ナザリックと同格のギルド放り込んでみた 作:ダイアジン粒剤5
ナザリック地下大墳墓、第九階層。
壮麗にして荘厳な装飾のなされた自身の執務室で、アインズはヒビ割れたスポイトランスを見ながら頭を抱えていた。
「……失態だ」
失敗した、油断した、判断を誤ったという後悔の念が、報告を受けてからずっとアインズの心を鈍く攻め立て続けている。
アンデットであるアインズは種族特性として、感情が酷く揺れ動いたときそれを抑制するスキルがある。 だが、抑制された後も弱い感情は残り続けるのだ。
「この世界の危険性を、低く見積もり過ぎていた。 守護者なら単騎で外に出しても問題ないと思っていた。 俺の判断ミスが、シャルティアを危険にさらした」
――――謎の敵対勢力の攻撃を受けたシャルティアが、重傷を負ってナザリックに帰還した。
その報告をアルベドからアインズが受けたのは、冒険者モモンとしてンフィーレアという少年を助け出すという依頼を彼の祖母から受けた直後の話だった。
自分から持ち掛けた仕事を料金前払いで引き受けた直後に反故にするということに若干の気後れを感じたアインズだったが、我が子にも等しい守護者たちの安否は他の何よりも優先される。
多少の策を講じた後、即座にナザリックに帰還したアインズは、傷の治療を受けたシャルティアと面会した。
そして使命をこなせなかったことをしきりに詫びるシャルティアを慰めながら、シャルティアの身に何が起こったのかを、魔法による記憶の読み取りなども含めて聞き出したのだった。
「シャルティア以上の実力を持つドラゴンに、それと敵対する謎の人間、か。 クソッ! シャルティアが無事に帰ってこれたのは、運が良かっただけだぞ!!」
ドンッ!! と自らの不甲斐なさに対する憤りから机を叩くが、その激情は即座に静められ、冷静な思考が戻ってくる。
「……今回の事は、この世界に大した脅威などないと油断した俺の失態だ。 少し考えてみれば当然のことだ。 シャルティアの実力はプレイヤーで言えば上の下にも匹敵するが、ユグドラシル基準で考えれば上の下程度のプレイヤーがソロでフィールドを闊歩しているなんて、カモでしかない」
無論、ユグドラシルにもソロプレイヤーは多くいた。しかしそういった者達は通常、傭兵NPCや傭兵モンスターを連れてフィールドを散策するのが常だった。本当に自分ひとりだけでフィールドを闊歩するプレイヤーもいないことは無かったが、それはよほど自分の腕に自信があるか変人かのどちらかだった。
「いや、敵がプレイヤーだった場合、よほど相性が良くなければ同じ上の下相手でもシャルティアは負けてしまう。NPCであるシャルティアは超級魔法やそれに類する特技を使えない。そのアドバンテージの差を考えれば、最悪中級プレイヤーにも負けてしまうかもしれない」
それどころか、仮に100レベルにも達していない下級プレイヤー相手でも複数相手なら負けることは十分ありうる。オンラインゲームであったユグドラシルは、基本的にプレイヤー相手に無双は出来ない。90レベル代のプレイヤーでも、4人ほど集まれば100レベル上位プレイヤーに勝ちうるのだ。
どれほど腕に自信があろうが、ソロでのフィールド探索は常に危険が付きまとう。
ましてここは全てが未知の異世界。
今回のように、自分たちと同じように転移してきた上位プレイヤーと偶然かち合う可能性だってあったのだ。
「……まさか、あのカルト集団がこっちに来ているなんて」
アインズは、シャルティアと交戦した相手の正体を知っていた。
その
シャルティアの記憶を読み取ることで知った、敵の巨竜が身に着けていた首飾りと、そこに刻まれていた紋章。あの紋章を見れば、奴が何者かなどすぐに思い出した。
何しろ奴らは、その全盛期においてはアインズ・ウール・ゴウンを超える地位にいた、ユグドラシルでは知らぬ者の無いトップギルドだ。
「最終的なギルドランクは
アインズは机に突っ伏し、頭を抱えた。
敵の事は良く知っている。知っているからこそ、脅威が分かる。ナザリックが今、とてつもない危険にさらされているという事実に、アインズの心は千々に乱れる。
だが、こういう時にはありがたい精神鎮静化のスキルがアインズの思考を安定化させ、頭をクリアにする。
「……まあ、焦っても仕方がない。 あのカルトギルドの戦力は、ある程度把握しているんだ。 それを前提に、ナザリックを強化計画を進めていくしかない」
奴らの強みは、大きく3つあった。
一つは、1000を超えるギルドメンバー。
強さは玉石混交だったが、2ch連合などと比べると遥かに統率されていて手ごわかった。
二つは、奴らが所有する最強最大の移動型ギルド≪フリングホルニ≫
ワールドアイテムの一つにして、ワールドエネミー並みの攻撃性能を持つ奴らの旗艦だった。
そして三つ目、奴らがカルト呼ばわりされていた所以。
最も強力な効果を持つワールドアイテム、二十のうちの一つから作り出されたオリジナルワールドエネミー。奴らが女神と崇拝していた、アレだ。
――――仮にギルドごと転移していた場合、奴らはワールドエネミーを二体所有していることになるのだ。
その場合、八層のあれらをワールドアイテム併用で運用しただけではまだ戦力として足りない。
アインズ・ウール・ゴウン秘中の秘、宝物庫に保管されている二十を使う必要があるだろう。
アレを使えば、十分勝ちうる。
