ナザリックと同格のギルド放り込んでみた 作:ダイアジン粒剤5
――――戦争が始まった。
王国国境付近に滞空していた巨船フリングホルニから、数百もの見たことが無い様な恐ろしいモンスター達が見たことも無い様な恐るべき武器を手に溢れだし、王国への侵攻を始めたのだ。
その先頭には今や世界最強の権力者とも言える存在と化した黄金の巨龍≪竜帝≫が、更にその龍頭には巨大な鎌のついた槍を携えた白黒で分かれた奇妙な髪をした少女の姿があった。
竜帝と少女に率いられたモンスターは王国領に入ると二手に分かれ、竜帝と少女が率いる本隊は森の中にあるアインズ・ウール・ゴウンの本拠地に、分かれた別動隊は更に細かく分散し王国各所の制圧に乗り出した。
王国大将軍であるエンリ・エモットは亜人と人間の混成からなる王国軍を必死に指揮したが、単騎でありながら絶大な戦力を誇るモンスター達には効果が無く短期間で王国軍は壊滅し、やがて帝国や法国から進駐して来た各国軍によって王国は完全制圧された。
唯一王国の救世主であるモモンだけは竜帝軍のモンスターを倒す快挙を挙げたが、その後に現れた近代的な装備で身を固めた銃士――――≪フナザカ≫の手によって殺され、その死は王国民の心を絶望で染め上げた。
そして竜帝と少女に率いられた本隊。
彼らは森の中に建つアインズ・ウール・ゴウン本拠地へと攻めかかったのだが、竜帝の一言によってその手を止めた。
「ここはナザリック地下大墳墓ではない」
アインズの指示により作られた偽りのナザリック。
何も知らぬ者ならともかく、仮想敵対ギルドとして攻略サイトに晒されていた情報や挑戦者から高値で仕入れた情報を収集していた高位ギルドのプレイヤーの目は騙せなかった。
即座に膨大な物量を投入したローラー作戦が実行され、やがて平原の中にある無数の丘の中の一つからナザリック地下大墳墓が発見された。
そして竜帝は超位魔法に相当するブレスで大墳墓の地層に建つ神殿を吹き飛ばし、跡地に残された地下へと繋がる大穴の周囲に大墳墓攻略のための前線基地たる砦を築いたのだった。
「アインズ様、敵による侵攻が始まりました」
「……そうか」
ナザリック内の様子を映し出す水晶を見ながらかけられたデミウルゴスの言葉に、アインズは静かに頷いた。
精神安定化のスキルそして自らの意思で抑えてはいるが、それでも声に怒りが滲むことは避けられなかった。
それは、報告するデミウルゴスも同じだ。
ナザリック最高の知性を持ち自らの精神を律するすべにも長けたデミウルゴスだが、それでも声には怒りと不快感が隠し切れていない。
栄光あるナザリック、その栄えある地を侵入者によって穢されることはナザリックに住まうモノなら誰もが耐えがたいのだ。
「アインズ様、差し出がましい申し出ではありんすが」
ナザリック第十階層、最下層「玉座」。
アインズが座する王座の周囲には、現在のアインズ・ウール・ゴウンにおける幹部格と言っていい守護者たちが一堂に会している。
故に本来なら第一層から第三層までの階層守護者であり、本来ならば外敵の侵入に対し先陣を切って対応すべきシャルティアもまたこの地に集っていた。
否、正確にはシャルティアだけではない。
第一層から第三層までに駐屯するNPC、至高の41人に手ずから作り出された者達は全員、さらに下の階層へと避難させられていた。
「本当に、第一層から第三層までは放棄されるのでありんしょうか? いえ、アインズ様の御意志に異議を差し挟もうという訳では決してありんせんのですが、それでも階層守護者であるわっちだけでも、あの穢らわしい侵入者どもへの一番槍を務めさせてはもらえぬものでしょうか?」
侵入者達は不必要とも思えるほど徹底的に破壊の限りを尽くしながら、第一層「墳墓」を侵攻している。
ユグドラシル時代には破壊不能だったものすら転移によって破壊可能になったらしく、床すらブチ抜き、第一層から第三層までを完全に更地にするつもりのようだった。
「わっちの守護する階層を、至高の御方々が創られた場所を、あの薄汚い連中に壊されるのをただ指をくわえて見ているしかないというのは、正直耐えきれぬでありんす」
シャルティアは血が滲むほど強く拳を握りしめ、その顔は怒りにゆがんでいる。
至高なる創造主から守護するよう命じられた地を荒らされるのは、守護者にとって何よりも耐えがたい屈辱なのだ。
「君の気持ちは分かるよ、シャルティア。 私も同じ気持ちだ。 奴らには苦痛と屈辱に満ちた死すら生ぬるい、永劫に己のしでかした愚行への罰を与え続けたい気持ちでいっぱいだ。 だが、ナザリック全体のためにここは耐えてくれ。 奴らを全力で迎え撃つのはガルガンチュアのいる四層からだ。 そこで打撃を与え、次の五・六・七層で戦力を逐次削り最後に八層でアインズ様手ずから奴らを殲滅する。 それが今回のナザリック防衛計画なんだ」
