あの、ここって何処ですか? あなたたちは誰?」

「etas、anakureruketesimowakkekannodahimik? enedetemijahahonatisuogiketodoherok、oyadonurietisiatikarakiisaruzem」

 

 全く分からない。英語ではないし、そもそも理解できる言葉が一つもない。聞いたことがない言語もそうだが、それ以前に彼はこちらの声が聞こえているのだろうか? こちらの声に対して反応しているように見えないのだ。

 そのくせこちらを覗き込みながら上機嫌で語っている。場所と彼の格好も相まって、まるで実験動物を観察しているようにさえ見える。

 

 目を白黒させていると、茶髪の男が戻ってきた。

 

「amasabura、atisamisitomoownneknnis」

「isoy、ozurakakirotinuoygasukossas。nnires、orisowibnnuj」

「utxah」

 

 持ってきた物を側に立っていた金髪の男に渡すと、恭しく一礼し、机の方に向かう。

 その男が手にしている物に、どうしようもなく目を奪われて、何を話しているのか気にならなくなっていた。

 

(あれは……槍?)

 

 一本の槍である。柄は闇の中でも分かる漆黒。その片端に付いた刃は矢印を思わせる形をしており、濡れたように煌く白銀色だ。刃の根元からは純白の細長い飾り布が伸びており、柄の色と相俟って気品のある優美な雰囲気を醸し出している。

 

(きれい、だな……)

 

 武器という、明らかな殺傷を目的とした道具を持ち出されたというのに、少しも驚きの感情が沸いてこないことに気付かなかった。何故武器を持ち出してくるのか、不思議にさえ思わなかった。

 それだけその槍に見入ってしまい、他に何も考えられなかったのだ。それまでに感じていた混乱も、槍を目にした途端あっさり治まった。

 

 そうして槍に見惚れている間に男たちは準備を終えたらしい。

 我に返ると、二人が左右から挟むように立っていた。槍は男の手を離れて自分の上に浮いている。何の支えもなく宙に浮いていたのだ。

 

「adirubisasihomuoguuyonnneknnisotiatnnij。anagadoniiotukiukamu」

「usamietisemisowiesuogiketoneruzahatekahotnnekkijonokak。otusameriinoyruokowiagit、otakigakagotokuraedomodokirahay」

「umuh。oyesinaritod、akotokurakawaberimettay。ahed、ozuki」

 

 二人の会話が耳に届いても脳で認識しようともせず、むしろより近くで槍を見つめられることに興奮すらしていた。

 普段なら物が宙に浮いている状況に疑問を覚えただろうが、その美麗な姿に見入ってしまい、まともに思考が働かない。

 拘束された身でなければ今すぐにでも手を伸ばしてやりたいのに――

 

 その時、急に槍が光を放ったかと思うと、粉々に砕け散った。甲高い音を響かせてばらばらになった光の欠片たちは、溶けるように虚空へ消えていく。

 何ということ……あんな素晴らしい槍が、目の前で消えてしまった。この手に握り、振り回してみたかったのに。きっと手に馴染んだはずだ。武器なんて初めて見たし、触ったわけでもないけど、何となく分かる。あれは自分のためにこそあった槍だ。なのに消えてしまった。残念でならない。

 いや、全部が消えてしまったわけではない。槍があった位置に伸ばされた金髪の男の手に『何か』が集まっている――待て、『何か』とは何だ?

 

 男の手の中にある『何か』を認識した瞬間、それまでの陶酔が一気に冷める。

 無形で不可視の塊。しかし、確かにそこにある。分かる。分かってしまう。

 次いで頭の奥に生まれたのは、目覚めた時を上回る混乱と、明確な恐怖。

 

(何……あれ……!)

 

 その『何か』からとてつもなく嫌な感じがした。

 何がどう嫌なのか、具体的に説明することはできないが、とにかく嫌な感じなのだ。

 

「やだ……来ないで! それ、やだ!」

 

 男の手が、そこにある『何か』が近付いてくる。激しく暴れるが、拘束された身では逃げることは叶わない。

 目に見えないのに確かにそこにあると感じる。そうやって感じられる自分の感覚さえも不気味に思えて、どうしようもなくパニックに陥った。

 

 そして男の手が腹の辺りに向けられ、そのまま『何か』を押し込むように手に力が込められる。

 

「い、いやだ、やめてよ!! いやだああああああああああぁぁぁ!!」

 

 自分の中に『何か』が潜り込む感触、心を犯されるおぞましさに絶叫する。

 肉体と精神を同時に侵食される恐怖と吐き気に耐えられず、再び意識は闇の底へと堕ちていった。

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 榎本匠。当時、十歳。

 その幼い体に永遠神剣の思念が憑依させられる。

 祝福であれ呪縛であれ、彼の運命が狂った決定的瞬間だった。

 


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