ナザリックと同格のギルド放り込んでみた 作:ダイアジン粒剤5
「オエェッ……」
巨船フリングホルニの船内。
神殿のような内装となっている執務室の机の上で、書類の山に囲まれたフナザカが青い顔でえづいていた。
「フナザカさん、気持ちはわかりますけど耐えてください。 なんなら魔法、一本イっときます?」
「いや、なんか最近中毒症状出てきてる気がするからいいわ。 ……でもこの数時、ウゲェッ、何度見ても精神に来るんだけど。 赤字ってレベルじゃねえよ。 いっそのこともう、あのワールドアイテム、エクスチェンジボックスに放り込まね? たいして使えねえし、金貨に変えた方がよっぽどいいわ」
「ワールドアイテムってエクスチェンジ出来るんですかね? まあそれは最後の手段ってことで、とりあえず戦後処理の事務仕事終わらせましょうよ。 この世界の支配地で起こった破壊活動の被害とかは現地に任せとけばいいですけど、ギルドの出納長は自分たちでつけないと」
フナザカとTEN☁KAI。
現実世界では会計士と銀行員だった彼らはもともとギルド資産の管理を任されており、アインズ・ウール・ゴウンとの戦争で消費した資産の損害を計上している最中であった。
「まあその通りなんですけどね? でも本当にひどいですわ、これ。 もともと溜め込んでた金貨にこの世界で新しく換金した金貨も含めた全資産の五分の三が吹っ飛んでますよ。 それで手に入れたのが、あのちゃちなワールドアイテム一個。 この赤字、補填出来るんですかね?」
「支配地に重税かければ出来ますけど、テロの被害がデカいのでむしろ税金は下げないといけないですからねー。 それどころか隊長さんからは復興のために持ち出しして欲しいとまで言われてますし。 この後も出費が嵩みそうですよ。 ハハッ、骨じゃなかったらジルくんみたいにストレスで剥げてますよ、きっと」
「あ、ジルくん遂に禿げちゃったの?」
ジルくんとは、バハルス帝国皇帝ジルクニフの事である。
統治者として優秀な皇帝は短期間で異常なほど広がっていく支配地に恐怖していた彼らにとって頼りになる存在であり、もっとよく働いてもらうため度々贈り物をしたり様子を覗ったりしていたのだった。
「うん、若いのにあの端正な顔のまま禿げちゃってた。 飲食睡眠不要の指輪に疲労無効化の指輪をあげてたんだけど、やっぱ人間働き過ぎはよくないね。 あげてから今までずっと、本当に一睡もせず食事もとらないで働いてたもん。 ナザリックとの戦争中は仕事も倍増してたから素早さが倍になる腕輪とかもあげたんだけど、今もそれ着けて二倍のスピードで仕事してるし。 あれそのうち過労死しちゃうんじゃないかな?」
「ちょっとそれはマズイよ。 ジルくん死んだら国が回らなくなっちゃう。 加齢を止めるアイテムはもう渡してたし、護衛の高レベルモンスターも十数体は送ってたよね? 次は健康維持のために、神官とか医者とかのモンスターも召喚して送っといた方がいいかも」
「ですね。 出費はキツイですけど、ここはケチるわけにはいきませんし。 後で召喚して送っときますわ」
気を使い心配して色々と送るがゆえに、皇帝が深読みし気を張って働き続ける羽目に陥っているなどとは露ほども知らぬ彼らは今度も高レベルモンスターを送ることを決めるのだったが、丁度その時、探索に出ている漆黒聖典隊長から伝言≪メッセージ≫が届いた。
『失礼します』
「ああ、隊長さん? どうです、新しい鉱脈は見つかりましたか?」
『はい、旧ビーストマン領内の山に新たな希少金属の鉱脈が見つかりました。 ただかなりの山奥で危険なモンスターも多数生息しているため、開発するにはそれらを駆除する必要があります。 適当な人員を召喚して送っていただけませんか?』
「いまちょっと余計な出費はなー。 前線の百段さんを送りますよ。 この事態を引き起こしたのはあの人の責任みたいなものなんです。 働いてもらわないと」
『……前線は大丈夫なのですか? 苦戦していると聞きますが?』
「まーアインズ・ウール・ゴウンの支援のせいで、以前ほど快勝は出来なくなったけど。 それでも先に技術拡散してたうちの兵隊の方が一日の長がありますから、すぐに取って返せば問題ないですよ。 じゃあ、こっちは百段さんに連絡しますんで」