シャルティアへの労りで満ちたデミウルゴスの言葉。
それを、守護者統括であるアルベドが補足する。
「奴らは一層から三層までの罠やギミックは、全て把握しているわ。 奴らの侵攻が始まってからの二月でだいぶ増やしたけど、それでも三層までではどうやっても大きな被害は与えられない。 奴らも多くを把握していない五層からが本番なのよ」
アルベドの言葉に俯くシャルティア。
理解は出来るが納得は出来ないという風の彼女に、アインズが優しく声をかけた。
「すまないな、シャルティア。 お前に我慢を強いる私を、どうか許してくれ。 ……そして他の者達にも、無理を言った。 それぞれの守護する階層を命がけでは守らず、折を見て撤退してくれなどと。 だが、これは必要なことなのだ。 奴らを八層で殲滅するには皆の力が必要だ。 奴らが八層まで到達するまで生き残り、そこで奴らを私と共に倒してくれ」
アインズの言葉に、集まった守護者達は首肯する。
自らの守護する階層を命を捨てて守れないのは不満だが、唯一残った至高の御方たるアインズの言葉は絶対であり、またそれがナザリックを守護するために必要とあれば是非もないからだ。
とはいえそう告げたアインズも、八層まで敵を誘引する、即ち七層までは荒らされることを是とするしかない現状に強い怒りは持っていた。
(……仲間達がいたころなら、三層までで止められた。 奴らめ、まさか高レベルモンスターに伝説級や神器級のアイテムまで与えて攻めてくるとは。 恐らくは引退したギルドメンバーが残していったモノを与えたんだろうが。 クソッ!! まさかここまで本気で攻めてくるとは! 俺たちが打ち立てた伝説すら、奴らは忘れたってのか!?」
無論、かつてとは比べものにならないほどナザリックの防衛力は低下している。
ナザリックの防衛力の高さはそのギミックや配置されたNPC,モンスターの強力さによるところも大きいが、それでもその大部分は所属するプレイヤー達の能力によるところが大きかった。
トップギルドでありながら少数精鋭であったアインズ・ウール・ゴウンのプレイヤー達は、全員が一流だった。
彼らがいたからこそ、あの1500人からなる大侵攻があるまで誰も切り札たる八層の「あれら」のところまで到達する者がいなかったのだ。
(俺だけでは、八層までに奴らを倒すことは不可能だ。 だが八層なら、あれらをワールドアイテム併用で使えば、確実に勝てる!)
無論、回数に制限はある。
ワールドアイテムを使うには経験値を膨大に消費するため、今回クラスの侵攻を複数回行われればいずれナザリックは墜ちる。
(だが、今回の侵攻はギルドの総力を挙げたものだろう。 あのクラスの高レベル傭兵モンスターをあの数そろえるには、膨大な量の金貨が必要なはずだ。 いくらあのギルドがかつてはウチ以上のトップギルドだったとしても、そこまでの資産を持っているとは考えづらい。 今回の敵を殲滅すれば、次はない)
それでも攻めてきたのは、向こうの最高戦力である女神に余程の自信があるからだろう。
(奴らとて八層のあれらを知らない訳がない。 ……ワールドエネミーがギルドに攻めてくる。 ああ、確かにユグドラシルでは考えられなかった事態だ。 確かにあの女神なら、八層のあれらにも勝てる可能性は高いだろう)
ギルド《ブラックオーダー》が総力を挙げて創りだした切り札にして、信仰対象であった女神《アイラム》。
その力の全貌は、実のところアインズも知らなかった。
戦っている姿を映像で見たことがないわけでは無いのだが、出陣した戦場では狂信的なギルドメンバーに守られて全力を出すまでも無く勝利することがほとんどだったからだ。
ギルド内でも能力の全貌を知る者は幹部や一部の有力メンバーだけで、一般のメンバーには強力な情報遮断が行われていた。
あの女神の真の力を知るものは、ユグドラシルでもほんの一握りだった。
(……誇張されている可能性は高いが、それでも漏れ出てくる情報から考えられる女神の戦闘能力は相当なモノだ。 確実に勝利するには、二十を使わねばなるまい)
一度しか使えないが故に最強の力を誇るワールドアイテム、二十。
その中でアインズ・ウール・ゴウンが所有する、世界を切り裂く剣。
あれを使えば、あの女神を倒せぬまでも大ダメージを与えることは出来るだろう。
(とはいえ、この戦争が始まってから一度もあの女神は姿を見せていない。 温存しているのだろうが、不快なことだ。 どこかで現れてくれれば、あの巨船もろともたたっ切ってやれたものを……!)
