ナザリックと同格のギルド放り込んでみた 作:ダイアジン粒剤5
月と星の光だけが照らす森の空、背に負う翼を羽ばたかせ自らに迫る白き戦乙女を、黄金に光る巨龍が鉄砲水のごとき息吹によって遥か遠方へと吹き飛ばした。
「なっ‥‥?!」
空を切り裂き遥かな山脈の彼方まで吹き飛んでいく己の分身の姿に、白き戦乙女と全く同じ姿をした深紅の戦乙女――シャルティア・ブラッドフォールン――は、眷属招来によって生み出した吸血狼や吸血蝙蝠を
—―――そして、それが失策だった。
黄金の巨龍はその隙を逃さず、神聖属性を持つ白く光り輝く炎のブレスをシャルティアに向かって噴き出した。
「グ、ギャァァアアアアアッッッ!!」
とはいえ、神器級には劣るものの伝説級の装備で固めたシャルティアに致命傷を与えることは出来ない。だがシャルティアが自己回復の手段として生み出した眷属たちは、全て炎で焼き殺されてしまった。
(くそっ、くそっ! 何故、こうも上手くいなかない‥‥! 何故、こうも邪魔ばかりが入るッ‥‥!!)
巨龍の吐き続ける炎によって断続的にダメージを受けながら、シャルティアは自分の失態、そして不運を嘆いた。
ケチの付き始めは、あの標的の剣士に逃げられたことだった。
至高なる主人より持ち帰るよう命じられた、反社会的勢力に属した武技などの特殊技能を持つ人間。山賊たちを戯れに殺している間に秘密の抜け道から逃れられたのが、最初の失敗だった。
だが、それだけならまだ挽回できた。周囲に散らせた吸血狼たちにより補足できるはずだった。
問題なのは、そこに山賊たちを討伐すべく派遣された冒険者たちという予想外の闖入者が現れたことであり、しかもその中に至高の主人よりナザリックのアイテムを与えられた女がいたことだった。
主人の計画を台無しにしてしまったやもと焦るところに吸血狼たちが何者かに倒され始め、確認すべく走り出そうとしたところを、今自分を焼く巨龍に襲われたのだ。
西洋の翼あるドラゴンではなく東洋の蛇のような肢体を持つドラゴンであり、龍鱗に覆われた尾の一振りによる一撃は疾く鋭く重く、シャルティアは幾百もの木々をへし折りながら吹き飛ばされ、連れていた部下の吸血鬼の花嫁たちも一瞬で蒸発させられてしまった。
—―――自分に匹敵する力を持っている
装備をしていなかったとはいえ、100レベル前衛職である自分に決して少なくないダメージを与えた巨龍を侮れない敵と認識したシャルティアは、装備を整え一日一度しか使えない切り札――スキルや魔法は使えないが自らと同じステータスを持つ分身を生み出すエインヘリアル——を使い、万全な状態で戦うためまずはソレを突撃させ時間を稼ぎ、その隙に召喚した眷属たちを殺し失った体力を回復しようとしたのだ。
だが、結果は見ての通りだ。
切り札たるエインヘリヤルは相手のスキルによって援護の望めない彼方へと飛ばされ、眷属たちも焼き滅ぼされてしまったため回復も出来なかった。
(逃げるべき……?)