『……わかりました。 では私は百段殿が到着されるまで、ここを、保持しております」
隊長との伝言≪メッセージ≫による通話が終わり、TEN☁KAIは隣で書類との睨めっこを続けているフナザカに声を掛けた。
「フナザカさん、隊長さんが新しい鉱脈見つけたそうです。 でも危険なモンスターが出るから百段さんに駆除して欲しいって。 連絡お願いしまーす」
「よっしゃ! これで赤字が少しは減る、……はず! じゃ、連絡しまーす」
フナザカは耳に手を当て、百段との通話を始める。
ちょっとばかり揉めている様なのは前線の状況が思うようにはいっていないからだろう。
戦争以来、アインズ・ウール・ゴウン所属の高レベルモンスターや低レベルモンスターでもこの世界の住人からすれば十分脅威なアンデットモンスターが、亜人軍の一員として現れてきているのだ。
そのせいで以前は片手間レベルそれこそ昼寝していてでも勝てていた征服戦争が、本気で頭を使わなければ勝てない様なものに変わりつつあった。
「……百段さんが前線を離れないといけない時こそ、絶命ちゃんに出て欲しんだけど。 無理かなー……無理だろうなー。 今目が意味様とお話してるし。 呼び出したりしたら女神様の不興を買っちゃうかも知れないし。 自分たちで何とかするしかないか」
女神様を心から恐れる自分たちとは異なり、あの絶死絶命と呼ばれる少女は女神を畏れながらも心から懐いていた。
女神様も懐かれて嬉しいのだろう。
少女の事を甘やかし望むものは何でも与え、願いは何であろうとも叶えていた。
――――誰もが恐れて何も言えない女神に、あの少女だけがモノを言えていた。
だからあの少女は新参者でありながら女神に次ぐギルドのナンバー2の様な立ち位置になってしまっており、総合ギルド長という役職にあるTEN☁KAIを含め誰も少女に強く物を言えなくなっていた。
「なーに話してんだろうねー、あの二人。 美女と美少女の睦みあいとか微笑ましいけど、そこで自分たちの命運が決まってると思うと胃が重いわー。 ……もう無いけど、胃」
ちょうどその頃、女神アイラムの座す四層構造となっている奥の院の最上階。
玉座に腰掛けたアイラムは膝の上に番外席次≪絶死絶命≫を乗せ手元のコンソールを操作しながら、ユグドラシル時代に録画した動画や記録した記念写真などを共に眺め談笑していた。
「これが敵対していたギルドの都市を攻め落とした時の写真。 これがギルドメンバーの人数が千人を超えた時の写真。 そしてこれが2CH連合と呼ばれた大規模ギルドを他の者たちと共同で倒した時の動画だな。 数千人のプレイヤーが戦い合う様は圧巻であっただろう?」
「うん、本当にすごい。 本当に神話の戦いって感じ。 いろんなところで信じられない様な戦いが繰り広げられていて……。 こんなのが、ユグドラシルでは起こってたんだね」
アイラムの言葉に応える絶死絶命の言葉は、その見た目に違わず何処か幼い。
信じられない戦いを見たことによる衝撃もあるが、それ以上に自分より圧倒的に強く甘やかしてくれるアイラムの下にいる事が大きい。
百年以上の時を生きているとはいえ、ハーフエルフとしては見た目通りの幼年期にあたる少女である。
甘えられる相手には、見た目の通り子供の様に甘えたくなるのだ。
「ふふ、そうだぞ。 無論この戦いはユグドラシル史上でも最も大きな戦いの一つだが、それでも先の大戦の前に参考資料として見たナザリック攻防戦に引けを取らぬ戦いだった。 ……やはり大戦争こそ花よ。 見よ、在りし日の子等の輝きを。 またこれほどの戦いを楽しませてやりたいものよ」
「……この前の戦争は、ちょっと楽しくなかったかな」
頬を膨れさせ、少女は続ける。
「最初は楽しかったのに、後は小競り合いばっかりでさ。 確かにあの八層にいるあいつ等は私や百段でも倒せそうにないけど、アイラム様だったら倒せたよね? 下まで攻め込んで皆殺しにすれば良かったのに」
「ふふ、そういう訳にはいかなんだのよ」
ぶうたれる少女の頭に優しく手を乗せ、滑らかな髪を撫でるようにすきながらアイラムは言う。