「とはいえ、まずは小さなことからコツコツと、だな。――今後は外で活動する守護者たちには高レベルモンスターの護衛を複数付け、一人では行動させない。 そしてアルベドから報告にあったリザードマンの集落。 ここを攻め、人間より強靭な肉体を持つリザードマンの死体から強力なアンデットが作れないか調べる。そして……」
守護者達にワールドアイテムを持たせるべきか? という考えがアインズの頭を掠めた。
ワールドアイテムは強力な効果を持つアイテムだ。今回の戦いでも、仮にシャルティアがワールドアイテムを持っていればドラゴンに勝つことは可能だったかもしれない。
またそれだけでなく、ワールドアイテムの所有者は他のワールドアイテムの効果から身を守ることも出来る。例えばアインズ・ウール・ゴウンの所有する山河社稷図は敵全体を異空間に閉じ込めるというものだが、ワールドアイテムを持っていれば閉じ込められずに済むのだ。
「……いや、やめておこう。外に出せば奪われるリスクが増すし、そもそも奴ら相手にはたいして意味がない」
ワールドアイテムを持っているからといって、無双は出来ない。多数に囲まれれば普通に負けるし、ワールドエネミーからの攻撃を無効化できるわけでもないのだ。
「だが、奴らと敵対して謎の集団には有効か? あの槍は、アレの可能性があるが……」
アインズも直接見たことがあるわけではないのだが、あの突如乱入して来た謎の男が持っていた槍は、二十の一つ≪ロンギヌス≫の可能性がある。
使用者を完全抹消する代わりに、相手も完全に抹消できるという二十の一つ
仮に守護者達に使われれば、大切な彼らを永遠に失ってしまう。それを避けるためなら、ワールドアイテムは絶対に与えなければならないが————
「……もはや一片の油断もするべきじゃない。 外に出る守護者達には、全員にワールドアイテムを支給しよう」
ワールドアイテムを出し渋って守護者達を失っては、本末転倒だ。ワールドアイテムも何もかも、彼らを守るためにこそあるのだから。
「だが、奴らとの戦いの最中に乱入して来たあの男は何者だ? もし奴らと敵対しているなら、手を組みたいが」
シャルティアを攻撃したことは不快だが、結局傷つけることは出来なかったので、彼らの事は許してもいいとアインズは考えていた。
あのギルドにおける最強格の一人だった奴を止められるほどの集団、手を組む価値は十分あるだろう。
「だがなんにせよ、情報が少なすぎるな。 あの男たちに付いて調べる、特別チームでも作った方がいいかな?」
そんなことを言いながら、アインズは執務机から立ち上がった。
これからの方針を守護者達に伝え、そのうえで次の行動に移らなければならない。何しろ、やるべきことは山積みなのだから。
「――っと、いけない。 そういえば、あのことを忘れていたな」
アインズは頭に手を当て、伝言≪メッセージ≫の魔法を唱える。
「ナーベラル、私だ。 聞こえているか?」
『はい、聞こえております、アインズ様』
頭の中に、護衛と共に地上で待機させていたナーベラルの声が響く。
「そうか、何か危険なことは無かったか? 不審なことや、気になったことは?」
『いいえ、特には』
もしもの時には全力でナザリックに帰還するよう言っていたので、まだ地上にいるという事は、本当に何もなかったのだろう。
「良かった、だが、本当に何かあった時はすぐに帰るんだぞ? 危険だからな。 ……それで、ンフィーレア少年とその祖母はどうなった?」
仕事を投げ出す気後れから、アインズは中級アンデットを二体作成し、それにンフィーレア少年を保護するように命ずるという策を残しておいた。ついでに、依頼者であるバレアレ老人の保護も。
依頼達成出来ていれば嬉しいのだが…………
『はい、ヤブカは無事です。 ボウフラも助け出しましたが、面倒なことに……』
「……ナーベラル、その呼び方は私にとって分かりにくい。 ちゃんと、名前で説明してくれ」
『申し訳ありませんでした、アインズ様!! ……依頼者であるリイジー・バレアレは無事に街から逃げ切りました。 ンフィーレア・バレアレは無事ですが、眼球を負傷しており、また呪いのアイテムを装備させられています。 そしてンフィーレア・バレアレを保護する過程で、街にアンデットを放った主犯とみられるムシケラどもを、アインズ様がお創りになったジャック・ザ・リッパーが全て処分いたしました』
「そうか、では一応は依頼達成という事か。 それで呪いのアイテムということだが、外せないのか?」
『外すには、破壊する必要があるようです』
「では、壊せ。 ついでに目も治してやれ。 依頼を途中で放り出した、せめてもの侘びだ」
『アインズ様がガガンボに詫びることなど……』
「ナーベラル、私の言葉に従えないのか?」
『いえ、そのようなことは決して!! ……では、全てアインズ様のお言葉の通りに』
「ああ、頼む。 ……それで、エ・ランテルの街はどうなった?」
『は、ノミ共は全て死に絶え、街はアンデットのみが蔓延る死都と化しました』
「……そうか。 では、ンフィーレア少年を治療して待機するように。 後で私もモモンとして、そちらに同流する」
ナーベラルとの伝言を終えると、アインズは目頭を押さえ、フーッと深い溜息を吐いた。
「冒険者モモンの冒険も、また最初からやり直しかぁ。 エ・ランテルは崩壊しちゃったし、セバスのいるこの国の首都にでも行こうかな? ……あと、いい機会だからナーベラルは他のプレアデスと交代させよう。 見た目だけで選んだけど、向いてなかったみたいだし」
さらに膨らんだ今後やるべき課題に気が重くなりながら、アインズは執務室を後にしたのだった。