そんな思考が、シャルティアの頭をかすめる。
至高なる主人も情報収集を第一とし、無理はするなとい仰っていた。ここでこれ以上、これほど強いドラゴンと戦うことに利はなさそうだった。
だが同時に、ここでドラゴンを仕留めナザリックに連れ帰れば大手柄間違いなしという功名心があった。至高なる主人からお褒めの言葉を賜るのは至上の悦び、その誘惑は抗いがたいものがあった。
――しばしの煩悶の末、シャルティアは戦う事を選んだ。
仮に逃げようとしたところでドラゴンが素直に見逃してくれとは思えなかったことが一つ、それになにより、至高なるナザリックの守護者たる自分が敵に対し背を見せ無様に逃走するということに、自尊心が耐えられなかったのだ。
そうと決めればやることは一つ、シャルティアは自信が持つ装備の中で唯一の神器級アイテムであるスポイトランスを構えると、中空に座すドラゴンに向け背をはばたかせ突進した。
シャルティアの持つスポイトランスには攻撃し削り取った敵の体力を吸い取り、自身へ還元するという特殊能力があった。固く鋭いスポイトランスの攻撃を繰り返し、戦いながら体力を回復させようと考えたのだ。
転移門/ゲートの魔法によってエインヘリヤルを呼び戻すことも考えたが、その隙をつかれて攻撃されるのが嫌だったし、なによりまた吹き飛ばされては意味が無いと思い、その考えは切り捨てた。
狙うは
何らかの攻撃を行うための前フリなのだろうが、関係ない。
ドラゴンなら必ず持つ弱点、喉元にある逆鱗——は奇妙な紋章の描かれた首飾りによって守られているため、その下、蛇のような体躯のため分かりにくいが両腕の間にある心臓部を狙う。
固い鱗に厚い筋肉、そして丈夫な肋骨に守られているだろうが問題ない。
神器級の武器であるスポイトランスの一撃ならば致命傷は不可能でも十分なダメージを与えられるはず。
そう思っての突貫であり、ドラゴンもあえて避けようとはしなかったため、スポイトランスは過たずドラゴンの胸部にブチ当たり————
ギャリィッ、という音と共にスポイトランスによる一撃は鱗に威力を削がれ、筋肉に突き刺ささり肋骨に傷を付けたたところで止められた。
「なっ……?!」
シャルティアにとって、これは完全に予想外であった。
100レベル前衛職である自分が、神器級武器であるスポイトランスを構えて突貫したのだ。並大抵の守りなど意味をなさない筈。仮に意味を成すとすればそれは——相手の鱗は、神器級並みの固さを持つということだった。
とはいえ、ドラゴンにとってもシャルティアの攻撃は予想以上のものであったらしい。
ドラゴンは苦し気な悲鳴をあげ身をよじらせたが、それでも攻撃だけは行った——天を仰いだ体勢のまま、口から光の玉を打ち上げたのだ。
光の玉は空高く打ちあがったが、やがて上空で停止し浮かび、白く神聖な光を発し始め、シャルティアとドラゴンのいる森の一角だけを、まるで昼間のように照らし始めた。
「ぐぅッ……!」
光は神聖属性の攻撃となりシャルティアに継続的なダメージを与え、また身体機能低下などのデパフも与えた。 また吸血鬼であるシャルティアには今までの夜間戦闘では各種ボーナスがあったのだが、この光のせいでそれらも全て失われた。
夜間の戦いということで得ていた地の利を、シャルティアは失ってしまったのだ。
そして、光に怯んでスポイトランスを刺したまま動きを止めてしまったのは失策だった。
ドラゴンの両腕の先、爪に光が集まり巨大な光の剣が生まれていたのだ。
ドラゴンは、恐らくは神器級武器並みの硬度を誇るだろう爪を振るい、攻撃特技≪竜爪/ドラゴンクロー≫をシャルティアに向かって放った。
「…なめるなッ!!」
だがシャルティアも、むざむざと敵の攻撃を受けるほど弱くはない。
突き刺していたスポイトランスを即座に引き抜くと後ろに下がり、両爪による斬撃をスポイトランスで防ぎ切ったのだ。
「…………!」
—―そこで、不思議なことが二つ起こった。シャルティアにとって有利なことと不利なことが、一つずつ。
有利なことは、ドラゴンの爪が砕け大量のHPがスポイトランスを通じてシャルティアに流れ込んだこと。全回復するには至らなかったが、それでも体力面での不利はある程度緩和された。
そして不利なことは、神器級武器であるスポイトランスが一部欠け、全体にヒビが入ったことだった。
(武器破壊系のスキル?!)
それも、相当高位の。そうでなければ、神器級武器であるスポイトランスに傷がつくなど有り得ない。
だが、そんなことより重要なのは————
「き、貴様っ…よくも、よくも…ペロロンチーノ様が、私のために与えてくださった武器を!?」
今は御隠れになってしまった至高の御方、自らの創造主たるペロロンチーノが自らのために創り上げ、与えてくれた武器に傷を付けられた。
そのことに血の狂乱が発動したときの暴走状態を遥かに超えるほどの激情を抱いたシャルティアは、怒りのままにありったけのスキルと魔法を乗せた清浄投擲槍を放とうとして——肢体を鞭のようにしならせたドラゴンの一撃によって、地面に叩き付けられた。