そうすれば、ナザリックが荒らされることも無かった。
(今となっては連中の所有するもう一つのワールドアイテム、巨船フリングホルニの姿があるうちに剣で攻撃していれば良かった。 貴重な使い捨てのワールドアイテムを消費することへの抵抗感と、全面戦争を恐れる心が判断を鈍らせた。 姿を隠した今となっては補足することも難しい)
最強の移動型ギルドにしてワールドエネミー並の戦闘能力を持つワールドアイテム、巨船フリングホルニ。
この戦争が始まると同時に姿を隠した巨船は,ワールドアイテムであるが故にステルス性能も高く情報集特化型の魔法詠唱者であるニグレドをもってしても見つけられなかった。
(まああの巨船を撃沈できても、その場合はあの女神への対抗策が減ってしまう。 巨船と女神。 どちらかは確実に倒せるが、もう片方が博打になる。 ……まったく、力の等しい相手との戦争というのは本当に疲れる)
ゲーム時代はその均衡も楽しかったのだが、現実の殺し合いとなるとそうも言ってられない。
現実の戦争は、一方的な虐殺であることが望ましいのだ。
(とはいえそう上手くはいかない。 それは歴史が証明している、か。 ……実際のところ、何であいつらはこんな全面戦争なんて仕掛けてきたんだ? 確かに勝機が無いわけじゃないが、あいつらにとっても博打で勝っても相応の被害は出るだろうに。 俺もシャルティアの件で許せないとは思っていたけど、ここまでする気は無かったぞ)
怒りが一周したことと現実認識から冷静になってきたがアインズだったが、そんな物思いに沈んでいたアインズにデミウルゴスが珍しく焦った声で具申してきた。
「――――アインズ様、ナザリック防衛計画の見直しを提言いたします。 今すぐ、四層に揃えた全戦力を持って敵を撃退すべきです。 ……申し訳ありません、敵の目的を見誤りました。 奴ら、ナザリックを落とす気がありません」
デミウルゴスが焦るというあり得ざる事態に一瞬でパニック状態になるアインズだったが、精神安定化により即座に落ち着き,冷静に聞き返す。
「デミウルゴス、全員に分かりやすく伝えよ」
「はい、まずは状況をご覧ください」
焦りを表すかのような早口で、デミウルゴスが一・二層の映る映像を指さす。
「連中は一・二層を更地に変え三層の攻略を始めていますが、更地にされた一層をご覧ください。 新たな部隊が侵入し、築城を始めています」
デミウルゴスの言う通り、画面の中では築城能力やフィールド変換能力に長けた魔法やスキルを持つモンスター達が更地に変えられた一層に投入され、砦と呼んでいいほどの防御陣地を構築し始めていた。
「恐らく連中は三層までで攻略をやめ、防御陣地を築き長期間にわたってナザリックを占拠するつもりです。 そのうえで退去を条件に交渉を持ち掛け、最終的には我々に降伏を迫るつもりです」
デミウルゴスの言葉に集まった守護者達は暫し呆然となり、次に怒涛の様な怒りの感情が噴き出した。
汚れた外部の者に長期間ナザリックを占拠され、自分たちの聖域を穢され続けるなど決して耐えられない。自分たちの命はもちろん、他の何を犠牲にしてでもそれだけは阻止して見せると全員が怒気を溢れさせ叫んだ。
そして無論、強い怒りが吹き上がって来たのはアインズも同じだ。
愛する子供に等しい守護者達の命より重いという事はないが、それでも仲間たちと共に創り上げたナザリックに外部の侵略者が長期に渡って居座るなど決して許せない。
多少の犠牲を払ってでも奴らを叩きだすとアインズは決めた。
「お前たち! それぞれに預けたワールドアイテムを使い、我らのナザリックを穢す不埒者どもを誅戮せよ! 私もスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを手に奴らを鏖殺する! ——アルベド、ルベドの起動も許す! ナザリックの全力を以て、奴らを叩きだすぞ!!」
アインズの号令一下、守護者達は礼をとって四層に転移していく。
あの数の敵と戦えば奪われる危険性もあるためワールドアイテムを持ち出す気は無かったが、そうも言っていられなくなった。
破壊されればギルドが終わるため秘匿し続けてきた切り札のギルド武器も、その力を発揮させねばならないだろう。
「そして女神が出て来たなら……最早迷わない。 その時こそ、二十を使う」
船が残ってしまうが、それは仕方がない。
確かにあの巨船はワールドエネミー並みの戦闘能力を持っているが、それは悪魔で攻め寄せてくる敵に対してのもの。
あの図体ではナザリック攻略に使うことは出来ない。地下墳墓であるナザリックに入るすべがない。
ナザリックを侵すことが出来るあの女神こそ、最優先で排除すべき存在だった。
「仲間たちと作ったナザリックを侵そうとする貴様らは、決して許さない。 必ず殺す。 たとえ今回殺せなくとも、どれほどの時間をかけてでも必ず殺す」
強い決意を胸に、アインズはギルド武器を取りに行くべく八層へと転移するのだった。