「もしあそこで予が出ていれば、我が方が敗北していただろう。 ……ふふ、そう驚いた顔をするな。 どうも其之方は予を無敵の存在と思っているようだが、そんなことは無いぞ? 確かに予は単騎で世界を滅ぼせるワールドエネミーではあるが、しかしワールドエネミーは無敵ではない。 それは我が子等が成したワールドエネミー討伐の動画で理解しておろう?」
「……それは、まあ。 でも、見た後でも正直信じられない。 あの百段やフナザカ、それに他にも強そうなぷれいやが沢山いたのに、それでも何度も負けてしまうような怪物が何十体もいたなんて」
顔を青くして、少女は恐怖に身を震わせる。
かつて少女は自分を最強だと思っていたし、それは事実だった。
同じ神人である隊長すら自分と比べれば遥かに格下の存在であったし、話の上では自分と互角かそれ以上の存在あるらしい評議国の竜王も実際に戦えば善戦する自信があった。
その自分の強さに対する自信と確信は、少女のアイデンティティであったと言っていい。
————だがその自信は、アイレムの存在によって打ち砕かれてしまった。
百段は自分より強かったし実際に戦って負けたが、それでも戦いにはなったので自信が砕かれることは無かった。
しかしアイラムの強さは、まさしく別格だった。
勝負にすらならない。アイラムの攻撃は一撃で少女を殺し、アイラムの全力は仮にクリティカルヒットしてもアイラムに致命を与えられない。
――――存在の格が違う。
そんな強さをアイラムは持っており、少女の自負は完膚なきまでに打ち砕かれてしまった。
それにより少女が卑屈になったり精神的に脆くなったりしなかったのは、その圧倒的強者が溢れんばかりの愛を以て少女を庇護してくれたからだろう。
自分を守ってくれる強者に愛情を持つ。
この世界に住む人間が全員持っているこの本能を、少女も内包していた。
少女は自分を愛し守ろうとしてくれる女神のことを、この世界の誰よりも愛するようになっていた。
「女神さま、私は怖いです。 あんな奴らが、この世界に来たらと思うと。 もしその時が来たら、守ってくれますか?」
「もちろんだ、安心せよ。 子等の献身により形作られたこの身は、ワールドエネミーの中でも最上位の強さを誇る。 仮に同格のモノが現れたとしても、このフリングホルニと其之方達の助けがあれば容易に退けられよう」
「女神様……!」
抱き付いてくる少女を、アイラムは優しく抱きとめる。
その姿はまさに慈母そのもので、彼女を不必要なまでに恐れてる他の者たちが見れば目を白黒させること請け合いだった。
「……ふふ、話を戻すぞ。 つまるところ、どれほど強いワールドエネミーと言えども倒す手段はあるのだ。 それは予もまた然り。 特に最も強い力を持つといわれる二十のワールドアイテムならば、予をも倒せるだろう。 そして多くのワールソアイテムを所持することで知られたあのアインズ・ウール・ゴウンは、確実にそれを持っておった。 もし仮に予が出陣しておれば、奴らはそれを使ったであろう」
「それを使われていたら、女神様は負けていたのですか?」
「おそらくはな。 だが、それゆえに予が出ぬ限り奴らはそれを使う事は出来ん。 二十はその強さゆえに一度しか使えぬ。 仮に予が出る前に使えば、への対抗策が無くなる。 予が出陣せことが、奴らに対する最大の抑止となるのだ。 故にあの時、予は前線に出なかった。 ……それでも確実に負けるという訳ではないゆえ戦っても良かったのだが、予としても本来の目的が成される前に死ぬわけにはいかんからな。 其之方達を楽しませ飽きさせぬために戦争を起こしたが、それでも予は死ぬわけにはいかぬ。 子等のためにも、予は必ずや本懐を遂げねばならんのだからな」
静かな、しかし強い言葉で目的を必ず達成すると決意表明をするアイラム。
そのアイラムに、少女は小首をかしげながら尋ねた。
「女神様の目的とは、何なのです?」
「ふむ……」
アイラムは少女の問いに軽く指を顎に当て考え込む。
「そういえば、まだ誰にも話しておらなんだな。 聞くモノがおらなんだ故、つい話そびれてしもうた。 まあよい、せっかくなのでこの機会に話しておこう」