圧倒的な実力差があるならともかく、同程度の実力を持つ相手との一騎打ちで、そんな大技はそうそう当てられるものでは無いのだ。
「ぐっ、ぐぅうううううう!!」
とはいえ、シャルティアも100レベル前衛職。
その膨大なHPは、ズガンと地面に大穴があくほど叩き付けられたからといってまだまだ余裕はある。
立ち込める土砂と土煙をランスの一振りで払いのけ、天空から更なる追撃のブレスを吐こうとするドラゴンを怒りに燃える目で睨みつけるシャルティアだったが、頭の冷静な部分では逃走すべきだと分かっていた。
悔しく、そして不愉快極まりないが、あのドラゴンは自分より格上だ。
このまま戦い続けても勝利は見込めない。ナザリックに戻り、この脅威を偉大なる主人へ報告することこそ今重視すべきことだ。
創造主から賜った武器に傷を付けられた応報は、後日部下を引き連れ、仲間たちの手も借りて成せばいい。
ここまで戦った感触から、守護者がもう一人いるか最精鋭の部下たちいれば、このドラゴンとも互角に渡り合えるとシャルティアは感じていた。
となると、後はどう逃げるかだけが問題だ。
幸いにもシャルティアは≪転移門/ゲート≫の魔法が使える。
一瞬のスキさえあれば逃げることが出来るが、同格の敵を相手にその一瞬を得ることは極めて難しい。
いっそセバスが向かった王都の方向に逃げるのがいいかもしれない。
セバスとソリュシャンから別れて、まだそれほど時間は経っていない。足の遅い馬車で移動していることを考えれば追いつけないことは無いはずだ。
セバスと合流することさえ出来れば、ナザリックに帰還することも容易である。
よし、そうしよう——と決めたところで、最早避けられないドラゴンの追撃に耐えるべく身を固めたシャルティアであったが、そこで予想外の事が起きた。
シャルティアとドラゴンが戦っていた場所から少し離れた森の一角、そこから光の奔流が吹き上がり、黄金の巨竜へと向かって伸びていったのだ。
シャルティアとの戦いに集中していたのだろう巨竜はその突然の光に反応が遅れ、避けることも出来ずに光の直撃を受けた。
「グ、ァァアアアアアアアッッッ!!??」
今までの咆哮とは違う、人間の様な悲鳴を挙げたドラゴンはもがき苦しむが、ドラゴンの体を縛るように纏わりついた光を払うことは出来ず、だんだんと力を失っていった。
「これは……。ッ……!貴様、何者だッ?!」
ガキン! と、森の奥から飛び出してきた謎の襲撃者の一撃をランスで薙ぎ払ったシャルティアは、その相手を睨み付けた。
まだ幼さを残した顔立ちをした、長髪の黒髪をした人間の男であった。
なかなか質の良い鎧とそれに不釣り合いな粗末な槍を持っており、実力はソリュシャン以上だが自分には及ばないという印象だった。
(吸血狼たちを殺したのは、コイツか?)
捕らえナザリックに連れ帰る価値がある。今回の失敗を全て帳消しにして、なお余りある価値が。
――だが、今はナザリックに帰還することを何より優先すべきだ。
あのドラゴンがいつ復活するか分からないし、ドラゴンを攻撃した目の前の男の仲間も森の奥にいるだろう。
男一人なら問題ないが、男と同程度の実力の敵を複数相手にするのは今の消耗した状態では厳しいし、ドラゴンと三つ巴の乱戦などになれば最悪だ。
今はこの二つの未知の脅威を主人に知らせるべき。
そう判断したシャルティアは、まず無数の眷属を召喚し男を襲わせた。
無論、眷属将来で呼び出した雑魚モンスターなどで男は倒せない。粗末な槍を振るい、男は吸血蝙蝠と吸血狼の群れを容易く倒していく。
だが、眷属たちを倒すために槍を振るう隙を作れれば十分だった。
その隙にシャルティアは≪転移門/ゲート≫の魔法を使いナザリックへと通じる魔法の扉を生み出し、その中に自分の体を潜り込ませた。
そしてナザリック大墳墓の正面、荒廃した古代神殿の真ん前に転がり出たシャルティアは、急いで扉を閉めた。これで、敵は自分を追ってこれない筈だ。
扉を閉めたシャルティアは、ホッと息をつくと武装を解き、いつもの普段着に戻って地に臥せた。
アンデットであるシャルティアは肉体的な疲労を感じないが、予想外の強敵との戦いで想像以上に精神的に疲れていたらしい。倒れた視界に逆さまに映る栄光あるナザリックの姿だけが、疲れた心を癒してくれるようだった。
――遠くに、シモベ達の騒ぐ声が聞こえる。
守護者である自分がボロボロの姿で帰還したのだから当然だ。
騒ぎは遠からず守護者統括であるアルベドの耳に届き、今は外に出ている偉大なる主人の耳にも届くだろう。
至高なる主人の命を果たせなかった自分の不甲斐なさに自決したくなるが、それは報告を済ませてからだ。
守護者の中でも最強の実力を持つ自分より強いドラゴンと、それと敵対していた謎の集団。
この存在を報告することが自分の最後の仕事になるかもしれない————栄光あるナザリックの姿を視界に焼き付けながら、シャルティアはそんな事をぼんやりと考えていた。