そこでいったん話を切ると、アイラムは自身が誕生した時、自らの最初の輝かしい記憶であるギルドの全員が集まって盗られた記念写真を眼前に写しながら言った。
「予の目的は、子等のいた真なる世界、《リアル》と呼ばれる異世界に攻め込み征服することだ。 そこに、今は去った子等がおる。 劣悪な環境のなか酷使され、苦痛に喘いでおる。 予は必ずや彼の地に降臨し、子等と再会し救わねばならんのだ」
アイラムの言葉を聞いた少女は驚愕し目を白黒させた。
《リアル》
その名を、少女はすでに知っていた。
神にも等しいぷれいや達が元いた異世界、ユグドラシル。
その名を知っている者は少ないが、それでもごく一部の超越者達は知っている。
しかしぷれいや達がことさら秘そうとしたが故に、更なる異世界であるリアルについて知っている者はほぼいない。せいぜいぷれいやと共にいたことがある者が、その名だけは知っているという程度のものだ。
しかし少女はそのぷれいやと特に親しく接してきたが故に、そのリアルこそがぷれいやの住んでいた真なる世界であるということまで教えられていた。
「無論、予とてリアルについて多くを知っているわけではない。 しかしそこは人間のみが生きる世界であり、今の子等の姿はいわば影のようなモノで、そのリアルに真なる身体が存在するということは知っている。 ……そしてそのリアルはまさに地獄のような場所であり、子等は癒やしと楽しみを求めてユグドラシルの地に降り立っていたらしい」
驚愕のあまり何も言えないでいる少女を尻目に、女神の言葉は続いていく。
その内容は少女の持つ世界観の範疇を超えるものであり、話の規模の広がりに少女は軽い目眩を覚えていた。
神々のいる神界のようなものがあるというだけなら受け入れられるが、その神界すら神にとっては遊び場に過ぎないなどどうして受け入れられようか?
「子等が我が元から去る理由も、多くはリアルに依るものであった。 ジョウシやカイシャ、センセイにシュウショクなど、よく分からぬ理由であったが多くは苦しみながら去って行き、帰って来た者も苦しい野なかもがいている者が多く、やがて来られなくなっていった。 ……子等は、リアルで痛めつけられておる。 子等を救い幸福へ導くためにも、予はリアルに降臨し彼らを救いに行かねばならぬのだ。 そしてユグドラシルの力ではそれは叶わなんたが、この世界にはそのための力がある」
そこまで言うとアイラムはコンソールを操作し、様々な武器やアイテムが項目ごとに分類分けされた表を写しだした。
「この世界で手にした、ユグドラシルの者とは異なる魔法法則で動くマジックアイテムだ。 曰く、ワイルド・マジック。 この魔法こそが界渡りの秘技に繋がる道だ。 ユグドラシルの魔法に界渡りを成し遂げる物は無く、故にこの魔法が我らをこの世界にいざなった。 ……この力を、なんとしても手に入れる。 ユグドラシルの知識をこの世界の者どもに与えたのもそのためのもの。 基礎となる魔法水準を底上げし、ワイルド・マジックを解析し発展させる。 ナザリックの者共との冷戦状態もその発展に大きく寄与しよう。 戦いこそが、何よりも技術と知識の進歩をもたらすのだからな」
今まで誰にも話さなかった目的を語っているためか、女神はいつになく饒舌であり、その瞳は熱っぽかった。
そしてその熱に、番外席次は恐怖した。
その熱には狂気が色濃く現れており、世界を燃やし尽くしてもなお冷めぬほどの炎を感じたからだ。
「いずれ来る真なる人々の住まう地、リアルでの戦い。 その戦いは想像も出来ぬほど峻烈なものとなるであろう。 そのときには、其之方の働きにも期待しておるぞ。 共に、そなたの先達となる我が子らを救おうでは無いか」
大火の揺らぎのような凄惨な笑顔を見せるアイラム。
その笑みを瞳に映した番外席次《絶死絶命》は、本能的に直感した。
――――いつかはこの全てを燃やし尽くしかねない炎と戦わねばならない時が来るかもしれない、と。
熱に浮かされる女神の瞳には気付かれぬほどの心の奥で、本人にも無自覚なままに
ひとまずこれで終わりです。
三か月近い期間お付き合いいただき、ありがとうございました。